ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第九話 各々、三歩

「……来い!」

 

 真正面からねじれの前に立ったイヴァンが叫ぶ。同時に、十数個の第三の目(サードアイ)からお空にしたように一斉にビームや光弾が放たれる。

 イヴァンはそれをゆるやかに、歩くぐらいの速度で横にずれることで躱す。視線は奥の石碑のねじれに、そして向かってくる弾幕に釘付けになっていた。

 一つ一つの弾幕をしっかり見て、僅かずつずれて避けていく。向こうはこちらの心を読んでくる以上、読み合いで上回ることは出来ない。しっかり見てから避けなければ追い詰められるだけだ。同様に必要以上の速度を出すのもマズイ。制御しづらい速度域では進行方向に弾を置かれるだけでも致命的になる。

 一歩一歩、地面を踏みしめるようにしつつ最低限の動きで自分に掠らせるように(グレイズ)丁寧に避けていく。

 

「あいつやっぱ弾幕戦の才能あるな」

「言ってる場合じゃないわ。どうにかして今の内にこいしのねじれを見極めないと……」

 

 その様子を岩陰から見て感心している勇儀をよそに、さとりもまた遠くからねじれたこいしに視線を釘付けにしていた。同時に赤色の第三の目(サードアイ)で再度の読心を試みるが……

 

「っ……やっぱりダメ。心が幾つも重なってるみたいになって……見えはするのに読み解けない……!」

「……それってつまり意識が無数にある、って感じか?」

「……確かに、そうとも言えそうね。無意識の存在であるこいしがねじれて、多数の意識を手に入れたってことか」

 

 一つ一つ分かってくることはあるが、どうにも踏み込めたようには思えない。もっと何かしらを見つけなくてはいけないだろう。何か、何か……

 

「……」

 

 囮をするイヴァンは終始無言。向かってくる弾幕のみに意識を割く。そのおかげか、弾幕の傾向のようなものが少しずつ分かるようになってきた。

 まずビームは常に自身に目掛けてブレることなく照射される。こちらを直視してくる目から一直線に放たれているからだ。だからビームは常に動き続けることで避けることが出来る。その代わりに自分が通った道を寸分違わず追ってくるから後ろに下がることが出来ない。

 そして光弾は3パターン。ビームと同じように自分が居る位置にドンピシャに撃たれるものと、ランダムで周囲に割り振られるもの。そして自分の進行方向へと先置きされるものの三つ。幸いにもこの光弾の速度はそれほど速くなく、見てから回避するのは容易だ。

 これらが今は20程の目からバラバラに撃たれている。そして一つ……また一つと閉じられていた目が開いたり、あるいは別の方向を見ていた目がイヴァンの方に寄ってくることで、段々と弾幕の密度を増していく。

 

 イヴァンは息を整えながら……更に一歩、また一歩とぐねぐねと曲がりくねりながら、ねじれと一定の距離を保ちつつ、避け続けている。

 

「……待って。何か傾向みたいなものがある」

「弾幕のだろ? イヴァンもちゃんと分かってるみたいだが……」

「そうだけど、そうじゃない。私に見える心に、あの弾幕と同じような意識の傾向みたいなのがあるの」

「ほう?」

「多分……あの第三の目(サードアイ)一つ一つに意識が宿っているんだわ。それらがイヴァンに注意を引かれることで、少しずつ目を開いて、意識を覚醒させていってる」

 

 それがイヴァンがあの弾幕の中に身を晒すことで起こっている主な変化だ。少しずつ確かに変化は起きている。だが……そこで初めてさとりがイヴァンの方を向いた。

 

「イヴァンは……あの目が全部開くまで避け続ける気みたい」

「……」

 

 正確に言えば、イヴァンにはねじれの目が開いてきている様子が分かっているわけではない。既に圧倒的な弾幕量に視界を塞がれ、ほとんどねじれの姿は見えない状態だからだ。だが、それでも少しずつ弾幕の密度が増していくなら、限界まで避け続けようという気でいるのがさとりには見えていた。

 

「……アイツなら出来るかもしれないな」

「本気で言ってるの? このままのペースで行ったら、全ての目が開くまで20分以上かかるわ。それまで避け続けるなんて、普段弾幕を使ってる私達も出来ないわよ」

「アイツ、息切れしないんだ」

「え?」

 

 ポツリと当然のように言い放った勇儀にさとりが疑いの目を向ける。だがやはりそこに嘘はなく、さとりは黙りこくるしかなかった。

 

「イヴァンは私との力比べでも、今あぁして避けてる間もほとんど息切れしてないんだよ」

「…………」

「アイツの一番の強みは多分、速度とかそういうのじゃなくて……あの持久力なのかもな」

 

 勇儀の言う通りだった。イヴァンはこの幻想郷に来てから、息切れのようなものを見せたことがない。この世界に来る直前は流石に少し堪えていたが、それは数日間走りっぱなしであったからで、それ以外では疲労が多少溜まっていても、決してそれでパフォーマンスが落ちたような様子は見せなかった。

 大抵、2級フィクサーとなれば他よりも特別秀でたものが出てきてもおかしくはないものだ。イヴァンの場合、それは持久力。全力を長時間出すことに特化した施術と、日々の激務なフィクサー業務によって養われたイヴァンの本当の武器だった。

 

「見てみるしかないだろ。あの目が全て開かれたのでも、他の何かでも。ねじれたのを解かないといけないんだろうから。危ないなら私も出る。とにかく古明地のはちゃんと最後まで見るんだ」

「……分かったわよ。あぁもう、息合わせちゃって……なんだかやりにくいわ」

 

 見る。ただ見る。心のねじれを、ねじれが具現化した異形の姿を。ねじれた心から繰り出される全ての行動を。

 ねじれさせた核心を見定める為に。

 

***

 

 ―――身体が動かない。

 何か重いものが自分の身体を覆ったあたりから記憶がない。

 

 こいしは暗闇の中で目が覚めた。そして何かの中に閉じ込められているように動かない。ピクリとも。

 そうしていると―――こいしの頭の中に何かの映像のようなものがパッと浮かんでは消える。

 

 これは……あの外来人(イヴァン)? それに、遠くに微かに見えるのはお姉ちゃん(さとり)旧都の鬼(勇儀)ではないか?

 一瞬ずつ浮かぶものがそれぞれ別の景色を……とは言っても、それらは全て見慣れた旧地獄の洞窟の様子なのだけど……まるで目が幾つもあって、それが上下左右全てを見通しているような感じがして、映像を覗くだけで酷く疲れる感じがした。

 

 ……今自分はどうなっているのだろうか。見せられる映像は、まさしく見せられているというだけであって、自分の意思でどこかを見ようとしているわけでもなければ、見えたところで何も動くことは出来ない。

 これでは今までの自分と何一つ変わっていないのではないのか。あるいは、もっと酷い状態になってしまっているような。自分の身体なのに、自分じゃない自分が勝手に動かしているように思えた。

 結局、誰も自分を見てくれてはくれない。皆して、きっと自分の名を騙った何かを見ているのだ。

 

 ……けれど。

 少しずつ目を向けて行けば、そこには。

 皆、違う方向を見てはいたけど、その表情にはどこか必死さがあって。(さとり)の目など無くても分かるほどに確かなものをそれぞれ抱いていて。

 

 だからこそ、こいしは気づいてもらいたいと思った。どうすれば、その必死さに報いることが出来るのだろう?

 どうすればその必死な目に自分の存在を気づいてもらえるんだろう? どうすれば……

 

 『けど、これで出来ることが目の前に一つあるなら……捨てるのはそれが終わってからでも構わないだろう』

 

 ―――それは、そっと自分の頭に届いた何のことも無い一言だった。

 自分に出来ること。何が残っているんだろう? きっとあの声に誘われて、全て捨て去った後なんじゃないのか。分からない。分からないけど……

 

 せめて。今起こっている全てが終わるまでは。どんなに惨めでも自分を無くさないように。

 自分を流し去ろうとしているかのような、付いては消える視界の濁流から意識を切り離すように―――()()()()()()()眼を閉じた。

 

***

 

「……」

 

 ゆっくりと、本当にゆっくりと流れて行っていると錯覚するような長い時間の中、遂に目を開きイヴァンに視線を向けている第三の目(サードアイ)が半分にもなった。つまりそれだけの数の目がイヴァンに弾幕を向けているということになる。

 ここまでは順調。ほとんどパターンの変わらない弾幕とビームが幾ら増えたところで問題はない。このまま―――

 

「っ! イヴァン! 右に逸れなさい!!」

「はっ!?」

 

 そう思っていた矢先、さとりから怒号が飛び、それにビックリしながらも反射的に言われた通りに右へと身体を逸らせば、先ほど向かおうとしていた位置に鞭のようにしなる触手の直接攻撃が叩きつけられる。先刻もあった、自分の進行方向を読んでの触手攻撃。

 だが今のは何かおかしかった。さとりに言われるまで一切気づけなかったのだ。確かに今はその弾幕量故に死角となっている部分が多い。それでもビュンっ、と大きな音まで鳴るような渾身の一撃にだけ気づかないなんてことがあるだろうか?

 

「勇儀も今の見えたわよね!? 触手が直接叩こうとしているのはアイツに教えて知らせて! あれだけ無意識の効果、意識の外からの攻撃よ! 全体を見ている私達しか察知できない!」

「あ、イヴァンの反応遅れてると思ったらそういうことだったのか、分かった!」

 

 思考が混乱しかけたが、さとりの適切な説明を聞いてなんとか頭の中で整理がついた。すなわち元のこいしの能力と同様に気づけない効果が付与された触手ということだろう。だがこれでまた一つ分かったことがある。

 

「……まさか読心と無意識を両方使えるなんて」

 

 だが今考えれば、目を閉じているものと開いているものが混在しているのだから併用できるというのもおかしくない話なのだろう。これも意識が散り散りになっているが故の挙動なのかもしれない。

 そして新しいパターンの攻撃が来たということは、ここからが本番ということだ。

 

「やるしかねぇ……」

 

 イヴァンが覚悟を決め直している間にも、また一つ、また一つと瞳は開かれる。

 

「ッ!?」

 

 今度はイヴァンの進行方向を横に薙ぎ払うようにビームを撃ってくる。咄嗟に身を翻して躱すも、ランダムに撃たれる光弾の端が肩を抉る。

 

「ッチィ!」

 

 更にまた一つ。今度も進む先に立ちはだかるように薙ぎ払うビーム。二つ、三つ、四つとそんな弾幕を放つ目が増えてくる。

 広範囲をカバーするビームが増えてきたせいで、読心以前に物理的に避けるのが難しくなってくる。それを振り払う為に、最低限の動きによる回避をやめ、ある程度走力を絡めた回避に移行する。だがあくまでも弾幕は見て避ける。あくまでも制御が効く速度域で。卓越したバランス能力(体幹)で自然な姿勢を維持しながら、右に左にと間一髪で躱し続ける。

 

「右に跳べ! 来るぞ!」

「ッ! ここでかよっ!」

 

 勇儀から飛ぶ指示。咄嗟に言われた通りに跳躍と思えるほどに90度方向転換する。

 次の瞬間には自分の傍にいつの間にか青い触手が叩きつけられた後だった。その風圧だけでこれだけは喰らえないと思わせるほどの威力だと分かる。イヴァンの頬に冷や汗が垂れる。

 

「もう7割は開いたわ。でも……」

「あとはもうイヴァンの根性だろ……」

 

 勇儀も触手攻撃を事前に教えるのが関の山。さとりはねじれに集中しなければならない以上何も手助け出来ない。

 勇儀の言う通り、あとはもうねじれとの我慢比べ。ねじれが全てを解放し切り何かのとっかかりを落とすのが先か、イヴァンが先に尽きるかの勝負だった。

 

「どうなってやがる……もうよく見えねぇ……!」

 

 弾幕。粉塵。光とそれを遮る煙幕が延々と自分の周囲を囲む状態で、イヴァンは一歩を踏み続ける。足の踏み場を探し、踏んだ足から駆ける方向を探り、自分を執拗に狙い続ける弾幕の嵐を掻い潜る。既にイヴァンの身体にも、服にも弾幕が掠って焼けた跡が幾つも作られていた。右腕を固定していたギプスと包帯は弾幕に千切られ、力も入らないままの右腕がぶらん、と垂れていた。

 

「……!――――――!」

「……何言ってんのかも分からねぇ」

 

 光弾の着弾音もイヴァンの聴覚の限界を超えて炸裂し続けている。そのせいでもうさとりの声に関してはほとんど聞こえてこない。ギリギリだが時々来る勇儀の触手攻撃の予報だけは聞き取れて、それによって今まで致命的な一撃だけは受けることなくここまで来れている。だがそれも限界がやってきている。

 

「っ!? おい―――!? イヴァ―――……てる!!」

 

 最早何がどう来ているのかも分からない、でも辛うじて勇儀の声であることだけが分かる言葉がイヴァンの耳に届く。でも弾幕を見たところで、一体何が来ているのか見当もつかない。最早、弾幕と弾幕の境目すらも曖昧で、自分がどうやって避けているのかもほとんど覚えていない。脳が限界を超えて稼働し続けているのだろうか。よくもまぁ、まだ生きているものだ、と無意識に自分に感心すらしていた。

 ともかく―――自分にまた一つ危機が訪れているらしい。どうにかして避けなくてはいけない。ほとんど前後不覚のような、どこを見ても何一つ代わり映えのしない死地の中から。どうにかして。

 

「……ふぅ」

 

 一つ。疲れを吐き出すように息を吐く。ここまで来たらシンプルに考えるしかないだろう。ぐぐっ……と姿勢を低くし、足に力を溜める。ただそれだけ。自分に迫る見える分の弾幕が―――イヴァンに直撃しようかというその刹那に、溜めた力をただ解放した。

 

 ダッ!! 地を蹴る音と共に急激にグンッと加速するイヴァン。ただ全力で走るだけ―――だが本来人が走って出るような速度ではないソレは、即座に押し寄せる弾幕の波から脱出させることに成功させる。

 

 ッパァン!!! その直後に自分の背後から聞こえる巨大な風切り音。振り向けば、何度目かの触手攻撃がほぼ真後ろを掠めたところだった。

 それだけでなく、さっきまで自分が居た場所を取り囲むように照射された8つのビームが、まるで何かの罰ゲームかのように縮まっていく様子が見えた。

 恐らくねじれの狙いは、あの取り囲むビームから命からがら飛び出した自分を進行方向を先読みした触手で仕留めるつもりだったのだろう。だがそれは叶わなかった。それはねじれの予想以上の速度でイヴァンが加速したからだった。

 

「~~~あっぶね! 死ぬとこだったじゃねぇか……!」

 

 もっとも、その理由にイヴァンは気づいていなかったが。実際には簡単なことで、今のイヴァンには重荷(デリバリーキャリア)が無いからである。正確に言うなら機械鞄から出るエネルギーを纏った方が総合的な速度は速いものの、今はそれがない状態としてイヴァンは自分の出せる最高速度を見積もっていたのだが、自分がいつも持っているものを外しているということに関しては完全に忘れていたが故に、イヴァン自身が思っているより加速出来て、その分の誤差で助かっていたのだった。

 

 ともかく弾幕の檻から脱出出来たおかげで今のねじれがどういう状態なのかイヴァンからも確認することができた。閉じている目はあと僅か……あと1分もしないうちに全ての目が開かんというところだった。

 

「もう少しで……っ!」

 

 しかしそうはさせまいとしているのか……あるいは単純に目がほとんど開かれたが為に力の最大値を引き出された状態に近いからなのか。ドドドドド!! と雪崩のような勢いの弾幕壁がイヴァンに向かって押し寄せてくる。

 

「あぁ、最後まで狙ってこい! 付き合ってやるよ!」

 

 ダッ!!! 最早避けるというよりも弾幕よりも早く駆けようかという勢いで再びイヴァンが全力疾走する。そのまま洞窟の壁の方へと一直線で駆けていく。

 

「うおおおぉぉ―――!!」

 

 その勢いのまま壁へ突っ込み、壁の僅かなとっかかりへと足を引っかけた―――そして壁を蹴りつけ、速度を殺さぬまま壁を駆け上る。弾幕壁ももう先読みもクソもなくイヴァンを追いかけて、追い詰めて行く。

 バッ―――僅か三歩。壁の頂点まで駆けたところで遂に空中に身を投げる。それは誰がどう見ても絶対絶命の図。絶えず追いかけてくる弾幕もそうだが―――そんな身動きが取れない状態のイヴァンを待ち構えていたものがあったからだ。

 

「―――やっぱな」

 

 これだけはもうイヴァンにも予測がついていたものであった。ねじれの必殺の青い触手がイヴァンの目の前で、今まさにしなりをあげながら、振るわれんとしている最中だった。それが今回に限ってどうして自分にも認識出来たのかまで考える余裕はもうない。イヴァンの……否。この光景を見ていたこの場全ての者の緊張が最高潮になる。頭の中がぐちゃぐちゃになったイヴァンはそれでも咄嗟に抵抗を―――

 

「―――ッ!! あぁぁ―――!!」

 

 北部ヂェーヴィチ協会の制服。上着を咄嗟に脱いで、左手を上手く使って、そんな布切れで触手の攻撃を絡めとり、受け止める。ただの服のように見えるがこれはれっきとしたフィクサー用の防具。特に高位フィクサーの制服は生半可な刃物なら跳ねのけるような強靭な繊維で出来ている。それに今のイヴァンは空中。決して踏ん張れるような状態にはない。なら一瞬だけでも受け止めてしまえば―――

 

「っ……! いっづ……!?」

 

 ヴォン!! 触手はイヴァンの身体を切り裂くことは叶わず、そのまま踏ん張りが効かないイヴァンをぶん投げる形になる。猛烈な勢いで背中から壁にぶつかって、肺の空気を全て吐き出してその場にぐったりするが……なんとか渾身の一撃を耐えきり生き残った。

 だが当然生きているのなら、弾幕の豪雨は止まることなく追ってくる。遂に全ての手段を出し切ったイヴァンにもう凌ぐ手はない。ここで終わりだ。

 

「もう終わりだ。よく耐えた、イヴァン」

 

 そう。全てはもう終わっていた。

 ねじれのほぼ全ての目は……イヴァンとの弾幕戦によりしっかりと開かれていた。そして―――

 

「あの子の心は……感情は、常にあの石碑の中へと流れているわ。散り散りに分割された意識同士で通信しているように。そうしてあの第三の目(サードアイ)で見た視覚を共有している。でもそれが滞っている場所が……()()()()()()()()()

 

 最後に一つだけ、目が開き切っていない。まるで開くのを拒むかのように閉じ続けているそれは、恐らくこいしの抵抗の証であり―――それ以外の全てが開き切ったからこそ、最後の残りの場所を特定することが出来た。さとりはその閉じた最後の第三の目(サードアイ)の根本。石碑のやや右上の部分を指さした。

 

 そうなれば……後はもうこの機を待っていた者の出番である。

 

「ったく。鬱憤溜めすぎだ」

 

 その言葉の瞬間、イヴァンに向けられていたはずのねじれの目が全て勇儀へと向けられた。

 この場にいる全てが本能で感じ取った。この場で最も強い脅威を。鬼の本気を。圧という圧を全て放つような圧倒的な存在感を。

 今の今まで温存されていたが故に―――この一瞬に全てをかけて放出する力の解放を。

 

 一歩。ねじれの弾幕がそのまま勇儀に向けられる。だが―――勇儀の周囲に大量の弾幕が直接出現し、向かい来る弾幕を全て相殺する。

 

 二歩。更に一回り遠い周囲に弾幕を展開する。触手の直接攻撃を、直前に食い止めるように弾幕壁が押しのける。

 

 そして―――三歩。全てを埋め尽くす必殺の弾幕。今まさに鬼の前に―――敵は無し。

 

 四天王奥義『三歩必殺』

 

 無防備になった石碑の本体に勇儀の拳が深々と突き刺さる。さとりが指定した場所ドンピシャ―――突き崩した所から全体にヒビが入り、その固く脆い身体が崩れていく。

 そしてそこから―――今までずっと閉じ込められていたのだろうか。三人が見おぼえのあるこいし本人が、眠った状態で石碑から弾き出されたのだった。

 

「ははっ!! お目覚めの時間だよ、古明地の妹!」

「こいし!!」

 

 ようやくさとりも戦闘の渦中に飛び込んでいく。タンッ、タンッ、タンッ。崩れ飛ぶ石碑の欠片を蹴り、加速するように軽やかに避けながら、空中に放り出されたこいしを優しく抱き留めた。

 息はある。生きている。抱きしめたことでそれが分かり、さとりの目に涙が滲む。安堵と歓喜。全てが上手く行ったことへのとめどない正の感情が―――

 

「え……これ……!?」

「あん……?」

 

 だが最後の最後で気づく。こいしの閉じた青色の第三の目(サードアイ)。そこから追加で生えたのだろう触手が、未だに石碑の中と繋がっていた。

 

 崩れ行く石碑から繋がれている数多の第三の目(サードアイ)が、さとりとこいしの二人を見ていた。

 だがその異形の光景に気圧されることもなく、さとりは残されたねじれた意思が考えていたことを、自身の第三の目(サードアイ)でしっかりと見ていた。そしてようやくこいしが置かれていた本当の状態を理解した。

 実はねじれた瞬間、こいしの無意識は咄嗟に防衛反応を見せていた。それはねじれた本人にも分からなかった衝動。あるいはいつもの能力の反応だったのか。結果としてねじれた心を携えたこいしの意識と、今までと同じ自我を内包した無意識とで分かたれていた。完全なねじれのように見えたそれは、ある意味では不完全だったのだ。

 そうして最後に残った自我を……ねじれはどうにか浸食しようとしていた。戦闘が……遊びが長引くほどに目を開いていったのは、ねじれた欲求が刺激され活性化していたから。

 

 結果としてそれがこいしの無意識の抵抗をも激化させ、その反応をさとりが捉えたことによって助けることが出来た。いや……きっとこいしの自我が途中で覚醒することがなければ、取りだすことすら出来なかったのだろう。今こうやって、ねじれとこいし本人が完全に分離していたのは奇跡のようなものだったに違いない。

 だが、まだ……ねじれが最後の執着を見せ、繋がっている触手から今もなおこいしの無意識を浸食しようとしていることも、さとりには分かっていた。

 

「……貴方は悪くないわ。こいしからねじれて生まれてしまった、貴方という意識は何も悪くない」

 

 ゆっくりとさとりはねじれに手を向けた。

 

「でもどれだけ歪でも……それが後悔だらけだったとしても。こいしの自我を形作って来た今までを……私の妹の人生を否定させてあげるわけにはいかないのよ」

 

 それが例え、妹自身の本音であったとしても。

 そうであったならきっと……そんなことない、と叱咤することこそが姉がするべきことであるのだろうから。

 

 ピチュン。さとりの手から放たれた矢のような光弾が崩れかけていた石碑にトドメを刺す。全ての未練を抱えながら……歪んだ本音が書き記されていたのだろう、巨大な石くれは灰となって消えていった。

 

「……今まで」

「……!」

「今まで……そんなこと、言ってくれなかったのに……」

 

 さとりに、その声に顔を向ければ、朧気に目を覚ましたこいしと目が合った。その言葉に僅かにバツが悪そうな表情をして。

 

「その……今回、ちょっとみっともなく喚くのが多かったから、最後ぐらいはしっかりしないとと思ってね……ごめんなさい、こいし……私は……」

「……そっか。うん……ありがとう、お姉ちゃん……」

「……うん」

 

 その珍しい表情に、こいしにもさとりの言葉が本心であったのが分かったのだろう。さとりが胸の中の後悔や……先ほどは責務を優先しかけていた無念を吐き出そうとしていたのを優しく遮って。

 石碑と繋がれていた触手も遂には消え去る。心のねじれも(ほど)け、全ての脅威は取り除かれる。

 崩れ去るねじれた自分(石碑)の音を背景に、穏やかな顔で再び眠りについたのだった。

 

 

「…………あぁ」

 

 一方で壁に叩きつけられたイヴァンは、何がどうなっているのか遠目には分からず。とりあえず石碑がぶっ砕けたことで良い方向に進んだんだろうという希望的観測の下、はちゃめちゃに痛む身体をどうにか休ませようと藻掻いていた。そこに盃を拾い直してそのまま酒を呷りながらやってきた勇儀が顔を覗き込んでくる。

 

「はは、流石にくたびれてふにゃふにゃになってるね、イヴァン」

「終わったのは流石に分かったけど……どうなった?」

「成功。古明地の妹は無事帰ってきたよ」

「……なら良かった」

 

 まとまらない思考の中を色々な感情が埋め尽くす。それが身体に力が入らない中で、表情だけを微かに綻ばせた。

 

「私たちも帰ろう。ほら、背負ってってやるさ」

「うげ……最後ぐらい自分の足で歩かないとみっともなくないか……?」

「一番頑張った奴がそんなこと気にするなっての! ほれ!」

「いでででで!」

 

 無理やり引っ張りこまれ、勇儀に背負われる形になる。もう背負うのはいいけれど、もう少し優しくしてほしかった、と愚痴るイヴァンに勇儀の笑い声が木霊した。それがより、ここで戦った全員に事件の解決を優しく実感させるのだった。

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