リゼロガチ勢がリゼロ世界に転生してしまう話 作:愉悦希望者/らるす
前回の投稿からこんなに時間がたってるとは、、、、
しかも四期の二クールめが始まってますよ!!!!!!!!!!
そんなこんなで急いで書きあげました、今回は少し長めです。
戦闘描写マジでむずかった。
良ければ感想お待ちしてます!!!!
開いた窓からは暖かな日差しと爽やかな風が吹き込んでいる。
そんな春の訪れを感じさせる穏やかな部屋には、なんとも珍妙な光景が広がっていた。
「あの……いったい僕はどうしたらいいのでしょうか、おばあさま」
「何もせずとも、おとなしく僕に撫でられていればいいのですよ、ラインハルトくーん!」
そこには、「あはっ」「ぐへへっ」などと、変態と言って差し支えない醜態をさらすアトラスの姿があった。
抵抗むなしくアトラスに抱きつかれ、頭を撫で回されているラインハルトは困惑の表情を隠せず、自身の祖母へ助けを求める。
「私としては、ラインハルトと仲良くしてくれてよかったと思っているわよ?」
アトラスの奇行を見なかったことにして、ラインハルトを見捨てたテレシアは楽しそうに微笑んだ。
「おばあさま……」
ラインハルトはがっくりと肩を落とす。
そして抵抗がなくなったのをいいことに、アトラスはさらに満足いくまでその頭を撫でようとする。
ラインハルトも、とんだ変態に捕まってしまったものである。
見かねたエレノアがラインハルトからアトラスを引き剥がし、そのままラインハルトへ謝罪した。
「こら! そろそろ離れなさい! ラインハルト君も困っているでしょう。ごめんなさいね、ラインハルト君。この子も同年代の子に会えて、はしゃいでいるのよ。どうか許してあげてちょうだい」
「はい、エレノアさま。僕でしたら大丈夫ですので、お気になさらずに。僕も同年代の子と会うのは初めてでしたから!」
「そうかそうか! 分かってくれるか! ラインハルト君!!」
「ああ。僕も友達ができるのは初めてなんだ。仲良くしてくれると嬉しいな、アトラス君!」
生来の人の良さがそうさせるのか。
あっさりと受け入れてくれたラインハルトに、アトラスは喜びを隠せなかった。
二度目の人生とはいえ、あまり友人関係を育んでこなかったアトラスにとって、それは純粋に嬉しいことだった。
それが『Re:ゼロから始める異世界生活』の登場人物であるということを差し引いても、すでにアトラスはラインハルトを気に入っていた。
「それはぜひ、私の方からもお願いするよ。アトラス君」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、白髪の混じる一人の男性だった。
その身から放たれる鋭さには老いを感じさせるものがなく、ただ立っているだけだというのに、その佇まいには一切の隙が見られない。
「私はヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。エレノア殿、アトラス君。今日は良い日にいたしましょう」
剣鬼ヴィルヘルム。
この世界に数多存在する伝説、その一角を担う英雄の一人。
今代の剣聖に剣で勝ち、その実力は先の亜人戦争においても存分に発揮された。
そんな剣鬼と剣聖の夫婦を前にし、アトラスは興奮を隠しきれず声を上げた。
「あなたが剣鬼との呼び声高いヴィルヘルムさまですね!! このアトラス、英雄譚には抜かりがありません!」
一見すれば、おとぎ話の英雄に憧れる可愛らしい子供に映るところだが、その胸中は本物のヴィルヘルムに会えた歓喜で埋め尽くされていた。
「はっはっは! このような幼子に褒められるとは。この老骨には嬉しい限りです」
「あなたは何かと有名だものね。せっかくの懇親会だもの! アトラス君、良かったら今日は楽しんでいってね!」
「はい! 改めまして、アトラス・エルカディアと申します。本日このような場を設けていただき、誠に感謝に堪えません! お言葉に甘えて、存分に楽しませていただきます!!」
こうしてアストレア家とエルカディア家の懇親会は始まり、話に花を咲かせていった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
口の中に甘い紅茶の香りが広がり、心に安らぎをもたらす。
子供の舌にも合うようにとの配慮なのか、紅茶は冷たく爽やかだ。
添えられた茶菓子は反対に甘さを控えめにしてあり、甘い紅茶との組み合わせは実に素晴らしい。
そうしてお茶を味わいながら、アトラスは感嘆の声を漏らした。
「では、ラインハルト君はすでに剣を扱い始めているのですね! 僕と同い年とは思えません! すごいね、ラインハルト君!!」
「そんなことないよ! おじいさまに勧められて、剣を持ったばかりだしね」
「アトラス君もどうかな?」
ヴィルヘルムが紅茶のカップを置きながら言った。
「この後、試しに剣を持ってみては。私も剣鬼と呼ばれた身、君のような幼子に軽く教える程度なら造作もないことです。それに、ちょうど孫の相手も探していましたのでね」
剣鬼自らが剣の指南をする。
それがどれほど価値のあることなのか、前世の感覚が強いアトラスにはいまいち実感できていなかった。
だが、その提案はまさしく渡りに船である。
前々から剣や魔法には当たり前のように興味があり、試せないものかと考えていた。
しかし、当然ながら三歳児に武器を持たせようとする者などおらず、今までまともに試す機会がなかったのである。
「それは願ってもないことです!! ぜひ、ご指導のほどお願いします!!」
「ラインハルトも、それでいいな」
「はい! もちろんです、おじいさま! アトラス君、僅かとはいえ僕も剣を握りました。力になれるように僕も頑張るよ!」
「よろしく頼むよ、ラインハルト君!」
アストレア家の敷地は広く、中庭には訓練を行うための場所も設けられている。
懇親会に参加していた者たちは場所を移し、今はその訓練場へと集まっていた。
中心に立つのはヴィルヘルム。
その傍らにはラインハルトとアトラスが並び、その他の者たちは見物と称して少し離れた場所でお茶会を続けている。
「まずは木剣で、剣の構え方や振り方など、基本からお教えしましょう」
「はい!」
ヴィルヘルムから子供用と思われる小さな木剣を手渡され、その柄を握ったアトラス。
――その瞬間だった。
「……?」
妙な感覚があった。
軽い。
いや、木剣そのものが軽いという意味ではない。
手に馴染む。
あまりにも、馴染みすぎる。
前世はもちろん、今世においても初めて握るはずの武器。
それなのに、柄の太さも、重心も、剣先まで続く重量の流れも、最初から知っていたように感じられた。
手首をわずかに返す。
足を半歩だけ引く。
腰を落とす。
肩から余計な力が抜け、剣先が自然と正面へ向く。
誰に教えられたわけでもない。
頭で考えたわけでもない。
ただ――そうするのが正しいと、身体が知っていた。
「――――」
その瞬間。
「っ!?」
「……!」
ヴィルヘルムとラインハルトが同時に息を呑んだ。
風が止まった。
そう錯覚するほど、その場の空気が変わる。
小さな少年が木剣を構えただけ。
それだけのはずだった。
しかしヴィルヘルムには、一歩踏み込めば首を落とされる光景が見えた。
ラインハルトには、自分が先に動かなければ斬られるという確信が生まれた。
理屈ではない。
身体が。
本能が。
目の前の幼子を『敵』として認識した。
ラインハルトの木剣が反射的に上がる。
ヴィルヘルムの手も、気付けば腰の剣へ伸びていた。
「……え?」
当のアトラスだけが、何が起きたのか理解していない。
「二人とも、どうかされましたか?」
木剣を下ろす。
同時に、張り詰めていた空気が嘘のように霧散した。
「……いいえ。なんでもありません。失礼しました」
ヴィルヘルムはゆっくりと手を離す。
だが、視線はアトラスから逸らさなかった。
構え。
重心。
間合い。
剣先。
どこを取っても、初めて剣を握った幼子のものではない。
完成されている――などという言葉では足りなかった。
むしろ、あれには完成という概念すら不要なのかもしれない。
必要な形を。
必要な瞬間に。
当然のように取った。
「アトラス君」
「はい?」
「早速ですが、ラインハルトと模擬戦をしましょう」
「えっ!? いきなりラインハルト君とですか!?」
「はい、おじいさま。僕からもそうお願いしようと思っていたところです」
「ラインハルト君まで!?」
ラインハルトの青い瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。
幼い好奇心。
そして、それ以上に強い競争心。
「アトラス君。君と剣を交えてみたい」
「……僕は構わないけど」
(いやいやいやいや!)
内心では全力で叫んでいた。
(相手ラインハルトだぞ!? まだ三歳とはいえラインハルトだぞ!? この時点でもどう考えたって化け物だろ!!)
なのに。
心臓は恐怖ではなく、楽しさで高鳴っていた。
(でも――やってみたい)
その気持ちに嘘はつけなかった。
二人は距離を取って向き合う。
ヴィルヘルムが中央から離れる。
少し離れたところでは、テレシアとエレノアが心配そうに見守っていた。
「ヴィルヘルム、本気なの? いきなりラインハルトとなんて」
「見ていれば分かる」
「でも……」
「少なくとも、あの子はただの初心者ではない」
ヴィルヘルムはそう言い残し、二人へ視線を戻す。
アトラスは木剣を構えた。
今度は先ほどのような異様な圧はない。
しかし。
構えそのものに揺らぎがなかった。
ラインハルトも木剣を持ち、腰を落とす。
二人の間に吹いていた風が、砂埃を僅かに巻き上げた。
「では――」
ヴィルヘルムが片手を上げる。
それまでどこか和やかだった空気が、その動作一つで張り詰めたものへと変わる。たかが三歳児同士の模擬戦、それも片方は今日初めて剣を握ったばかりだというのに、なぜかアトラスの心臓は先ほどから激しく鼓動を刻んでいた。
目の前に立つのはラインハルト・ヴァン・アストレア。
後に世界最強と呼ばれる男。
だが今は、自分と同じ三歳の少年にすぎない。
――そのはずなのだ。
「始め!」
ヴィルヘルムの声が響く。
その瞬間、それまで確かに正面に立っていたはずのラインハルトの姿が、アトラスの視界から掻き消えた。
「――え」
消えた、という認識がそもそも間違っていた。
ラインハルトはただ一歩、前へ踏み込んだだけだ。
しかし地面を蹴る音が耳へ届いた時には、すでに互いの間にあった距離はなくなっている。三歳児の肉体から繰り出されたとは思えない加速に、アトラスの思考は完全に置き去りにされた。
眼前。
ラインハルトの両手に握られた木剣が、大きく横へ薙ぎ払われる。
(――速っ!)
避ける、という選択肢を思いついた時には遅い。
視界がその剣筋を捉えきれず、ただ茶色い軌跡だけが迫ってくる。
なのに――。
身体だけが、思考より先に答えを出した。
「っ!」
ほとんど反射的に持ち上げた木剣が、迫る一撃とぶつかり合う。
乾いた音が訓練場に響いた。
防げた。
そう理解するより早く、衝撃が両腕へと突き抜ける。
「ぐっ……!」
(重っ!?)
木剣を握る手が痺れ、腕の骨そのものを揺さぶられたような感覚が走った。
到底子供の一撃とは思えない。
受け止めたはずなのに力を殺しきれず、アトラスの小さな身体はそのまま後方へ押し込まれていく。
一歩。
二歩。
三歩。
靴底が土を抉り、ようやく勢いが止まった時には、最初に立っていた位置から大きく後退させられていた。
(無理無理無理! 力比べしたら絶対勝てないって!)
たった一合。
それだけで分かる。
単純な力も、速度も、身体能力そのものが違いすぎる。
アトラスが内心で悲鳴を上げている間にも、ラインハルトはすでに次の動作へ移っていた。
木剣を素早く引き戻す。
その肩がわずかに沈んだ。
それを見た瞬間、アトラスの頭の中に、なぜか次の剣筋が浮かぶ。
(右――!)
直後、予想通りに右上から斜めへ木剣が落ちてきた。
今度は見える。
いや、剣そのものが見えたわけではない。
ラインハルトの足運び、肩の入り方、視線。
それらを見た瞬間に、どこへ剣が来るのかを身体が理解した。
真正面から受ければ、先ほどと同じように力で押し潰される。
だから受け止めない。
アトラスは木剣を斜めに傾け、迫る刃へ自らの剣の腹を添えた。
「――っ!」
木と木が擦れ、耳障りな音を立てる。
衝撃を真正面から受けるのではなく、横へ。
ラインハルトの一撃を、その勢いのまま外側へ流す。
「……!」
それまで完璧だったラインハルトの姿勢が、初めてわずかに崩れた。
ほんの少し。
それこそ瞬きをすれば見逃す程度の隙。
だがアトラスには、それが妙にはっきりと見えた。
(今だ!)
考えるより早く足が動く。
地面を蹴り、ラインハルトの懐へ踏み込む。
狙うは胴。
初めて自分から振るう剣だというのに、剣先は驚くほど迷いなくその位置へ吸い込まれていった。
「はっ!」
横薙ぎに振るわれた木剣がラインハルトの服を捉え――る、その寸前。
ラインハルトは半歩だけ後ろへ下がった。
大きく跳んだわけではない。
必要なだけ。
ほんのわずかに身体を後方へ逃がしただけで、アトラスの木剣は衣服の表面を撫でるように空を切った。
「惜しい!」
避けながら、ラインハルトが楽しそうに声を上げる。
「くぅぅ!!」
アトラスは悔しげに顔を歪めたが、当然そんなことをしている暇はない。
外した剣を戻すよりも先に、ラインハルトが再び前へ出る。
先ほどとは逆。
低い位置から鋭く跳ね上げられる木剣。
咄嗟にアトラスは自分の剣を下げ、斬り上げを受け止める。
ガンッ、と先ほどよりも重い音が鳴った。
「うわっ!」
今度は腕そのものが大きく上へ弾かれる。
木剣ごと両手を持ち上げられ、胸元が完全に無防備になった。
その隙を逃すようなラインハルトではない。
剣を振り切った勢いのまま、肩からアトラスの懐へ入り込んでくる。
(まずい!)
アトラスは反射的に身体を横へ投げた。
綺麗に避ける余裕などない。
地面へ転がり込み、小さな身体が土の上を一回転する。
服も髪も砂まみれ。
だが直撃だけは避けた。
「危なっ……!?」
慌てて身体を起こし、顔を上げる。
――もういる。
ラインハルトが目の前に。
(いやいやいや、速すぎるって!!)
木剣が振り下ろされる。
受ける。
すぐに横薙ぎ。
流す。
返すような逆袈裟。
後ろへ退いて避ける。
一息つく間もない。
ラインハルトは攻撃の手を緩めず、アトラスはそれを捌くだけで精一杯だった。
右。
左。
上。
下。
一撃を受ければ次が来る。
剣と剣が何度もぶつかり合い、乾いた音が連続して訓練場へ響いた。
力任せに受ければ腕が持たない。
だから流す。
流せないなら避ける。
避けきれないなら後ろへ下がる。
最初はただ必死だった。
どうすれば当たらないのか。
どうすれば倒されないのか。
それしか考えていなかった。
しかし。
十合にも満たない攻防の中で、アトラスの中に奇妙な変化が起き始めていた。
(……あれ?)
先ほどまで速すぎて見えなかったラインハルトの剣が。
見える。
四撃目。
剣が来るより先に、肩がわずかに上がった。
(上から来る)
身体を半歩ずらす。
予想通り、頭上を狙った木剣がすぐ脇を通り過ぎた。
五撃目。
左足が深く踏み込まれる。
(突き)
剣が放たれるより一瞬早く木剣を立て、穂先を横へ弾く。
六撃目。
ラインハルトの視線が、ほんのわずかにアトラスの右肩へ向いた。
(右――いや違う)
視線の誘導。
わざと右を意識させる。
本命は反対側。
(左!)
アトラスは木剣を返した。
直後に左から迫ってきた剣と、寸分違わぬ位置で激突する。
「っ!?」
ラインハルトの目が初めて大きく開かれた。
それまで防ぐだけだったアトラスの剣が、真正面から自分の剣を弾き返したのだ。
「……見えた」
思わずアトラスの口から言葉が漏れた。
「え?」
問い返したラインハルト以上に、言った本人が驚いている。
別にラインハルトが遅くなったわけではない。
今も十分すぎるほど速い。
だが、先ほどまで理解できなかった動きが、今は分かる。
次に何をするのか。
どこから剣が来るのか。
どこへ足を置けばいいのか。
どう剣を動かせば、最小限の力でそれを捌けるのか。
考えているわけではない。
むしろ考えるという段階そのものを飛び越えている。
目で見た瞬間に。
身体の中へ答えが浮かんでくる。
(なんだこれ……)
怖い。
そして。
(――楽しい!)
それ以上に、どうしようもなく楽しかった。
「行くよ、ラインハルト君!」
「うん!」
今度はアトラスが踏み込んだ。
先ほどまでとは逆。
自ら間合いを潰し、右から剣を振るう。
ラインハルトが難なく受け止める。
当然だ。
力では勝てない。
ならば、力比べをしなければいい。
剣と剣が触れた瞬間に手首を返し、木剣同士を絡ませる。
ラインハルトが押し返そうとする力をまともに受けず、その方向へ自分の剣を滑らせた。
互いの剣がずれる。
アトラスはそのまま手首を返し、反対側からラインハルトの肩を狙った。
「っ!」
ラインハルトが上体を反らす。
避けられる。
だが、最初からそこまで計算していたわけでもないのに、次に何をすればいいのかはすでに身体が知っていた。
上を避けた。
なら、次は足。
アトラスは腰を落とし、そのまま低い位置を薙ぐ。
ラインハルトが地面を蹴り、小さく跳んだ。
(跳んだ――!)
空中では自由に動けない。
着地する場所も限られる。
アトラスはラインハルトが地面へ足を戻す、その瞬間を狙って踏み込んだ。
「はぁっ!」
今度は真っ直ぐな突き。
木剣の先が胸元へ走る。
ラインハルトは間一髪、剣の腹を滑り込ませてそれを外へ受け流した。
だがアトラスは止まらない。
弾かれた剣を無理に戻そうとせず、その勢いを利用して身体を回す。
半回転。
逆側から再び剣を振るう。
ラインハルトはそれも受ける。
アトラスは一歩前へ。
さらに一歩。
いつしか、先ほどまで押し込まれていた立場が逆転していた。
剣を振る。
受けられる。
なら次。
避けられる。
なら、その避けた先。
アトラス自身、何をしているのか半分も理解できていない。
それでも身体は迷わない。
戦えば戦うほど。
剣を振るえば振るうほど。
余計な動きが削ぎ落とされていく。
最初は大きかった踏み込みが小さくなり。
余分に入っていた肩の力が抜け。
無意識のうちに間合いを測り。
ラインハルトがどこに逃げるかまで予測するようになる。
「……これは」
離れた場所から模擬戦を見守っていたテレシアが、思わず声を漏らした。
その横に立つヴィルヘルムも、先ほどから一度たりとも二人から視線を外していない。
「成長している……?」
テレシアの言葉に、ヴィルヘルムはすぐには答えなかった。
目の前で起きていることを、剣士として正しく理解しようとしている。
アトラスは剣を教わっていない。
型も知らない。
足運びも知らない。
剣士として積み上げるべき基礎など、何一つ持っていない。
それなのに。
数合前にラインハルトから受けた動きを、そのまま自分なりの形に組み替えて使っている。
相手が避ければ、その避け方を覚える。
受ければ、受け方を覚える。
剣を振るうたびに、ラインハルトとの戦いに必要なものだけを拾い上げ、自らの中へ取り込んでいく。
「……違う」
ヴィルヘルムの目が鋭く細められた。
「え?」
「学んでいる、という言葉では足りない」
教えられたものを覚えるのが学習なら、これは違う。
目の前で起きたことを理解し。
必要な部分だけを掬い取り。
次の瞬間には自分のものとして使っている。
「適応している」
ヴィルヘルムの言葉には、わずかな驚愕が滲んでいた。
それは長い人生を剣に費やしてきた男だからこそ理解できる異常。
相手と剣を交えるたび。
少年はその相手を倒すための剣へと変わっていく。
訓練場の中央。
アトラスが大きく踏み込んだ。
「はぁっ!」
上段から振り下ろされた剣を、ラインハルトが真正面から受け止める。
木剣同士が噛み合い、二人の力がぶつかり合った。
当然、このまま押し合えば勝つのはラインハルトだ。
それはアトラス自身が一番よく分かっている。
だから。
押さない。
むしろ。
力を抜いた。
「っ?」
それまで剣越しに抵抗していた力が突然消え、押し返そうとしていたラインハルトの身体がほんのわずかに前へ流れる。
その瞬間をアトラスは逃さない。
相手の剣へ添わせるように自分の木剣を滑らせ、そのまま腕を引く。
二本の木剣がするりと外れた。
押す相手を失ったラインハルトの剣が、その勢いのまま空を切る。
「――!」
初めて。
はっきりとした隙だった。
剣は外。
重心も前。
胸元が完全に開いている。
(取った!)
アトラスの中に、勝利を確信する感覚が生まれた。
地面を蹴る。
最短距離を踏み込みながら、引いた木剣を胸元へと返す。
届く。
あと一歩。
いや、半歩。
剣先はすでにラインハルトのすぐ目の前まで迫っている。
テレシアが目を見開いた。
ヴィルヘルムの眉が僅かに上がる。
エレノアが息を呑む。
誰もが。
ほんの一瞬だけ。
アトラスの勝利を幻視した。
「――すごいね」
その状況で。
ラインハルトは笑った。
「え?」
その表情を見た時。
アトラスの背筋に、嫌な感覚が走った。
直後。
ラインハルトの姿が、視界の下へ沈む。
アトラスの突きを避けるために大きく後退したわけではない。
膝を折り。
腰を沈め。
ただ剣が通る軌道から身体を外した。
それだけ。
最小限の動作で攻撃をかわしたラインハルトは、その低い姿勢から木剣を跳ね上げる。
(まず――)
アトラスの身体が反応する。
空振りした剣を戻す。
防ぐ。
そうしようとした。
だが。
今までと違う。
分かっているのに。
身体が追いつかない。
ほんの僅か。
剣一本分にも満たないほどの遅れ。
それが勝敗を決めた。
カァンッ!!
「っ!?」
跳ね上げられた木剣が、アトラスの手元を正確に打ち抜いた。
衝撃が手首から肘まで駆け抜ける。
指が痺れ、握っていたはずの木剣がその手から離れた。
「あっ――」
木剣が宙を舞う。
くるくると回転し、春の日差しを受けながら高く浮かび上がった。
アトラスの視線が、それを追う。
たった一瞬。
戦いの最中に相手から目を切った。
それだけで十分だった。
視線を戻した時には。
すでに。
「――あ」
胸元へ木剣の切っ先が突きつけられていた。
触れてはいない。
だが、あと少しでもラインハルトが腕を伸ばせば、確実に届く距離。
アトラスはそこで完全に動きを止めた。
荒い呼吸。
熱くなった身体。
痺れる手。
その全てが急に戻ってくる。
先ほどまで耳に入っていなかった風の音が、妙にはっきり聞こえた。
「そこまで!」
ヴィルヘルムの声が訓練場へ響く。
ラインハルトはその声に従い、すぐに木剣を下ろした。
だがアトラスは動かない。
胸元に剣を向けられていた姿勢のまま。
一秒。
二秒。
三秒。
ようやく状況を理解したのか、ゆっくりとラインハルトを見上げる。
「……僕の、負け?」
「うん」
ラインハルトが頷く。
その顔に勝ち誇った様子はなく、むしろ興奮したような笑顔が浮かんでいた。
「でも本当にすごかったよ、アトラス君。途中から剣が全然――」
「負けたあああああああああああ!!!!」
「アトラス君!?」
突然の絶叫。
アトラスはその場に膝から崩れ落ち、そのまま両手を地面について項垂れた。
「いや分かってた!! 分かってたよ!? ラインハルト君だもん!! そもそも勝てると思う方がおかしいって分かってた!!」
ぽかぽかと小さな拳で地面を叩く。
「でも途中から! 途中からちょっと『これ、もしかしていけるんじゃない!?』って思っちゃったんだよおおおお!!」
「え、えっと……ごめん?」
「謝らないで!!」
勢いよく顔を上げる。
「むしろ最高だったよラインハルト君!! やっぱり強い!! すごい!! かっこいい!!」
「そ、そう……?」
「うん!!」
涙目のまま満面の笑顔で親指を立てるアトラス。
ラインハルトはそんな新しくできた友人をどう扱えばいいのか分からず困った顔をしながらも、最後にはつられるように笑みを浮かべた。
その光景だけを見れば、初めて一緒に遊んだ子供同士の、なんとも微笑ましい一幕である。
しかし。
それを見ていた大人たちの表情は、子供たちほど呑気なものではなかった。
「……ヴィルヘルム」
「ああ」
テレシアの声からは、先ほどまでの祖母としての柔らかさが消えていた。
そこにあるのは、一人の剣士としての驚愕。
その意味を、同じく生涯を剣に捧げてきたヴィルヘルムも理解している。
アトラスが剣を握ったのは今日が初めて。
構えも。
振り方も。
受け方も。
間合いの取り方さえ知らなかった。
それなのに。
模擬戦が終わる頃には、ラインハルトの攻撃を読み、捌き、そして自ら攻めへ転じていた。
最後には。
ほんの一瞬とはいえ。
ラインハルトを敗北寸前まで追い込んだ。
「ラインハルトが勝ったのは、剣技そのもので上回ったからではない」
ヴィルヘルムが静かに口にする。
「……そうね」
「元々持つ身体能力。剣を先に握っていた僅かな経験。そして最後の瞬間における判断。その差だ」
テレシアは返事をしながら、地面に座り込んでラインハルトと何か話しているアトラスへ視線を向けた。
もし。
あの二人が同じ身体能力を持っていたなら。
もし。
同じだけ剣を握っていたなら。
あの勝負は果たしてどうなっていたのか。
「ヴィルヘルム」
「分かっている」
テレシアが最後まで言葉にするより早く、ヴィルヘルムが答えた。
あの少年。
剣だけなら――。
そこから先を、二人は口にしなかった。
あまりにも早すぎる評価だ。
まだ三歳。
剣を握ったのも今日が初めて。
にもかかわらず、剣聖と剣鬼。
この国でも並ぶ者のほとんどいない二人の剣士に、そんな未来を一瞬でも想像させた。
それだけで十分に異常だった。
剣に愛された。
そんな言葉でさえ、生ぬるいのかもしれない。
「アトラス君」
「はい?」
ヴィルヘルムに呼ばれ、アトラスは地面に座ったまま顔を上げた。
「剣は――楽しかったですか?」
「え?」
一瞬。
何を聞かれたのか分からないように、アトラスはきょとんとする。
けれど。
すぐに。
その顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「はい!!」
傍らに落ちていた木剣を拾い上げ、両手で大切そうに握る。
「すっごく楽しかったです!!」
その答えを聞き。
ヴィルヘルムは、ほんのわずかに口元を緩めた。
生まれながらにして持つ才能。
戦うことへの恐怖よりも先にある好奇心。
そして何より。
剣を握ることを楽しいと思える心。
その日。
アトラス・エルカディアは、生まれて初めて剣を握った。
生まれて初めて、誰かと剣を交えた。
そして。
生まれて初めて――敗北した。
後に『天穹の剣士』と呼ばれ。
剣技のみなら、かの剣聖すら凌ぐと謳われることになる少年。
その剣士としての長い道のりは。
この小さな敗北から始まったのだった。