星空のレゾナンス   作:つる植物

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1 双葉玲奈の場合

 新学期。春休みが終わり久しぶりの登校だが、クラス替えで様相が一変し、私、双葉玲奈は途方に暮れていた。

 私が所属する天文学部の部員は現在4人。幽霊部員だった先輩が卒業してしまったからだ。

 この高校で部活動として認められるには最低5人が必要となる。

 今のところお咎めはないが、早めに補充しなければどうなるか分からない。

 活動しているのは去年から私一人だったので、今年から私が部長を務めている。

 自分の代で廃部にするわけにはいかない。新入部員が入ってくる期待もゼロではないが、もし誰も入らなかったら……。

 

 「あーもう、ホントどうしよ」

 

 机に突っ伏して独り言を呟く。

 他の人に頼もうにも、この学校は部活動への加入が義務付けられており、無所属の生徒は存在しないのだ。

 

 「のあちゃんは陸上部、すみちゃんは演劇部、茜っちは……」

 

 思いつく友人は皆、既にどこかの部に所属している。

 

 「……知らない人に声をかけるか?」

 

 まず帰宅部のような人を探すところから始めなくてはならず、面倒だ。

 しかも受けてくれる保証すらない。

 ホームルームを告げるチャイムが鳴り、担任が入ってきた。

 

 「ホームルームを始めるぞ」

 

 中年男性の担任による自己紹介が始まるが、そんなものは右から左へ流す。

 

 「それと、転校生を紹介するぞ。加瀬君、入ってきていいぞ」

 

 ふーん、転校生か、この時期にしては珍しいな。

 入ってきたのは男子で、まだピカピカの紺色のブレザーを着ていた。

 先生の隣に立つ、第一印象は「普通」、パッとしないという言葉がしっくりきた。

 

 「加瀬亮太です。親の都合で東京から転校してきました。よろしくお願いします」

 

 面白味のない自己紹介を終え、ペコリと頭を下げる。私の席は教室の左奥だが、彼は右奥の席に座った。

 

 (転校生か……。二年からとか大変そうだけど、学期の変わり目じゃなくて良かったね)

 

 新学期からなら馴染める可能性が高いよな、と考えていた時……ん、部活?

 私に天啓が降りた、そうか、転校生だから部活に入っていないじゃないか!

 キタコレ、内心で歓喜する。もちろん他の部に決まる可能性もあるが、聞いてみるだけならタダだ。休み時間が待ち遠しくてたまらない。

 退屈な始業式と教室での連絡が終わり、ようやく休み時間になった。私は彼の席へ向かい、正面に立って話しかけた。

 

 「転校生君、はじめまして。私、双葉っていうの。よろしくね」

 

 不意を突かれたのか、彼はきょどっている、混乱している隙に畳みかける。

 

 「は、はじめまして?」

 「加瀬君だっけ? 面倒だから加瀬っちって呼ぶね」

 「え、あ、はぁ……」

 

 私の顔を見ていた彼の視線が、ふと胸元に落ちる……いける。

 私は胸が少し大きいせいで、ジロジロ見られるのは好きではない。普段はダボっとした服を好むけれど、今は制服のブレザー姿だ。

 普段なら嫌悪感でいっぱいになる場面だが、今は全く気にならない。自分の胸の大きさに初めて感謝した。

 ……少しだけ、あざとくいくか。

 

 「加瀬っちって、部活どうするの?」

 

 少し屈んで目線を合わせると、加瀬っちの顔が赤くなる。

 

 「部活かぁ……今のところ入る予定はないけど……」

 「この学校、絶対どこかに所属しなきゃダメなんだよ」

 「え、そうなの?」

 「そうそう。だから天文学部に入らない?」

 「天文学部?」

 

 きっと星空になんて何の興味もないだろうが、そんなことはどうでもいい。頭数さえ確保できれば。

 

 「活動は毎週水曜日に夜の屋上で天体観測するのがメイン。ちなみに私以外、全員幽霊部員だよ」

 

 「真面目にやらなくていい」というニュアンスを含めて伝えると、彼も意図を汲んでくれたようだ。

 

 「あー……分かった。入っていいよ」

 「ホント? ありがとー!」

 

 嬉しさのあまり右手を両手で握りしめると、加瀬っちは一瞬ビクッとした。

 

 「マジで助かる! じゃあ入部届、書きに行こうか」

 「え、今から?」

 「善は急げだよ!」

 

 気が変わられたり、他人に横取りされたりしたらたまったものではない。そのまま職員室へ連行して入部届をもらい、その場で書かせて担任に提出した。部員ゲットだぜ!

 

 「加瀬っち、これからよろしくね」

 「あぁ、よろしく」

 

 教室への帰り道、スキップしたい衝動を抑えて彼の隣を歩く。

 

 「そういえば、双葉さんの名字なんて言うんだ?」

 「えっ。双葉が名字だよ。下の名前は玲奈」

 「え、双葉って名字だったんだ」

 

 たまに間違えられる、親しくもない男子にいきなり下の名前で自己紹介する奴なんて、普通いないだろ。

 

 「流石に初対面の人に下の名前で名乗ったりしないよ」

 「それもそうだな」

 「同じ部活だし、下の名前で呼んでくれてもいいよ♡」

 「遠慮します。よろしく、双葉」

 「よろしくー!」

 

  放課後、帰る準備をしていると、加瀬っちが話しかけてきた。

 

 「今日水曜日だけど、天体観測するの?」

 「するよ? でも、無理して参加しなくていいからね」

 「いや、一度参加してみようと思って……」

 

 加瀬っちは目線を逸らして顔を赤らめている……私目当てっぽいな、こいつ。

 

 「大歓迎だよ。星空に興味あるの?」

 「んー、正直言うと今はまだないかな。でも、観てみないと興味があるかどうかも分からんしな」

 

 一理ある、意外と筋の通ったことを言うんだな。

 

 「じゃあ今日の7時に校門集合で。LINE交換しよっか」

 「え、あ、良いの?」

 「連絡取れないと面倒だしね」

 

 悪い人ではなさそうだ。

 最悪、嫌な感じだったらブロックすればいいや、そんな軽い気持ちでLINEを交換した。

 

 「そういえば……」

 「どうした?」

 

 私はスマホで口元を隠し、ニヤリと笑う。

 

 「パパ以外の男子とLINE交換したの、初めてだなって……」

 

 加瀬っちの顔が真っ赤になる。

 

 「俺も母親以外とは初めてかも」

 「ホント? 女の子と交換するたびにそのセリフ言ってんじゃないの」

 「双葉から交換しようって言ったんだろ」

 「あはは、それもそうだね」

 

 

 一旦帰宅し、のんびりと過ごしていた私は、天体観測の際にいつも着ている芋っぽいジャージを手に取ってふと考えた。

 

 (……男子と一緒なのにジャージって、さすがにありえなくない?)

 

 即座にジャージを仕舞い込む、加瀬っちに良く思われたいというよりは、女の子としての矜持の問題だ。

 それに、男の前にすっぴんで出るなんて言語道断、まずはメイクに取り掛かることにした。

 凝ったものより、素顔っぽく見える自然なメイクの方が難易度は高い。

 結局、いつもの倍の時間がかかってしまった。髪を整えて、服をどうしようかと時計を見ると……ヤバい、選ぶ時間がほとんどない!

 

 

 天体観測には絶対に着ていかないフリル付きの薄いピンクのブラウスに、黒のダボっとしたズボン、仕上げにピンクのパーカーを羽織った。

 自転車を漕ぎ出すが、全力でいくと汗でメイクが崩れるため、あまりスピードは出せない。スマホを確認するが、通知はない。

 学校の裏門に着くと、すでに加瀬っちが待っていた。

 

 「ほんとごめん、準備に時間かかっちゃって」

 

 ウィンクして舌をペロっと出すと、加瀬っちの顔が赤くなり目が泳いだ……よし、食いついた。

 

 「ま、まだ7時になってないから大丈夫だよ」

 「ほんと? 良かった!」

 

 ルーズな女だと思われるのは嫌だから、間に合ってよかった。

 

 「じゃあ行こうか」

 「ああ」

 

 自転車を校舎の近くに停め、校内へ入る。部室に寄って天体望遠鏡の機材を持つが、加瀬っちが持ってくれたので素直に甘えることにした。

 

 「結構重いな」

 「男手ってありがたいね。いつも準備と片付けが大変なんだよ」

 「だろうな」

 

 屋上の鍵を開け、扉を開く。

 空を見上げると、雲一つない夜空が広がっていた。夜の帳を美しく彩る無数の星々が、私たちを出迎えてくれる。

 私が先に入り、続いて加瀬っちが入ってきたのだが、後ろで足音が止まった。

 

 「加瀬っち、どうし……」

 

 振り向くと、加瀬っちは空を見上げて立ち尽くしていた。

 

 「……すげぇ」

 「この学校、結構高いところにあるし、なかなかでしょ?」

 

 少し自慢げに言う。これで星空に興味を持ってくれたら、部長としてこれほど嬉しいことはない。

 

 「東京じゃ見られない空だな」

 「田舎だから街の明かりもないしね」

 

 私は屋上のベンチに腰を下ろした。加瀬っちはまだ星空を見上げている。

 陳腐な表現だけど、本当に少年みたいな瞳をしている。

 

 「相当気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」

 「……本当にすごいな」

 

 語彙力が死んでいる。

 さっさと望遠鏡を設置したかったが、ここで邪魔をするのは野暮というものだ。

 気の済むまで見させておこう。

 私は星を見上げる彼の横顔をニコニコしながら眺めていた。

 

 

 10分ほどしてようやく正気を取り戻した加瀬っちは、あたしの指導のもと天体望遠鏡のセッティングに取りかかった。

 普段なら5分もかからない作業だが30分もかかってしまった、まあ、彼にとっては良い経験になったはずだ。

 赤いライトで年季の入った星図盤を照らしながら、あれこれと説明する。まずは望遠鏡で土星を捉え、加瀬っちに覗かせた。

 

 「すげぇ、本当に輪っかがあるな」

 「でしょでしょ? やっぱり最初に見るときは感動するよね」

 

 分かりやすい面白さを提供して、加瀬っちを天体観測沼に沈めてやる。

 くっくっく、計画通り。

 その後、太陽系を一通り見せると反応は上々だった。

加瀬っちは「すげぇ」としか言わなくなってしまい、なんだか可笑しかった。

 次に星座の伝説や由来を説明したのだが……反応はいまいちだった、何でやねん。

 「あ、もうそろそろ片付けないと」

 「もうそんな時間か」

 

 彼が片付けるので、早めに切り上げる。

 あたしは解説をしつつ、一生懸命に機材を畳む加瀬っちを見守った。

 屋上を後にして鍵を閉め、望遠鏡を部室に置いて学校から出た。

 

 「いや、本当に面白かったよ」

 「それは良かった」

 

 加瀬っちは夜空を見上げる。

 

 「さっきここに入ったときは何も思わなかったのに、不思議なものだな」

 「あたしと見たからでしょ?」

 

 加瀬っちは苦笑いした。そこは照れるところだろが!

 

 「まぁ、やっぱり屋上は天文学部にとっての聖域だからじゃない?」

 「聖域か。双葉は結構ロマンチストなんだな」

 「ロマンを感じないものに、わざわざ手間暇なんてかけないよ」

 「それもそうだな」

 

 加瀬っちとは家の方向が逆なので、その場で分かれた。

 それにしても、気に入ってくれて本当によかった。男手も確保できたし、最高に充実した一日だ。そう思いながら帰宅し、部屋で鏡を見て、ふと重大なことに気づいた。

 

 「……今日のファッション、一言も褒められてない」

 

 あたしは不満をぶつけるべく、スマホを手に取った。

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