はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません   作:何を書けばいいんだ

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生と死の境

 「アークエンジェル! 緊急着艦許可を! それとストレッチャーの用意をしてくれ!」

 「え? いやしかし……」

 

 シンはジャスティスをアークエンジェルに飛ばしながら口早に言った。

 突然の要請にアークエンジェルのオペレーターは困惑しているようだった。

 

「頼む! 怪我人がいるんだ!」

 

 この言葉にアークエンジェルのクルーたちは互いに顔を見合わせる。

 ただシンの焦燥感が滲んだ声と怪我人がいるとなれば問答をしている時間の余裕などなかった。

 

「着艦許可を出します、1番カタパルトを使って。対応要員はすぐに待機を」

 

 艦長のマリュー・ラミアスはこれを許可し、整備班にその旨を連絡した。

 やがてアークエンジェルのカタパルトが開き誘導灯が表示される。

 シンはコックピット内で血に染まった少女の体を抱え、その微弱な呼吸を感じながら必死にスラスターを噴かす。

 

 荒々しい着地でジャスティスの姿がアークエンジェルの格納庫へと吸い込まれていく。

 ハンガーデッキのクルーたちは予定外の着艦に慌ただしく対応し、すでに医療チームが待機していた。

 コックピットハッチが開くと同時に、シンは少女を抱えて飛び出した。

 

「この子が怪我をしているんだ! 早く治療してやらないと!」

 

 医療班の医師が素早く状況を判断し、すぐにストレッチャーを寄せるよう指示した。

 

「彼女はいったい?」

「デストロイのパイロットなんだ。敵だけど……俺、見捨てられなくて」

 

 シンの言葉に周囲から驚きの声が漏れる。

 

「連合のエクステンデッド……か」

 

 彼は少女をストレッチャーに移し、その顔を見つめた。

 血で汚れた色素の薄い、不健康にも見えるプラチナブロンドの髪、蒼白い肌、かすかに上下する胸。

 彼女の右腕の袖は破れておりその下に露出した人工義手が周囲の視線を集めた。

 全身に負った傷から今もなお流れる血が余人の接近を阻むように広がり、緊急着艦で騒がしいはずのカタパルトデッキに沈黙をもたらしていた。

 

「お願いします! 死なせたくないんです! もう……こんなことは……!」

 

 シンの声は震えていた。

 医師は無言で頷き、看護師たちとともにストレッチャーを押して医務室へと急いだ。

 無論シンもその後を追う。

 

 なお、消毒もしていない戦闘帰りのパイロットが医務室に付き添うことが許されるはずもなく、シンは部屋から追い出された。

 

 

 

 

 

 医務室の前で待機するシン。

 その表情は固く額には嫌な汗が滲んでいた。

 彼の脳裏によぎるのは衰弱したステラと力なく横たわっていたメリーの姿が交互に浮かんでは消えていた。

 

 すると医務室の中から突然物音が聞こえた。

 何かが床に落ちる音、そして悲鳴のような声、ただ事ではないことは瞬時にわかる。

 

「なんだ!?」

 

 シンは扉を開け中に飛び込んだ。

 そこで彼が目にしたのは、全身をベッドに拘束されながらも激しく身をよじるメリーだった。

 パイロットスーツを切り取られ貫頭衣を着せられたその姿はかつてシンが目にした光景とひどく被るものがある。

 

「なんとかして抑えろ! このままじゃ自傷する!」

 

 看護師たちが必死に少女の体を押さえつけていた。

 メリーの口からは意味のない言葉と呻き声が漏れ、全身から汗が噴き出していた。

 ガーゼを当てられた腕からは血が滲んでいて見るからに痛々しい。

 

「あ……、や、やめるんだ!」

 

 すぐさまシンもメリーを押さえつけるために加勢する。

 

「先生! どうなってんですかこれ!」

 

 シンはその答えを半ば知りつつも思わず医師に問うた。

 

「おそらく禁断症状だ! 薬が切れて発作を起こしている!」

 

 震えが止まらない少女の体、痙攣するように動く四肢。

 シンはその光景にステラの姿を重ね、恐怖と怒りが入り混じった表情を浮かべた。

 

「くそっ……!」

 

 やるせない気持ちに胸を圧迫されながらシンは少女に声をかける。

 

「大丈夫、大丈夫だから。ここでは誰も君を傷つけたりなんかしない!」

 

 彼の声に反応するわけでもなく、メリーは苦悶の表情を浮かべている。

 その小柄な体のどこにそんな力があるのか、縛り付けられたままベッドをひっくり返さん勢いで身を捩る姿は常人ならば恐怖を抱くだろう。

 ベルトでギリギリと縛られた体から流れ出した血液がベッドに染み込んでいく光景は命そのものが流れ出ていることを暗示しているようでシンの心に冷たいものが走った。

 

「このままじゃ……何とかならないんですか先生!?」

「麻酔を打って眠らせるしか」

 

 そう言って医師は注射器を取る。

 看護師がのしかかるように押さえつけた腕に注射器が刺され、薬液が注入される。

 しかし、期待された効果は現れない、メリーは暴れ続ける。

 

「これは……彼女の体は通常の薬物に耐性がある可能性が……?」

「頼む、これじゃあこの子が!」

 

 シンの叫びに医師は苦い顔を浮かべながら新たに薬液を用意した。

 

「通常の五倍の濃度で再投与する。これはリスクを伴うが……」

「五倍……」

 

 そしてメリーの首筋に注射針を刺し、ゆっくりと薬液を注入していった。

 数秒後、メリーの体の動きが徐々に緩やかになっていった。

 呻き声も弱まり、筋肉の緊張が解けていく。

 

 大人しくなっていく少女の体にシンは少し安堵する。

 

「よかった、効いて……」

 

 しかしシンの言葉は途中で途切れた。

 メリーの体が急に弛緩し、胸の動きが止まった。

 医務室の中を冷たく単調な電子音が反響する。

 

「心肺が停止しています!」

 

 看護師たちが素早く動き心肺蘇生の準備を始める。

 胸骨圧迫を開始し、気管挿管を行っていく。

 

「電気ショックの準備を!」

 

 シンは恐怖で凍りついたようにその光景を見つめていた。

 少女の命が目の前で揺らぐ様子を彼はただ見守ることしかできなかった。

 

「頼む、お願いだ……死なないでくれ……」

 

 心電図のモニターは平坦な線を描き続け、不愉快な音を垂れ流す。

 除細動器のパドルが少女の胸に当てられ電気ショックが与えられる。

 

 一度目……反応なし。続けて二度目……かすかな鼓動。

 

「よし、このまま……」

 

 だが再度の心停止。

 再び危機的状況となり蘇生措置が繰り返される。

 

 この光景には不思議な儚さがあった、今にも消えてしまいそうな命の灯が幻視される。

 シンの頬を涙が伝い落ちた。

 彼は自身が目の前の少女に過去の贖いを求めていることを自覚していた。

 

「くそ……死ぬな……頼む……頼むッ……!」

 

 シンの祈るような言葉が、誰の耳にも届かぬまま医務室に消えた。

 

 

 

 

 

 その後、自室に戻って来たシンはベッドに腰かけて深いため息をつく。

 メリーは未だに予断を許さない容態だが彼がいたところで何もできないため医務室から叩き出されてしまったのだ。

 MSパイロットとして休むべきなのはシン自身よく分かっていたが今はとても休める気分ではなかった。

 ふと彼は机の上に置かれていたもう戻らない過去の象徴を手にする。

 

『はい、マユでーす!でもごめんなさい、いまマユはお話できません――』

「……クソッ」

 

 形見の携帯から流れる留守電メッセージを聞いたあとシンは頭を振った。

 彼が力への渇望に呑まれてから今現在に至るまでに起こった出来事は今も鮮明に記憶に焼き付いている。

 

「過去に囚われるのはやめろ……か」

 

 アスラン・ザラの言葉を思い返す。

 

「それができれば苦労しないんだよ」

 

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