はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません 作:何を書けばいいんだ
あれから数日の時が経った。
医療スタッフの献身によりメリーの容態は次第に安定していった。
何度も危機的状況を迎えながらも彼女はなんとか命を繋ぐことに成功したのだ。
シンは自分の職務や休息の時間を削って何度も彼女の病室を訪れた。
病床のメリーの顔を見ながらも言葉を発することはなかった。
穏やかな寝顔、ゆったりと上下する胸の動き、その安定した様子はシンの心の不安を幾ばくか取り払ってくれた。
「……」
ただじっと横たわる少女を見守るように彼はそこに座り続ける。
医師からはもうじきメリーの意識が戻るだろうとシンは聞かされていた。
だから彼はその時を待つ。
メリーを気に掛けていたのは何もシンだけというわけではない。
多くのクルーがシンが生体CPUを連れ帰る瞬間を見ており、それはキラ達ヤマト隊のメンバーも例外ではない。
「アイツなんで敵のパイロットなんか連れて帰ったのかしらね、別に放っておいてもいいじゃない」
「ちょっとやめてよアグネス……」
シンとは折り合いが悪いアグネスの物言いをルナマリアはやんわりと窘めた。
かつてミネルバでシンと共に戦ってきた彼女は彼があんな行動に出た理由をよく知っていた。
特に戦後の傷心状態の彼とは腹を割って話し合った身だ、言われずともシンがステラという少女をあのパイロットに重ねていることはわかった。
「でもあんなのがデストロイのパイロットだなんてねえ~、エクステンデッドだっけ。あんな子供を使うなんて所詮ナチュラルの寄せ集めって感じよね」
茶化すように言ったアグネスの言葉にルナマリアの表情は暗くなる。
彼女らも仕事半分興味半分でメリーの様子を見に行ったのだがそこにいたのはプラント基準でも未成年の少女だったのだ。
こんな子供が人体を弄り回され、戦いの道具として使われているのを知って気分が良くなるはずもない。
「あの山猿、今日も見舞いに行ってるんでしょう? そんなことしたって起きるのが早くなるわけでもないのに、無駄なことをしてるわよね」
最もアグネスは大して気にしていないようだが。
この時ばかりは彼女の図太さが羨ましくなるルナマリアであった。
そして二人が昔のように和気あいあいと話している間、キラもメリーに関することで緊急の連絡を受けていた。
キラを呼びつけたのはメリーの容態を診た医師だ。
二人は医務室の椅子に座っていて、机の上にはいくつかの資料が置かれていた。
「ヤマト准将、お忙しい中すいません」
「いえ……僕のことは気にしなくて大丈夫です。その、もしかして彼女の容態に何か?」
キラはまず心当たりのあることを尋ねてみた。
「容態は安定しています。問題は別のことです」
だが要件は別のことらしい、事が事だけにキラの表情も固くなる。
医師はまず、と切り出し資料を広げる。
「彼女の肉体に関してですが、通常のエクステンデッドとは異なる部分があります。なんといいますか……どこか不安定で実験的な部分が見受けられます」
「えっと、それはつまり」
「使われている技術が些か古いのです、おそらく最初期に改造を施されたエクステンデッドだと推定します」
この説明でキラは一応の納得はした……したのだが彼は生憎こちらの知識に関しては学んでいないためそれがどう影響を及ぼすかについてまではわかっていない。
「その……それで彼女の体に何か悪影響でもあるんですか?」
「いえ、逆に強化の度合いが低めでリハビリこそ必要ですが専用の施設がなくとも、えー……その……維持管理が可能なレベルではあるかと……内臓系や腕の欠損などの修復跡を見るに肉体の強度や生命力の強化に力を入れられたようです。連合の生体CPU技術に対する理解は彼らの養成施設を接収したことで飛躍的に高まりましたが……こうも中途半端なものは例が少ないものでして……今はザフトに関連資料の提供を要請している最中です」
そこまで告げてから医師は改めて居住まいを正した、まるでここからが本題だと言わんばかりの態度にキラは少し胃痛を感じた。
「えー、そこで実は彼女の身元特定のため、DNAデータベースと照合したのですが……これが非常に、何と言うべきか……厄介な結果が出たものでして」
なんだろうかとキラは頭を捻る、実はコーディネーターだったという発想も浮かびはしたがそんなことで呼び出されはすまい。
「どういうことですか?」
「彼女のDNAは、シン・アスカと極めて高い類似性を示しています。血縁関係があると断定できるレベルです」
「えっ?」
キラの目が見開かれ、その優秀な頭脳が一時的に停止した。
「こちらも何かの間違いではないかと調査を重ねたのですが……」
医師は新しく資料を広げた。
そこにはDNA鑑定の結果なども乗っていたが、ひときわ目を引くのは並べられた二つの顔写真だ。
「これらの情報を勘案してあり得る可能性として考えられるのは……この少女は、三年前に死亡したとされるマユ・アスカ、シン・アスカの妹だということです」
「なっ……」
キラは言葉を失った。
シンの妹が連合のオーブ侵攻が原因で亡くなっていることはキラも知っている。
改めて資料に添付されている顔写真を見比べる。
一つは眠りについているメリーの写真、もう一つはどこで入手したのか定かでないマユの写真、そしてそこに写る二人は確かに似ていた。
「これは……でも……そんなはずが」
「一介の医者にできるのはここまでです。私自身この結果を手放しに信じることはできませんでしたので准将に相談をと思いまして」
キラは医師に礼を述べて退室した。
自室に戻った彼はとある人物に連絡を取った。
お互い忙しい身の上だがきっと出てきてくれると待っていると、果たせるかな彼の声が通信端末から聞こえてきた。
「お前から連絡してくるとは珍しいな、キラ」
「ちょっとアスランに相談したいことがあってさ」
そう言ってキラはアスランに事の顛末を伝える。
見る見るうちに眉間に皺がよる彼に苦笑しながらキラはよろしくと通信を切った。
反りこそ合わないもののアスランがシンのことをいたく気にしているのはキラも知るところだ。
それからたった二日でアスランからの報告がキラの元へと届いた。
カガリの許可を得てメイリンがオーブの記録を調べ上げたところマユ・アスカの死亡に関する部分に改竄が見られた。
死亡証明に署名した医師は実在せず遺体の処理記録すらも曖昧なものだ。
それに今回の調査で似たような改竄がいくつか見つかったようだ。
オーブ侵攻時の混乱に乗じてマユ・アスカを含む複数名の子供たちのその後が不明となっているということだ。
あの戦いにはキラもフリーダムのパイロットして参戦していた、どうにもならないことではあったがそれでも思うところはある。
「キラ」
アスランからの呼びかけにキラはドツボに嵌っていた思考から抜け出す。
「シンにはこのことを伝えるのか?」
「……うん、そのつもりだよ」
「そうか」
二人の間にまたがる空気は重い。
「……知らせないままにしたら、きっと後悔すると思うんだ……僕も、シンも」
「あいつは強い、きっと大丈夫だ……と言いたいが何かしら工夫はしたほうがいいだろうな」
「うん、こっちはこっちで何とかしてみるよ、ありがとうアスラン」
「礼ならカガリとメイリンに言ってくれ、がんばれよキラ」
後日、キラはルナマリアに声を掛けていた。
シンの恋人である彼女とマユ・アスカに関する情報を共有し助力を頼むことにしたのだ。
頼もしい味方を得たキラはその足でシンを呼びに行った。
キラに誘われてウキウキ気分で医務室まで連れて来られたシンであったが、中で待っていた医師とルナマリアの重々しい空気に一気に挙動不審となる。
「え? え? なんでルナまでいるんだ、あの……隊長?」
「シン、まずは座って」
「は、はい!」
キラに促されてシンが椅子に座り続いてキラも座った。
保護者同伴の面談にも似た構図となる。
「なあルナぁ、なんだよこれ、俺なんかやっちゃったりしたのか?」
「そういうわけじゃないけど……気を強く持つのよシン」
ガチガチに固まったシンはルナマリアに助けを求めるも無意味に終わった。
「これから話すのは君が保護した女の子のことなんだ」
「っ!」
キラの言葉を聞いてシンは背筋を伸ばした。
それを見てキラは医師の方を向き話を促す。
「シン君、これから聞くことは……君にとって非常に衝撃的なことかもしれない。けれどいいかい、落ち着いて聞くんだ」
「いったい何の話ですか?」
シンの声には不安が滲んだ。
医師がデータパッドを彼に差し出した。
「彼女……いやマユ・アスカのDNA検査結果だ」
「マユ……って?」
シンは言葉を失って医師を見つめた。
「君の妹のことだよ、シン君」
静寂が部屋を包んだ。
「何を……言ってるんですか……?」
シンの声は掠れており、膝に置かれた手はガクガクと震えていた。
「君の妹は死んでいなかったみたいなんだ。あの子は……あの日のオーブにいた。だから多分、その時の混乱に乗じてブルーコスモスが……」
キラがあの日の真実を告げる。
「嘘だ……ありえない……だって……!」
シンはデータパッドを取り、そこに表示された比較DNA情報と顔写真を見た。
幼いマユの写真と、メリーの顔。確かに面影はあった。しかし……
「マユは死んだんだ!俺が……あの日、父さんと母さんと一緒に……俺の目の前で……!」
「調べてもらったんだけど、オーブの死亡記録は改竄されていたって」
キラは静かに言った。
「そんな……だって……それじゃあ……!」
あのエクステンデッドがマユだとすれば。
ロドニアのラボを思い出す。
見世物のようにチューブで繋がれた子供たち、ホルマリン漬けにされた脳みそ、非人道的な訓練と改造、血と腐敗に満ちたあの匂い。
あんな地獄に妹がいたとすれば……。
「あ……あぁ……! あぁあああ!?」
シンは椅子から転げ落ちるように蹲り胃の中身を吐き出した。
「シン! ルナマリア、タオルを!」
かつてあの場所を訪れた時、同行していたアーサー・トラインがあまりの惨状に嘔吐してしまいそれをシンは同情したものだった。
そして今回、シンが同情される側に回ったということだろう。
口からは胃液が漏れ、目と鼻からは涙がこぼれ落ちる。
シンは泣いていた、子供のように取り乱しながら声を上げて。
「俺が……! 守ってやれなかったから……!」
シンは床に蹲りながら血を吐くように慟哭した。
「あの日、俺が先に逃げたから……! マユを置いていったから……! 気づけたはずなのに!」
彼の声は悔恨と自己嫌悪に満ちたものだ。
「俺のせいで……マユはこんな目に……ごめん、マユ……ごめん……」
キラはゆっくりとシンの隣に膝をつき、彼の肩に手を置いた。
「シン、君は何も悪くない」
優し気な声色にシンは体液でぐしゃぐしゃになった顔面をキラに向ける。
「大丈夫、マユは生きてる。だからまた話せる、今は落ち着くんだ」
断定するような口調にシンは思わずキラへと縋りついた。
嗚咽を上げ飛び込んできた彼をキラは力強く受け止める。
「彼女は多くのものを奪われた。でも今、君は彼女を取り戻したんだ」
「俺が……マユを……?」
「生きてさえいれば何度だってやり直せる。もし彼女が目を覚ましたら、君が最初に会うべきだ」
「……! はいッ……!」
キラはルナマリアと視線を交わすと、静かにシンを見守る。
長い沈黙の後、シンはふたたび顔を上げた。
その目には悲しみとともに、かすかな希望の光が宿っていた。