はーい、マユで~す! でもごめんなさい、いまマユは生体CPUになってるのでお話しできません 作:何を書けばいいんだ
『闇に堕ちろ、マユ・アスカ』
その言葉と共にグリフィンはマユの精神に潜り込み、彼女の心を垣間見る。
『んだよこりゃ。気色悪ぃな』
彼が見たのは奇妙なものだった。
まるで二つの心が裂かれながらも互いに融合しようと溶けあうような、そんな歪な形。
片方は焼け爛れながら不気味に胎動する、コールタールのように濁った黒い心。
そしてもう片方は透き通った青色で黒い心から逃れようとしつつも、同時に黒い心を覆い隠し取り込もうと見苦しく藻掻いていた。
『けっ、所詮は気狂いってことか』
そこで彼は彼女が生体CPUだったという情報を思い出す。
ブルーコスモスは人間爆弾という自分たちの予想の上を行く余興をやってみせた。
ならこのような不格好な玩具を作るぐらいのことはやってのけるのだろう、と勝手に納得する。
それにこれはこれで面白いものが見れそうだと、グリフィンは嗜虐的な笑みを浮かべながら心の裂け目に手を突き刺す。
やめてと言わんばかりに震え抵抗するところを無理やりに引き千切りながら青の心をいずこかへと放り投げた。
「ぁ……!?」
それによりマユの理性は吹き飛ばされた、代わりに彼女の奥底に押し込められていた破滅的な衝動が吹き上がる。
その衝動は彼女に語り掛ける、敵を殺せ、生体CPUの本分を果たせと。
敵とはいったい誰なのか……言うまでもない、敵とは空の化け物……コーディネイターだ。
息を荒げながら操縦桿を握り締めるマユの瞳に深紅の光が灯り、彼女は己の忌まわしき存在理由を思い出した。
戦うために死の淵から蘇った、ならばこの身が砕け散るまで戦わなければならない。
「コーディネイターを……殺さないと……!」
ぼそりと呟かれた言葉はまるで何かを確認するように淡々としていた。
「マユ! どうしたんだ、返事をしてくれ!」
そんな妹の変貌も露知らず、シンは突如として動きを止めた彼女に声をかける。
懐かしさと煩わしさを感じる声にマユは反応し、ムラサメがジャスティスを見る。
今のマユは正気こそ失っているがその知識までもが消えたわけではない、当然ジャスティスに誰が乗っているかも把握している。
搭乗者はシン・アスカ、コーディネイターだ。
それを認識した瞬間マユの内面は何かのスイッチが入ったかのようにカッと熱くなり、彼女の心を焼き尽くさんばかりの激情が爆発的に膨らむ。
怒り、憎しみ、敵意……胸をかきむしりたくなるような不快感がせり上がり、彼女の目に狂気が満たされていく。
とても抑えの効かない感情のうねりにマユは一瞬息を詰まらせ、そして……
「コーディネイタァアアア!!!!」
悲鳴のような怒号を上げながらマユはジャスティスに襲い掛かる。
一切の躊躇なくビームサーベルを振り下ろすムラサメをジャスティスはシールドで受け止める。
「なっ!? マユ! やめろ! どうしてこんな!?」
「うるさいッ!」
機体性能の差でジャスティスは難なくムラサメの攻撃を受け流していくが狂乱に身を委ねるマユの力押しとしか言えないサーベル捌きで次第に押され始める。
敵中での同士討ち、このままでは二人とも危険に陥るのは想像に容易いが、まさか妹相手に反撃をするわけにもいかないシンは必死に彼女へ呼びかける。
「マユ! 俺だ、兄ちゃんだ! わからないのか!」
「ぐっ……! 黙れ黙れ黙れえええッ!!!」
マユは兄の言葉に表情を歪めながら叫ぶ、彼の声を聴くたびに彼女は頭を強く押さえつけられるような圧迫感と死にたくなるほどの自己否定の感情に苛まれる。
今のマユにとって敵を殺すことは半ば常識のようなものとなっている、だが必死に己へと呼びかける兄の声は彼女に何か致命的なズレを自覚させ世界から拒絶されるような焦燥感を与えていた。
ムラサメをどうにか抑え込むべく掴みかかるジャスティス、しかし無情にも鳴り響くロックオンアラート、それを合図にしたようにムラサメは大気を切り裂く勢いでジャスティスにサマーソルトキックを叩きこむ。
そして宙返りの最中MA形態に変形しその場から離脱、ファウンデーション機のミサイルがジャスティスに飛び込んでいき爆炎が上がる。
衝撃で揺れるコックピットの中、シンはムラサメの機影を探した。
PS装甲で持ちこたえられるジャスティスの被害状況よりも妹の乗った機体がどうなっているのか確かめる方が彼にとっては優先することだった。
そして見つけた、まんまと逃げおおせた上にジャスティスから距離を取ったムラサメ……その頭部はファウンデーション保有のZGMFシリーズ、つまりジンやディンに向けられていた。
「ザフト……!」
新しい獲物を見つけたとばかりにムラサメは突っ込んでいく。
「マユ! 待ってくれ! 俺の話を聞いて――」
『どこ行くつもりだよ』
シンがムラサメを追おうとしたその瞬間グリフィンのブラックナイトスコードルドラが斬りかかる。
ルドラの重斬刀をシールドで受け止めながらシンはその心に強い憤りを抱いていた。
ファウンデーション軍の進出に合わせて起こったキラの暴走、そしてグリフィンの意味深な通信と共に起こったマユの狂乱……これらが無関係だと思えるほどシンは愚かではなかった。
尊敬する隊長を惑わした挙句その背中を刺す、コンパスとして活動を通して段々と愛着が湧いていたアークエンジェルを撃沈、頼れる先任であるヒルダの部下であり兄貴分でもあったマーズとヘルベルトを撃墜し殺害、そして最愛の妹であるマユまでも…‥。
卑劣極まりない不意打ちを仕掛けたファウンデーションに対するシンの怒りはこれ以上ないほど高まりそして
「お前かあああああああッッ!!!!」
荒れ狂う心のままにジャスティスを操りルドラにビームブーメランを振り下ろす。
「何のことだ? お前が嫌われてただけなんじゃねえの?」
しかし悲しいかな、ジャスティスとルドラの性能差は明白だった。
ブーメランは空を切り、物のついでとばかりに体当たりを食らったジャスティスは最新鋭機とは思えないほどに儚く弾き飛ばされる。
その上シン自身も未だに危機に瀕している仲間たちやアークエンジェルのクルー、マユの現状に対する懸念がノイズとなり目の前の敵に全力を出し切れていなかった。
「くっそォォォォォ!!!」
己の無力にシン・アスカは叫んだ、だがそれで状況が好転するわけもなく……ただ時間だけが無為に過ぎていく。
ところ変わって、無人機の方に向かったマユはがむしゃらに己の暴力衝動を撒き散らしていた。
ビームライフルを乱射しディンを火の玉に変え、ジンをグゥルから蹴り落とし勢い任せに振るったビームサーベルで両断する。
普段は彼女とはまったく異なる攻撃的でひたすら前へ前へと突き進む戦い方は隙こそ多いものの、動きが単純な無人機やそもそも旧式の機体に乗っているファウンデーション兵に対して効果的に働く。
敵機を破壊するたびにマユの脳内に様々な神経伝達物質が分泌され、甘い痺れと充実感が彼女の心を慰める。
だがマユの表情は沈んでいた。
憎しみに任せて敵を破壊するのは気持ちがいいことのはずなのだ、だというのに彼女の内では得体のしれない空虚がじわじわと広がり続けている。
それを誤魔化すようにより危険でスリルに満ち溢れた戦いに傾倒していくも、そこで得られた快感は穴の開いたバケツに水を注ぐが如く心をすり抜けていく。
いったいどうしてなのだろうか、マユは機内の無線から流れる誰かからの雑音に顔を歪めながら遮二無二ムラサメを動かし続け……気づけば周囲に誰もいなくなっていた。
手に届く範囲の敵を全滅させたというのに何も感じない、それどころか小休止が発生したことにより彼女の中で誤魔化しきれない強い焦りと不安が噴出してきた。
何かがおかしい、けれど何がおかしいのかが全く見えてこない、質の悪い悪夢に囚われたような感覚、なぜ自分はこんなことをしているのかという答えのない自問自答。
マユは縋るように誰かを探す……そして見つけた、ジャスティスとルドラを。
手強いのはルドラの方だろう、楽観的に見積もってもムラサメで対抗できる相手ではない。
「アコード……! ……コーディネイター……!」
それでもマユはルドラに向かう、ジャスティスを攻撃するのはなんだか気が乗らなかったから。
鍔迫り合いにもつれ込んでいる二機に割って入るようにサーベルを振るう。
これにシン・アスカはギョッとすることとなる。
なにせ相手が相手だ、撃墜の二文字が彼の脳裏に浮かび上がる。
「マユ! ダメだ! そいつはッ!」
『チッ、人形は人形同士で遊んでろっての』
グイグイと距離を詰めてくるムラサメをあしらいながらグリフィンは面倒くさそうにぼやく。
心を覗いても見えるのは凝り固まった敵意と殺意だけ、これでは獣の方がまだマシというものである。
そんな相手が生意気にも自身に突っかかってきているのだ、癪に障りもする。
『道具風情がしゃしゃり出やがって、ウザってェんだよ!」
ルドラが重斬刀を振り下ろす。
咄嗟にシールドを掲げて防御を試みるムラサメ、けれど対艦刀にも匹敵する威力の前には耐えきれずシールドは真っ二つに断ち切られてしまう。
それでも取り回しの良さと搭乗者の技量が幸いしたのか、ほんのわずかに角度をずらされた重斬刀はムラサメのコックピットではなく頭部を破壊するのに留まる……が。
『あぁ?』
中破したムラサメは怯むことなくルドラへと取りつこうとする。
そしていかに素早いルドラとはいえムラサメの前進速度を後退速度で上回れるはずもなく、がっちりと組み付かれてしまった。
『んだこいつ、何のつもりで』
グリフォンはムラサメを振り払おうとするが徒労に終わる。
機体のパワーでこそ上回っているルドラだが力学的制約から逃れることはできない。
これは一種の極まった状態と言えるだろう、ムラサメがルドラへの張り付きを自発的に緩めない限り振りほどくのは困難だ。
しかしここで疑問が発生する、この状況を引き起こしてマユにいったいどのような意図があるのか。
多少動きを封じたところで悪あがき、せいぜい横やりが入るまでの時間稼ぎに過ぎない。
ただこの疑問への解答を知る人間がこの場に一人、シン・アスカだけは彼女の考えを正しく理解していた。
「そんな……まさか……!」
シンの顔からは血の気が引いていた。
彼は一度これと似たようなシチュエーションを見たことがあった。
それは珍しくキラ・ヤマトがMSのシミュレーター訓練に参加した日のこと、マユがキラと対戦を行った際に起こった。
幾度もの敗北を重ねたマユであったが一度だけキラの動きを見切り、今ムラサメがやっているようにキラの機体に組み付きを試みたことがあったのだ、そしてそのあと彼女が取った行動は自爆攻撃。
結果的に対戦は相打ちに終わったものの、その場のなんともいえない空気感をシンはよく記憶していたのだった。
シンの目の前に映るのはあの日の焼き直し、ならその後に起こることもやはりそういうことなのだろう。
「マユッ!! よせっ!! やめろぉおおおおおおッッ!!!!」
血を吐くような絶叫。
それがどういう効果をもたらしたかは定かでない、けれど彼の声に委縮したかのようにムラサメの動きが止まったかと思うとコックピットハッチが吹き飛び中から一人の少女が飛び出してきた。
「あっ!?」
身一つで空中へと飛んだマユ、脱出用の装備も付けていない彼女が墜落死するのは時間の問題だろう。
それを見たシンはジャスティスを急行させる。
そして動作の停止したムラサメがルドラに振り払われた瞬間、自爆。
爆風と破片がマユに届く前に間一髪シンはジャスティスを盾として滑り込ませることに成功した。
背後からの爆風で機体が振動する最中、彼は落下するマユに相対速度を合わせて受け止めるという難作業を異常なまでの集中力を以てしてやり遂げる。
「……クソッ……」
マユをコックピットに回収しながらシンはそっと零した。
今のジャスティスはとても戦える状態ではない、彼は戦域を離脱するべく機体を変形させ全速力で撤退を開始した……まだ戦っている仲間たちを置いて。
彼にできるのは信じることだけだ。
キラを始めとしたコンパスの優秀なメンバーたちがどうにかこの場を切り抜けてくれることを。
「お兄ちゃん……ごめん……」
彼の最愛の妹がポツリと呟く。
彼女の顔は生気が抜けたように青白く、ひどく弱った表情で目に涙を浮かべている。
疲労もひどいのか肩で息をしているマユはくたりとシンの体にしなだれた。
そんな妹の姿を見る兄の表情は想像を絶するほどに険しい。
歯は食いしばられ操縦桿を握る腕は込められた力で小刻みに震える、シンはゆらりと振り返る。
全天周囲モニターに映るルドラの姿を捉えた彼の心情はおよそ余人には想像もつかないほどに荒れ狂っていた。
もし視線でMSを攻撃することができるのであれば、ルドラはすでに跡形もなくこの世から消え去っている、それほどの怒気。
だが今はまだ胸にしまっておくほかにない。
幸いルドラは追跡するつもりはないようで飛び去るジャスティスを黙って見過ごす、もうじき核がこの周辺を吹き飛ばすのだからこれ以上は付き合っていられないという当然の判断だ、それにグリフィンもムラサメの自爆でいささか興が削がれてしまった為いまさら面倒なことをしたくないと考えていたのもあった。
それから数日後……無事にエルドア地区を脱出したシンはオーブにいた。
あの後すぐエルドアは核で吹き飛ばされファウンデーションの凶行は起こった事態の大きさに有耶無耶となってしまった。
特にヤマト准将の領空侵犯未遂が今回の一件の発端ではないかという言論が巻き起こりコンパスの活動が無期限に停止されたのはアコードたちの暗躍を知る者たちにとっては歯痒い事態だ。
ただ良いニュースも勿論あった。
それは多くのコンパスメンバーが圧倒的に不利な状況にも関わらず多数生存したことだ。
ファウンデーション王国を警戒していた情報組織ターミナル、そこに出向しているアスラン・ザラとメイリン・ホークの助けがあったとはいえ奇跡的な結果と言えるだろう。
キラはライジングフリーダムこそ撃墜されたもののその悪運の強さとアスランの助けで脱出に成功、ヒルダとアグネスはギャンの全武装を喪失し損傷も負ったがムラサメ隊の血路を切り開き戦域から離脱、ムウも一時は撃墜されたかに思えたが的確なダメージコントロールで機体を維持しマリューを救出して脱出、アークエンジェルのクルーらもマーズとヘルベルトの決死の挺身により稼がれた時間によってキャバリアーに収容され生存することができた。
この先どう動いていくかは決まっていないがシンはとにかく己にできることをやろうと前向き考えていた。
エルドア地区からターミナルの拠点に移動し、そこからオーブへ向かう数日間。
精神的に弱ったマユに寄り添い彼女の回復を手助けしたりもしたが、彼はそれ以上に時間を掛けたことがある。
暗い部屋の中、シンはパソコンのモニターを一心不乱に見つめている。
そこにノックの音が響く、彼は顔を向けることもせずにどうぞとぶっきらぼうに返した。
「入るぞ、シン」
「……アスランですか、何の用です」
相変わらず顔はモニターを向いたまま無礼な態度で応対するシン、相手がアスランだからというものあるが。
「食事の時間になってもお前が来ないんでな。そんなんじゃ体がもたないぞ」
「あとで食べるんでヘーキです。俺、今忙しいんすよ」
「……お前、これって」
暖簾に腕押しな態度のシンを見てアスランはため息をつきながら彼の見ているものを確認する。
モニターに映っていたのはブラックナイトスコードルドラ、その戦闘記録だった。
「ジャスティスの映像か……」
「ええそうです。悔しいけどアイツらは並じゃない、次は勝つために今ある情報だけでも徹底的に分析しとかないと」
「ふっ、そうだな」
「何笑ってんですか」
「いや、ちょっとな」
不満そうに鼻を鳴らしたシンは顎に手を当てながら敵の攻略法を考える。
すべてはリベンジの為に。