イザベラにとって、それは気晴らしの暇つぶしのつもりだった。
就寝前の娯楽として、忌々しいシャルロットの無様な姿を、あざ笑ってやろうという小さな企て。
「泥に塗れて無様に戦うお姿なんてのはどうだろうか?」
それはいい考えに思えた。地を這い、泥に塗れて無様に戦う姿はきっと面白い。
それにもしかしたらあいつの弱点や、汚点も握ることができるかもしれない。とても人に言えない後ろ暗い場面が撮れていたら、それをネタに脅してやったり困らせてやったらさぞや愉快だろう。
あいつと親しい人間や味方する連中にその映像を見せるというのも良さそうだ。誰一人味方がいない本当の孤独を味わった時、人形娘はどんな顔をみせてくれるのだろうか?
早速、イザベラは、シャルロットに任務を命じた後、遠見と遠聴と記録のマジックアイテムを持たせたガーゴイルにその後を尾けさせ彼女の戦いの様子を記録させることにした。
高性能かつ一点もののマジックアイテムを用意させるのは高くついたが、一国の姫には出せない額でもない。
あの人形娘を見るたびに感じる苛立ちや鬱屈とした思いを吹き飛ばせるなら問題はなかった。
「ふふふ、見せてもらおうじゃないか。腹がよじれるような無様な姿をさぁ!」
幾度かの任務をシャルロットにやらせた後、ベッドに寝転がって、イザベラは記録装置を作動させて映像を視聴し始めた。
……数時間後。
「……すごい」
彼女が見たのは、まるでよく出来た物語のように、主人公『シャルロット』が人々を救っていく様子であった。
ある時は、人間と翼人という種族の壁に引き裂かれた恋人の仲を取り持って、幸福な結末へと導いていた。
ある時は、最悪の妖魔たる吸血鬼を死闘の末に退治してみせ、元貴族だというミノタウロスをも倒していた。
シャルロットは、まさに勇者であった。
時には強敵の戦いで泥に塗れることもある。
無様に地面に這い蹲ることもあった。
だがその度に何度でも立ち上がり、最後にはどんな敵をも討ち果たしていた。
「……すごいよ」
そこにイザベラが期待していたような無様さなどは微塵もなかった。
その姿は、ただひたすらにそれは見るものの心を打つものだった。
「かっこ、いい……」
そのあまりの眩しさは、イザベラに強く根付いていているはずの劣等感すらも抑え込み、幼いころに感じたような素朴な憧憬の虜にしていた。
ただただ、見とれて、憧れた。
捻くれていない、純粋だった幼いころの気持ちでシャルロットを応援していた。
そして本心から思った。
「わたしも……あんなふうに……」
幼き憧憬を口にしたその時、記録映像が終わり、イザベラは我に返る。
そして、己がこぼした言葉に唖然とする。
「わ、わたしは、なにを!?」
何年もの時をかけて、淀み溜まっていた劣等感すらも吹き飛ばしてしまうシャルロットの雄姿は、我に返ったイザベラには耐えられないものだった。
「あ、ああぁぁああああああ……!!」
それは、イザベラが決して見てはいけない、絶対に認めても、憧れてもいけないモノであった。
「わた、わたし、は……!」
イザベラに根付く劣等感も、傲慢さも、攻撃性も……すべては所詮、恐怖の裏返しでしかない。
常に立場を脅かし、周囲から愛情と敬愛を集める姿を見せつけてきたシャルロットから心を守る鎧なのだ。
それなのに、イザベラは無防備にシャルロットを認めて、思慕して、心の底から憧れてしまった。
「うっ、うううううううぁぁぁ……」
それは、イザベラにとっては精神的な自殺行為であった。
シャルロットを認めるということは、自身の無価値を認めてしまうことで、生きる意味も意義も何かも喪失することなのだから。
「ああ、ああああッ、ああああぁぁぁッッッーー!!!」
イザベラの心は急速に崩れ落ちていく。
イザベラは、こみ上げてくるぐちゃぐちゃの感情のまま、涙を滂沱と流して奇声を張り上げる。
「すんっ、ぐしゅっ、ぇぐっ……」
もはや怒りは湧かず、周囲の物にあたり散らすような癇癪も起こさなかった。
己が無価値と認めてしまったイザベラには、もはやそんなエネルギーは存在しない。
ただただ涙を流し続けることしかできなかった――