ガンッ、ガギィッ!! 剣閃きらめき、甲高い金属の音が玉座の間に響く。
「あはっ、あはははははっっ!!」
イザベラはかつてない歓喜の中にいた。
その身体に似つかわしくない巨大な戦鎌を振り回し、タバサの持つ無骨な杖と激しくぶつけあい火花を散らす。
斬り、受け、かわし、叩き、返し。
まるで優雅な舞踏のように、ふたりは命のやり取りを続けていた。
「ふふふっ、どうだいっ、わたしはあんたにふさわしくなれてるかい!?」
自分はこんなにも戦えている。
あの、シャルロットと対等に競えている……!
その事実だけで、文字通り血反吐を吐きながら、地位もプライドも未来も……なにもかもを捨て去った己の身が報われた気がした。
以前の自分、昔の自分。
弱いだけの、腐っていただけの小娘のままであったなら。
こんな歓喜に身を焦がすことなどは到底不可能であったろう。
ただただどこまでも沈んでいくような劣等感の沼で溺れるだけだったろう。
イザベラの胸に充実感が湧きあがり、力があふれ出て瞳が真っ赤に輝く。
「生きてるっ、生きてるよっ、わたしは今っ、生きてるんだッッ!!」
弱いわたし。なにもできない昔のわたしなら、一合も打ち合わせぬうちに、地に伏していただろう。
意地を張り切れずに、すがりついて無様な命乞いをしただろう。
だがどうだ!
今、わたしは拮抗している。
あのシャルロットと並び立てている。
そのことがどうしようもなく、イザベラは嬉しい。
今ここにいるのは……憧れ、追い求め、恋焦がれたシャルロットに並び立つにふさわしい、悪としてのイザベラであった。
「どうしたどうした勇者さまッ!! あんたの力はこんな程度じゃないはずだ!」
「さあッ、底力を見せなッ! 救って見せなよ世界をさあ!!」
「……強い」
タバサは最後にみたイザベラの姿からは想像もつかないそのあまりの強さに内心で驚愕しつつ、必死でイザベラが振るう鎌を受け流していた。
型や構えも年単位で濃厚な鍛錬を積んだ戦士のものに思えた。
油断をすると腕ごと持っていかれそうなとんでもない膂力。うかつにまばたきも出来ない速度もある。
たった1年足らずで人間が……それも少し前までは運動もろくにしていなかった少女が至れる境地ではない。
タバサの頭によぎるのは、イザベラが何らかの外法を用いているのではないかという疑い。
「……強い! 強いだって!? ははははははっっ!! うれしいねぇ、わたしはうれしいよ」
この世の愛憎をすべてぐちゃ混ぜにしたような混沌とした狂相を浮かべるイザベラ。
「ああぁっ……エレーヌ……!!」
イザベラにとってタバサとはすなわち『全て』であった。
在りし日に孤独を癒してくれた唯一の友であり、強くて凄い憧れの人であり、優しくて可憐な想い人であり、己の地位と居場所を脅かす最悪の敵であった。
間違いなく、イザベラは愛していた。この世でもっともタバサを想い愛して、そして同じくらい疎んで嫉んで憎んでいた。
「あんたにそう言わせたいから! 思わせたいからッ!! わたしは全部捨てたんだ!!!」
「……もう、人間じゃ、ない」
ガギィィッ!!!
大きく振りかぶった一撃をタバサは杖でがっしりと受け止める。
「そうさっ、そんな枠に囚われて、自分を可愛がってちゃ……あんたには、おいつけやしないんだ!!」
イザベラはそのまま力まかせにタバサを押しつぶそうと力を込める。
「あああああああああああッッッッ!!」
しかし、タバサはぐっと足を開いて、力学的にもっとも安定する姿勢でそれを受け流した。
「イザベラなんて小娘の器はねぇッ、ちっぽけなんだッ! でもさッ……! それでもっ!! どうしてもっ!!! 何が何でもあんたを目指したかったッ!!!」
イザベラは絶叫しながらさらに力を込め、タバサを徐々に押し込んでいく。
「惨めで、哀れで、最低な……こんなわたしにも夢があった! あんたと同じになりたかった!!!」
「だから……だからぁぁ……っ!」
「アアアアあああああああああぁぁぁッッッ!!!!」
だが、イザベラの腕は押し込みきれずに、途中で止められてしまう。
タバサには実戦で鍛え上げられた経験があった。何よりも、もって生まれた天賦の才があった。
ゆえに。化生と化し、肉体強化の薬漬けになり、体内に埋め込んだ無数の魔道具までもを駆使しているイザベラとも拮抗できていた。
「…………」
力の分散、あるいは集中と利用。
タバサの扱うものは研ぎ澄まされた技巧の極地であった。
「ぐぐっ、ぎぎっ、アアアアあああああああああぁぁぁッッッ!!! とどかせるッ、わたしはあんたに届いてみせるんだ!!」
「……もう十分」
タバサは冷徹の瞳の奥にかすかに動揺と憐憫の色を浮かべ、そう言った。
発せられた声は感情が込められていないように聞こえるものであったが、
イザベラにはタバサが自分を心配してくれていることがすぐにわかった。
なにせ、ずっとずっと昔から一緒にいた、付き合ってきた、今では命を賭けてでも傍らにいたいと想う相手なのだ。
「このままだと勝っても負けても……死ぬだけ」
ギリギリと、鍔迫り合いをしていたイザベラとタバサは同時にバックステップで距離をとる。
「そう。おまえは、ほんとうにやさしいね。昔からずっとそうさ、あんなひどい仕打ちをしたわたしを心配して助けようとしてくれるんだね……」
「ありがとね……エレーヌ」
「イザベラ……」
泣き笑いのような表情を浮かべたイザベラにタバサは一瞬、説得の成功を期待した。
だがその次の瞬間、イザベラは顔を狂おしく歪め切って叫び散らす。
「大好きだよ優しいエレーヌ、わたしだけのエレーヌ。……だから一緒に死んでおくれ!! あははははははっっっ!!」
そのままイザベラは大鎌を両手で掲げあげるように持ち上げる。
「冥界の主にして宵闇の神よ!」
「イザベラ・ド・ガリアの名において命じる! 我が血肉と魂魄を贄とし、偉大なる闇の力をさずけよ!」
イザベラは詔を朗々と謳いあげる巫女のように一心不乱に天を仰いで言葉をつむぐ。その様は神聖さすら感じさせた。
「さあっ! 腐っても始祖の系譜だ、贄としちゃ上等だろうよ! たっぷり喰らって力を貸しな!!」
「○▲☆×◆!」
タバサにはまるで聞き覚えのない……いや、聞き取れない異様な詠唱呪文だった。
とっさにドットスペルでのカットを考えるが、イザベラを守るように発生する黒い霧を見て即座に無駄だと判断。
すぐに得意とする魔法であるウィンディ・アイシクルでの迎撃の方針に切り替える。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……」
詠唱を口ずさみながらタバサは考える。
イザベラが唱えているのは先住魔法? いや、それにしては妙に禍々しすぎる。
タバサが見た先住魔法はもっと別の感じがした。精霊を使役するというそれらとは性質が違うように感じた。
あれは、生命と引き換えに力を搾り出すような、異端の呪術か何かなのだろうかとあたりをつける。
「どうだい、わたしにお似合いの魔法、だろう?」
イザベラの身体を覆っていた黒い霧が、虚空に凝縮されて、無数の矢を作り出す。
奇しくもそれは、タバサの得意とするウィンディ・アイシクルのようだった。
「……っ!」
イザベラの作り上げた闇の矢の群れに込められた魔力の強大さを感じたタバサはまたしても驚きを隠せない。
イザベラは落ちこぼれのドットでしかなかったはずだ。
人間をやめ、化け物になったとしても。手段を選ばず外法に身を染めたとしても。
スクウェアとして覚醒した自分を上回るほどの、魔法の力を身につけるとは信じられなかった。
「くらいなっ!!」
イザベラが闇の矢を放つと同時に、タバサもそれを迎撃する。
「ぐっ……ぅっ!」
ぶつかり合った瞬間に、周囲に吹き荒れる冷気と、おぞましい闇の嵐。
荘厳な調度品が、破壊され、吹き飛ばされていく。
その嵐が止んだとき、打ち勝っていたのはイザベラであった。
黒い霧にはじかれるように吹き飛ばされたタバサが床を転がりすべる。
「はははははっ、勝ったのか、わたしがエレーヌに魔法で!? さすがだよっ、命を賭けた甲斐が……がふっ!?」
だが。
本来なら絶対にありえない、魔法対決での勝利は、イザベラの肉体に大きな代償を払わせていた。
「ぐっ、うぅ……げふっ、がひゅぅ……」
大きく咳き込んだイザベラは鮮血を吐き出してその場にひざまずく。
「ぐうううぅぅぅぅっっ」
その身体には常人ならば狂死しそうなほどの激痛が走っていたのだ。
「あああっ! あああああッ!! 痛い、痛いよエレーヌ……」
だが、ソレにもかかわらず、彼女の瞳は爛々と輝いてタバサに見つめていた。
「でもねぇ、嬉しくってぇ、楽しくってぇっ、それどころじゃないんだっ!」
「……さあッ、第二幕といこうじゃないか」