「最後だから」と世界滅亡の日に天才美少女から想いを告げられたけど、次の日起きたら普通に朝が来て気まずい 作:古野ジョン
「滅びるって、言ったよな……」
最寄り駅で電車を降りて学校に向かう途上、俺はひたすら頭を悩ませていた。たしかに咲月は「地球が滅びる」と言ったはず。アイツが間違ったことを言うなんて、それこそ世界滅亡よりもあり得ない話だと思っていたのに。
世界が終わらなかった以上、もちろん今日も科学部の活動がある。咲月に会ったら何を言われるのか見当もつかない。もちろん世界滅亡のこともあるけど、何より昨日の告白が――
「何あれー!? ヤバくない!?」
「?」
高校に近づいてきた頃、近くを歩く女子生徒の集団が騒がしくなった。彼女たちの指さす先に目を向けると、学校のグラウンドに何やら人だかりが出来ている。今日は体育祭でも文化祭でもないはずなんだけど、なんだろう。
「ん」
ポケットのスマホが震えたのを感じたので、手に取って通知を確認してみる。どうやらクラスメイトから画像が送られてきたらしい。これ……学校の屋上から撮った写真か? どうしてそんなものを――
「……なんだこれ!?」
気づいた時には、校舎に向かって駆けだしていた。どうしてグラウンドに人が集まっていたのか、どうしてあれだけ騒ぎになっていたのか。その疑問を心の中で咀嚼しながら、無我夢中で屋上にたどり着く。
「なんだよ、これ……」
屋上はウッドデッキになっていて、グラウンドを見下ろすことが出来るのだけれど、ここにもすでに多くの生徒が集まっている。しばし呆然として立ち尽くしていると、俺の存在に気づいた誰かが声をあげた。
「おい、勇也が来たぞ!」
「何やってんだよ勇也、早くこっち来いって!」
同級生に手招きされるまま、人波をかきわけ進んでいくと、画像に写っていたのと同じ光景が見え始める。……本当に、悪い夢でも見てるのか? なんで、どうして――
「なんで俺と咲月が相合傘に入ってるんだよおおおっ!!!?!!!?」
グラウンドに描かれていたのは、
誰だよ白のラインマーカーでグラウンドに落書きした奴はよ!? 400メートルトラックをはみ出る勢いでバカでかい相合傘じゃねえか!! しかも、しかも――
「よりによって創英角ポップ体なのかよっっ!!?!?」
IT初心者の担任教師が作った学級だよりじゃねえか!! つーか誰なんだこんな綺麗にライン引ける奴は!? ふつう漢字フルネームで相合傘書かねえだろ!?
「……勇也くん、待ってたよ」
「!?」
聞き覚えのある声がして、思わず振り返る。人だかりの中に出来た細長い空間、その向こう側に立っていたのは――顔を真っ赤にした白衣姿の咲月。……まさか。いや、まさかな。
「さ……咲月が書いたのか?」
「……世界、昨日で終わると思ったから。き、記念に……」
いやいやいやいやいや、なんの冗談だよ!? 咲月が!? 校庭に!? 特大ハートマーク付きの相合傘!? どこに合理性があってそんな行動を!?
「ちょっ……ちょっと待てよ!? お前、昨日は俺より先に帰ったんじゃ」
「別に。グラウンドに印刷するくらい、家からでも出来るから……」
「いやせめて自分でライン引けよ!?」
まさかパソコン標準搭載のペイントソフトで作図したんじゃないだろうな!? グラウンドに印刷する超技術は持ち合わせているのに、不思議な奴だな……。
「ねっ、あれって夜ノ森さんだよね? ちっちゃくてかわいーっ」
「すっごく頭良いって一年生でしょ? 国見くんと付き合ってたんだあ……」
ふと耳を澄ますと、周囲がいろいろとうわさ話をしていることに気づいた。俺はともかく、咲月は学校中で有名人らしいからな。その名前が相合傘に書かれていたとなれば、ちょっとしたスキャンダルと言ってもいいかもしれない。
がしかし、この状況はまずいだろう。世界滅亡のことは俺たちしか知らないし、咲月が学校の設備に落書きしたのは事実なのだ。
「……どうするんだよ。職員室行きは確実だぞ」
「問題ない。水溶性のインクだし、今日は雨の予報」
「消せばいいってもんじゃねえよ!?」
「それに、叱責を受ける理由なんて……ない」
「へっ?」
軽やかなステップで、咲月がふわりと俺の前に舞い降りた。観衆からおおっとどよめきが巻き起こり、思わずハッとさせられる。
「あの相合傘のこと、本当のことにすればいい」
「それって……」
「いま恋人になれば、ここにいる全員が証人。合理的」
咲月はあざとく首をかしげ、上目遣いで俺のことをじっと見つめてくる。……可愛い。可愛いは可愛いんだけど……やっぱり「好き」という気持ちにはならないんだよな。本当に、いったいなぜなんだ……?
「さあ、勇也くん」
「咲月……」
「全員に聞こえるように。大きい声で……」
今すぐ告白しろと言わんばかりに、咲月が顔を寄せてくる。このままじゃ何もかも滅茶苦茶だ。何とかして、この状況を切り抜けなければ――
「そういえばさ~っ!! むかし咲月の家にお泊りした日を思い出したんだけどさ~っ!!」
「……へっ?」
不意を突かれたのか、咲月はきょとんとして俺の顔を見上げてた。周囲の生徒たちも「なんだなんだ」とばかりに耳を傾けている。俺はさらに大きな声で話を続けた。
「あのときさ~っ! 咲月が俺の布団でさ~っ!!」
「ゆっ、勇也くん……?」
まだ俺たちが幼い頃の記憶だけど、はっきりと覚えている。いや、あんなの忘れられるはずがない。今の咲月からは想像もつかないような、そんな粗相を――
「夜中におね――」
「勇也くんっ、伏せてっ!!!」
「へっ? ……うおおおおっ!!!?!?」
なっ、なんだ!? 爆発!? 目の前も真っ白で何も見えない!! なんだっ、今度は何をしたんだ!?
「さっ、咲月……って、えっ!!?!?」
「大丈夫、みんな気絶しただけ。栄養剤も混ぜてあるから、むしろ元気になる」
周囲を見回すと、さっきまで俺たちを取り囲んでいた生徒たちがその場で眠りこんでいる。視界が徐々に晴れ、少しずつ姿を現した咲月の手には……安全ピンのような物体。
「記憶消去爆弾。これでみんな相合傘のことは忘れたはず」
「なんつーもん使ってんだよ!!!?!?」
「おね……のことも忘れてほしかったし。一石二鳥、合理的」
「あのなあ……」
遠くを見ると、グラウンドにいた生徒たちも眠ってしまっている。どうやら学校の敷地全体に効き目のある爆弾だったらしい。……咲月には技術者倫理というものが欠けている気がする。
「あ……雨。相合傘、消えちゃう」
咲月は両手を広げ、雨粒を受け止めていた。どうやら天気予報は当たったらしいな。
「あれ……? 俺たち、何やってたんだ……? あれ、なんか体が軽い」
「本当だ、なんで屋上に……? えっ? 肩こり消えてる」
他の生徒たちも徐々に目覚め始めたようで、首をかしげながら校舎の中に戻っていく。ふとグラウンドの方を見ると、既に相合傘はほとんど姿を消していた。
「勇也ー、授業始まるぞ」
「あ、ああ……」
何事もなかったかのように声を掛けてくる同級生を見ると、なんだか狐につままれたような気分だ。まあ、このままここにいても雨に濡れるだけだし。俺も教室に戻るとするかな。
「……勇也くん」
「わっ!?」
不意に横から声を掛けられて、間抜けな声を出してしまった。慌てて右を向くと、そこにいたのはいつも通りのクールな表情を見せている咲月。
「放課後に、話すから」
「あ、ああ」
きっと世界が滅ばなかった件について説明してくれるのだろう。言われなければこっちから尋ねるつもりだったし。
「世界滅亡の話だよな?」
「……違う」
「へっ?」
咲月は僅かに眉をひそめ、不満を露わにした。そして耳打ちするように顔を寄せてきて、一言。
「告白したのに、何も返事がないのは……非合理」
きのう「忘れて」って言ったのは咲月じゃないか――なんて言い返そうとしたけど、やめておいた。これ以上機嫌を損ねるのはそれこそ非合理だしな、なんて。
わざとらしく小走りで去っていく咲月の背中を、じっと見つめたのだった。