魔法少女と廃墟の王様   作:マチュピチュ

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第一話

 誰かが言った。

 

「その時の出会いが、その人の人生を根底から変えることがある」と。

 

 それならばきっと、私の人生を変えたのは、あの時彼女と出会ったことなのだろう。

 

 もっとも、当時の私はその言葉自体を知らなかったのだが。

 

 

 ◇

 

 

 六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、守宮つむぎは机の上に突っ伏した。

 

 五月の陽射しが窓から差し込んで、教室の床に白い四角を作っている。黒板にはまだ数学の式が残っていて、消し忘れた途中式のxが妙に存在感を放っていた。

 

 つむぎは十三歳。中学に進学してひと月が経つ。

 

「つむぎー、帰ろー」

 

 隣の席から声がかかる。友人がスクールバッグを肩にかけ、教室の入口でこちらを見ていた。

 

「うん、今行く」

 

 つむぎは鞄に教科書を詰め込みながら立ち上がった。筆箱を入れ忘れて机に戻り、戻ったついでに消しゴムのカスを手で払う。それから椅子を引いた拍子に後ろの席の子にぶつかり、頭を下げた。

 

 何でもない動作がいちいちぎこちない。中学校の教室にも、制服にも、まだ身体がうまく馴染んでいなかった。

 

「つむぎって相変わらずどんくさいよね」

 

「うるさいなあ。慣れの問題だよ」

 

 廊下に出ると、ほかのクラスの生徒たちも三々五々と帰り支度をしていた。窓の向こうには校庭が見える。野球部の掛け声と、吹奏楽部のチューニングの音が混じって聞こえてきた。

 

 つむぎは友人と並んで昇降口へ向かいながら、来週公開の映画の話をしていた。原作の漫画を追いかけていて、映画化が決まった時から楽しみにしていた。

 

「予告でさ、あのシーンがちらっと映ってたんだけど——」

 

 その言葉は、最後まで続かなかった。

 

 校内放送の音が割り込んだ。

 

『避難命令が発令されました。生徒は直ちに教職員の指示に従い、避難経路に沿って移動してください。繰り返します——』

 

 廊下の空気が変わった。

 

 足を止める生徒、顔を見合わせる生徒。最初の数秒は、訓練だろうという顔をしていた。避難訓練なら年に数回ある。手順も経路も、授業で何度も教わっている。

 

 けれど廊下の奥から走ってきた教師の顔が、訓練の時とは違っていた。

 

「走らないで! 列を乱さないで!」

 

 鋭い声が飛ぶ。その声に滲んだ切迫が、生徒たちの表情を変えた。

 

 窓の外で何かが崩れる音がした。

 

 つむぎは反射的に窓へ目を向ける。

 

 校舎から三百メートルほど先、住宅街の一角に黒いものが見えた。

 

 家屋に張りつき、ゆっくりと形を変えながら広がっていく。建物の輪郭が歪み、屋根瓦が音もなく沈んでいった。

 

 それを見た誰かが悲鳴を上げ、その声を合図にしたように、あちこちから叫び声が重なる。

 

 禍群(まがむれ)

 

 授業で何度も映像を見せられた、人の世界を侵すもの。月に数回、日本のどこかに現れる災害。対処するのは魔法少女。自分たちは逃げる側。それが教わってきた全てだった。

 

 映像で見る禍群は、どこか画面の向こうの出来事だった。ニュースで流れる避難区域の空撮も、教科書に載った被害写真も、自分の足元とは繋がっていなかった。

 

 けれど今、窓の向こうで家屋が黒く呑まれていく光景は、つむぎの知っている街だった。

 

 通学路の角にあるパン屋。夏になるとかき氷の旗を出す駄菓子屋。友人と寄り道した公園。

 

 そのどれかが、あの黒いものに触れている。

 

 つむぎは人の流れに押されるようにして昇降口を出た。友人の手が袖を引いている。教師が声を張り上げ、生徒たちを校門の外へ導いていた。

 

 隣の子が泣きそうな顔をしていた。前を歩く女子生徒が、近くにいた教師の袖を握って離さない。

 

 足が震えていた。手のひらに嫌な汗が滲む。自分だけが怖いわけではないと思った。だから怖いとは言えず、周囲の生徒と同じように歩き続けた。

 

 校門を出た時、もう一度建物が崩れる音がした。

 

 振り返ると、禍群は先ほどよりも近い。

 

 声が聞こえたのは、その時だった。

 

『適応者を確認した』

 

 知らない声だった。耳で聞いたのではない。頭の中に直接、冷たい水が流れ込んでくるような感覚だった。

 

 つむぎは思わず足を止めた。

 

 周囲の生徒は誰もこの声に気づいていない。皆が前を向いて歩いている。

 

『このままでは侵食が拡大する。共に戦ってほしい』

 

 言われていることは分かった。けれど、どうして自分が選ばれたのかは分からなかった。

 

 けれど、とても急いでいることだけは伝わった。

 

(戦うって……私が?)

 

 声に出したつもりはなかった。けれど、声は答えた。

 

『そうだ。君には十分な適応能力がある。私は君たちが妖精と呼ぶ存在の一つだ。無理強いはできない。だが、今この場で私が確認できる適応者は君しかいない』

 

 妖精。適応能力。魔法少女になるための資質。授業で聞いた言葉が頭の中を駆け巡る。

 

 けれどそれは教科書の中の言葉だった。ニュースの中の、遠い世界の話だった。

 

 つむぎは前を見た。生徒たちの列が避難所へ向かっている。

 

 自分もそのまま逃げようと思った。この声を無視して避難所まで行き、助けが来るのを待てばよかった。

 

 けれど、振り返った視界の隅で、黒いものがまた一軒の家屋を呑み込んだ。

 

 誰かの家だ。

 

 誰かが今朝まで暮らしていた場所だ。

 

 見ないふりをして逃げるには、近すぎた。

 

「——分かった。私でいいなら、やる」

 

 つむぎは友人の袖を引く手をそっと外した。

 

「ごめん、先に行ってて」

 

「え、つむぎ?」

 

 友人が振り返る。けれどつむぎはもう列を離れていた。

 

「ちょっと、どこ行くの!?」

 

 背中に声が追いかけてくる。答える余裕はなかった。つむぎは校門の外へ出ると、避難の流れに逆らって走り始めた。

 

 避難所へ向かう人の波を縫い、角を曲げ、住宅街の坂道を駆け上がる。

 

 走るほどに人の姿が減っていった。すれ違う住民の顔は青く、誰もが反対方向——つむぎが来た方向へ向かっている。

 

 息が切れる。足がもつれる。それでも走った。

 

 黒いものが見えた。

 

 三百メートル先に見えていたそれは、今は目の前にあった。家屋に張りついた黒い塊が、近づくにつれてその大きさを増していく。

 

『ここだ。同化を開始する。覚悟はいいか』

 

「……うん」

 

『協力に感謝する』

 

 その瞬間、胸の奥に熱が灯った。

 

 心臓の鼓動と、知らない誰かの鼓動が重なるような感覚。身体の中を何かが巡り、指先まで熱が届く。

 

 次に気づいた時、つむぎは見知らぬ服を着ていた。白い丸襟のブラウスにプリーツスカート。薄桃色のジャケットを羽織り、ふくらはぎまである半透明のケープを纏っている。胸元に赤い大きなリボン。

 

 手を動かすと、指先に薄い膜のような光が浮かんだ。

 

『同化完了。戦闘形態への移行を確認した』

 

 ◇

 

 人けのない住宅街に、つむぎは一人で立っていた。

 

 住民の避難は進んでいるようだった。窓は閉まり、玄関先に出ていた者の姿もない。ただ、乗り捨てられた自転車が車道の真ん中に倒れ、開いたままの店先では風に押された看板がかたかたと小さく鳴っていた。

 

 目の前では、禍群が家屋を巻き込んで膨れ上がっている。

 

 黒ずんだ塊の一部が盛り上がり、一つの姿を形作る。体高二メートルほどの真っ黒な犬のような形。目に当たる部位が四つあり、尻尾の先は人間の手のような形をしていた。

 

 虫の羽音と砂を擦り合わせる音が混ざった不快な音が、つむぎの鼓膜を震わせる。

 

 焦げた匂いと腐った水の匂いが鼻を刺した。

 

 映像で見たものとは比べものにならなかった。目の前にいるだけで、胃の底から吐き気がせり上がってくる。

 

 禍群がつむぎを見た。

 

 四つの目。怒りでも憎しみでもない。虫のような無機質な視線が、まっすぐにこちらへ向いている。

 

 怖い。逃げたい。何をすればいいのか分からない。

 

 それでも、つむぎは禍群と対峙していた。

 

 禍群が飛びかかってくる。

 

 それに対してつむぎは正面にシールドを展開する。

 

 衝撃。

 

 腕を伝い、肩から背中へ響く。足元のアスファルトがひび割れ、靴底がずるりと後ろへ滑った。

 

 禍群の身体がシールドにぶつかった瞬間、表面がじわじわと崩れ始めた。黒い粒子が焼けるように散る。

 

 しかし禍群はすぐに飛び退いた。身を震わせると、崩れた部分はあっという間に元通りになる。

 

 距離を取り、四つの目が警戒するようにつむぎを見ていた。

 

「ジリ貧ってやつだね、これ……」

 

『君の魔法では、奴に有効打を与える手段がない。周辺住民の避難は進んでいる。これ以上ここに留まる必要はない。……残念だが撤退を推奨する』

 

「それはダメだよ妖精さん。だって、急いでいたからあなたは私を選んだんでしょ? こんなの放っておいたら絶対やばいじゃん」

 

 つむぎは息を整えた。シールドに触れた部分が崩れたということは、魔力が禍群に効いてはいる。ただ、崩す速度が再生に追いつかないだけだ。

 

「……もしかしたら」

 

 つむぎは息を吸い、シールドを前へ押し出した。

 

 盾で殴るように。押し返すように。

 

 半透明の壁が禍群の身体を叩く。表面が大きく歪み、黒い肉のようなものがぼたぼたと崩れ落ちた。

 

 手応えがあった。

 

 だが、それだけだった。崩れた部分は粘液のように垂れ落ち、すぐに這い戻る。穴が塞がり、四つの目が再びつむぎを見た。

 

「やっぱり押すだけじゃ駄目か……」

 

 つむぎは周囲を見回した。足元には崩れた家屋の瓦礫が散らばっている。

 

「じゃあ、これならどう!」

 

 瓦礫を拾い、シールドと同じ半透明の膜を纏わせて投げつけた。

 

 一つ。禍群の胴体にめり込む。黒い体表が弾け、中から煙のようなものが噴き出した。

 

 二つ。今度は首のあたりに当たり、犬の形が一瞬崩れた。四つの目がばらばらに散る。

 

 三つ。脚に当て、禍群の身体が横に傾いた。

 

『微量だが、奴の体積が減少している。魔力を纏わせた物理攻撃は無意味ではない』

 

「本当?」

 

『ただし、このペースでは奴を消滅させるまでに数百発が必要と推測される。君の魔力が先に尽きるだろう』

 

「そんな正確に計算しないでよ……」

 

 つむぎは苦笑しながらも足を止めなかった。瓦礫を拾っては投げ、拾っては投げる。腕が痛む。指先が擦り切れる。それでも、当たるたびに禍群の身体が震え、黒い欠片が散るのを見ると、無駄ではないと思えた。

 

 七つ目を投げたところで、禍群が動いた。

 

 突進ではない。犬の形を崩し、黒い霧のように薄く広がった。

 

 投げた瓦礫が霧の中を素通りする。

 

「え——」

 

 霧はつむぎの足元を這うように広がり、左右から回り込んできた。

 

『包囲される。後退しろ!』

 

 つむぎは飛び退いた。着地した瞬間、足の裏に嫌な感触がした。黒い霧がアスファルトの上を這い、靴の先に触れている。触れた部分から靴底がじわりと変色した。

 

 慌てて足を引く。シールドを地面に叩きつけ、足元の霧を弾いた。

 

 霧は弾かれた部分から後退し、再び凝集を始める。犬の形へ戻っていく。

 

「形を変えてくるの……?」

 

『学習しているのか、あるいは本能的な反応か。いずれにしても、同じ攻撃が続けて有効とは限らない』

 

 つむぎは唇を噛んだ。

 

 禍群が再び犬の姿を取り、低く唸る。先ほどより一回り小さい。瓦礫の攻撃で確かに体積は減っている。

 

 だが、つむぎの腕はすでに重かった。息が上がっている。魔力を使うたびに、身体の芯から何かが抜けていくような感覚があった。

 

「——なら、根っこから引き剥がせば」

 

 つむぎは走った。禍群の本体ではなく、家屋の壁に張りついたままの黒い部分へ向かう。

 

 壁と禍群の間にシールドを押し込んだ。こじ開けるように、力を込める。

 

 ベニヤ板を剥がすような音がした。黒い膜が壁から浮き上がり、シールドと壁の間に隙間ができる。

 

「いける——!」

 

 けれど、シールド越しに嫌な感触が伝わってきた。

 

 硬いものと柔らかいものが一緒に潰れるような感触だった。木材と粘液が混じり合い、ぐちゃりと歪む。柱も梁も、半分は禍群と溶け合っている。壁を剥がしているのか、壁ごと壊しているのか、もう区別がつかない。

 

 吐き気がこみ上げる。

 

「……うえぇ」

 

 思わず手を引いた。

 

 その隙を禍群は逃さなかった。

 

 犬の姿をした禍群が横合いから飛びかかる。つむぎは咄嗟にシールドを張ったが、角度が浅い。禍群の前脚がシールドの縁を掠め、つむぎの肩を掠った。

 

 鋭い痛みが走る。

 

「っ——!」

 

 薄桃色のジャケットの肩口が裂け、その下の皮膚に赤い線が引かれた。

 

『つむぎ!』

 

「大丈夫、浅い!」

 

 つむぎは後ろへ跳び、距離を取った。肩が熱い。けれど腕は動く。シールドも張れる。

 

 禍群が追ってくる。今度は正面からではなく、斜めに回り込むように。

 

 つむぎはシールドの角度を変えて受け止めた。衝撃が腕を震わせる。踏ん張った足がアスファルトの上を滑り、背中が電柱にぶつかった。

 

 電柱が支えになった。

 

 押し返す。シールドの表面で禍群の身体が焼ける音がした。僅かだが崩れている。

 

 禍群が飛び退き、距離が開く。

 

 呼吸を整える暇は与えてくれなかった。再び突進。つむぎはシールドを構える。衝撃。踏みとどまる。押し返す。

 

 また来る。受ける。耐える。押す。

 

 また。

 

 また。

 

 繰り返すたびに、腕の感覚が鈍くなっていった。

 

「やば……もう腕、上がらないかも」

 

 つむぎが自分の腕へ目を落とした、その瞬間だった。

 

『余所見をするな、また来るぞ!!』

 

 慌てて視線を戻すと、禍群はすでに目前まで迫っていた。

 

 つむぎは反射的にシールドを展開した。だがそれを予想していたかのように、禍群はぶつかる直前で尻尾を地面へ叩きつけた。

 

 その勢いでシールドを飛び越え、背後に着地する。

 

「えっ——」

 

 振り返る。シールドを張る。だが足元の踏ん張りが利かない。

 

 そのまま禍群にのしかかられ、地面へ押し倒された。

 

『つむぎ!!』

 

 つむぎはなんとかシールドを維持した。仰向けに倒れた身体と禍群の間に、薄い透明な壁だけがある。

 

 半透明だった壁には蜘蛛の巣のような亀裂が走り、白く濁り始めていた。

 

 その向こうで、黒い牙のようなものが何度もぶつかってくる。

 

 ガリ、ガリ、ガリ。

 

 爪でガラスを引っ掻くような音。骨を削るような音。それがすぐ目の前で続いている。

 

「あー……ごめんね、妖精さん。もう駄目かも」

 

『……素人に戦わせた、こちらのミスだ。すまなかった』

 

「じゃあ、お互い様ってことで」

 

 虚勢を張って笑おうとしたが、禍群の重さがつむぎを現実に引き戻した。

 

『繰り返す。君に有効打はない』

 

「分かってるよ……」

 

 分かっている。自分の魔法は守るためのものだ。今の自分にはこれを倒す力がない。

 

 それでも逃げれば、禍群はさらに街を呑む。

 

「助けが来るまで、止める。それくらいはできる」

 

『しかし——』

 

「それに、もう逃げらんないし」

 

 腕はとうに感覚を失っていた。足も動かない。シールドを維持するのが精一杯だった。

 

 亀裂がまた一本増えた。

 

 息を吸うたびに焦げた匂いが喉の奥を刺す。胸がうまく膨らまない。吸っても吸っても、肺の底まで空気が届かなかった。

 

「妖精さん……」

 

『喋るな。魔力の維持に集中しろ』

 

 淡々としていたはずの声が、少しだけ硬い。

 

「怖いの?」

 

 返事はすぐには来なかった。短い沈黙。それだけで十分だった。

 

『……こんな目に遭わせるつもりはなかった』

 

「答えになってないよ」

 

 笑おうとした。けれど喉から漏れたのは掠れた息だけだった。

 

 シールドの亀裂が広がっていく。

 

 一本。二本。三本。

 

 四つの目がすぐそこにあった。無機質な目。つむぎを餌としか見ていない目。

 

 ああ、本当に食べられるんだ。

 

 頭の中に色々なことが浮かんだ。

 

 あの漫画の続き。来週の映画。友達と食べるはずだったクレープ。

 

 ——それに、女の子として恋愛っていうのをしてみたかった。

 

 まだ十三歳だ。ついこの間、中学校に上がったばかりなのに。

 

 シールドが限界を迎えようとしていた。

 

 つむぎは目を閉じた。

 

 ガシャン、と透明な壁が砕ける音が響いた。

 

 次に来るのは何だろう。骨を砕かれる音か。肉を食い裂かれる感触か。

 

 強がろうとした。けれど本当は、痛いのなんて嫌だった。死ぬのも嫌だった。

 

 ——けれど、追撃は来なかった。

 

 痛みもない。牙が食い込む感触もない。

 

 代わりに、すぐ近くで空気が弾けるような音がした。

 

 つむぎは恐る恐る目を開ける。

 

 最初に見えたのは空だった。五月の明るい空。

 

 次に舞い上がる土埃。砕けた瓦礫。

 

 身体を押さえつけていたはずの重さが消えていた。

 

 それから——

 

 そこに、少女が立っていた。

 

 白いワンピース。裸足。腰まで届くプラチナブロンドの髪が瓦礫の間を吹き抜ける風に揺れている。

 

 十歳か十一歳ほどに見える小さな身体。細い手足を包むように膨大な輝きが纏わりつき、身体の周りには無数の燐光が水沫のように瞬いていた。

 

 荒れ果てた街の中で、そこだけが切り取られた別の景色のようだった。

 

 つむぎは目を離せなかった。

 

 少女の立つ場所だけ空気が違う。

 

 静かだった。

 

 禍群の不快な音も、瓦礫の軋みも、そこだけを避けているように思えた。

 

 少女はつむぎを見ていなかった。

 

 ただ一点を見つめている。

 

 その視線の先には、つむぎを殺しかけた禍群がいた。

 

『……つむぎ。あの少女の魔力が見えるか』

 

 妖精の声が、震えていた。

 

『手脚に纏っているあれだ。彼女はただ魔力を垂れ流しているだけだ。それなのに……あの密度は、何だ』

 

 つむぎには魔力の密度など分からない。

 

 ただ、一つだけ分かることがあった。

 

 少女の瞳は濃い色をしていて、妙に冷たかった。

 

 人を見ていない目。

 

 つむぎは、その目に見覚えがあった。

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