魔法少女世界で俺のエンカテーブルがクール系に偏り過ぎてるんだが 作:TSから逃げるなぁぁ!!卑怯者おぉ!!
「……録画エラー……容量不足……っ!」
漆黒の絶望に突き動かされ、宇賀神やみは突飛な跳び起き方をした。
常に感情を一切表に出さない(と本人の中では思っている)彼女は心臓を激しく脈動させている。
夢だった。
毎週欠かさず見ている今期「プリ〇ュア」を録画失敗により見逃すという、世界の崩壊より恐ろしい悪夢。
サブスクでは見た気がしない彼女にとってはこれ以上の恐怖は無かった。
「フゥ……ただの幻影ね。なんてことないわ」
彼女は人差し指で前髪をピッと跳ね上げ、いつもの冷徹なポーカーフェイスを1秒で形成。
しかし
その瞬間、下半身に「世界の真理」とも言える温かい質量を覚えた。
じっとりと、あまりにも潤沢な水分。
「あっ……」
……………
「……なるほど。私とした事がベッドの上に小宇宙を形成してしまったようね」
布団をめくると寒色系のスタイリッシュなシーツに、言い訳のしようもない巨大な湖が広がっていた。
パジャマのズボンはぐっしょりと濡れ、肌に冷たく張り付いている。
冷徹無比、常に冷静沈着と謳われる(本人はそう感じている)18歳の魔法少女がプリキュ〇の録画し忘れに怯えてお布団の上でお漏らしをした。
それが今、この宇宙で起きている紛れもない事実だった。
「問題ないわ。私は『宇賀神やみ』。水分の制御など呼吸と同義よ」
やみは真顔のままベッドから静かに浮遊するように立ち上がった(実際はつま先立ち)。
時計は午前5時半。
やみは音を立てない隠密歩法魔法さえを駆使し、風呂場へ移動し静かに水を掛けて軽く洗い流し、水分を吸い込んだ重いシーツとパジャマを抱えベランダへと向かった。
今は7月、既にして暖かい早朝のベランダ。
やみは一切の表情を変えず、サスペンス映画のプロの如く手際よくシーツを物干し竿にかけた。外から見えないよう、手すりの内側に配置する。
パンパンと音を立てるわけにはいかないため、真顔のまま両手でシーツを挟んでじわじわと体重をかけて高圧プレス機のように水分を絞り出し排水口から流していく。
その時だった。
サッシが静かに開き、薄暗い部屋の奥から、一人の少女が姿を現した。
それは宇賀神やみの妹。
彼女はまるで光を吸い込むかのような瞳と漆黒の長い髪を腰のあたりまで伸ばしていた。前髪はあえて長く切り揃えられ、顔の左半分をヴェールのように覆っている。
隙間から覗く肌は陽の光をあまり浴びていないかのように陶器のように白くありながら美しい。
そしてオーバーサイズの長袖パジャマの袖口から細い指先で支えている彼女が愛飲している深煎りコーヒーが入ったカップ。ほろ苦い香りが微かに漂ってくる。
「……姉さん。何、してるんですか?」
冷たく、低く、鼓膜に直接染み渡るような声。
やみの妹は前髪の隙間からジト目になり切れ長となった双眸をさらに細めた。光のハイライトが一切消え失せた底なしの沼のような瞳。
その視線はやみの顔から、物干し竿のシーツ、そして足元に隠された「ぐっしょり濡れたパジャマ」へとミリ単位で正確に移動していく。
さらにベランダに微かに漂う、コーヒーの匂いでは間違いなく無い、別の独特な匂い。
普通ならここで魔法少女のプライドは塵に還る。
しかしやみは一切の動揺を見せず、アイロンをかけるポーズのまま1ミリも目をそらさずに言い放った。
「あら、早いわね。朝のブレイクタイムのコーヒーのようね」
「でもその冴えたであろう脳であれば一目見れば分かるでしょう。早朝のシーツの分子構造の再配置よ」
「は?」
やみの妹は首をわずかに傾げた。長い黒髪がサラリと揺れ、その隙間から覗くジト目の威力がさらに倍増し、口さえすぼめている。
「ええ。早朝の紫外線と、私の放つ絶対零度暗黒のオーラを融合させることで、布繊維の耐久性を1.5倍に引き上げているの。クールであるならば寝具の硬度管理も怠らない……何か質問は?」
「は?」
完璧なポーカーフェイス。完璧な低音ボイス。
だがやみの妹のジト目はさらに深くなり、絶対零度の姉を完全に置き去りにするほどの『冷気』を放ち始めた。
「……姉さん。私の目は誤魔化せませんよ」
「何かしら?ここには私と、分子管理中のシーツしかいないわ」
「姉さん、分子管理とか意味不明な事を言っていますが……『悪夢を見てパニックになり18歳にしておねしょの烙印を刻まれた哀れな姉の概念』が確かにそこに存在していますよ」
「ふっ…愚か者の言い分ね。どうやらまだ頭が冴え渡っていないらしいわ、それはただの自然現象よ」
「パジャマのズボンが自重で滴り落ちそうなほど濡れているのも、自然現象ですか……?愚かなのはどっちですか」
やみの妹は一歩踏み出し濡れたパジャマを長い指先でツン、と突いた。
その瞬間もうこれ以上無いほどにジト目が冷徹さを増す。
「これは最新の水分代謝実験よ。私は常に、己の限界に挑んでいるの」
どれだけボロが出ようとも、やみの表情は鉄壁だった。眉毛一つ動かさない。
「はぁ……姉さんの耳、さっきから真っ赤ですよ…」
「朝の寒さのせいよ」
「今は7月です……」
「冷房の効かせすぎよ」
「ここはベランダです…………はぁ」
やみの妹は細い胸を上下させ、またも深く暗いため息をついた。
前髪の奥の瞳にはもはや憐れみと呆れの感情しか残っていない。
「……隠そうとするのは、見苦しいです……さっさと貸してください」
「断るわ。この実験は、私が最後まで全うしなけれ」
「もうすぐ母さんが起きてきます」
「……よろしく頼むわ」
やみは一切表情を変えないまま流れるような動作で洗濯物の山を妹に差し出した。
敗北の瞬間ですらその姿勢(だけ)は美しく、クール(であるように本人は感じていた瞬間)だった。
「……お母さんには私が上手く言っておきます。今度の日曜の〇リキュアは私の部屋のテレビで一緒に見ること……いいですね?」
やみの妹はコーヒーカップを傍らに置くとパジャマの長い袖で洗濯物を包み込むように抱え、影のように怪しげに呆れ顔を浮かべるものの、姉をしっかりと管理しなければならないという使命感に駆られていた。
「……ええ。ならば契約成立だわ」
やみは何を満足したのか分からないが満足したように、再び音もなく、廊下の闇へと溶けるように洗面所へ消えていった。
絶対零度の虚勢を1ミリも崩さないまま、消えて行った姉をやれやれと見送ってやみの妹は作業に取り掛かろうとする。
ドタドタ
「か、母さんもう起きてたわ」
やみはポーカーフェイスながらも非常に焦った様子で戻って来て、手すりに残った微かな匂いを消し去るために消臭スプレーを急いでベランダへ噴射する。
その挙動には先程の虚勢のエレガントささえ無く、やみの妹は肩をすぼめるばかりだった。
◆
爽やかな朝の光の中で、俺は布団から気怠げに起き上がった。
なぜか部屋の空気が邪なものでも祓った後かのように非常に澄んでいたが自分の体調は未だ非常に重々しい。
部屋に戻ると既に刀禰は姿を消していた。流石に全部洗濯しなきゃならんな
「睦!」
「睦、おはようだりゅ!」
すると本日も花子とリュリュのコンビが小野家の窓から現れる。
ぽけ〜っとした顔で俺は花子の顔を見つめながら、抜け切らない怠さからか寝ぼけ気味に言い放った。
「……」
「花子って順当にクールって感じだよな」
「な、なんだ急に気持ちの悪い……それよりもだな…」
「?」
「この付近で『先の厄日に迫る、史上最大級の悪夢』が飛来したらしい。」
また物騒な…俺が悪いもんを引きつけてるみたいじゃないか…宿〇の指ですか
「でもどうせあれだろ? 冷香が猪突猛進にパーンってパターンでしょ。」
「そんないい加減な…」
「でも、あながち間違いじゃないかもなんだりゅ。あの魔法少女の実力は未知数なんだりゅ。」
「リュリュまで…可能性はあるかもしれんが、今私達が確認しに来たのは睦の事なんだぞ。」
「俺…?」
すると花子とリュリュが徐に俺の胸に手を当てる。
「あまりベタベタするのは頂けんがな、許せよ。」
「なになに? どういうこと?」
花子は腰の刀を床に立て、真剣な眼差しで俺の胸に手を当てるばかり。
暫くして耳鳴りのような音が何故か耳でじゃなく俺の頭の芯で響いていたような奇妙な感覚があった。
恐らく魔法を使用しているのだろうか? 探知とかの部類? 言葉では言い表せない不思議な感覚。
そして。
段々とその瞳にはいつもの剣呑な雰囲気が纏われ、花子とリュリュ両者とも冷や汗をかき始めた。
「な、んだ、これりゅ……?」
「……」
その瞬間、確かに花子とリュリュが息を呑んだ音が聞こえる。
トンッ
突然花子が刀の柄を床に強く突きつけた。
部屋の床に淡いピンクの五芒星が広がり、俺の内からなにか赤黒い霧が視覚化された。
「今日何がしたいのお前…?」
そう唖然としながら花子の顔に目を向けると、彼女は完全に血の気が引いていた。
「睦、悪いが今回ばかりは貴様を一時的に拘束させて貰うぞ…!」
「えっ!? 拘束するんだりゅ…?」
「ステイ。事情。」
「貴様の中で先日の魔物とは違う、『大怪異』の残穢が存在している……」
「あの魔法少女達が貴様の中に魔物の残穢をぶち込んだ事も考えられるが、そうならば4人其々の封印式をあの4人がわざわざ集まって解除したという状況になる。」
「えーと、つまり?」
「今回の大怪異は貴様が知ってか知らずか討伐したと言うわけだ! 全く貴様も魔法少女の常識を遥かに超越している…!」
「えぇ…!?」
就寝している間に俺は何をしていたというんだ!?
まさか夢遊病!? 就寝時は戦闘狂になるとかいう厨二病設定が追加されるというのか……これダー〇ライ特攻じゃん
いや違う。そんな事を考えている場合じゃない。
「拘束って言ってたけど……まあ何となくその経緯は推測出来るけど一応説明を…」
「貴様はおそらく魔法少女ではない『未登録の高位能力者』と分類される。」
「そしたら魔法少女機関とは別の管理組織に睦の身は移送されて色々と管理されるんだりゅ。」
「色々!?」
「でも! 独自の判断で身柄を拘束するのはやり過ぎなんだりゅ! 花子どうしちゃったんだりゅ!?」
「う、五月蝿いぞリュリュ…機関の検分がもし来た場合の事を考えてだな…!」
花子は大きく息を吐き出し日本刀を抱え直す。
だが、その表情は魔法少女としての戦士のそれでありながら、どこか妙に必死すぎる。
「そういうわけだ睦、これから暫くは貴様を私邸に招き、徹底的に管理……じゃなくて護衛をだな…」
「なんか、いつもより随分と前のめりだな…」
「だ、黙れ…!」
「窓やドアの鍵も私が魔法でロックする、学校以外の外出も基本的に禁止だ! 私の許可なく指定の部屋から一歩も出るんじゃない!」
「待て待て待て、それはもう『護衛』じゃなくて『監禁』だろ」
「そうだりゅ! 花子さっきから完全におかしいりゅ!」
俺はじりじりと距離を詰めてくる花子を牽制した。
いくら身の安全のためとはいえ、これでは自由がなさすぎる。
というか今日の彼女はリュリュの言う通り何かがおかしい。
「ねえリュリュ」
「なんだりゅ?」
「花子がさっき言ってたハイド・ハイランダーの実態だけどさ。本当に未登録の能力者ってだけで即座に地下の実験室に永久監禁されて例えばあれか兵器にされるのか? 流言飛語の類じゃなくて?」
ここは中立的立場のリュリュから情報を得て、花子の真意を探ろう。
「ん? 兵器転用…確かに考えられなくも無いけどりゅ、そこまで極端に倫理観の欠けている行動取ってたら悪の組織が嗅ぎつけてその弱みに漬け込むはずなんだりゅ。」
「つまり基本的人権倫理観の欠けた情報抜き取られて逆らえなくさせられて、悪に加担させられるように仕向けるってわけだ。」
「そうだりゅ! 手段を問わないって事は本人の意思に関わらず悪に堕ちてしまう可能性が高くなるんだりゅ! 管理機関もその事は分かっているから極端に倫理を外れる事はしないと思うんだりゅ!」
「んー…でも管理された場合は流石にグレーゾーンの行為もあるんだりゅ…平和の為とはいえちょっとリュリュは疑問を感じてるんだりゅ。」
「それ、教えて」
「おいリュリュ! 余計なことを言うなッ!」
段々と語気が強くなる花子。動揺する事はあってもコイツの取り乱すようなこんな表情は見たことが無い。
その隠している部分に花子が必死になる『何か』があるはずだ。
「あんまり隠すのはよくないりゅ。実態はしかるべき施設での手厚い保護と能力のコントロールがあるんだりゅ。」
「それからリュリュが個人的にグレーゾーンだと思ってるのが将来に向けた『生殖管理』だりゅ。でもこれが一番重要な項目だりゅ。」
「生殖管理?」
聞き慣れない、そして少し不穏な単語だ。
「そうだりゅ。高位能力者の血統は超貴重なんだりゅ。機関が用意した適性の高い高位能力者……まあつまり『魔法少女』だりゅ!! 彼女達とマッチングされて、将来的に優秀な次世代の能力者を残すための義務が生じるんだりゅ。まあ、本人の意思も一応は尊重されるし、生活環境はタワマンだったり、軽井沢的な別荘が保証されるから永久監禁とは程遠い贅沢な待遇だりゅ。」
「でも本人達の意思がいくら尊重されるとはいえ…相手が限定されるのはリュリュにとっては…まあ…うん…これ以上は個人次第だけどりゅ…複雑りゅう…」
「うえぇ、マジかぁ…将来魔法少女の誰かって事になるのかぁ…」
手厚い保護。
最高クラスの待遇。
そして能力の血統を繋ぐための結婚と生殖管理。
最後が問題だよなぁ……相性もどうかも分からない毎日クタクタになって帰ってくる魔法少女を労いながら、家庭を育んで、尚且つその息子とか娘とかも、高能力だったら決まったレールに、魔法少女行きのレール……情勢と常に隣り合わせの人生に身を置く事になる。
世界平和を考えたら兵器転用なんかよりはマシかもしれないがリュリュが言葉を濁すのも分かる。
つーかもし冷香とかやみみたいなガンギマリ頭な奴だったり、エルヴィーヌや刀禰みたいな何考えてるか分かんない奴だったらどうすんねんエンデ〇ァーでも持て余すぞ
(……待てよ?)
俺は花子に視線を戻す。彼女は俺の目の前だというのに顔を真っ青にして硬直している。
花子の戦闘能力は現役の魔法少女の中でも上位に位置している。実際に機関の魔法少女が彼女を引き入れたそうにする程だ。
そしてもし、俺の大怪異とやらの討伐が機関にバレてハイド・ハイランダーとやらに登録されたらどうなるか。
「……なぁ、花子」
「な、ななな、何だ」
もはや呂律の回っていない花子。
そんなの関係なく次の言葉を結ぶ。
「機関がハイランダーの生殖相手を選ぶ時って、やっぱりそれ相応に実力のある、高位の魔法少女が選ばれるんだよな?」
「そ、それは……そう、だ……っ」
うーんつまり
上位の魔法少女ほど、その娘と子供作る可能性高い
↓
花子は野良だけど機関に一目置かれてる上位の魔法少女
↓
遺伝子的な適性とか、特に現在の関係性を考慮される
↓
機関魔法少女とは別の管理機関らしいので、既に知り合ってる花子が選ばれる可能性大いにあり
↓
花子と……
俺は察した。
それと同時に部屋の空気が一瞬で凍りついている事が分かった。リュリュでさえ事情をたった今理解したようで思わず目を見開いている。
花子に視線を戻す。
彼女の顔が、爆発でもしたかのように一瞬で真っ赤に染まる。耳の先まで完全に茹蛸のようだ。
「なっ、ななな、何を思っているのだ貴様はッ!? バカじゃないのか!?!?!? やっ、やめろッ!! 不純だッ!! その理解は不純だッ!! 誤解だッ!! 自意識過剰の塊!!! ホントに誤解だからぁッ!?」
花子は両手でぶんぶんと刀を振り回し(鞘はついたままだけど)凄まじい大声で喚き散らした。
「ち、違う!! 全然違うから!!! 私がそんな、貴様なんかと結婚して、あんなことやこんなことをして子供を作るのが嫌だから隠そうとしてるとか、問題はそういうことじゃなくて!!! というか、お前みたいな冴えない女の腐ったような男が私の将来の旦那さん候補になるとか想像しただけで吐き気がするわけであってだな!!! だから管理機関に知られたくないだけであって!!! 私の純潔と将来の自由を守るための防衛策であってだなぁッッッ!!!!」
俺は冷めた目で息を切らせている花子を見つめた。
相棒のリュリュですら呆れたジト目を花子に向けている。
管理機関に知られたら花子と俺が強制的にくっつけられる。微かでもその可能性があるからこそ真っ先に察知し、彼女はパニックになり、俺を監禁して隠蔽しようとしたのだ。
要するに自意識過剰なのは花子のほうじゃねーですか
自分で穴を掘るのが深すぎて、もうブラジルまで到達しそうなんですけどそれは
「あーもう!! 小野睦ッ!! 今から貴様を叩きのめすッ!!」
「えぇ…?」
「いや流石にその行為は擁護できねーんだりゅ。魔力渡せねーんだりゅ。完全に墓穴掘った花子の責任だりゅ。」
「うるさいうるさいッ!! 残っている魔力でコイツを叩きのめすから問題無いッ!!」
ぐるぐるおめめで涙を浮かべ顔を真っ赤にしながら、勢いよくピンク色のオーラを放ち始める花子。
いくら相手が動揺しまくりとはいえ、これはヤバいかもしれない。家が粉々になる。
「分かったからとりあえず刀を収めろ!」
「何が分かっただッ! 今から私が貴様を分からせてやるッッッ!!!」
花子は恥ずかしさが限界突破して脳の回路がショートしているのだろう。
刀を構えて突撃。もちろん峰打ちのつもりだろうが魔法少女の魔力で放たれる一撃だ。どうなるか分からない。
本能的な危機感を覚えた瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。
状況が状況で冴えていたのか普段からは信じられないほどの敏捷性で花子の横薙ぎを紙一重で回避。
そのままの勢いで開け放たれていた2階の窓から外へと飛び降りた。
地面へ落下する恐怖よりも背後の『乙女のプライドを懸けた激昂』の方が今は遥かに恐ろしい。
俺は庭の芝生にしなやかに着地すると、そのまま住宅街の夜道を猛ダッシュで駆け抜けた。
しかし相手は現役の実力派魔法少女である。
「待てっ!!」
バックステップの慣性を利用したのか花子は一瞬で2階から飛び降り、もの凄い速度で俺の後方を追尾してきた。
地面を蹴るたびに冗談みたいな風圧が巻き起こっている。
捕まったら今度こそ社会的にも肉体的にも色々アレだろう。
必死になって一番近くの公園へ駆け込んだ、その時だった。
カツン、と静かな足音が四方から響き渡る。
突如として俺の行く手を阻むように『4人の影』が立ち塞がった。
顔を上げると全員が全員、申し合わせたかのように腕を組み、冷徹な視線をこちらに向けている。
「残穢を追って来てこれ? またアンタ絡みなの?」
冷香が氷のような声で言い放った。
お前は猪突猛進に駆けつける割にその先で冷たく振る舞うのやめろ
「手が必要な状況なの? 現役魔法少女がただの一般人を追い回して醜態を晒すなんて……」
鼻にかけたようにエルヴィーヌが言い放つ。
一般人に変なものを刻んだのはお前もだろ
「命乞いかしら小野睦。もっとも、この私が手を貸すほどの案件には見えないけれど。今日は特別クールな事をやらないと気が済まない気分だから来たけど」
やみが髪をかきあげながら余裕ありげに言い放つ。
この状況で気分で来てるの白状する神経
「…………」
なんか言い放て刀禰
花子は4人の登場にギクシャクと動きを止め、顔を赤くしたまま「こ、これは違くてだな! 貴様らには関係無い事というか……!」と必死に言い訳を始めている。
だがそれどころか4人はピクリとも動かない。
全員が四方を囲んだまま、ふいっと視線を逸らしてクールなポーズを維持している。
「孤高を貫いてこそクールな魔法少女よ。他人の喧嘩に無闇に介入するのは美学に反する」
「合理的理由のないボランティアは、私のポリシーが許さない……」
「………」コクコク…
「ただじゃれ合ってるようにしか見えないんだけれど。そうやって女を引っ掛け回しているからそうなるのよ。最近アンタのせいで寝れなくていい気味だからもう少しそうしてて。」
4人は口々にクールな台詞を吐き捨てながら、一切俺を助けようとしない。つーか冷香の奴、ホントに目の下に隈がうっすら出来てるけど今日特に毒気が強い。気の悪い日に当たったみたいだ、いっつも気は悪いけど今日は特に。
それも、お互いに「ここで私が動いたらクールじゃない」とか「キャラが被ってるから誰が最初に動くか牽制し合ってる」とかいうなんとも言えない微妙なプライドからか誰一人動こうとしない。
ただ、4人の美少女がポーズを決めてチラチラと助太刀しそうな感じの雰囲気出して上から目線で佇んでいるだけ。
いや何なんだ。なんの為にお前ら駆けつけたんだ。マジでそれやる為だけか。
俺が全然助かってないんですけど、お前ら助太刀を促そうとしてそれ以上コマンド無いただの置物NPCになってるぞいや冷香とかもう敵対してるんですが
あまりの理不尽さと、現場の状況に思わず頭を抱えて叫びたい気分だ。
だが状況を打開する為にはまず俺が落ちかなきゃならんだろう、だって誰一人としてクール気取って落ち着いているようで高飛車なやつばっかりだもん
「お前らさぁ、いい加減にしろよ…」
取り敢えず深く長いため息を吐き出して、その場にどっかりとあぐらをかいて座り込む。
その瞬間、花子の殺気とそこの4人のクール系魔法少女たちの無駄な小競り合いがピタリと止まった。
◆
小野睦は魔法も、影に潜む魔物の力も、何一つ発動していない。
ただあまりの不条理さに心底呆れ果てて逆に落ち着こうと脱力し、疲れ切った一般人としてその場に座り込んだだけだった。
だが一方で花子の目には、その「ただの一般人の行動」が全く別の意味に映ってしまっていた。
(……なっ!?)
花子が息を呑む。
今まで見た中で魔法少女の最高峰である4人を前にして助けを求めずそれどころか、尚且つ殺気立つ自分に追われているこの状況。
花子からすれば完全に背中を晒し、無防備に地べたに座り、常識的に考えれば自殺行為だと捉えられても仕方が無かった。
しかしもしも小野睦が自分など、敵ではないと見做しているとしたら? そう花子は考える。
(本当にそこの4人に助けを求めないつもりなのか…睦…!?)
彼はただ逃げるのに疲れて「もうどうにでもなれ精神」になっていただけなのだが、花子の脳内ではそれが『圧倒的な強者の余裕』『まだ何か奥の手を持っている深淵の如き隠蔽技術』に変換されていた。
それどころか睦は座ったまま4人のクール系魔法少女たちを順番に指差した。
「お前らさ、精鋭なんだろ? 前から思ってたけどそんなやつらが4人も揃って、揃いも揃って同じポーズでフリーズして……恥ずかしくないのかよ…」
「何よ」
「キャラ被りを指摘したいのかしら」
睦の言葉はただの『キャラ渋滞への真っ当なツッコミ』だった。
しかし花子からすれば、圧倒的強者側の4人のクール系魔法少女たちに対して『組織の怠慢と、保身に走る自分たちの精神的な未熟さを見抜かれた』ように聞こえた。
花子の前ではあまり口に出して他のクール系魔法少女にツッコんでいなかった事もあったからだろう、余計そう花子は感じ取る。
「花子もだ。まあ…その…そんなに相手が嫌なのなら、最初から俺の事なんて過度に構わずにいりゃ良いんだ。頭に血が上りすぎ。」
「それでは貴様はいずれ管理機関に…!」
「あっ…」
睦にとっては花子の暴走を「もっと冷静に隠蔽工作しろよ」という意味で窘めた。
だが、花子にとっては違う。
(え……? 過度に構わずにいて良いって……まさか睦、貴様は自分の力で最初から機関の観測網を完全に欺く隠蔽の術を敷いてたという事なのか……!?)
花子はハッと目を見開いた。
(私がバカみたいに焦って隠そうとしなくとも、睦は最初から『一般人としての擬態』を完璧に完了させていたと考えれば……通らぬ道理ではない!)
(私それを、はやるあまり台無しにしようとしていたとでもいうのか……!)
花子の顔が軽い畏怖と別の意味での恥ずかしさで再び真っ赤になる。
「そ、そう……だったのか……貴様は最初から大局を見ていたのか…私が余計なことをして……」
「……?」
「な、なんか妙に物分かりいいな…」
睦は首を傾げるが、その前で完全に萎縮し、借りてきた猫のように花子はなってしまった。
4人のクール系魔法少女達も事態が急に解決し、一斉に睦に向かって鋭い視線を向けた。
「私からの助け無しで解決したようね…」
「………呆気ない…………」
「えっもう終わり?」
「…気に入らない。」
エルヴィーヌ、刀禰、冷香は消化不足とばかりに颯爽と立ち去り、オロオロと周りを見渡したやみは取り敢えず髪をかき上げて後に続き消えて行った。
残されたのは、静まり返った公園に佇む2人。
依然として顔を真っ赤にして下を向く花子に対して、睦は気まずくなって立ち上がり、ズボンの土汚れを払う。
「あっ!良かったりゅ〜!落ち着いたみたいだりゅ〜!」
するとリュリュが到着し、花子はバッと顔を上げるとそそくさとその場を後にする。
「リュリュ!行くぞ!」
「あっ…うんなんだりゅ。睦も今日はごめんなんだりゅ〜!」
「いいよ。」
だが花子は公園出口で徐に足を止め…
「睦、今日は本当にすまなかった…心のどこかで貴様の事を侮っていたのかもしれん…」
「別にそれもいいよ。」
「また今度な」
「ッ!」
睦の言葉だけ聞くと、花子は風を切るように全力で去って行く。
睦は最後まで頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるばかりだった。
◆
「リュリュ…すまなかった…」
「睦に免じて許すんだりゅ。でも今回は特に前のめりだったんだりゅ。睦と良い関係になるのがそんなに嫌だったりゅ?男の子はそういうの傷つくらしいりゅ。」
「……」
言えるはずがあるまい…
睦が機関の魔法少女の誰かと結ばれると考えついた末の、咄嗟の行動などと…
「花子?」
「もう今日は水に流してくれ…頼むリュリュ…」
「わ、分かったりゅ。そんなに泣きそうにならないで欲しいりゅぅ…」
◆
「くだらない…本当にくだらない…!」
ただ偶々アイツから嫌な気配を感じたから駆けつけてみれば…夜の間に刀禰が出入りしてたり、後輩魔法少女が尾籠な話をしていただけ…
それなのに…!
「ホントに面倒……あんな奴、子供でも何人でも作って痛い目をみれば良いのよ……」
「あんな奴を気にするなんて…ホントにどうかしてる…」
「…はあ……ホントに病気でもあるんじゃ……? 私……」
ここまで見てくださりありがとうございました!
継続頑張りたい…