魔法少女世界で俺のエンカテーブルがクール系に偏り過ぎてるんだが 作:TSから逃げるなぁぁ!!卑怯者おぉ!!
キュアエクレ〇ルの正体が分かったのと廻天の本予告が出てほ〇ほむがまた追い詰められてるので初投稿です
ここは星なき永夜の砂漠。
見上げる空はどこまでも底の割れた漆黒であり、足元に広がる黒砂の粒子は微かな光さえ拒絶するように鈍く沈んでいる。
ただ永遠の闇とその中で完成された『独自の生態系』があるだけ。
ここは次元の向こう側……そう『魔物』の巣窟である。
どこまで繋がっているかも分からないその広大な空間、その生態系ピラミッドの中でも頂点に近い位置に君臨するのが全長100メートルを超える異形の巨獣『グラフィアス』。
山を穿つ一角と大地を裂く剛爪、圧倒的な質量と絶対的な生命力を誇るその魔物はこの次元近辺一帯において文字通り無敵の存在だった。
肉体を持つあらゆる存在がその影を踏むことすら恐れて逃げ惑う。
過去に地球に降り立った際はまだ組織が出来上がる前とはいえ、当時の魔法少女達では食い止める事は出来ず甚大な被害をもたらし、今ではレベル『大河』最上位の魔物として語り継がれている。
しかしその絶対強者の足元で音も無く蠢くものが。
それは形を持たない黒い靄。
実体無き知性体であり、この世界の理さえを無視してそこに確かに居た。
「はいはい、お勤めご苦労さん」
意思を持つ霧はグラフィアスの巨体を滑り上がっていく。
ここは流石のグラフィアス、その本能的な敏感さから不快感を即座に感じ取り咆哮。空間を爆砕するほどの爪撃を放った。
だが物理的な破壊の全ては空を切り、形なき霧を散らすことすら叶わない。
靄は皮膚の微細な隙間、あるいは呼吸の合間から巨獣の体内へと容赦なく滑り込んでいった。
「よっこらせ…と……」
彼が求めたのはその肉の捕食ではない。『悪夢による浸食』である。
「どれどれ、記憶を読み取って……」
霧が魔獣の脳枢軸へ到達した瞬間、グラフィアスの巨躯が嘘のように硬直し、過去の走馬灯が流れ込んで来る。
「へー…酸の魔物と殺りあった時に身体を溶かされて死にそうになった…って事か。丁度いいや、これを利用するか」
グラフィアスの金色に輝いていた眼球から光彩が失われ、急速に濁っていく。
最強の獣はその強靭な肉体という檻に閉じ込められたまま、永久の精神迷宮へと突き落とされた。
夢の中のグラフィアスは無力な存在。
自慢の角は触れただけで砂のように崩れ、誇り高き肉体は内側から腐り落ち、声帯は潰れ、どれだけ叫んでも悲鳴すら上がらない。
それは間違いなくグラフィアスが酸の魔物と戦った時のトラウマ…よりも更に過酷な侵食の再現であった。
それに加えて底なしの闇の向こうから這い寄ってきたのは、かつて自らが蹂躙し踏み潰してきた弱者達の無数の怨念。
それらは泥となって巨獣の四肢を絡め取り底へと引きずり込んでいく。
「無敵という現実でも幻想に変えられる」
「これが俺様の能力ね。あ、聞こえてないか」
実際、脳内には霧の嘲笑が響き渡っていた。
しかし現実世界のグラフィアスはそれを聞き取れるどころでは無い。
狂気に取り憑かれたようにのたうち回り、自らの頭部を岩盤に打ち付け、漆黒の砂を嵐のように巻き上げる。
しかし、どれほど外側で暴れようとも内なる悪夢の泥濘から逃れる術はない。
絶望という名の劇薬が現実の肉体を確実に蝕んでいく。
「ガギャアアァァッッッ!!………」
「…アッ…………」
極限まで跳ね上がった恐怖により強靭な巨獣の心臓は異常な脈動を刻み、そしてあっけなくその動きを止めた。
外傷は一つも無い。ただ砂漠に横たわる巨獣の顔面には、終わらない拷問に耐えかねたような凄絶な絶望の表情だけが刻まれていた。
やがて、物言わず塵状に崩れていく骸から再び黒い靄がじわりと染み出してくる。
「今回も呆気なかったなぁ、まあ俺様の能力じゃそうなるのも仕方ないか」
『黒霧の魔物』。
自身を固有能力『悪夢』を概念として世界に適用させ、一部を除く一切の攻撃を受け付けないという離れのけた神業を駆使する。
対象の記憶を読み取りその中から相手のトラウマを選定、よりリアルな悪夢として仕立て上げるのだ。
「ん?」
そんな黒霧の魔物の前に突如として現れたのは魔力プラズマを帯びた『地球との次元の裂け目』。
グラフィアスの渾身の空間爆砕攻撃が引き起こした現象であった。
「へぇ、地球かぁ……」
「せっかくだ。当たり外れは多いけど久し振りに魔法少女の精神エネルギーでも貰いに行くかな」
黒霧の魔物はゲートに吸い込まれるようにして身を任せる。
人類史すらを狂わせる暗闇が、じっと息を潜め地球に忍び寄る。
◆
「!!」
黒霧の魔物は地球に降り立って早々、夜の帳が降りていた街中のあるマンションの一室に凄まじい気配を感じ取る。
「こりゃあとんでもねぇ魔力だ…」
早速、全速力でそのマンションの隙間をすり抜け、該当の部屋へ侵入。
殺風景で必要最低限以外の物は備わっていない印象を受け、ベッドの上に横たわるその主へ視線を向ける。
(悪夢状態で来て良かった…素でこの世界に降り立ってたらコイツに気配を感じ取られて駆けつけられていたかもしれん…)
今は相手へ物理的な攻撃は出来ないものの、『概念』として一段上の存在と化している為に気配も余程の事が無ければ感じ取られはしないし、相手からの攻撃も効かない。
とにかく今は黒霧の魔物は『悪夢を見せるためだけの存在』となっている。
(よし、早く作業に取り掛かろう)
彼はその魔法少女の横腹からスルスルと登り頭の中へ問題無く侵入。
(見せてもらうぞ…お前の記憶をな)
そして記憶の再生が始まった。
◆
「別に一緒に行きたくないわけじゃない。ただ、その服のセンスが致命的に古いって言ってるのよ」
12歳の渭東冷香は、鏡の前でネクタイを締め直す父親に向かって呆れたようにため息をついた。
当時から彼女は同年代の少女に比べて大人びており、どこか冷めたクールな側面を持っていた。
感情を素直に表に出さずにいつも一歩引いたような物言いを好む。
「手厳しいなぁ。これでも冷香とデートするために奮発して買ったんだぞ?」
「デートじゃない。ただの買い物…勘違いしないで。」
冷たく突き放すような口調。しかし冷香の視線は父親の襟元へと向かい、ぶっきらぼうな手つきでその歪みを直してやった。
「……まぁ、そのシャツと合わせるなら、こっちの紺色のネクタイにすればマシになるわ」
「おぉ!さすが我が家のファッションアドバイザー! 母さーん!冷香が俺のネクタイを選んでくれたぞーッ!!」
「ちょっとお父さん!」
するとキッチンから母親がクスリと笑いながら顔を出す。
「はいはいお父さん。冷香は照れ隠しで口がキツくなってるだけなんだからあんまりからかわないの。」
「さ!準備ができたなら出発しましょうか。映画の前に買う物もあるし。」
「え、なに…?早く映画館に行かないと…」
「何って冷香のブラよ?ここまで成長が早いとこのタイミングで予め大きいサイズを買っておいた方が」
「お母さんっ!」
冷香母の天然節炸裂に思わず苦笑いを浮かべる冷香父。
「冷香…今のはお父さん聞かなかった事にしておくから…」
「…別に照れてなんかいない。早く行かないと映画の特典が切れるから急かしているだけ。」
「確かプリキュ〇だったよな、冷香も好きだよなぁ」
「口に出さないで!親子限定でしか貰えないやつなの!」
「はは。ごめんな。冷香がプ〇キュア卒業するまでお父さんもどっぷりプリ〇ュア沼に浸かっているから安心してくれ!」
「もう…」
そう言ってふいっと顔を背けた冷香の耳の裏がほんのりと赤くなっているのを、両親は見逃さなかった。
口を開けば冷淡で、生意気な言葉ばかり。
だが冷香が両親を深く愛していること、そして両親もまたそんな娘の少し不器用な性格を丸ごと愛している事はこの温かな空間が証明していた。
◆
車内で他愛のない軽口を叩き合いながら、冷香一家は都内へと向かっていた。
そして車が市街地に入ったその時。
突如として大気を引き裂くような轟音が響き渡る。
フロントガラスの向こう側、青空を塗りつぶすように現れたのは巨大な異形の影……魔物であった。
「こんな時に魔物かっ!?」
父親が激しくハンドルを切った。
周囲の車が次々と衝突し、悲鳴とクラクションが街に木霊する。
少しして到着した魔法少女達が迎撃する為に閃光を放ちながら空を駆ける。
魔法少女と魔物との戦闘によって生じた衝撃波が、容赦なく地上の建造物を破壊していく。
「お父さんっ!前っ! 前ぇぇッ!!」
冷香の悲鳴が車内に響く。
ビルの一角が爆散し、巨大なコンクリートの塊が雨のように冷香一家の車へと降り注いだ。
ひび割れたアスファルト、燃え盛る炎、そして空を覆う巨大な魔物の影。
それはかつて地球を襲った未曾有の災害の記憶だった。
運良く車外に投げ出された冷香はコンクリートに激突。
「お父さん…お母さん……どこ……」
「あ」
気絶してから少しして目を覚まし身体を起こす。
その時彼女の目に入ってきたのは、崩れた瓦礫の下でペシャンコになっていた冷香一家の車。
「あぁ…お父さん!お母さんっ!!」
冷香は崩れたビルの瓦礫を必死に掘り返そうと火の灯っていた車に駆け寄る。
爪が割れ、血が流れても止まらない。ただただ狂ったように彼女は瓦礫を退かそうとするだけ。
終わらない夜の闇の中で、少女は涙に溺れたまま深い悪夢の底へと沈み続けて
◆
ズドォンッ!!
肉体が破壊される鈍い音が室内に響く。
魔力の乗った一撃は彼女自身の豊満な胸を抉るほどの威力だった。
凄まじい衝撃と激痛が走り冷香は息を吐き出しながらベッドから跳ね起きた。
普通の人間なら即死の重傷。
しかし傷口から溢れ出た血も、冷香の強力な魔力で瞬く間に破壊された肉体を修復していく。超常的な冷香の再生能力が数秒もしないうちに彼女の胸を元の滑らかな肌へと戻した。
「………」
冷や汗と血を纏ったまま冷香はベッドを蹴り出した。
窓際へと突進するように向かい、遮光カーテンを勢いよく引いて開け鋭い視線で夜の街へ気配を巡らせた。
「……」
魔力を周囲に放射し、索敵を行う。
しかし、返ってくるのは静まり返った深夜の住宅街の気配だけ。
「………気のせいか………」
「……ホンットに寝覚めが悪い…全部アイツのせいよ……」
冷香は小さく舌打ちをすると脂汗で額に張り付いた髪をかき上げる。
手のひらを見ると、自分の血が付着している。
それはとても酷く不快で今は全てを洗い流してしまいたい気分だった。
彼女はそのままバスルームへと向かい、乱暴に衣類を脱ぎ捨て、しかしかつて母が勧めてくれたブラジャーブランドで最近購入したブラだけ魔法で綺麗にしながらゆっくりと取り外し、シャワーを捻った。
◆
部屋から這い出た黒霧の魔物はパニックに陥りながらも夜風に紛れビル風に便乗しながら逃げおおせていた。
「あっぶねぇぇ!!概念貫通攻撃持ちじゃんアイツ!!」
安全圏から人間のトラウマを突き、悪夢の苗床にして精神を貪り尽くすのが彼のやり方。
これまで数多くの魔物や魔法少女、種類を問わずに目覚めぬまま勝利してきた。
それなのにあの女は違った。
過去の絶望に心をへし折られるどころか本能的に強制覚醒したのだ。
それも自らの胸を躊躇なく殴りつけるという常軌を逸した荒技で。
(あんな狂った強さの魔法少女、もっと別のアプローチで倒さなきゃならんな…)
黒霧の魔物は取り敢えず、冷香の攻撃で少し縮んでしまった身体を回復させる為に別の獲物を狙いに闇夜へ消えて行った。
◆
電柱のない広い空から降りてくる、夜の濃霧。
街路樹のシマトネリコと、オフホワイトの壁の新興住宅が整然と並ぶ街。
午前二時を回り、まるで精巧なジオラマのように静まり返っていた。
昼間の賑わいが嘘のように複合スーパーの遠い看板の明かりだけが、夜の底をかすかに照らしていた。
その一角、新築の香りがまだ残る一軒家の部屋。
ベッドの上で一人の少女が眠っている。
少女の名は矢鋪エルヴィーヌ。
ツインテールを解いてロングストレートの髪をベッドいっぱいに広げ、フリルの付いた白いネグリジェに包まれた彼女はまるでガラスケースに収められたアンティーク・ドールのよう。
一切の感情を削ぎ落としたような美しくもクールな寝顔。
枕元には実際にウサギの人形が2つ静かに横たわっている。
この新しくのどかな緑に囲まれた街は彼女にとって「完璧な隠れ家」であるはずだった。
だが彼女の張った精巧な結界の隙間を縫うようにそれは現れた。
近隣の雑木林から音もなく這い出してきた暗い影。
(ここにもすげぇのがいるな…どれどれ…)
黒霧の魔物は結界を抜けるとアスファルトの広い歩道を滑るように進みエルヴィーヌの家のガレージへ、そして二階の窓へと音もなく這い上がっていく。
新興住宅街最新の気密性などお構いなく、壁すらをすり抜けてじわりじわりと部屋の内部へ侵入。
黒霧の魔物はエルヴィーヌの姿を確認すると慎重にベッドの足元からゆっくりと身体を這い上がっていく。
人形のようだったエルヴィーヌの長い睫毛が微かに揺れるが、黒霧の魔物は未だに気付かれていない事を察すると彼女の首元まで達し、魔法少女の意識を永久の眠りへと引きずり込もうと形を変えながら収縮していく。
(よーし、侵入成功。)
彼女が体内に施していた対魔力魔法陣すら難無く切り抜け、その深層心理へと音もなく融け込んでいった。
(じゃあ開いてもらうとするか。お前の最奥にある記憶の扉をな…)
黒霧の魔物は彼女の過去の記憶を読み取り、それを具現化した悪夢の構築を始める。
◆
矢鋪エルヴィーヌ11歳。
それは彼女が魔法少女になる前、家族と共に外国から日本へやってきたばかりの頃の記憶だった。
アニメ文化が大好きな少女の為に、エルヴィーヌの両親は旅行の計画を立ててくれたのだ。
目的地は、少女がずっと憧れていた、日本の大人気「魔法少女アニメ」の劇場版が公開されている映画館。
慣れない日本の街並みを歩き、エルヴィーヌの瞳にはきらびやかなその魔法少女アニメの映画のポスターが見えた。
「Je suis trop content!」
ぴょんぴょんと満面の笑みで跳ねながら、はしゃぎたてるエルヴィーヌ。
両親はその様子を見て彼女をなだめながらも、自分達が娘を深く愛していること、そしてエルヴィーヌもまたそんな両親の慈愛の心を丸ごと愛している事はこの温かな空間が証明していた。
◆
しかし日常は突如として現れたスクリーン越しでない本物の魔物と、それを追う魔法少女の激突によって一瞬で崩壊する。
轟音と共に至近距離の映画館の建物が派手に吹き飛んだ。
煙が晴れた視界の先。
そこには爆風で吹き飛ばされ、瓦礫の中で息絶えているエルヴィーヌの両親の姿があった。
「Hein!?」
「Maman!?Papa!?Non!Non!Non!!!」
憧れていた魔法少女の映画を見に行く途中で、本物の魔法少女の戦闘に巻き込まれ全てを失った。
自分が魔法の力など持たない、ただの無力な異国の子供だったが故に目の前で起きている惨劇を止めることも、助けることもできなかった。
少女の幼き日の意識が、その圧倒的な無力感と皮肉な現実に凍りついている。
◆
「……あれ?」
「なんか…さっきも見たな…」
悪夢を演出していた黒い霧の魔物はふと妙な感覚に襲われ思考を停止させた。
強烈な既視感……デジャヴだ。
ついさっき、一人目の魔法少女の精神でも同じような光景を見ただろうか。
まだ魔法少女になっていない、ただの一般人だった頃。
楽しみにしていた魔法少女アニメの映画を見に行く途中で、突如として始まった本物の戦闘の余波に運悪く巻き込まれる。
そして、何の罪もない両親が映画館の目の前で理不尽に死ぬ。
「……全く同じシチュエーションじゃないか?」
外国からの旅行客という属性こそ追加されているものの、この街の魔法少女達は揃いも揃って悲劇のディテールがワンパターンではないか?と感じてさえいた。
「いやいや…」
だが、霧の魔物は頭を振るように精神世界内で身体をブンブンと左右に振り、すぐに思考を切り替えた。
ワンパターンだろうが、使い回しだろうが、当人にとってこれが『無力だったせいで両親を救えなかった』という最大級のトラウマである事実に変わりはない。
お人形のようなこの少女が己の無力さに顔を歪め、それに際して最上級の負の精神エネルギーを頂けるならそれ以上のことは黒霧の魔物には無い。
「ククク……そうだ、お前はただ見ていることしかできなかったのだ。憧れた『魔法少女』の現実に、お前の両親は無残に肉塊へと変えられたのだ……!」
「……」
「あっ…ダメだ…」
デジャヴによる影響で黒霧の魔物は、エルヴィーヌの精神エネルギーを効率的に変換することが出来なかった。
黒い霧の濃度は依然変わらず。
「くそ…埒が明かねぇ…」
黒霧の魔物はエルヴィーヌの身体から、そして部屋から飛び出し、新興住宅街ののどかな雑木林へと向かって夜の静寂の中に静かに消えて行った。
◆
精神エネルギーを吸い上げることに失敗した黒霧の魔物は雑木林から抜けて夜空へと溶けるように離脱した後、そこから近隣の市へ移動していた。
二人連続のワンパターンな過去。
更にどことなく萎んでしまい、より強い愉悦なる精神エネルギーを求め、夜の街を彷徨う。
やがて、魔物の探知魔法は月光に照らされた公園のベンチに反応した。
そこにいたのは眠りこける三人目。
飾り気の無いヘアピンだけ付けた真っ当な黒髪ショートヘアの美少女だった。
彼女は『刀禰』として魔法少女界ではある程度名のしれた魔法少女であった。
「……コイツからも強力なエネルギー……」
「今度こそ、もっと新鮮で、脳が灼けつくような極上の絶望を見せてくれよ?」
黒霧は影から這い出し、少女の足元から侵入する。
彼女の精神の防壁をすり抜け、その深層心理へと音もなく融け込んでいった。
(さあ開け。お前の最奥にある最も昏い記憶の扉を。)
魔物は少女の過去の記憶を読み取り、それを具現化した悪夢の構築を始める。
◆
世界が歪む。
闇の中から大都会の喧騒と……そしてそれを切り裂く激しい爆発音が響き渡った。
魔物の思考が一瞬、ピキリと凍りついた。
(いや、待て。まだ慌てるような時間じゃない。演出が被ったくらいで……)
(うん、そう……流石に3度目は……)
少女の記憶がついに鮮明になる。
都心。
日本の大人気「魔法少女アニメ」の劇場版が公開されている映画館。
きらびやかな映画のポスター。
突如として現れた本物の魔物と魔法少女の激突。
至近距離の映画館の建物が派手に吹き飛ぶ。
煙が晴れた視界の先。
そこには、爆風で吹き飛ばされ、瓦礫の中で息絶えている親らしき者の姿が……
◆
「嘘だろ…!?」
悪夢を演出していた黒い霧の魔物は、ついに精神世界の中で大声をあげてツッコミを入れた。
デジャヴ? いいや違う。これはデジャヴなんて生易しい代物じゃない。
「どいつもこいつも 同じ魔法少女アニメの映画館に向かって、同じタイミングで巻き込まれて親を失ってんじゃねえか…!?」
魔物は頭を抱えたい気分で絶句した。
一人目、二人目、そして三人目。
この街の魔法少女たちの過去は同一のライターが手抜きで量産したプロットのごとく、ディテールに至るまで同じような悲劇を辿っていた。
「や、やべっ……胃がもたれる……」
黒霧の魔物はろくに精神エネルギーも吸収出来ず、ふらふらと刀禰の元から抜け出した。
◆
黒霧の魔物は先程よりも更に気持ち程度に細くなった身体を引き摺り、更に隣の市へ移動する。
東京の都心から電車で一時間ほど揺られた場所にある、利根川と江戸川に挟まれたその土地はどこか空気が穏やかで癒し緑豊かでのどかでもあった。
「まさか三人連続で同じような悲劇を見せられるとか……」
彼は静かな年季を感じられる古めの町を這いながら深くため息をつく。
流石に四人目はまともな、新鮮な絶望であってほしかった。
畑や一戸建てが並ぶ夜道を滑るように進むと、住宅街の奥に一際静まり返った一軒の家を発見した。
庭には手入れされた花壇があり、どこにでもある平和な家庭の佇まいを見せている。
だが魔物の鋭い感知能力はその家の中から漏れ出る、隠しきれない濃密な魔力の波動を捉えていた。
「見つけた……しかも2つ反応がある……より強力な方に行くかな」
彼は腰を落ち着かせるようにゆっくりと家の敷地に忍び寄る。
今度こそあの悪夢のようなワンパターン地獄から抜け出せる。こののどかな土地で育った少女なら、きっと素朴で、もっと人間らしい、ユニークなトラウマを抱えているはずだと考えながら、サッシの隙間から滑り込み、薄暗い部屋へと侵入した。
敷き布団の上では四人目の魔法少女が穏やかな寝息を立てていた。
黒のロングストレート。その顔立ちは整っていながらシンプルなもの。
ここは宇賀神やみの自宅であった。
「フフフ、さあ、お前の最高に新鮮な絶望を俺様に寄こせ……!」
「フリじゃないからな…!」
黒霧の魔物は少女の足元から這い上がろうとした……
その瞬間。
「あぁ…!うぁ…!」
「……」
(あれ、コイツもう既に魘されてる)
やみは既に魘されていた。黒霧の魔物の手に掛かる前に。
「父さん…母さん…」
(ま、まさか!?見ているのか!?既にして!?両親が死んだ夢を見ているのか…!?)
「母さん、やみが何か喋ってないか…?部屋から何か聞こえるんだが…」
「決めゼリフじゃないかしら…練習してたし…」
(両親いるのか…)
やみに両親は居た。なんなら妹も居る。
「次の…プリキュ〇……大事な回だって…言ったのに……」
(どうでもいい夢だった…)
どうでもいい夢だった。内容は両親に録画を頼んだ〇リキュアの録り忘れである。
黒霧の魔物は即退散した。
単純に碌な精神エネルギーが期待できなさそうだったから。
◆
魔法少女達から悲劇を吸い上げた黒霧の魔物は一旦東京に戻り、先程よりもまだ人気のある住宅街を浮遊していた。
身体は少し細った位だが、どこか精神的にやつれていた。
「デジャヴ多過ぎだろ」というツッコミを抱えつつも精神回復の為に次の獲物を探す。
ふと見下ろすと一軒の家から信じられないほど重厚な精神の質量を感じ取った。
「な、何だこの魂は……! 一般人からだと!? どうなっている……!」
黒霧の魔物は『小野』と表札で掲げられたその家の玄関口からドアをすり抜け素早く2階に。
ベッドで泥のように眠る一般人の男性……小野睦の胸元へと忍び寄る。
「これは…! 封印式か…!! 随分と高等な式が複数刻まれている…」
「一度入れば抜け出すのは難しいが……まあコイツの深淵を覗けるのなら易い事だ…!!」
黒霧の魔物が興味本位で小野睦の精神世界に潜入した瞬間、そのあまりにシンプルな白の精神世界に拍子抜けした。
「……特に何も無いか。ふっつーの精神世界だな。ここにあるのは本人の意思だけ。」
「ん…?」
しかし、そこに急に現れたのは、先ほど魔物が襲った、クール系魔法少女達の精神体だった。
「なっ…!?これは…!?」
「まさかコイツ…さっきの奴らと面識があるのか……?」
「ん、んう……」
黒霧の魔物が驚愕しながら考察する中、睦の意識が精神世界でむくりと起き上がった。
「あれ? なんだこの黒い霧。……っていうか、なんであいつらの幻影がここに?」
「あ、いや……俺様、悪夢を紡ぐ魔物でな。実はさっきまで彼女達の精神を覗いてきたところなんだ」
黒霧の魔物は睦から先程の魔法少女達について……特に一人目の情報を得る為に経緯を答えていた。
「それに聞いてくれよ。 一人目、二人目、三人目の途中まで、どいつもこいつも魔法少女ものの映画見に行って本物の魔法少女の戦闘に巻き込まれて親を失ったって言うんだぜ!?」
…それと愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「え、マジで……?」
「ちょっとこれプロットの手抜きか、使い回しが酷すぎるだろ。しかもアイツら同じ劇場版の公開日に同じ映画館に行こうとしてただろ」
「でもまあ、アイツらがねぇ…」
ツッコミとは別に睦は目を丸くした。彼は彼女たちの凄惨な過去を今の今まで全く知らなかったのだ。
しかし黒霧の魔物の話を聞いて数十分は経った頃。
彼女達に関わってきた者としての血が騒ぎ出す。
「……いや、待てよ。お前それ、本当に使い回しか?」
「えっ?」
睦は腕を組み、真剣な表情で魔物に向き直った。
「お前は脚本の手抜きだと思って呆れてるみたいだけど、俺の直感から言わせてもらうわ。」
「『同じ映画館に向かうまでに全員が被災した』って、これ絶対裏で糸を引いてる『真の黒幕』がいるタイプの超重要伏線だろ!!」
「クールな脚本ならそうなる!」
「えっ……あ、そういうコト……!?」
黒霧の魔物は衝撃を受けた。
自分は単なる構成のワンパターンさに疑念を抱いていたが、睦の言う通り、それは偶然ではなく何者かによって仕組まれた『大いなる陰謀』の可能性があった。
「だろ!? 4人の過去がそこまで完璧にリンクしてるなら、その映画館爆破こそが物語の『すべての始まりの事件』なんだよ! お前、それなのに『使い回し乙』とか言ってたの? もっと解像度を上げてキャラの背景を読み解かねーとあのイノシシ女は倒せねーぞ!」
「お前仲間なのにイノシシ扱いって……でも確かに、言われてみればそうだ……! 俺様が浅はかだったのか……!?」
かつてない視点からの熱い考察に魔物は圧倒された。
二人は魔法少女たちのワンパターンすぎる悲劇についてグダグダな考察を交わし合い(というか愚痴が殆ど)、いつしか奇妙な連帯感で意気投合していた。
「いやぁ、お前話の通じる奴だな。ホントに魔物?」
「そりゃまあ俺様、次元の向こう側じゃほぼ敵無しだったからな! 格が違うってワケよ!」
「それよりアンタも人間なのに俺様と語らい合うなんてな! 中々いないぜ!」
「はは。まあゆっくりしていけよ。冷香に少し体縮ませられたなら少し休んでいくと良い。」
「おう! そうさせてもらうぜ!」
睦の精神体は光となって消え、身体の方は本格的に深い睡眠に入ったようであった。
同様に、黒霧の魔物はよっこらせと身体を横にして封印式の張られた堅牢な世界で休み始めた。
「あーあ…今日はつかれた……」
「………あれ?」
しかし、黒霧の魔物の周りをいつの間にかクール系魔法少女4人組の妄想精神体が囲っている。
「この中でコイツを一番先に狩った者が最もスマートでクールな魔法少女ね。」
「張り合うつもりはない、理想の世界を作る者としての務めを果たすだけ……」
「くだらない…でも魔物がいる以上狩るだけだけど。」
「………倒す……」
「え、な、なに」
それは睦が意識して放った攻撃ではなかった。
ただ『知り合いとはいえ彼女達のキャラが濃いもので心の内では真剣に考察・妄想していた故に、精神世界に彼女達の精神体が作り上げられていた』という無害な動作ゆえの結果であった。
しかし、何の能力も持たない男が彼女達の奔放過ぎる行動に対する独自解釈を肥大化させてきた『ある意味神の視点』によるキャラ解釈は黒霧の魔物が作り出す悪夢を凌駕していた。
睦の純粋な『解釈』が精神世界で黒霧の魔物の『存在の定義』そのものを上書きしようとしていたのだ。
「や、やべぇぞ!狩られる!?」
黒霧の魔物は逃げようとした
……が。封印式が睦の体内には刻まれており、容易には抜け出せないようになっていたのを、先程睦と熱く語り合っていたあまり失念していた。
別に抜け出せない訳では無いが、それは4人のクール系精神体魔法少女から逃げる為にはあまりにも絶望的な鳥籠。
「よし」
「俺様、死んだ」
何の能力もない一般人、されどクール系魔法少女たちに振り回されてきた故の『キャラ解釈』の圧力に耐えきれず、黒霧の魔物は跡形もなく消去されてしまった。
◆
「…………身体重過ぎだろ」
枕元に置いたあったスマホを起動すると午前2時を既に回っていた。
本来ならぐっすり寝ているはずだったのに、異様に身体が重い。
どこかで風邪かなんかを貰った心当たりも今日は無い。
「変な夢は見た気がするな……なんかアイツらに関係のある事だったような……」
すると……カツン、と奇妙な音が響いた。
「えっ…?」
普段なら花子が唐突にやって来て騒ぎ立てるのだが、この時間は流石に無かったはずだ。
その音の主は窓の外。
学生服姿で窓のサッシに足をかけ、こちらの部屋をじっと見つめている………刀禰だった。
「なんで?」
俺は必死に平静を装い、窓を開けて彼女を制止した。
「……刀禰さぁ。こんな時間に何やってるんだ、物騒だし早く自分の家に戻りな?」
「……………」
刀禰は答えない。
ただ、いつもより気持ち青ざめた顔で俺のパジャマの袖をぎゅっと掴んできた。
いやいつも青ざめたみたいに白い肌なのでそこまで変わっているかと聞かれたら自信は無いが。
「……いやな……夢……」
蚊でも鳴くような声でぽつりと彼女が呟く、どうやら悪夢を見てパニックになり俺の所へ逃げてきたらしい。
「いや怖い夢を見たからって男の部屋にこんな時間から入ってくるやつがあるか。とにかく、一回落ち着いて自分の家に………」
俺が説得しようとすると、刀禰はするりと猫みてーに素早く俺の部屋へ侵入。
ベッドに顔を近づけてスンスンと匂いを嗅いでいる。
「今日………ここ………」
そして俺のベッドの上でまたも猫みてーに丸くなってそのまま眠ってしまった。
「……あぁ、マジか……男の部屋に入って襲われるって考え方無いんか……?」
俺でも過去に『お前めっちゃ可愛い』と言われて先輩(※男)に二人きりの部屋で抱きつかれた事あるのに…不用心な奴だ……
「いや、刀禰はそこらの男とか魔物よりよっぽど強いから問題無いか」
ここはある程度信頼してくれていると良い風に捉えておこう。
いや他人のベッドで寝る時点で距離感おかしいけど
俺は仕方無く押し入れから予備の敷布団を引きずり出してきた。
しかし刀禰と一緒の部屋で寝る訳にもいかないので、今は綺麗になった元物置部屋の姉の部屋へ移動し布団を敷いて横になる。
天井を見上げながら、そういえば見られたくないもん漁られないよな…と胸に過ったがもう考えても仕方が無いと再び眠りにつく事が出来た。
◆
深夜2時より少し前へ遡る。
草木も眠る丑三つ時、静寂を切り裂くような異常な霊波を都心の日本国内現時点で最も有名な神社から観測している男がいた。その知名度もこの男がいてこその事であった。
現代に生きる陰陽師の最高峰であり、かの大陰陽師の生まれ変わりともされる……「現代の安倍晴明」と呼ばれる男である。
普段は表舞台には立たないものの、最近はテレビにも顔を出していた。
晴明は窓の外の漆黒の闇を見つめながら、艶のある長い黒髭を垂れさせた顔を非常に険しく歪めていた。
「……まさかな、強者なぞ関係なく精神を貪り喰らうあの忌々しい『悪夢』がこの地にやって来ようとは……」
晴明の手元にある呪符が激しく火花を散らして燃え上がる。
晴明が黒霧の魔物を観測したのはつい数分前。魔法少女の感知魔法とはまた違う『直感』や『予知』を組み合わせ、驚異の予言的中率を誇る晴明は機関からも積極的に連携を持ち掛けられる程に重宝されるその能力。
彼の使いの者達が汗を噴き出しながらバタバタと行き来して異常事態を機関へ伝え、彼の使役する式神達は早速現地へ向かっている。
今晴明が感じているのは、無垢な魂のさらにその奥に潜む「何か」へと牙を剥こうとする魔物の禍々しい気配……通常の魔物を凌駕する底知れない『未知の領域の精神圧』だった。
「な、んだ……この悍ましいまでの精神の質量は……!? 神の領域か!?」
晴明は息を呑んだ。
彼が霊視する世界では、まるで世界の全てを内包したかのような『深遠なる記憶の濁流』が渦巻いていた。
「くっ…」
離れた場所からでもその精神圧に屈しそうになりふらりとよろける晴明を二人がかりであわあわと支える従者。
その時だった。
「馬鹿な……! 呪文の詠唱も、魔力の駆動すら一切ないだと……!? ただの対話だけで、怪異の存在定義そのものを根底から上書きし、消滅させているとでも!?」
晴明の背中に、冷たい汗が止めどなく流れ落ちる。
精神世界の中で睦の作り出した精神体達が黒霧の魔物を消滅させるという国家転覆すら生易しいレベルの奇跡が顕現していたのだが、晴明の最高峰の霊視フィルターを通すとそれは【世界の因果を強制的に書き換える神格級の言霊による概念攻撃】にしか見えていなかった。
そして次の瞬間、あれほど猛威を振るうであろうと予測していた黒霧の魔物の気配が塵一つ残さず、この世から完全に「デリート」された。
「……消え、た……?」
晴明は、自身の震える手を見つめた。
現代の安倍晴明たる自分が、全霊を懸けて結界を組み、式神を動員し、魔法少女機関から最上級クラスの魔法少女を出撃させて退治できるかどうかも分からない大怪異が『対話』だけで跡形もなく消し飛ばされたのだ。
「まさか……この国には、我々陰陽師の関知せぬ場所に、世界の理を裏から管理する『観測者』が実在するというのか……!」
晴明の脳内には、まあそれはもう完璧なグランドデザインが完成していた。
実際は見当違いなのだが。
「あえて一般人の皮を被り、魔物を世界の修正という形で呼吸をするように処理している黒幕にも等しい存在…!」
「晴明様…!魔法少女機関には改めてどのように報告を…?」
「うむぅ……迂闊に触れてはならん……あの者に背けば、我が陰陽術の歴史ごと書き換えられかねん……」
「力ではなく精神を征く故に、我々は尚更今回の件については深掘りを避けなければならん…機関には大事には至らなかったと説明しておいてくだされ…」
現代の安倍晴明は、恐怖と大いなる存在への圧倒的な敬畏の念に震えながら、その方向へ向かって深く深く頭を垂れるのだった。
ここまで目を通してくださりありがとうございます!
思い通りに投稿できたら良いんですけど中々上手くいかないっすね……