~ラステイションの花嫁~   作:雪鈴

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これにて完結です。
読んで下さった方ありがとうございました。


聖夜 (4)

 女神の特権――女神化。

 それは人々の「信仰」があって初めて成せる奇跡の光。

 言い換えるならば人々の「祈り」を糧に、自分の身体に奇跡を宿すことの出来る「力」である。

 人々の支えなしでは、女神と言えども、ただの無力でか弱い少女に過ぎない。

 だが、人々の信仰を維持してしまえば絶大的な力を有することができるのが「女神」である。

 たとえ女神候補生という修行中の身であっても、「女神」の肩書きを持つ以上、その力は凡人の及ぶところではない。

 

 ユニ――いや、ブラックシスターはその力が全身に充満しているのを感じていた。

 姉ゆずりの銀髪をかき上げながら、死闘を繰り広げる二つの影に向かって叫んだ。

「二人共っ、もうやめてぇっ!」

 二つの影がぴたりと静止した。

「「……ユニ?」」

 どちらの表情にも信じがたいモノを見るような驚愕の色が浮かんでいる。

 一つはノワール。

またの名をブラックハートともいい、他の誰でも無いユニの唯一無二の姉でもある。

 もう一つはブレイブ・ザ・ハード。

 悪妙高き犯罪組織マジェコン四天王の一人である。

「馬鹿な……ここは誰にも干渉できぬ絶対領域のはずだ。どうやってここに?」

 困惑冷めやらぬと言った感じで、ブレイブは頭を押さえながらよろめいた。

「動かないでっ!」

 そこへすかさずユニが機銃を構えた。銃口の切っ先をブレイブに突きつける。

 ノワールがはっと息を飲む声が聞こえる。しかし、それ以上は動こうとせず、この状況を見守ることだけに徹している。

 ユニが持っているのはただの銃ではない。信仰の力によって形成された女神専用の武装である。

「ブレイブ、アタシはあんたと解り合えたと思っていた。敵でありながら、世界をより良い方向へ導こうとする心意気をアタシは信じていた。それなのにっ、あんたはなぜこんなことをしたの?」

 ブレイブは答えなかった。

答える代りに両手で大剣を構え直していた。

彼に攻撃の意思はない。先ほどブラックハートと死闘を繰り広げてから、戦うための余力はもう彼に残されていないのだ。

それは攻撃のために大剣を構えるというよりかは、運命の女神に救いをすがるような動作だとユニは感じていた。

「お姉ちゃんを殺す気だったの!? 犯罪組織のために!?」

「今回の一件は組織ではなく、私個人の独断であると明言しておこう。だが、私はお義姉さんを殺すつもりなど毛頭なかった。元より私は無益な殺生は好まぬ。ましてやそれがお前の姉となればな。私はただ、お義姉さんに認めてもらいたかっただけだ」

「認める? お姉ちゃんに何を認めてもらうつもりだったの?」

「私という存在を受け入れてくれるかどうか、だ」

 ぜいぜいと肩を揺らすブレイブ――満身創痍といった様子。その大きな身体は今にも消えてしまいそうなくらい揺らいでいる。

「それが私の望みだった。この身を投げ売ってでも叶えたいと思えるくらいの……有り体にいうならば――“夢”というモノに近かった」

 ブレイブは震えていた。おそらく戦闘による疲労だけではない。

 原因は別の何かにあるとユニは感じていた。

 だが、それが何であるのか正体は分からない。

「どういうこと? もっと解りやすく説明しなさい!」

 ユニは構わず糾弾した。

 ブレイブがそっと弱々しい目を向ける。

追い詰められた者の目――それを見つめているだけでなぜか心を削り取られるような痛みが走る。

――どうして? どうしてなの? そんな哀しそうな目で見ないでよ。まるでアタシが悪者みたいじゃない!

「何か言いなさいよ! ……黙っているだけじゃ何も分からないわよ!」

ぎゅっと身を振り絞られるような痛みを堪えながら、ユニは銃口をブレイブに向けた。

「答えなさい! ……さもなければ撃つわよ。これは脅しなんかじゃないわ。ホントにホントに撃つんだからね!」

「――ユニッ!! 止めなさい!」

 ノワールが声を張り上げた。

 妹を制止するべく二人の間に割って入った。

「……お姉ちゃん?」

 ユニはこの状況に大いに混乱していた。

 ユニは夢に囚われたノワールを助けに来たつもりだった。

だが、ノワールは被害者であるにも関わらず、加害者であるこの男をかばい始める始末だ。意味が分からなず、ただただ胸の中がむしゃくしゃするだけである。

「こいつは悪くないわ」

「悪くない? どうして? こいつは――ブレイブはお姉ちゃんに襲いかかってきたのよ。お姉ちゃんの意識を夢の中に閉じ込めるような真似までしたっていうのに!」

「たしかにこいつが働いた行為自体は私も許せないし、許すつもりはないわ。だけどね、この男が私のところに来たのはちゃんとした事情があったのよ」

「事情? それはさっきブレイブが言っていた、存在を認めてもらうってヤツ?」

「そう、ソレよ。ただ言わせてもらうなら、姉である私のところに話を通しにきたあたり律儀だけど……もっと他にやり方があったんじゃないのかしら? そう思わない、ブレイブ?」

 ノワールは銀髪をかき上げながら、ブレイブにじっと視線を送る。

 ブレイブは顔をうつむかせる。

「……私の人生において闘争が全てだった。――よって己を証明できるものはこの剣のみ。他には何もない」

 ブレイブの真面目くさった反応に、呆れたように肩を落とすノワール。

「不器用な男ね。……あなた、ユニに何か言いたいことがあるんでしょ? 言いたいことがあるなら、私が耳を押さえている内に言う事ね」

「どういうつもりだ?」

「あーもー、ほんと話の分からないヤツね。本来、こういうのは気が進まないんだけど、特別にチャンスを上げるって言ってるのよ!」

「なん……だと!?」

 己の耳を疑った。顔を上げ、信じられないような表情で、まじまじとノワールを見つめた。

「ただし、一度だけよ。ユニがどんな答えを下そうとも、ユニの意思を尊重すること。あなたを拒絶しても恨みっこなしだからね」

「……あなたの寛大さに礼を言わせてもらいたい。私のような愚者を認めていただき、心より感謝する」

「礼なんて要らないわよ。それに、最初から結果なんて解りきってるんだからね!」

 ぷんすかと顔を背けるノワールに、ブレイブは深々と頭を垂れた。

「……かたじけない」

 もしこのやり取りをノワールに近い者が間近で見ていたら目がこぼれ落ちんばかりに驚いていたことだろう。しかも、あのノワールがである。ひねくれ者で、己に素直になれないことで有名な彼女がだ。この騒動の当事者である彼女からしてみてもこれは異例な行動であっただろう。さきほどまで命の獲り合いをしていた二人にはとても見えなかった。

 いや、全力で命の獲り合いをしていたからこそ二人は分かりあえていたのかもしれない。

 真剣勝負の中に芽生えた友情が、ノワールにそうさせたのだろう。

 一方、ユニは訳の分からなそうに顔をしかめていた。勢い込んで夢の中に入ってきたものの、二人の会話の意味がさっぱり読みとれず、蚊帳の外にいた。二人の会話から察するに、自分のことを話していることは分かるのだが、何が何だかさっぱりである。

「ちょっとちょっと、何勝手に二人で盛り上がってるのよ。アタシにも分かるように説明しなさい」

 ユニがしびれをきらし始めたその時、

「ユニッ! ――いやっ、ユニさん!」

 間髪いれずにブレイブが叫んだ。

「ひゃっ、ひゃいっ!」

 突然の大声に、飛び上がってしまった。

「あなたに大切なお話しがあります!」

「なっ、なによ!?」

 ユニはたじろいだ。

 ブレイブの熱のこもった口調と溢れ出る真剣さに。いや、この男はいつだって真剣だった。生きることに全力だった。それはこれまでの戦いを通してユニが身を持って知っている。

 だが、今のブレイブの身をまとう雰囲気はいつもとは違うように感じられたのだ。彼をここまで異質なモノへと姿を変えさせる何かがあるのだとユニは考えた。それが何なのかユニにはてんで分からなかったが、自分を見つめるブレイブが――まるで夢を追い求める少年のように純朴な瞳をしていたことに気づいた。

「私はお前がっ! ユニのことがっ――!」

 

「下らん。見るに耐えん茶番だ」

 

 突如、女の声が響いた。

 その場にいた全員が落雷をうけたように固まった。

低く、くぐもったその声は雷鳴のように荒れ狂っており、静かな怒気をにじませている。

 ノワールはふり返った。ユニは身動きもできず硬直していた。ブレイブが驚愕の声を上げた。

「その声は……マジック!? お前、いつから見ていたのだ?」

「一部始終を見届けさせてもらったさ。実に興冷めだった」

マジックは言った。いつものような氷の微笑はそこに存在していない。いつ噴火するかも定かではない活火山のようにぴりぴりと張り詰めているような威圧さが見え隠れしているように思えた。

「女神共、貴様等は良い時間稼ぎだった。おかげで夢の中に囚われた住人を呼び覚ますことができたからな」

「夢の中の住人って誰のことよ!」

 ノワールは言った。マジックはゴキブリでも見下すような目で答えた。

「よく周りを見回してみろ。貴様等の周囲を数千のキラーマシーンが包囲している」

「な、なんですってっ!?」

 ぎらぎらと赤い光があった。

 いたるところで歯車を肉食獣のように低くうならせており、頭部は不気味な骸骨が無機物な笑みを浮かべている。

 どれもが今にも獲物に飛びかかりそうな獰猛な目つきをしている。

 司令官の命令一つで一斉に飛びかかる忠実な機械兵たち。

 死を恐れず、敵の殲滅にのみ喜びを覚える狂戦士。

 おそらくこの世で最も凶悪な、命無き戦士の群れ。

 三人は緊張の面持ちでじりじりと身を寄せ合い、四方からの攻撃を警戒する。

 ユニは機械兵にライフルを構えながら、ノワールに問うた。

「お姉ちゃん、こいつらって……!」

「ええ、たしかネプギア達の話だと封印されたって聞いていたけど……」

 あまりにも危険な兵器であるためルウィーの奥地にて封印され、永久の眠りについていたはずだった。それにも関わらず、何故そいつらがこの場に現れたのだろうか。

「ご名答だと言わせてもらおうか。貴様等の言う通り、こやつらの身体は封印されている身だ。今でも極寒の地で眠り続けていることは間違いないだろう。だが、ここは夢の世界だ。肉体はそうであっても精神が同じ状態であるとは限らない。そこのブレイブが肉体を滅んだ今もなお、精神だけで動き回っているのがいい例だ。さすがにこの私でも、これだけの数をかき集めるのは少しばかり骨が折れたがな」

「なんですって……そんなバカなことが」

「信じられぬのも無理はない。人は圧倒的な戦力の前には成す術もなく、飲み込まれていくのが世の常だ。例えそれが女神であっても同じ事だ」

 マジックが機械兵へと向き直り、手を挙げた。

「我が忠実なる下僕共に命じる。我らが犯罪神様に仇名す怨敵を葬りされ! この異教徒どもを深く、暗い絶望の地へと誘ってやるがよい!」

 それは号令であり、彼らを動かす鍵となった。

 キラーマシーンの全身からけたたましい駆動音が鳴った。

 たちまち全身を覆う装甲から鉄球や鋸が出現し、三人を退路を断つように散開していく。

「なぜだ! なぜなのだ、マジック! どうしてこんなことをする!」

 ブレイブが叫ぶ。その顔は同胞に裏切られた哀しみや、行き場のない戸惑いで歪んでいる。

「何故か、だと。ふん、自分の胸に手を当てて考えろ」

「答えろ、マジック!! 答えぬならお前と言えど斬り捨てる!」

「面白い。やってみせろ」

 怒りを込めた咆哮を、マジックはまるで取り合おうともしない。

 ブレイブは諦めたように、重々しく口を開いた。 

「……私が脱出口を切り開く」

 ノワールが目を見開く。

「何か方法があるの?」

 心配そうな目で見守る二人を交互に見つめ返しながら、ブレイブはとある重大な決断を下した。

 己には成し遂げられない、未来を託すために。

「私のブレイブソードは空間をも切り裂く秘剣だ。それで空間を切り開けば、お前たちは元の世界へと戻れるだろう。だが、一つ問題がある。今の私にはもうブレイブソードを撃てる余力があまり残されていない。おそらくあと一回が限度であろう。この身体だとしばらく時間を要する。その間だけでいい。時間を稼いでくれないか」

「了解!」「任せなさい!」

 

 ユニとノワールは息もぴったりにうなずいてみせた。 

「ユニ、援護は任せたわ!」

「お姉ちゃんの背中はアタシが守ってみせる!」

 ノワールがキラーマシーンの群れへと果敢にも突っ込んでいった。

 装甲と装甲の隙間にある脆い関節部分に狙いを定め、勇ましく斬りこんでいく。装甲が手品のような気軽さで解体され、あっという間にバラバラに崩されていく。

 ノワールに近づく者がいれば、すかさずユニの放った弾丸が敵の足を挫き、その場に跪かせ、触れることはおろか頭を上げることさえ許さなかった。

 見事に連携の取れた攻防。

 ノワールは後ろを振り返らなかった。ユニに背中を任せ、前だけをしっかりと見据えている。また、ユニも敵に狙いを定めることだけに集中している。ノワールに敵を惹きつける役目を任せ、狙撃のみに神経を注いでいるのだ。

 ぴったりと息の合うさまは姉妹だからこそ成せる芸当なのだろう。

 ブレイブは我を忘れ、二人が織りなす獅子奮迅の攻防をしばし魅入っていたほどだという。

 やがてブレイブが大剣を振り下ろし、次元を切り裂いたのは束の間のことだった。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

「ユニ……迷惑をかけてすまなかった」

「バカッ、謝るな。さあ、行くわよ。敵がすぐそこまで迫っているわ」

 ユニの誘いに、ブレイブは首を横に振った。 

「私はここに残る」

「――まさかアンタ、死ぬつもりなの? カッコつけてんじゃないわよ、バカ! 一緒にここから逃げるのよ!」

「断固拒否する」

「いつまでも下らない意地張ってるんじゃないわよ、バカ!」

「今回の一件が謝って済むことではないと重々承知している。だからこそ、せめてもの罪滅ぼしだ。私がここで奴らの侵攻を食い止める。そう……これは男の意地だ」

「ああもうっ! 何でわからないのよ! 死んだら全てがお終いなのよ! それが分からないの! バカバカバカ!」

「そんなにバカバカ言わないでくれ」

「何度でも言い続けてやるわよ! バカバカバカバカバカバカバカァ――――――ッ!」

 哀しいかな。ユニの抵抗や抗議の声も虚しく響き渡るだけで、ブレイブの強固な決意をねじ曲げるまでには至らなかった。

 落ち着かせるようにそっとユニの手を取る。ブレイブの手は分厚く、無骨な手だった。とても人のものではなく、温かさなんてあったものではない。しかし、人かどうかなんてこの際関係あるのだろうか。胸を打ち震わせる熱いモノがそこにはこめられていた。

 

 ――バッカじゃないの!

 そう言えばあの時もそうだった。

 彼女はそう言って、ブレイブの生き様をすげなく一蹴した。

 男の全てだったものを、たったのバカの一言で吹き飛ばしたのだ。

「ユニ……私の人生において戦いとは何かを奪うことだった。ちっぽけな男の生きがいだった。バカで野蛮人な私にはそれしか知らなかったのだ。だが、私は最後の最後で気づけたんだ。これは奪うための戦いではない。大切なモノを守るための戦いだ。ユニ、お前がそれを気づかせてくれた」

「アタシが……?」

 ブレイブは愛おしそうな手つきで、ユニの頬に触れた。

 惚れた女は、静かに息をのんだ。男はさらりとした美しい銀髪を上へ下へと撫でながら、流れるようにして弄んだ。

 誰かのことを想い、想われるのもこれが最初で最後かもしれない。

 だが、これからも胸を張って宣言し続けるだろう。

 惚れた女のことを。

 この想いを胸に抱き、生き続けていくことを誓おうと思った。

 ブレイブは初めて触れた女の柔肌から手を離し、名残惜しそうに大きな背をそむけた。

「お義姉さん、頼みがある。どうか私の最後の我がままを聞いてくれないか」

 ノワールは無言で見つめた。

「どうかこれからも、私の代わりにユニを見守っていてくれないか」

「あなたに言われなくても……そうするつもりよ」

 ノワールはユニの身体を担ぎあげた。

「ちょっと! お姉ちゃん! 離してよ! 離してったら!」

「ユニ、ここは行きましょう。……それがあいつの望みでもあるわ」

「そこまでして守りたいものって――あんたの大切なモノって何だったのよ!?」

 ブレイブは口を開いた。

「それは――……」

 しかし、それがユニに届いたのか今となっては確かめる術もない。

秘めやかな告白はユニの悲鳴によってかき消され、男の静かなる囁きは沈黙の彼方へと消え去っていった。

 二人の言い争う声が尾を引き、それも次第に消えていった。

 姉妹の姿が、次元の狭間に消えていったのだと思った。

「次に顔を合わせるその時まで、答えはお預けだ」

 男は、決して振り返らなかった。

 これからの戦に志半ばで倒れたとしても、この想いは誇りと共に生き続けていくだろう。

 男がかつて夢見た、争いのない平和な世界とやらで、女が笑い続けてくれる間は。

 これが一人の男の、淡い初恋が、静かに幕を閉じた瞬間だったという。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

「派手にやってくれたな、ブレイブよ。まさかあんな大技を隠し持っていたとはな。おかげで女神共をみすみすと逃がしてしまったよ。この責任、どうしてくれようか」

 マジックがブレイブを見下ろした。

 仇敵を見るような憎しみのこもった目のくせに、その顔は聖母のような慈愛に満ち溢れた表情をしている。

 キラーマシーンの群れは二人を取り囲むようにして沈黙を守り続けていた。命令一つで標的を抹殺する心ない殺戮者に囲まれているという光景は、いかにも不気味でさぞ落ち着かないことだろう。言葉には形容できぬ威圧感がこの場を支配していた。

 それでもブレイブは動じることはなかった。彼の意識の大半を占めているのはマジックの心の内に他ならない。

「ふん、そのわりにはあの二人を逃がしてしまったことはどうでもよさそうな口ぶりだな。察するに、女神ではなく、この私に用があったのではないか?」

「ほう、察しがいいな、ブレイブ。私は嬉しいよ。なぜ嬉しいか貴様には分かるか?」

「知らぬさ。お前は四天王の中でも一番謎めいていたからな。こうして相見えている今でさえ、お前の意図は掴めそうにない」

「ならば冥途の土産に教えてやろう。マジェコンヌ様にとって障害である存在に、この手で直々に引導を渡せるからだ。その障害とは貴様だ、ブレイブ」

「私が犯罪神の障害だと?」

「私達、四天王が何故生まれたのか貴様は知っているか?」

「ふん、お前は赤子の頃どうやって立てるようになったかを覚えているというのか? 私は覚えてなどいない」

「正論だな。だが、貴様が知らないことを私は知っている。

――四天王とは四つの器だ」

「器?」

「そう、杯から美酒が注がれることで器は満たされる。私達の魂が美酒だ。そして、杯が満たされた時、犯罪神様は蘇る」

「まさか……私達の存在そのものが復活の鍵だったというのか!?」

「ああ、事実だ。女神共も滑稽なモノよ。まさか我ら四天王を倒すことが犯罪神様を復活することになるとは夢にも思っていないだろうからな」

 ブレイブは驚きを通り越して呆れかえっていた。マジックの執着心に。そうまでして犯罪神を復活させることに何の意味があるのだろうか。

 ただ、分かることはこの女が普段と違って饒舌だということ。

真実を――とっておきの絶望をブレイブに叩きつけるために。

「しかしだ。困ったことに、杯の中身には不純物が紛れ込んでいた。酒にも良し悪しがあるということを思い知らされる。その不純物とは貴様だ、ブレイブ」

「不純物? 私が?」

「そうだ。貴様は実に優秀な力を持っていた。だが、何の因果か、犯罪組織に身を置いているにも関わらず、貧しい子供を救うなどと言う戯言が貴様の行動原理だった。下らん。実に下らん。犯罪神様にそのような心など不要だ」

「マジック、お前は目の前に飢えた子供が倒れていても胸が痛まないというのか! お前には何かを感じる心がないのか!」

「私からすればそんなものは唾棄すべき行為だと言わせてもらおう。貴様は人を救うことこそ生きがいといったな? ならば貴様は目の前にいる全ての人間を一人残らず救えるとでもいうのか? そんなものは無理だろう。貴様の慈善は私からしてみればただの偽善にしか映らない。いいか、ブレイブ。真の救済とは無にある。我々は民衆を導かなければならない。何かに思いを馳せ、何かにもがき苦しむ。心など存在しない方が人の為であるとは思わないか?」

「まさか……犯罪神とは世界を滅ぼす存在だったというのか」

「そうだ。だが、滅びではない! 無とは救済だ! 虚無こそが我々の崇めるべき神だ! この世にあまなす苦痛や苦悩、あらゆる煩悩から我々を解き放ってくれる! 例え幾重もの屍が積まれようとも、我々の悲願が成就されればそれも救われる!

マジェコンヌ様だけがその偉業を成し遂げられる御方なのだ!」

「……身損なったぞ! 身損なったぞおぉぉっ、マジック!」

「ほざけ。マジェコンヌ様の崇高な考えが解らぬ異教徒が何を吠えるか。身の程を知るが良い」

「……もういい。これ以上、お前と語り合う事など何もない」

「私も同じ気持ちだよ、ブレイブ。ずっと貴様が邪魔で邪魔で仕方なかった。こうして貴様を葬れる時を迎えられて私は嬉しいよ。だが、貴様の力はとても優秀だ。捨てるには惜しいものがある。力だけ残して、後は消えるがよい」

「……最後に言わせてもらおう。マジック、お前は良き司令塔だった」

「そうか。ならば死ね」

 マジックはつまらな気に言った。それ以上、言う事は何もないという風に。

 だが、おかしなことにそれを聞いたブレイブは腹を抱えて笑い声を上げた。これ以上の傑作はないとでもいう風に、豪快な哄笑を上げている。

「……何が可笑しい?」

「私は死なぬさ。私はまだ彼女の答えを聞いていない。私は、私自身の夢を果たすその時までは死なぬ!」

 マジックから表情が消えた。眉がつり上がり、全身に怒気がみなぎっていく。

「最後の最期まで世迷言を吐くか」

 ブレイブは満足したような顔だった。脳裡ではさきほどの彼女達の獅子奮迅の雄姿を思い浮かべているのだろう。後のことを全て任せきったような笑みすら浮かべている。

「たとえ女神がこの真実を知ったとしても彼女たちならば乗り越えて見せるだろう。たいした壁ではないさ。お前も、世界の滅亡の危機とやらもな!」

「――いいだろう、貴様はただでは殺さん。キラーマシーンでたっぷり小突きまわした後、この私の手で直接、引導を渡してやろう」

 ブレイブは大剣を構えた。その堂々とした雄姿は幾戦もの兵士の群れを前にしても決して揺らぐことはなかった。

「そうだ。これは無謀ではない。無駄な死でもない。例えこの身が犯罪神の傀儡であろうと関係ない! それは他ならぬ私の自由意思だ! この命が燃えるその時まで、私は戦い続ける! 夢を勝ち取るその日まで!」

 ブレイブが獣のような咆哮を上げた。

「聞けっ、 強者もののふ共ッ! お前たちが群を成して雪崩のように押し寄せようとも、私は逃げも隠れもしない! 私はッ! 私はここにいるぞッ――!」

 悲嘆ではなく、まだ見ぬ明日への希望に満ち溢れた叫び。それは大地を震わせ、心無い機械兵隊達までもが畏れをなしたように身を震わせたのだとか。あのマジックでさえも氷のような美貌をほんの一瞬、恐怖で歪ませたのだという話だ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

ラステイション――ノワール/自室

 何かがあった事だけは覚えている。

だけど、それを正確に思い出すことはできなかった。

長い眠りから醒めたノワールは自室でデスクワークにひたすら没頭していた。眠っていて遅れてしまった分を取り戻すかのように。あるいは忘れることへのもどかしさを激務で紛らわすように。

それが何かを思い出そうとしても頭の中にぼんやりとした深い霧が立ち込め、思考を阻まれてしまうのだ。

 実際、それはノワールだけでなくユニもそうだった。

 ケイに事情を問い正されても、ノワール達は何一つとして答えられなかったのだ。

 まるで狐にでも化かされたような気分だった。

 ケイはしばらく納得のいかない様子だったけれど、姉妹に何一つ異常がない事だけを確かめてから――ケイにしては珍しい事に、安心したような表情で、自分の業務に戻っていった。

「夢ってそういうものだけど……やっぱり思い出せないことがあると気持ち悪いものね」

 ノワールは誰に言うでもなくそうつぶやいてから、イスから立ち上がり、大きく背伸びをした。眠気がすぐそこまで押し寄せていた。

 窓の外はすっかり夜の帳に包まれている。

 今日はこの辺りでデスクワークを切り上げて寝てしまおう。

 なんだか寝てばっかりいる気がしないでもないが、身体にどっとのしかかってくる疲れにだけは抗えなかった。

 欠伸をしながら、ベッドに飛びかかろうとしたそのときだった。

ノワールの部屋のドアが開け放たれたのは。

「お姉ちゃん、起きてる?」

「ユニ……?」

 来訪者は寝間着姿のユニであった。

 手にはいつも使っているマイマクラが抱きかかえられている。

「あのね、お姉ちゃん。もしよかったらでいいんだけど……」

「何よ、どうしたの?」

 ほっそりとした膝をもじもじさせながらユニは言った。蚊の鳴くような弱々しい声だった。

「一緒に寝てほしいなって……」

「もう、ユニったら、自分のベッドがあるでしょう」

「眠れないのよ。哀しい夢を見てしまいそうなの」

 昼間見た夢のことを言っているのだと思った。

 おそらくユニもそれが何のかは、具体的に思い出せていないのだろう。

 もやもやとした後味の悪い何かが頭の底にこびりついているに違いない。

 思い出せないと言う事はとても気持ちの悪い感覚だ。

「まったく……」

 子供じゃないんだから。ため息と共に、そんな言葉が口をついて出そうになった時――

 ふと、ノワールの脳裏に声が蘇った。

 

 ――ノワール、君は現実は厳しい事ばかりで溢れてると思わないか? だからこそ世の中には、形のない空想であったほうが幸せなこともある。叶えられない夢はその人にとって残酷なものでしかない。夢は夢で終わるべきなのさ――

 それは先日、ケイと交わした言葉だった。

 いかにも現実を見据えていて、合理的なケイらしい言葉だ。

 たしかに夢を見ることが良い事であるとは限らない。

 現実は辛く、厳しい――

 悪夢から目を逸らして、逃げたくなることばかりの連続だ。

 深い眠りの中で、甘い夢に身を任せていたくもなる。

 目を閉じるだけでいい――

 深いまどろみの中で、心地よい安らぎが、疲れ果てた身体とぼろぼろになった精神を癒してくれるはずだから。

 だが、空想に逃げ続けているばかりでは悪夢の根本的解決にはならないのも現実の厳しさだ。

 目を閉じていては何も見えない。暗闇の中で悪夢に足元をすくわれ、いずれ身も心も貪り尽くされてしまうだろう――

 そうならないためにも、しっかりと前を向いて、現実と向き合わなければならない。

 生きることは、戦いの連続なのだ。

 しっかりと目を見開いて、真っ向から現実を見つめ直す必要がある。

 目とは開くためにあるのだ。

 現実を直視し、悪夢に飲み込まれないためにも。

 前を向いて歩かなければならない。

 ノワールはユニをゆっくり抱きしめた。

「いいわよ、別に」

「え?」

 ユニはぼんやりとノワールを見つめ返した。何かの聞き間違いではないかと疑っている表情だった。

「どうしたのよ、一緒に寝たいんじゃなかったの?」

「……いいの?」

 本当に甘えていいの、という風に頬をゆるませた。それはまごうことなき甘えん坊の妹の顔だった。

「……今日だけは特別よ」

 いつもなら恥ずかしくて言えないような言葉がなぜか自然と出ていた。きっとユニがこんなにも無防備で、可愛らしい表情を見せるからだろう。普段は一人前であるかのように振る舞っているくせに、ふとしたとき幼い子供のように姿を変えるのだから、とても卑怯な妹だ。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 ユニは嬉しそうに微笑んだ。

 それから二人はお互いに抱き合うような格好でベッドに身を横たえた。姉妹はそのまま身体を寄せ合い、静かに瞼を閉じた。

 ノワールは、ユニの温もりを腕に感じながら、今はただ眠ろうと思った。

 前を向いて現実を直視するのも大切なことかもしれない。

 しかし、悪夢から目を逸らす期間も大切なことである。

 傷つき、疲れ果てた身体を癒すには、逃げ出す勇気も必要であると知っていたのだ。

 休めるときにはゆっくり休もう――

 悲しい気持ちを薄めるには、寝ることが一番の薬だから。

 夢を見ることの何が悪い。

 夢を追いかけることで自分が満たされていくなら、それに勝る喜びはないはずだ。

 夢を諦めない限りは、いつまでも走り続けられるのだから――

 夢とは縋るためにあるものだ。

 ノワール腕の中ではユニがすやすやと寝息を立てながら眠りについていた。

 窓から差し込む月明かりが、ユニの頬を照らしていた。泣き腫らした痕が夜目でも分かるくらいほんのりと浮かび上がっている。

 こうして同じベッドで眠りにつくのはいつ以来だろう。

 よくは思いだせない。

 漠然と思いだせるのはまだユニが小さくて泣いてばかりいたこと。

 夜中、一人でトイレに行けなくて、付き添ってあげたときのこと。

 今よりも危なっかしくて目が離せなかったときったのこと。

 思い返すだけでも、頬が緩んでくる思い出ばかり。

 腕の中で眠る、最愛の妹の寝顔を見つめながら、ユニはどんな夢を見ているのだろうと思った。

 不思議なことに、それがどんなものであれ、悪いものではないという確信がノワールにはあった。

 妹を起こしてしまわないように、そっと頬を撫でる。

 それは、そっと愛おしむような手つきだった。

「良い夢を、ユニ」

 それを最後に、ノワールの意識は深いまどろみの中に溶けていった。

~Fin~


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