テウルギア   作:水無月むに

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第一話 旅の始まり

 

 洞窟を出た瞬間、顔を熱風が叩く。

 外は砂漠だった。

 砂塵が吹き荒び、肌に当たる砂が痛い。

 照りつける日差しがどうにも恨めしい。

 普通ならそんな感想を抱くかもしれない。

 

「砂漠というのは案外、快適なんだな」

 

 少年が呟く。

 彼には砂風の痛みも灼熱の太陽も感じない。ただ、「今日は晴れていて気持ちがいい」程度の感情しかなかった。

 

「君一人なら死んでいたな」

「?」

 

 少女タルトゥが振り返り、じとりとした視線を刺す。

 

「君が適合者でなかったら、こんな灼熱砂漠を装備も無しに歩けるもんか」

 

 そもそも洞窟で野垂れ死んでいただろうけどね、と少女。

 少年はちらりと右腕を見る。そこには喪われたはずの腕があった。

 正確には翠緑の腕骨(・・・・・)と言えば良いだろうか。よく見れば緑の粒子がちらついている。不思議なことに骨のみだと言うのに感覚まである。

 他にも欠損した肉体や傷もあらかた修復・補完されていた。

 

 彼はもはや人ではない。

 神骸装(テウルギア)に適合した肉体は、その力を十全に引き出す為に改良されている。

 本来、生物が持つ“生きる為の機能”はオミットされ、単に力を行使する機構となっていた。

 ……尤も少年にその自覚は無いのだが。

 

「それにしてもいつまでも”君”呼びは面倒だな」

「そうか? オレは別に問題ないけど」

「私が困るのだ。……そうだな、私が名づけでもしてやろうか?」

 

 タルトゥの提案に少年は頷く。

 

「さて、どうしてやろうか」

 

 とぼやき、少女はうーんうーんと悩ましげに歩く。

 少年は段々と少女の足取りが違う方向に向くのに気づく。だが、元より彼女がナビゲーターなので、異を唱えるつもりはない。

 

(そういう道なのだろう)

 

 と、考えてすらいた。

 辺り一面の砂丘で、道がわからないというのも理由ではあるが、タルトゥへの信頼もあった。雛鳥の如く付き従う。

 

「ふうむ、ルーだと短いか。……なら、君はルーグだ。ルーグ・イルダナフ。なかなか、いい名前じゃないか?」

 

 つと少女が振り向いて言う。

 得意げな顔だ。少年は「ルーグ・イルダナフ、ルーグ・イルダナフ」と口の中で繰り返す。

 そうだ、と顔を上げ、

 

「──オレはルーグ・イルダナフ。これからよろしくタルトゥ」

 

 と言い放つ。

 ぱちくりと目をまばたかせる少女。

 

「ふふっ、自己紹介なら20点だな。気に入ったか?」

「ああ。君にはたくさんのものを貰ってしまった。何か力になれることはあるか?」

 

 少年ルーグの言葉に、タルトゥは笑う。

 

「ルーグは馬鹿だな。人間が持って当たり前のものを得ただけだろうに」

「だけど、オレには当たり前がなかった」

 

 だから、これは恩なのだと緑目の少年は言う。

 

「恩は返すものなんだろう?」

 

 欠けた記憶。誰かがそう言っていたような気がする。

 タルトゥが歩き始める。

 

「そうだな。──なら、旅をしようルーグ」

 

 顔は見えない。

 

「私は多くを知りたい、多くを見たい、多くを聞きたい。未知を明かしたいんだ」

 

 だが、ルーグには彼女が柔らかい表情を浮かべている気がした。

 

「……じゃあ、オレは足となる。タルトゥ一人ではどこにもいけないんだろう?」

 

 その言葉に少女は振り返って、ああ、ときれいに笑った。

 

 

「……私の記憶が正しければ、ここは帝国の統治領(セクター)Ⅳと呼ばれる土地だ。別名を不毛の地(ウェイストランズ)。砂漠地帯で、オアシスに集落が形成されていたはずだ」

「…………それは確かな記憶か?」

「…………何せ、数十年前だからな。多少の変化はあるだろう」

 

 目の前には一面の緑があった。

 砂漠地帯には幻想に等しい生い茂る植物たち。ジャングルというにはチグハグで季節外れ、気候外れな面々。

 黄金と緑の境界線はどうにも異様に映り、なんだか別世界にすら見えてくる。

 

「これが、多少?」

 

 タルトゥは黙りこくる。

 いくら記憶のないルーグとはいえ、環境がこうまで変化していては異常だと気付ける。もしかしたらこれは常識なのかも、と思ったがタルトゥの様子を見て、違うと判断した。

 

「たぶん、これは神骸装(テウルギア)の影響だろう」

「君のような?」

「そうだ。私は光だが、あれは植物か、命の類だろうな」

 

 神骸装(テウルギア)は世界を書き換える。

 目の前の光景こそ、その証明だった。

 

「君にもその力がある」

 

 タルトゥがルーグを見やる。

 説明はおいおいね、とタルトゥは境界線へと足を向けた。

 

 

 境界線に近づけばその異常性が顕著となる。

 

「これは……」

 

 湿気が風に乗ってやってくる。いくらオアシスがあるとは言え、乾燥地帯を湿らせるほどの水量があるとは考えづらい。

 それに黄金一色の砂漠ばかり見ていたせいだろうか、ルーグの目には植物の緑が色鮮やかに映る。なんだか生命力に満ちているようにも感じた。

 草木の匂いはルーグには色濃く香り、呼吸するだけで癒される気がする。

 

「こいつは植物の神骸装(テウルギア)だ」

 

 タルトゥは断定する。ルーグの目にはわからないが、天使特有の能力なのかもしれない。

 

「植物……なら、これはその適合者が作ったものか?」

「そうだな。随分な規模だし、熟練した使い手だろうよ」

 

 ルーグはまじまじと植物を観察するが、とても作り物には見えない。

 

(触ればわかるかな)

 

 近くにあった蔦植物に触れてみる。少年は思わず、おお、と声を漏らす。蔦には産毛があった。さらさらとした毛並みは柔らかく、少し湿り気がある。

 ふと、蔦が揺らいだ気がした。風なんて吹いていないのにとルーグは首を傾げる。

 

「植物に触れるなよ、術者本人にバレる」

 

 ああ、思い出したとばかりに言うタルトゥ。

 

「……タルトゥ」

「なんだ?」

 

 タルトゥがルーグの方を見ると、その左手は緑の触手に絡めとられていた。

 

「言うのが遅い……」

 

 そう言い残すと、バッと視界から消える。

 

「──────」

 

 消える少年。固まる少女。

 ハッと慌てて目線で追うと、ルーグは触手で一本釣りされていた。

 

「る、ルーーーーグ!?」

 

 森の奥に引き込まれていくルーグを少女は必死に追い駆けるのだった。

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