洞窟を出た瞬間、顔を熱風が叩く。
外は砂漠だった。
砂塵が吹き荒び、肌に当たる砂が痛い。
照りつける日差しがどうにも恨めしい。
普通ならそんな感想を抱くかもしれない。
「砂漠というのは案外、快適なんだな」
少年が呟く。
彼には砂風の痛みも灼熱の太陽も感じない。ただ、「今日は晴れていて気持ちがいい」程度の感情しかなかった。
「君一人なら死んでいたな」
「?」
少女タルトゥが振り返り、じとりとした視線を刺す。
「君が適合者でなかったら、こんな灼熱砂漠を装備も無しに歩けるもんか」
そもそも洞窟で野垂れ死んでいただろうけどね、と少女。
少年はちらりと右腕を見る。そこには喪われたはずの腕があった。
正確には
他にも欠損した肉体や傷もあらかた修復・補完されていた。
彼はもはや人ではない。
本来、生物が持つ“生きる為の機能”はオミットされ、単に力を行使する機構となっていた。
……尤も少年にその自覚は無いのだが。
「それにしてもいつまでも”君”呼びは面倒だな」
「そうか? オレは別に問題ないけど」
「私が困るのだ。……そうだな、私が名づけでもしてやろうか?」
タルトゥの提案に少年は頷く。
「さて、どうしてやろうか」
とぼやき、少女はうーんうーんと悩ましげに歩く。
少年は段々と少女の足取りが違う方向に向くのに気づく。だが、元より彼女がナビゲーターなので、異を唱えるつもりはない。
(そういう道なのだろう)
と、考えてすらいた。
辺り一面の砂丘で、道がわからないというのも理由ではあるが、タルトゥへの信頼もあった。雛鳥の如く付き従う。
「ふうむ、ルーだと短いか。……なら、君はルーグだ。ルーグ・イルダナフ。なかなか、いい名前じゃないか?」
つと少女が振り向いて言う。
得意げな顔だ。少年は「ルーグ・イルダナフ、ルーグ・イルダナフ」と口の中で繰り返す。
そうだ、と顔を上げ、
「──オレはルーグ・イルダナフ。これからよろしくタルトゥ」
と言い放つ。
ぱちくりと目をまばたかせる少女。
「ふふっ、自己紹介なら20点だな。気に入ったか?」
「ああ。君にはたくさんのものを貰ってしまった。何か力になれることはあるか?」
少年ルーグの言葉に、タルトゥは笑う。
「ルーグは馬鹿だな。人間が持って当たり前のものを得ただけだろうに」
「だけど、オレには当たり前がなかった」
だから、これは恩なのだと緑目の少年は言う。
「恩は返すものなんだろう?」
欠けた記憶。誰かがそう言っていたような気がする。
タルトゥが歩き始める。
「そうだな。──なら、旅をしようルーグ」
顔は見えない。
「私は多くを知りたい、多くを見たい、多くを聞きたい。未知を明かしたいんだ」
だが、ルーグには彼女が柔らかい表情を浮かべている気がした。
「……じゃあ、オレは足となる。タルトゥ一人ではどこにもいけないんだろう?」
その言葉に少女は振り返って、ああ、ときれいに笑った。
◇
「……私の記憶が正しければ、ここは帝国の
「…………それは確かな記憶か?」
「…………何せ、数十年前だからな。多少の変化はあるだろう」
目の前には一面の緑があった。
砂漠地帯には幻想に等しい生い茂る植物たち。ジャングルというにはチグハグで季節外れ、気候外れな面々。
黄金と緑の境界線はどうにも異様に映り、なんだか別世界にすら見えてくる。
「これが、多少?」
タルトゥは黙りこくる。
いくら記憶のないルーグとはいえ、環境がこうまで変化していては異常だと気付ける。もしかしたらこれは常識なのかも、と思ったがタルトゥの様子を見て、違うと判断した。
「たぶん、これは
「君のような?」
「そうだ。私は光だが、あれは植物か、命の類だろうな」
目の前の光景こそ、その証明だった。
「君にもその力がある」
タルトゥがルーグを見やる。
説明はおいおいね、とタルトゥは境界線へと足を向けた。
◇
境界線に近づけばその異常性が顕著となる。
「これは……」
湿気が風に乗ってやってくる。いくらオアシスがあるとは言え、乾燥地帯を湿らせるほどの水量があるとは考えづらい。
それに黄金一色の砂漠ばかり見ていたせいだろうか、ルーグの目には植物の緑が色鮮やかに映る。なんだか生命力に満ちているようにも感じた。
草木の匂いはルーグには色濃く香り、呼吸するだけで癒される気がする。
「こいつは植物の
タルトゥは断定する。ルーグの目にはわからないが、天使特有の能力なのかもしれない。
「植物……なら、これはその適合者が作ったものか?」
「そうだな。随分な規模だし、熟練した使い手だろうよ」
ルーグはまじまじと植物を観察するが、とても作り物には見えない。
(触ればわかるかな)
近くにあった蔦植物に触れてみる。少年は思わず、おお、と声を漏らす。蔦には産毛があった。さらさらとした毛並みは柔らかく、少し湿り気がある。
ふと、蔦が揺らいだ気がした。風なんて吹いていないのにとルーグは首を傾げる。
「植物に触れるなよ、術者本人にバレる」
ああ、思い出したとばかりに言うタルトゥ。
「……タルトゥ」
「なんだ?」
タルトゥがルーグの方を見ると、その左手は緑の触手に絡めとられていた。
「言うのが遅い……」
そう言い残すと、バッと視界から消える。
「──────」
消える少年。固まる少女。
ハッと慌てて目線で追うと、ルーグは触手で一本釣りされていた。
「る、ルーーーーグ!?」
森の奥に引き込まれていくルーグを少女は必死に追い駆けるのだった。