(……さて、どうするか)
ルーグは冷静だった。
蔦はルーグを的確に拘束している。逃れようにも間接部を決められているため、身動きが取れない。
(オレが敵だったら、拘束した時点で攻撃している。それをしないということは交渉の余地があるはず)
敵は自分に何らかの価値を感じていると判断したルーグ。脱出は諦め、交渉に思考を切り替える。
そして、視界が晴れる。
森に囲まれた広場だった。慣らされた地面。開けた空。湿気が重く感じる。奥には城壁が如き木々が乱立していた。
城壁の手前、そこに人がいた。杖を片手に目を瞑っている。
「お前が侵入者か……随分と若いな」
若々しく見えるが、何処か老いて見える暗い髪を束ねた壮年の男だ。服装は砂漠には似つかわしくない紳士服とステッキ。砂漠より石のジャングルの方がお似合い。
彼は鋭い、鷹のような目でルーグを睨め付ける。
「……あなたが植物の
「如何にも」
ルーグは相手の目を見つめ返し、口を開く。
「まず、不用意にあなたの植物に触れたことを謝らせてくれ。オレに敵意がないことを表明したい」
男性の視線は変わらない。
「……自己紹介をしよう。オレはルーグ・イルダナフ。記憶喪失だから語れることは少ないが、タルトゥ──光の
「光の……」
そこで男は眉をひそめ、視線を中空に向ける。
疑問に思うも一瞬の間、すぐに顰めっ面に戻る。むしろ、更に険しくなっているようにさえ見えた。
「……同情でも誘いたいか、少年。悪いが、今の私は公的な立場にある。この町を守る為に危険因子は排除しなければならん。情状酌量は期待しないことだ」
男の視線は重く、ルーグにのしかかるようだった。
杖で地面を叩けば植物が蠢く。熱を放つ花。冷気を伴う花。槍の如き樹木。
上空を木枝が覆い、根が地を脈打って、まるで虫籠のようだ。
「そうだ。オレは同情を誘っている」
──そんな空気を切り裂く言葉。
植物達の進行がぴたりと止まる。
「オレは生きなければならない。そのためなら同情を買い、矜持を売ってでも命乞いをしよう。
……約束があるんだ。ここで投げ出すわけにはいかない」
彼を貫く視線。まっすぐな、あまりに実直で正直な命乞い。プライドを捨てたなど烏滸がましい。むしろプライドの塊のような発言であった。
「それが命乞いのする目なものか」
嘆息する壮年の男。
重い空気は雲散霧消。蠢く植物達は枯れ果てて、日光が差し込む。
「……マルトだ」
「え?」
「帝国学院所属の学者、マルト・ホルダード。私の名だ」
解かれる拘束。ルーグは体を確かめてから、マルトに向き直る。
「お前のような馬鹿が嘘をつけるとも思えん。それに今は形振り構わない状況だ。これ以上、拘束する意味もあるまい」
「……ありがとう。オレを信じてくれて」
微笑むルーグ。目を逸らすマルト。
こほんと咳払いをして、
「ルーグ、お前に頼みがある」
そう切り出した。
◇
タルトゥが追い付いた頃にはルーグは一人だった。
ぽつねんと佇むルーグを見て、タルトゥは胸を撫で下ろす。
「無事か、ルーグ」
「ああ、見ての通り、五体満足だ」
パッと明るい笑顔を咲かすルーグ。
合流までの時間は三分にも満たない。相手の
「そうだ、タルトゥ」
「なんだ?」
「植物の
「……んん?」
そういえば、と言わんばかりの発言。ルーグはタルトゥの動揺に気付かず、話を続ける。
「ただ、立場があるから監視付きではあるみたいだけど」
ルーグの頭の上には
ああ、そうと空返事するタルトゥ。若干、目が荒んでいた。
「その人、マルトさんって言うんだけど、この街を守っているらしい」
砂漠の町ドゥアト。オアシスを中心として発展した町のひとつ。素朴ながらも平和な暮らしをしていた彼らだが、ある噂が届く。
『
「だが、オアシスが本当に枯れたそうだ。しかも連鎖的に」
相次ぐオアシスの枯渇。そして、強大な蛇の目撃証言。ドゥアトは蛇を脅威と認めた。
そこで帝国に現状を報告、ドゥアトの町に派遣されたのが学者マルトだった。
「…………なるほどな。あまりに急な話だが、おおよそ理解はした。そのマルトとか言うやつと旱魃の蛇を倒そうと言う話だな?」
「そうなる」
ため息をつくと、少女はキッとルーグを睨む。たじろぐ少年。
「君は馬鹿だ、大馬鹿者だ。短い付き合いだが君の考えはわかる。どうせ『見逃してもらったのだから、蛇退治に付き合おう』とでも考えたんだろう」
図星だった。
黙りこくる少年。
「だがな、君は戦う術を持たない。やれないことを承諾したんだぞ?」
「……ああ」
「言葉に責任を持てルーグ。でなくては君の言葉は軽くなる。……私との約束も軽いものだったのか?」
「それは違うッ!」
「なら、わかるな?」
少年は目を伏せる。
(軽率な判断だった)
別にタルトゥを待ってから決断しても良かった。それをしなかったのは何とかなるという楽観視であり、困った人を助けるべきと考える無垢な善性ゆえ。
ルーグはタルトゥの目を見る。綺麗な翠緑の瞳だ。何処か不安に揺れているようにも見えた。
「……すまなかった」
「ん、よろしい」
タルトゥは腕を組み、「いいか?」と続けた。
「これからはちゃんと相談しろ。君は一人ではないんだ」
「わかった。何かあればタルトゥに話すよ」
「ふふ、蛇が来るまでは時間があるんだろ?」
「……? ああ、そう聞いている。これまでの傾向からして三日後だそうだ」
ニコニコと笑みを浮かべる少女。釣られてルーグも笑いが込み上げてくる。
「君にはこれから
「ああ、当然の帰結だな」
うんうんと頷く。
「だが、三日は極めるには短い期間だ。だから、スパルタコースで行こうと思う」
「うんう──ん? “すぱるた”?」
「地獄。鬼畜。つまりは最短距離で鍛え上げるってことだ」
心なしか、タルトゥの笑顔が怖い。
「……なんだか君の笑顔が怖くなってきた」
「気のせいだろう? 私は至って可愛い」
「いや、可愛いとは思う。だが、圧と言えばいいのか。端的に言って今の君からは殺気のようなものを感じる」
ニコニコ、ニコニコ。
圧が強い。距離も近い。
「……わかった。オレにまだ怒っているんだろう。オレにできることならする。頼む機嫌を直してくれ」
「ああ、してもらうとも。死ぬ気で、ね?」
その笑みはあまりに可憐だったが、ルーグにとっては鬼か、悪魔の様に感じたそうな。