テウルギア   作:水無月むに

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第二話 遭遇

 

(……さて、どうするか)

 

 ルーグは冷静だった。

 蔦はルーグを的確に拘束している。逃れようにも間接部を決められているため、身動きが取れない。

 

(オレが敵だったら、拘束した時点で攻撃している。それをしないということは交渉の余地があるはず)

 

 敵は自分に何らかの価値を感じていると判断したルーグ。脱出は諦め、交渉に思考を切り替える。

 

 そして、視界が晴れる。

 森に囲まれた広場だった。慣らされた地面。開けた空。湿気が重く感じる。奥には城壁が如き木々が乱立していた。

 城壁の手前、そこに人がいた。杖を片手に目を瞑っている。

 

「お前が侵入者か……随分と若いな」

 

 若々しく見えるが、何処か老いて見える暗い髪を束ねた壮年の男だ。服装は砂漠には似つかわしくない紳士服とステッキ。砂漠より石のジャングルの方がお似合い。

 彼は鋭い、鷹のような目でルーグを睨め付ける。

 

「……あなたが植物の神骸装(テウルギア)の使い手か?」

「如何にも」

 

 ルーグは相手の目を見つめ返し、口を開く。

 

「まず、不用意にあなたの植物に触れたことを謝らせてくれ。オレに敵意がないことを表明したい」

 

 男性の視線は変わらない。

 

「……自己紹介をしよう。オレはルーグ・イルダナフ。記憶喪失だから語れることは少ないが、タルトゥ──光の神骸装(テウルギア)に助けられた身の上だ」

「光の……」

 

 そこで男は眉をひそめ、視線を中空に向ける。

 疑問に思うも一瞬の間、すぐに顰めっ面に戻る。むしろ、更に険しくなっているようにさえ見えた。

 

「……同情でも誘いたいか、少年。悪いが、今の私は公的な立場にある。この町を守る為に危険因子は排除しなければならん。情状酌量は期待しないことだ」

 

 男の視線は重く、ルーグにのしかかるようだった。

 杖で地面を叩けば植物が蠢く。熱を放つ花。冷気を伴う花。槍の如き樹木。

 上空を木枝が覆い、根が地を脈打って、まるで虫籠のようだ。

 

「そうだ。オレは同情を誘っている」

 

 ──そんな空気を切り裂く言葉。

 植物達の進行がぴたりと止まる。

 

「オレは生きなければならない。そのためなら同情を買い、矜持を売ってでも命乞いをしよう。

 ……約束があるんだ。ここで投げ出すわけにはいかない」

 

 彼を貫く視線。まっすぐな、あまりに実直で正直な命乞い。プライドを捨てたなど烏滸がましい。むしろプライドの塊のような発言であった。

 

「それが命乞いのする目なものか」

 

 嘆息する壮年の男。

 重い空気は雲散霧消。蠢く植物達は枯れ果てて、日光が差し込む。

 

「……マルトだ」

「え?」

「帝国学院所属の学者、マルト・ホルダード。私の名だ」

 

 解かれる拘束。ルーグは体を確かめてから、マルトに向き直る。

 

「お前のような馬鹿が嘘をつけるとも思えん。それに今は形振り構わない状況だ。これ以上、拘束する意味もあるまい」

「……ありがとう。オレを信じてくれて」

 

 微笑むルーグ。目を逸らすマルト。

 こほんと咳払いをして、

 

「ルーグ、お前に頼みがある」

 

 そう切り出した。

 

 

 タルトゥが追い付いた頃にはルーグは一人だった。

 ぽつねんと佇むルーグを見て、タルトゥは胸を撫で下ろす。

 

「無事か、ルーグ」

「ああ、見ての通り、五体満足だ」

 

 パッと明るい笑顔を咲かすルーグ。

 合流までの時間は三分にも満たない。相手の神骸装(テウルギア)使いは去ったのか、あるいは潜んでいるのか、タルトゥは辺りを見回す。

 

「そうだ、タルトゥ」

「なんだ?」

「植物の神骸装(テウルギア)使いとは協力関係になった」

「……んん?」

 

 そういえば、と言わんばかりの発言。ルーグはタルトゥの動揺に気付かず、話を続ける。

 

「ただ、立場があるから監視付きではあるみたいだけど」

 

 ルーグの頭の上には毬藻(まりも)のような植物が乗っていた。ゆらゆらと風になびく姿は毛玉にも似ている。

 ああ、そうと空返事するタルトゥ。若干、目が荒んでいた。

 

「その人、マルトさんって言うんだけど、この街を守っているらしい」

 

 砂漠の町ドゥアト。オアシスを中心として発展した町のひとつ。素朴ながらも平和な暮らしをしていた彼らだが、ある噂が届く。

 

旱魃(かんばつ)の蛇がやってきた』

 

 統治領(セクター)Ⅳにて恐れられる伝承上の怪物。町の人々も存在するとは知らず、旱魃の比喩なんだろうと考えていた。

 

「だが、オアシスが本当に枯れたそうだ。しかも連鎖的に」

 

 相次ぐオアシスの枯渇。そして、強大な蛇の目撃証言。ドゥアトは蛇を脅威と認めた。

 そこで帝国に現状を報告、ドゥアトの町に派遣されたのが学者マルトだった。

 

「…………なるほどな。あまりに急な話だが、おおよそ理解はした。そのマルトとか言うやつと旱魃の蛇を倒そうと言う話だな?」

「そうなる」

 

 ため息をつくと、少女はキッとルーグを睨む。たじろぐ少年。

 

「君は馬鹿だ、大馬鹿者だ。短い付き合いだが君の考えはわかる。どうせ『見逃してもらったのだから、蛇退治に付き合おう』とでも考えたんだろう」

 

 図星だった。

 黙りこくる少年。

 

「だがな、君は戦う術を持たない。やれないことを承諾したんだぞ?」

「……ああ」

「言葉に責任を持てルーグ。でなくては君の言葉は軽くなる。……私との約束も軽いものだったのか?」

「それは違うッ!」

「なら、わかるな?」

 

 少年は目を伏せる。

 

(軽率な判断だった)

 

 別にタルトゥを待ってから決断しても良かった。それをしなかったのは何とかなるという楽観視であり、困った人を助けるべきと考える無垢な善性ゆえ。

 ルーグはタルトゥの目を見る。綺麗な翠緑の瞳だ。何処か不安に揺れているようにも見えた。

 

「……すまなかった」

「ん、よろしい」

 

 タルトゥは腕を組み、「いいか?」と続けた。

 

「これからはちゃんと相談しろ。君は一人ではないんだ」

「わかった。何かあればタルトゥに話すよ」

「ふふ、蛇が来るまでは時間があるんだろ?」

「……? ああ、そう聞いている。これまでの傾向からして三日後だそうだ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる少女。釣られてルーグも笑いが込み上げてくる。

 

「君にはこれから神骸装(テウルギア)の扱いに慣れてもらうことにした」

「ああ、当然の帰結だな」

 

 うんうんと頷く。

 

「だが、三日は極めるには短い期間だ。だから、スパルタコースで行こうと思う」

「うんう──ん? “すぱるた”?」

「地獄。鬼畜。つまりは最短距離で鍛え上げるってことだ」

 

 心なしか、タルトゥの笑顔が怖い。

 

「……なんだか君の笑顔が怖くなってきた」

「気のせいだろう? 私は至って可愛い」

「いや、可愛いとは思う。だが、圧と言えばいいのか。端的に言って今の君からは殺気のようなものを感じる」

 

 ニコニコ、ニコニコ。

 圧が強い。距離も近い。

 

「……わかった。オレにまだ怒っているんだろう。オレにできることならする。頼む機嫌を直してくれ」

「ああ、してもらうとも。死ぬ気で、ね?」

 

 その笑みはあまりに可憐だったが、ルーグにとっては鬼か、悪魔の様に感じたそうな。

 

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