テウルギア   作:水無月むに

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第三話 神骸装

 

 ドゥアトは日干煉瓦を積み上げた四角い家が並ぶ町。ウェイストランズではありふれた建築様式だ。

 ルーグ達は住居から離れた家屋。物置小屋を貸し出されていた。高い位置にある小窓からは茜色が差し込む。タルトゥとルーグは対面に座していた。

 

「まず神骸装(テウルギア)は神の力だということは知っているな?」

「もちろん、最初に聞いたからな」

「その力を引き出すには祈祷が必要だ」

「……ふむ、祈祷ってなんだ?」

「祈祷のほかにも詠唱や儀式なんて仰々しく言うが、要は準備期間だ」

 

 祝詞、舞い、歌、印──神に捧ぐもの。何らかの儀式的、神秘的意味が伴う行動をすることで神骸装(テウルギア)は一時的に神との同化を深める。

 本来、力を行使するに足りない人間の“格”を補うための行為。

 

「君の体は力を行使する為に最適化されている。だが、それでも力を行使するには祈祷が必要になる」

「なる、ほど……?」

 

 体の最適化は初耳だったが、流すことにした。

 

「そして祈祷がなくとも発動する力もある。それを基礎術式と呼ぶ」

「……あー、すまないタルトゥ。少し整理させてくれ」

 

 少し考えたのち、ルーグは口を開く。

 彼の横には四角いパンとビールが置かれていた。おもむろにビールのコップを手に取る。

 

「このコップを格、器だとするならばビールは力としよう。

 ビールを多く飲みたくともコップが一個しかない。なら、隣家からコップを借りてこよう……でも、借り物だから返さなきゃいけないというのが祈祷。

 ビール一杯だけでも十分、となれるのが基本術式……という認識であっているか?」

 

 返事は無い。ルーグは不安になり、タルトゥの方を向く。

 

「……なぜ、そのような顔を?」

 

 彼女は目を見開いていた。怪訝な目付きに正気に戻ったタルトゥ。

 

「あ、いや、君の飲み込みが早くて驚いていた。記憶喪失と侮っていたけど、頭の回転は早いのかな?」

 

 ある意味では侮辱とも取れる言葉だが、少年は素直に褒め言葉として受け取る。

 

「さっきも名前を出したけど、神骸装(テウルギア)によって行使できる能力を“術式”と言う。正確には取り出した力に何らかの指向性を持たせたのが術式」

「パンをビールに浸すと柔らかくなるみたいな?」

「……まあ、大体そんな感じだな」

 

 実践してみせるルーグに、タルトゥは苦い笑みを浮かべる。

 

「ただ、常に力を使えるわけじゃない。器を満たす力は人間に負担がかかる。

 君風に言うならばコップに常にビールを入れているとカビたり、コップが汚れてしまう。だから洗う。

 その洗う行為に該当するのが神骸装(テウルギア)の名だ」

「名前?」

「そうだ、契約時に言ったろう。我が仮名は《虹霓の冠(レインクラウン)》と」

 

 それはルーグの記憶にも新しい名だった。

 

「扉の開閉、火の点滅、水の流れ。力を起こし、鎮めるイメージ。仮名とは力を封ずる扉だ。それを自在に開閉出来なければ神骸装(テウルギア)は扱えない」

「なるほど。つまりは如何にビールを入れ、如何に飲むか?」

「……君はその喩えしか出来ないのか?」

 

 しかも、なんか違うしと呟くタルトゥ。まあ、本人が理解できているのならばと納得する。

 言葉を咀嚼する中、ルーグの中に疑問が湧いてくる。

 

「なあ、ひとつ疑問がある」

「何かな?」

「君は《虹霓の冠(レインクラウン)》と言う名を仮名だと言った。ならば、真の名前もあるんじゃないか?」

「……さて、どうだろう」

 

 タルトゥは答えを濁した。ルーグの視線にも屈せず、沈黙を貫く。

 ふと、ため息をついて「おいおいね」と言った。

 

「さあ、そろそろ良い子は眠る時間だよ」

 

 差し込む光はとうになくなっていた。

 

 

 早朝。ルーグは目を覚ます。

 窓から差し込む闇は薄れつつある。

 大きく伸びをすれば体がほぐれ、心地が良い。

 

「ハンモックとやらは存外、寝心地がいいな」

 

 ハンモックを揺らすルーグ。

 なんとなく視線を上げるとタルトゥが柔らかい、子供を見るような目で見ていた。

 

「おはよう、ルーグ。早い目覚めだな」

 

 目が合うとニコリと笑う。

 見ていたのか、という言葉を呑み込む。追求すればこちらが不利になると判断した。

 ルーグは平然を装い──側から見れば頬を赤らめて──ハンモックから降りる。

 

「おはよう、タルトゥ。オレが言うのもなんだか朝が早いな」

「そりゃあ天使は寝ないからね」

「そうなのか」

 

 そういえば昨日、タルトゥはパンを食べていなかったことをルーグは思い出す。天使には実体が無いと聞いたが、寝食も不要らしい。

 

(便利ではあるんだろうが……)

 

 ルーグにはその性質が少しばかり悲しく思えた。

 

「────おはようございまーす!」

 

 ふいに家の外から声がする。すだれを掻き分け、現れたのは妙齢の女性だった。ここらの伝統衣装だと言う白が映える服を着て、脇には二つの籠と壺を抱えていた。

 

「朝食をお届けに参りましたー!」

「わざわざありがとう、ネフェルさん」

 

 ネフェルは、マルトがルーグ達に手配した世話係である。穏やかで、たおやかな美人。人当たりの良さそうな女性だ、とルーグは思った。

 パンを食べる少年をにこやかに見つめる女性。

 ふと思い出したかのように、声を漏らす。

 

「そうです。ルーグ君にお土産を持ってたんでした」

 

 もう一つの籠から布を取り出す。ネフェルと似た白い伝統衣装とサンダルだ。

 

「これは……」

「その貫頭衣だと暑いでしょうし、動きづらいでしょうから」

 

 ルーグは衣装を受け取る。白い布地はさらさらと触り心地が良く、通気性の良さそうな感触であった。

 おお、と少年は声をあげる。

 

「ありがとうネフェル。大切にする」

「ふふ、そうしてくださいね」

 

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