ルーグはネフェルから貰った衣装を身に付ける。
柔らかい生地が肌を撫で、少しくすぐったいが丈夫そうだと感じる。厳しい砂漠でも早々に破れることはなさそうだ。
「ふうん、いいんじゃないか?」
「……なんか不満げだな」
「いいや? それより訓練といこう」
流された気はしつつも、その通りだと少年は意気込む。
ここは小屋から離れた広場である。ルーグは人気がなく、訓練できそうな場所をネフェルから聞き出していた。
「やることは単純、基礎術式の習熟だ。
基礎とある通り、これを究めることが
ルーグは頷く。
仮名を告げる。それこそが
己の心奥に意識を向けて、呟いた。
「──起きろ、《
ふわりと砂塵が舞う。風ではない。神の力が解放された余波によるものだ。
じんわりとルーグの体に何かが満ちる。想起させるのは光。暖かく穏やかに灯る火のような感覚。
「すごいな、これは……」
ルーグは驚嘆する。単に力が宿ったわけではない。身体改造ではなく身体拡張。これは
だが、ルーグにはそんなのは些末な事。認識すらしていないかもしれない。
彼にとって肝要なのは、この
「
ひとつ、光を集め、束ねる《収束》
ふたつ、光を弾き、発する《発散》
みっつ、光に歪め、偏らせる《偏移》
「収束、発散、偏移……」
「ま、習うより慣れろだ。基礎術式に祈祷は要らん。ただ、使うと意識し、その名を唱えればいい」
むう、と眉を顰める少年にタルトゥは助言する。
「なるほど?」
深呼吸して、目をつむる。
使う、使うと呟き、ふと顔を上げた。
「《収束》」
術式を唱えると、辺りが若干暗くなり、ルーグの左手にぽわぽわと輝く光球ができた。
ほう、と息をつくルーグ。
「なんとなくわかった気がする」
術式に供給する力を増やせば光球は輝きを増し、周囲は色彩を喪う。
昼前だと言うのに、その一帯だけ夜であった。住宅街の方がにわかに騒がしくなる。
次にルーグは左手を天に掲げ、「《発散》」と唱える。光球は弾かれるように飛び出して、上空で破裂した。
その光量は数十万ルーメン。直視すれば失明するレベルだ。
「──収束が近づける力で、発散が遠ざける力か」
夜とは程遠い時間に、星が浮かんでいる。
その異常性は、ルーグが生んだものだ。コツを掴んだ彼は自分の限界を試すためか、大量の光球を作り出した。
秩序だったそれは偽りの空。けれど、煌々と輝くのは確かに星の輝き。
(……はっ、笑えてくるな)
タルトゥは感嘆の息を吐く。彼女の適合者の中で、ここまで短期間で術式を使いこなした者はいない。普通、人間が術式を使うには習熟が求められる。なにせ、後付けの能力だ。自分の体のようには扱えない。
その点、ルーグは
「ルーグ、収束と発散はもういいだろう。次は偏移だ」
少女の言葉に、偽りの夜空は露と消えさる。
「偏移……光を歪め、偏らせるだったか?
「違う。光
「……どういう意味だ?」
「文字通りだよ。物体を光の性質に歪め、偏らせる。つまり、全てを光にできる」
まあ、さすがに全ては難しいけど、と付け足すタルトゥ。
「…………い、いやいや、基礎というには高度な気がするんだけど」
いくら記憶喪失でも違和感がある、と反論するルーグ。
「別に無から有を生み出すわけじゃないんだ。光の性質を帯びせるくらい出来て当然だよ」
「そ、そうか?」
そこまで言い切られるとルーグも反論しにくくなる。
「物を光に、か」
周囲は一面の砂漠だ。遠目には緑の城壁が見えるもあれは駄目だろうと目線を逸らす。
「あるものは砂くらいか」
砂を掬うが、指の隙間から流れる。
精神を集中させ、《偏移》と呟く。
すると、砂は確かに光を放ち、──そしてルーグの目に突き刺さった。
「ぐがぁっ!?」
転がるルーグ。
「ルーグ!?」
狼狽えるタルトゥ。
半端に光の性質を得た砂は、拡散しようと手から逃れ、偶然にもルーグの目を直撃した。
ふらつきながら立ち上がる少年の目は、涙に濡れていた。少し、目が赤いかもしれない。
「………………すごく、痛かった」
「……あのねえ、ちゃんと収束させないと吹っ飛んでいくに決まってるだろ」
タルトゥの物言いに、項垂れるルーグ。
(だけど、これを……)
つと自分の腕を見やり、タルトゥの言葉に顔を上げる。
「……違うな、これは私の不足か。君があまりにも順調だったから、注意をすることを忘れていた。すまない」
「それは違う。オレが不注意だったからだ」
「いや、私が──」
「いや、オレが──」
終わらない問答。どちらも自分の責任だと頑なに譲らない。
「何をしている? 夫婦漫才か?」
そこに第三者の声がかかる。深緑の髪をした男、マルトだった。
「違う。責任の所在を確認していた」
「ああ、私が悪いというのに、この頑固者が認めんのだ」
「……仲が良いことだ」
嘆息するマルト。
そして、ギロリと二人を睨んだ。
思わず二人して姿勢を正す。
「お前達が変に騒ぐせいで、住民が怯えている。緊張状態なんだ。鍛錬をするにしろ、もう少し大人しくやりなさい」
「すまない……」
「面目無い……」
再びマルトは息を吐く。
「巻き込んだのは私だ。戦闘経験が無いのは誤算だったが、それでも
ルーグがマルトの目を見ると、何か炎のようなものが揺らいでいた。
「多少の騒ぎなら、私が治めよう。ただ、やりすぎは勘弁してほしい」
「承知した。迷惑はこれ以上かけないと約束する」
「そうしてくれ」
さて、と男は続ける。
「そろそろ昼だ。顔見せも兼ねて広場に行くぞ」
太陽は三人を見下ろしていた。