テウルギア   作:水無月むに

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第四話 虹霓の冠

 

 ルーグはネフェルから貰った衣装を身に付ける。

 柔らかい生地が肌を撫で、少しくすぐったいが丈夫そうだと感じる。厳しい砂漠でも早々に破れることはなさそうだ。

 

「ふうん、いいんじゃないか?」

「……なんか不満げだな」

「いいや? それより訓練といこう」

 

 流された気はしつつも、その通りだと少年は意気込む。

 ここは小屋から離れた広場である。ルーグは人気がなく、訓練できそうな場所をネフェルから聞き出していた。

 

「やることは単純、基礎術式の習熟だ。

 基礎とある通り、これを究めることが神骸装(テウルギア)を究めることに通ずる。まずは力を起こすところからだ。やり方は覚えているな?」

 

 ルーグは頷く。

 仮名を告げる。それこそが神骸装(テウルギア)のトリガー。

 己の心奥に意識を向けて、呟いた。

 

「──起きろ、《虹霓の冠(レインクラウン)》」

 

 ふわりと砂塵が舞う。風ではない。神の力が解放された余波によるものだ。

 じんわりとルーグの体に何かが満ちる。想起させるのは光。暖かく穏やかに灯る火のような感覚。

 

「すごいな、これは……」

 

 ルーグは驚嘆する。単に力が宿ったわけではない。身体改造ではなく身体拡張。これは身体機能の延長線上(・・・・・・・・・)にある。異物である神の力を空気のように受け入れ、生命活動の一環として扱う。それは人間の機能ではない。

 だが、ルーグにはそんなのは些末な事。認識すらしていないかもしれない。

 彼にとって肝要なのは、この道具(ちから)が使えるかどうかだけ。

 

(わたし)の基礎術式は三つ」

 

 ひとつ、光を集め、束ねる《収束》

 ふたつ、光を弾き、発する《発散》

 みっつ、光に歪め、偏らせる《偏移》

 

「収束、発散、偏移……」

「ま、習うより慣れろだ。基礎術式に祈祷は要らん。ただ、使うと意識し、その名を唱えればいい」

 

 むう、と眉を顰める少年にタルトゥは助言する。

 

「なるほど?」

 

 深呼吸して、目をつむる。

 使う、使うと呟き、ふと顔を上げた。

 

「《収束》」

 

 術式を唱えると、辺りが若干暗くなり、ルーグの左手にぽわぽわと輝く光球ができた。

 ほう、と息をつくルーグ。

 

「なんとなくわかった気がする」

 

 術式に供給する力を増やせば光球は輝きを増し、周囲は色彩を喪う。

 昼前だと言うのに、その一帯だけ夜であった。住宅街の方がにわかに騒がしくなる。

 次にルーグは左手を天に掲げ、「《発散》」と唱える。光球は弾かれるように飛び出して、上空で破裂した。

 その光量は数十万ルーメン。直視すれば失明するレベルだ。

 

「──収束が近づける力で、発散が遠ざける力か」

 

 夜とは程遠い時間に、星が浮かんでいる。

 その異常性は、ルーグが生んだものだ。コツを掴んだ彼は自分の限界を試すためか、大量の光球を作り出した。

 秩序だったそれは偽りの空。けれど、煌々と輝くのは確かに星の輝き。

 

(……はっ、笑えてくるな)

 

 タルトゥは感嘆の息を吐く。彼女の適合者の中で、ここまで短期間で術式を使いこなした者はいない。普通、人間が術式を使うには習熟が求められる。なにせ、後付けの能力だ。自分の体のようには扱えない。

 その点、ルーグは神骸装(テウルギア)を使うために生まれてきたかのような逸材だった。あるいは適応力が高いのかもしれない。どちらにせよ、稀有な才覚だ。

 

「ルーグ、収束と発散はもういいだろう。次は偏移だ」

 

 少女の言葉に、偽りの夜空は露と消えさる。

 

「偏移……光を歪め、偏らせるだったか?

「違う。光()歪め、偏らせるだ」

「……どういう意味だ?」

「文字通りだよ。物体を光の性質に歪め、偏らせる。つまり、全てを光にできる」

 

 まあ、さすがに全ては難しいけど、と付け足すタルトゥ。

 

「…………い、いやいや、基礎というには高度な気がするんだけど」

 

 いくら記憶喪失でも違和感がある、と反論するルーグ。

 

「別に無から有を生み出すわけじゃないんだ。光の性質を帯びせるくらい出来て当然だよ」

「そ、そうか?」

 

 そこまで言い切られるとルーグも反論しにくくなる。神骸装(テウルギア)本人が言っているのだから正しいのだろう、と自分を納得させる。

 

「物を光に、か」

 

 周囲は一面の砂漠だ。遠目には緑の城壁が見えるもあれは駄目だろうと目線を逸らす。

 

「あるものは砂くらいか」

 

 砂を掬うが、指の隙間から流れる。

 精神を集中させ、《偏移》と呟く。

 すると、砂は確かに光を放ち、──そしてルーグの目に突き刺さった。

 

「ぐがぁっ!?」

 

 転がるルーグ。

 

「ルーグ!?」

 

 狼狽えるタルトゥ。

 

 半端に光の性質を得た砂は、拡散しようと手から逃れ、偶然にもルーグの目を直撃した。

 ふらつきながら立ち上がる少年の目は、涙に濡れていた。少し、目が赤いかもしれない。

 

「………………すごく、痛かった」

「……あのねえ、ちゃんと収束させないと吹っ飛んでいくに決まってるだろ」

 

 タルトゥの物言いに、項垂れるルーグ。

 

(だけど、これを……)

 

 つと自分の腕を見やり、タルトゥの言葉に顔を上げる。

 

「……違うな、これは私の不足か。君があまりにも順調だったから、注意をすることを忘れていた。すまない」

「それは違う。オレが不注意だったからだ」

「いや、私が──」

「いや、オレが──」

 

 終わらない問答。どちらも自分の責任だと頑なに譲らない。

 

「何をしている? 夫婦漫才か?」

 

 そこに第三者の声がかかる。深緑の髪をした男、マルトだった。

 

「違う。責任の所在を確認していた」

「ああ、私が悪いというのに、この頑固者が認めんのだ」

「……仲が良いことだ」

 

 嘆息するマルト。

 そして、ギロリと二人を睨んだ。

 思わず二人して姿勢を正す。

 

「お前達が変に騒ぐせいで、住民が怯えている。緊張状態なんだ。鍛錬をするにしろ、もう少し大人しくやりなさい」

「すまない……」

「面目無い……」

 

 再びマルトは息を吐く。

 

「巻き込んだのは私だ。戦闘経験が無いのは誤算だったが、それでも神骸装(テウルギア)使いならば役に立つ」

 

 ルーグがマルトの目を見ると、何か炎のようなものが揺らいでいた。

 

「多少の騒ぎなら、私が治めよう。ただ、やりすぎは勘弁してほしい」

「承知した。迷惑はこれ以上かけないと約束する」

「そうしてくれ」

 

 さて、と男は続ける。

 

「そろそろ昼だ。顔見せも兼ねて広場に行くぞ」

 

 太陽は三人を見下ろしていた。

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