ドゥアトは小規模な町だ。
人口は百人前後。家屋は三十に満たない。
外来河川は遠く、とても水を引ける距離ではない。
オアシスの水だけが生命線。下手に数を増やせば破綻しかねない生活。
だが、それは少し前までの話だ。
町は賑やかだった。喧騒ではなく、数という意味で──。明らかに住居の数と住民の数が一致していない。
彼らの顔は暗い。空はこんなにも晴々としているのに、ここだけは曇天だ。ルーグは不思議に思う。
すると、マルトが泰然とした態度で言った。
「………彼らは蛇の襲撃から逃れた者達だ。いくつかの集落に分かれて避難したようで、ドゥアトにいるのは四十名程度。
さすがにこの町にそんな避難民を抱えるキャパシティーはないのでね、私の方でなんとかしている」
たとえば、とマルトは指で示す。そこには砂漠に似つかわしくない木があった。
幹が歪な、棚田のような段々状となっている。その上には水が流れ出る洞があり、棚田を水で満たしていた。
タルトゥは興味深げに近寄って、ほうほうとしたり顔で頷いている。
「この木は地下水を根から汲み上げる為に、
無理をさせているから、きっと三日と経たずに枯れてしまうだろうが」
マルトは眉を寄らせる。
そういえばタルトゥは、『無から有を作り出すのは難しい』というような話をしていた、とルーグは思い出す。
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だとすれば、マルトはその植物を慮っての発言なのだろうと得心する。事実はどうあれ、少なくともルーグにはマルトが慈善家か何かに見えているらしい。
数分もしないうちに一行は広場へと辿り着く。
広場とは言うが、オアシスのことだ。砂漠がぽっかりと緑の唇を開けた恵みの泉。そこには人々が集まっていた。
ふと、ルーグはネフェルを見つける。彼女はルーグに気付くと小さく手を振った。それに応えようとして広場に男の声が響く。
「来たか、マルト殿。……そして、お客人とやら」
低く、威嚇するような声だった。目が窪んだ褐色肌の老男が群衆から現れる。
マルトを大木のようなと表すのならば、この老人は細びた枯れ木。少年には酷く弱々しく見えた。
「こちらは長老。ドゥアトのまとめ役だ。長老、この二人が話していた──」
マルトが紹介する中、ルーグは一歩前に出て、頭を下げる。
「オレはルーグ・イルダナフ。こっちはタルトゥ。砂漠を彷徨っていた際、マルトさんに保護された
老人はフンと鼻を鳴らす。
「偉そうな物言いだ、実に余所者らしい。マルト殿から戦力になると聞いたが、力があれば偉いのか?」
「それは──」
「……まあいい。この場を設けたのはそんな事を話す為ではない」
違う、と言い訳しようとするルーグを遮り、マルトを睨み付ける。
「マルト殿。蛇はどこまで来ている」
苦く重苦しい声だった。
昼だと言うのに灼熱の日光は鳴りをひそめ、オアシスの冷気が嫌に冷たい。まるで雲が差し掛かったような空気が降りる。
「先日、アケトが襲撃されたのは報告した。そして、次の標的はこの町であるとも」
頷く長老。
事態は切迫していた。大規模な、きちんとした兵がいる街ですら襲撃されたのだから、小さなドゥアトの町にはたまったものではない。
この町の戦力は十名程度の狩人とマルト、新たに加わったルーグのみ。避難民は女子供ばかりだし、ドゥアトは戦闘に携われる者が少ない。
急拵えの兵士では蛇に立ち向かえない。何より武器が無いことが問題であった。
「……なら、マルトさんが武器を作ればいいんじゃないか?」
ルーグは疑問を呈する。マルトの植物を操る力があれば武器程度作れるのではないかと。
だが、マルトはそれを否定する。
「出来ることには出来る。ただ、私の力は種子を土台としたものだ。帝都から多く持ってきてはいるが、ここの防衛と蛇を退治することを考えると心許ない。
一応、種がなくとも作れはするが、一撃ですら耐えられん脆弱な物となるだろう」
ルーグはむう、と腕を組む。何か案はないかと探るようだった。
「蛇の進行状況だが──」
マルトは言い淀む。
「……思ったよりも早い。水を欲しているんだろう」
認めがたい現実だった。群衆に衝撃が走るが、長老が一喝し、静けさが戻る。
「……それで、いつ来る」
恐る恐る長老が訊ねた。
長い沈黙が降りる。マルトは苦虫でも噛み潰したかのような渋い顔で告げる。
「────明日の朝、早ければ今日の晩にでも」
◇
──三日前。アケト。
砂漠地帯である
太陽を表す塔は崩れ、王の居城は無く、民草の憩いの場は潰れ、オアシスと川は枯れ果てた。
水を啜る音が孤独に響く。いまだ、オアシスから湧き出る源泉を飲む。呑む。喫む。地下水すら飲み尽くすが如く口を付ける。崩れた壁に巨影が蠢く。
彼こそ、旱魃の化身。渇きの権化。
蛇は思う。“足りない”と。オアシスの源泉を干し、幾多の街を滅ぼしたとて渇きは収まらない。
水が飲みたいと言う欲求。本能を蛇は抑える気が無い。たとえ、砂漠の水が尽き果てても、蛇は外に出て水を啜るだろう。
終わりのない渇きが蛇を突き動かす。
──その渇きが無くならないことを理解しているのに。一時の癒しを求めて、水を飲み干す。
鎌首をもたげ、悪魔は次なる標的を探す。
彼に人を滅ぼすつもりなど欠片もない。ただ、獲物の近くにいるジャマモノを排除しただけ。そこに何の感慨もなければ、何かを考えることもない。
“さあ、見つけた”
蛇は這い進む。砂漠に跡を残しながら。いずれ消え去る、大きな大きな傷跡をつけて。