ブレイザー・ヴィリー   作:ヤン・デ・レェ

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「食わせてやる。だから、俺についてこい」

 

一息に言えば、それだ、それだけだった。

 

砂埃、血、汗、それから見たくもないものすべて。こいつをアフガンで腹いっぱい食べた俺たちは、変わってしまっていたのだろうか。変わってしまっていただろうな。そうだろう。そうでもなければ、軍から弾き出されて直ぐに、「大丈夫だ、問題ない」だなんて言葉が頭に浮かんだりしない。

 

ああ、大丈夫だ。問題ない。

 

まだまだ、試してないことは多くあった。殺しは経験済みだったが、それは戦場での話だ。麻薬も試したことはない。詐欺とかだって。或いは誘拐なんてのもあるだろう。探すまでもなく、悪いことはそこらへんに転がっている。ただ、どうせやるなら大きなことを仕出かさなくちゃ。考えてもみろ、俺はその台詞を六百人からなった部下の生き残り全員に漏れなく告げたのだ。五百人足らずになってはいたが、それだけ生き残ったのだ。上等なものだ。何年もひたすら訓練に明け暮れた成果が出たな。

 

教条通りに動くな。本能を優先し、理性を温存しろ。お前たちの理性は上官が担保する。そう、口酸っぱく言い続けた甲斐があった。

 

俺たちはヘマをして軍籍を国から召し上げられた。そりゃ当然だ。だって軍令違反だもの。国家反逆罪を食らわなかったのは、偏にこれまでの功績があってのことだろう。俺や、部下の貯金が役に立ったのだ。誇らしいよ。

 

ソ連邦英雄を取り上げられたのは少し残念だった。あの玩具は気に入ってたから。ピカピカしてて綺麗だった。誇らしいというより、物惜しみが先に勝った気がする。そんなものだ、勲章なんて。それに、勲章を取り上げられたのは俺だけじゃない。俺の胸元がスカンピンになったのを見て、部下たちも突き返すか、或いは燃やすかしてしまったそうだ。馬鹿な連中だ。可愛い奴らめ。そんなことしなくたって、俺はお前たち全員を食わせるつもりでいたっていうのに。

 

目途は立っていた。なにせこちとら転生者だ。そして、この世界は概ね前世の史実から逸脱していない。そこで生きている人間が矢鱈と顔面偏差値高めで、身体能力高めで、なおかつ言葉回しがマンガ臭いという点を除けば、だが。概ね、前世と同じ通りに推移するだろう。これは経済にも言えることだ。戦争と経済の連動は馬鹿にできないからな。アフガンが史実通りに進み、史実通りに終わった以上は、この先の世界を席巻する資本主義の牙城の主人たちは、その顔揃えを大きく変えてはいないということだ。

 

そこに付け入るのだ。どうだ?ん?なかなかに、転生者らしくなってきただろう?

 

これまで、軍人になってからこの方ずっと、俺は給与や賞与の大半を株やらに注ぎこんできた。目が出るのはまだまだ先のものも多いが、有名どころは網羅した、と思う。この先、こいつらが大きく化ければ、俺は五百人足らずなら無理なく養ってやれる。自分一人用のシェルターに、約五百倍の人数を詰め込むのは無理がある気がしたが…こういうのは、まぁ、やってみないと分からない。

 

とはいえ、だ。まだまだ表に出せる金は不十分だった。恩給もない以上は、可及的速やかに大金を稼ぐ必要があった。それも大体、最低でも五百人分は。

 

だから、ここで登場するのがソーフィヤだ。いや、正確には原作での彼女の経歴と言うべきか。ああそうさ、ロシアン・マフィアへの進路だ。

 

正直…俺は消極的だった。だって、裏稼業だ。軍隊は少なくとも国家の部品だからな、ヘマしても除隊で済んだ。でも、マフィアの世界はそうじゃない。次にヘマした時に失うものは、自分の命だ。或いは仲間の命か。

 

社会主義国家の中にあって、マフィアの世界は純然たる資本主義だ。それも、基本的には調停者なき世界だ。弱肉強食である以上は、ルールが単純だという利点もあったが、それでも俺は最後の最後までその道へ進むことを躊躇った。なぜか?単純だ。こういうのって、てっきりソーフィヤが言い出すもんだと思ってたからだ。なんで俺なんだ?

 

そもそも、俺はこの世界が物語の中だと考えて生きてきたわけじゃなかった。だから、軍に入ってからもずっと、自分の軍隊生活の終わりが、ロシアン・マフィアへの転身に繋がるだなんて想像だにしていなかったのだ。夢にも思わなかった。俺は普通に退役して、それで慎ましい恩給暮しに満足してる予定だったのだ。

 

静かな暮らし。穏やかな暮らし。それだけで構わないつもりだった。それはソーフィヤが将来のバラライカだと知った後でも変わらなかった。

 

俺は彼女が危ない家業に転身する時が来ても、転身した後でも、変わらずに戦友として接し続けるつもりだったのだ。同じ道に行くつもりなんてこれっぽっちもなかった。ただ…変わらない人間として、彼女の人生の背景に収まれれば…それで満足だったんだ。

 

それがどうだろう。部下たちは全員、ソーフィヤを含めて全員、俺が動けばカルガモの子供が親について回るようについてくる。俺が死のうとすれば、一緒に死ぬかもわからん。少なくとも、そのリスクを否定できないのが恐ろしかった。流石に死んだりはしないが。

 

俺一人ならどうとでもなっただろうな…今じゃ、もう過去の話だが。

 

とまぁ、長々と話したが…各自の口座にある預貯金だけが当座の資金だった俺たちは、全てを現金化して祖国を発つことに決めた。だが、そのまえにやらなくちゃならない仕事があった。それが、徹底的なギャングどもの掃討だ。ムジャヒディンを相手にするよりは簡単な仕事だ。なにせ、連中にはアメリカの支援もないし、兵隊の訓練だって甘々だ。

 

崩壊しつつあるソ連を前に、秩序は完全に弛み切っていた。古巣の装備を管理する人間にドルで賄賂を握らせて、人数分の装備を各地の駐屯地や保管庫からチビチビと集めた。そして、管轄の警察に何時から何時まで、ここらへんが騒がしくなる旨を、ここでもドル紙幣を添えて事前に報告しておくのだ。そうすれば、不思議なことに警察は遅れてやってきてくれる。準備が整えば、あとは仕事だ。この時は初仕事だったからな、様子見がてら「派手にやれ」と言いつけた。

 

結果、中小複数のギャングが根城にしていた廃ビルや集合住宅跡地、工場なんかが十数棟全焼したというニュースが翌日の朝には流れていた。

 

当方に被害はなし。収穫は足のつかない小火器やら金品やらを沢山。だが、こんなものは些事だ。もっと重要なものが向こうからやってきた。話を聞きつけたホテル・モスクワからの就職希望調査である。

 

返答は勿論、快諾。連中は無傷の精鋭五百足らずが格安で雇えたと喜んだ。だが、言ってしまえば連中が喜べるのはそこまでだった。

 

当然だろう。なにせ首輪を付けられない狂犬の手綱を上位数人が一手に握り締めているような俺の大隊を、よりにもよって大嫌いなKGBやGRU上がりも沢山いる組織に入れたのだ。結果は火を見るよりも明らかだった。内部抗争が勃発するのに一か月と掛からなかった。先手を打ったのはどちらだって?無論、俺たちだった。

 

難癖をつけるとかですらなかった。純粋に目障りだから、というだけの理由で幹部が十人以上も土の下に隠れた。ああ、いや、理由らしい理由はあった。連中は俺たちを飼い殺しにするために、俺から指揮権を奪おうとしたんだ。奴らはソーフィヤが部隊の実権を握っていることを見抜いていたからな、彼女に俺を消して部隊を率いないかと持ち掛けたわけだ。返答はNet!ただ、この場合、返されるのは言葉ではなく鉛玉だったが。

 

奴らの推測は当たっていた。俺の部隊を動かしてるのはソーフィヤを筆頭にした幕僚たちだ。俺じゃない。ただ、どういうわけか彼らには、俺を切り捨てて上手くやる方法が選択肢の中に含まれていなかったようで。あったことを全て告げてから、自分のことは処分した方がいいかもしれないと真剣な顔で言ってくるソーフィヤを宥めるのが大変だった。

 

そんなこんなで、俺たちはロシアン・マフィアになった途端に、そのロシアン・マフィアを乗っ取る為の戦いに身を投じることになったわけだ。

 

はっきり言って、滅茶苦茶だ。財力だけで言えば向こうの方が圧倒的に上だしな。ただ、俺たちにも強みがあったのは確かだ。それは、俺たちがやってきたことは、まさにこう言った非対称戦闘がほとんどだった、という話である。つまり、形勢不利だったり、兵站がしっかりしていない環境で戦うことは慣れっこだったのだ。

 

結局…除隊してから一年半はマフィアとの戦争に明け暮れる羽目になった。流石にこうまで激化すると、部下が何人か死んだ。俺は非常に悲しくなった。どうしてこうなるかな…と。原作では描かれていなかったが、てっきりソーフィヤが策謀でKGBやGRUの出身者を蹴落としていくんだとばっかり思っていた。それも静かな方法で。

 

まさか、こんなに激烈な戦争に発展するとは…完全に考慮の外だったのだ。

 

最終的な勝利を掴んだのは俺たちだったが、その間に旧ソ連はボロボロ、ホテル・モスクワもボロボロ…といった感じで。俺たちだけが気力十分、ピンピンしているような状況であった。

 

これじゃあ、そもそも論、ホテル・モスクワに入った意味がないじゃない!とソーフィヤたち幕僚に漏らしたのだが「だって向こうが悪いんだもん」の一点張りで胸は張れども反省した様子は皆無であった。こりゃ困ったことになった、と思った矢先に、ソーフィヤから「大頭目を殺りました」という報告まで上がってきた。殺したのはあのカンディンスキーらしい。流石はシェイターネ・バーディ…って、今じゃない!絶対今じゃない!これどうやって収拾つけるのさ?

 

悩みあぐねたものの、上級者が自分以外全員いなくなったということで、半強制的に俺が新しい大頭目に就くことになった。ここまで戦ってこれたのは、最初の襲撃でホテル・モスクワの資金保管庫と武器庫を同時に押さえることに成功していたからだが、そこにあったものはこれまでの武力抗争で粗方使ってしまった。またしても素寒貧。自転車操業が過ぎる。

 

だが、成ってしまったものは仕方がない。俺は麻薬は中東と東南アジアから直接買い付けて陸海空路で運び込みロシアを拠点に流すことと、貿易商とは別に合同出資ファンドを表向きの仕事として拵えるように命じた。前者は産地直送にすることで他所よりも安く買い、他所よりも安く売るためだが、後者は俺の朧げな知識で始められた将来有望企業の株式を買い漁るためのシステムをより大規模なものとして整えるためだ。

 

次にやったことを話す前に、重要な要素が一つだけあった。それはアメリカと旧ソ連の違いだ。

 

アメリカと旧ソ連で違う点が一つあるとすれば、アメリカよりも賄賂の効力が凄まじいことだろう。ましてや崩壊直後で誰も食えない時代である。ドル札の威力は計り知れなかった。

 

この点を上手いこと拡大解釈して、俺は古巣の軍から人と物と情報を、どれも格安で手に入れることに成功した。どうせ死の商人に買いたたかれるくらいなら、同郷人の俺たちが安く譲ってもらおうと思った訳である。これは上手くいった。映画みたいな話だが、基地を丸々一つ買い上げたことだって一度や二度じゃない。

 

これは兵隊にも同じことが言えた。給料未払いで困ってる兵隊の中でも見所のある連中を、崩壊以前よりも高い待遇で雇ったのだ。意外にも、勧誘の時に俺の名前を出すと食いつきが好くなるそうだ。うーん…複雑。だが、結果は良好。アフガン帰還兵を中心に、それ以外にも使えると幕僚たちが判断した人材を採れるだけ採った。軍人というのは国家にとって金のかかる存在だが、その分だけ貴重な資産だ。この資産を一から鍛えようとすると文字通り国家予算が必要になるが、俺たちはこれを相対的にはタダ同然で仕入れて使うことができたのである。

 

だが、ここまでの物と人よりも、使いどころによっては重要になるものが情報だった。これは主にアメリカや西側に高く売れるものだった。だが、売ると言っても金で売るわけじゃない。売ってもらうのはコネクションだった。CIAやNSAやFBIやらの人間との繋がりだったり、ウォール街の重役なんかとの顔繫ぎまで、使い道は多かった。この時点ですでに、アメリカの麻薬への憎悪は巨大なものだったから、俺たちはあくまでもファンドで財を成そうとしている、健全な社会不適合者の集団を装った。典型的な成金で、脅威には成り得ない、一度きりの幸運にしがみつく連中を演じた。

 

基本的には自由競争を謳う国であるから、アメリカは俺たちのような開明的なロシア人を歓迎する素振りを見せたし、俺たちだってそれが狙いだった。そして、崩壊後のソ連が魅力的な狩場であることを強調したうえで、ロシアが復活した後でも継続的に影響力を行使できるように、我々に投資してみませんか?と、投資を持ち掛けたのである。これは我ながら上手い手だったようで、特に冷戦で散々煮え湯を飲まされた当局からの食いつきが強かった。国の後援は欲しくても手に入るもんじゃない。だから、貰える時に有難く受け取っておくのが、この場合には吉と出た。

 

ブーゲンビリア商会、次いでブーゲンビリア貿易と名乗ることになった我が社は、昔日の抗争など、どこ吹く風とばかりにクリーンな仕事を始めた。この仕事の重要な点は、旧ソ連領域内にあって当たり前のように外貨であるドルが稼げるという点だった。俺たちはアメリカを始めとした西側諸国からの資金提供を受けて旧ソ連の各地にスパイのためのセーフハウスや安全な会合場所などを建設し、建設できない場所では安全な不動産を賃貸で提供した。ホテル・モスクワの名の通りに、俺は安直だがホテル経営を始めたのだ。確実に客が入る、不思議なホテルを。

 

客単価は異常に高い上にドルか金地金での支払いが義務付けられていた。もちろん、表向きはホテルの看板を掲げている場合もあるし、そうではない場合もある。知る人ぞ知る、といった感じ。

 

ここまでのことができたのも、全部が日本語に聞こえる俺の耳のおかげである。傍から見れば、俺は流暢なアメリカ英語で商談を行っているらしい。そんなわきゃない。俺は生まれてこの方、日本語しか話してないのだ。不思議だなとは思っていたが、日本の漫画の世界だというなら納得できた。それでも不思議な感じだが…。

 

かくして、単なる武装組織から脱皮して、ファンドと不動産業と、隠れて麻薬流通の元締めで稼ぐ複合型組織へと成長したホテル・モスクワだったが、俺たちが退役してから早数年余り、俺は今更になってロアナプラのことを思い出したのである。

 

そうじゃん!ロアナプラ!それがあったよ。

 

すっかり忘れていたが、この世界の裏稼業では、どうにもロアナプラに進出するのが一人前みたいなところがあるらしく、ホテル・モスクワもロアナプラに支部を開設しないとマズイのでは?という意見が聞こえてきていた。

 

正直、ロアナプラには行きたくなかった。でも、ソーフィヤの中身が完全に原作通りとは言えなくても、見た目は原作通りであることから、何かしら関りを持たずにはいられない展開がこの先で待っているんだろう…と、俺は嫌な確信を抱かずにはいられなかったのだ。

 

こういう時の確信は大抵的中すると知っていたから、俺は向こうから来るのを待たずにロアナプラにメスを入れることを決めた。アメリカ政府から仕入れたアメリカドルで、匿名の資産家としてアメリカの企業の株やらを買い占めつつ、これと並行してロアナプラへの支部開設と、地場の麻薬流通ルートの掌握のために温存していた旧ソ連軍の武器保管庫を一つ丸ごとひっくり返してやった。人員にも不足はなかった。装備については言うまでもなく、アメリカ製の最新式さえ用意できた。多くは使い慣れた東側の武器を使用していたが、防弾装備なんかは西側の物も多く取り入れていた。

 

まだこの時期のロアナプラは危なすぎて当局も立ち入れない治外法権だったから、東西のいいとこどりをした混沌とした兵隊を手始めに三百人送り込み、三分の一を直属の部下で占めて総指揮官にソーフィヤを据えた。なんとなく嫌な予感がするものの、敢えて無視していると、案の定、大規模な抗争が始まり、ロアナプラは一晩で火の海になったそうだ。一応、先制攻撃そのものは譲ったそうなのだが、それでも割に合わないなんてもんじゃなかった。拳銃弾を一発撃ち込んだら、ミサイルが百発返ってきたようなものである。

 

作戦の推移は当初こそ順調だったそうだが、このままだとロシア人に総取りされると恐れたイタリア系や中華系が芋づる式に参戦してきて、徐々に埒が明かなくなっていったようだ。それに、余りにも戦争が大々的になりすぎたせいで、周辺の治安当局が軍を動員して介入するのではないかと噂も出始めた。ここまで来てようやく、両者の口から初めて『和平』の言葉が出た。俺?俺はずっとロシアかアメリカでアメリカ人の相手をしていた。横に幕僚を置いて、金の話か政治の話をしていたというわけである。

 

何も話を聞いてばかりいたわけじゃない。俺の方から提案したりもした。特に麻薬の話は重要だった。三十年近くたった未来でも麻薬は健在だ。寧ろ酷くなる一方だ。だから、将来の為にも包括的な麻薬に対するシビリアンコントロールが必要なのだと訴えた。酒やタバコやライフルと同じなのだ、と。そして、そのコントロールのために裏社会の警察になる用意がこちらにはあると、な。

 

俺からの提案は三十年以上先まで続く長期的な展望に基づくものだ、と添えたこの提案に、アメリカはすぐには飛びつかなかったものの、思案顔にはなった。それだけでまずは十分だ。少なくとも考えるには値する提案として認められたということなのだから。そして、ペンディングが許される範囲はとうに超えている。なし崩し的に、最初に秩序を叫んだ者が勝つだろう。

 

アメリカに話を通す一方で、麻薬の一大流通拠点であるロアナプラでも話し合いが行われた。話の内容はアメリカに通した話にも繋がるもので、全ての組織で扱う麻薬の銘柄を統一し、同じ濃度の、同じ量の麻薬を扱うべきだ、という新秩序についての話し合いが行われた。はみ出し者は排除して、みんな仲良く低リスク高リターンで稼ぎましょう、と。言うまでもなく発起人はホテル・モスクワだ。断ることもできるが、ソーフィヤはいざとなったら旧ソ連の核兵器を持ち出すと脅しをかけたらしく、流石に欠席者は誰一人いなかったようだ。イタリア系も中華系も中南米の麻薬カルテルも…謂わば黄金夜会の原型がこの会談で固まったわけだ。

 

果たして、会議は喧々囂々、収拾をつけるのは大変だったらしいが、ロアナプラに限ればホテル・モスクワの提示した秩序に則り、その具体的な銘柄の濃度や流通量についてはその都度調整するということで落ち着いた。言い出しっぺのホテル・モスクワは当然ながらロアナプラに支部を持ち、各勢力へ睨みを利かせる役を買って出た形になり、今日に至るのである。

 

アメリカはロアナプラの動静に注目しており、俺たちの動きを有言実行と見て取ったのか、ロシア本土での活動費とは別枠で崩壊直後のソ連の復興支援という態で新たな予算を割り当てることにしたらしく、ホテル・モスクワに流入するクリーンなお金はドル紙幣を中心に倍増し、俺はこれをすかさず金地金へと交換し、或いは世界各所の一等地を不動産として購入させた。保有した土地に関してはリゾート地として開発させるなり、リゾートホテル兼政府御用達の密談場所として運営させるなり、今の俺たちには使い道の方が多かった。

 

黒の部分もあるのだが、白の部分の方が歳入としては大きいので、色を合わせれば白みの強いグレーといった具合にはなっただろうか。

 

これで一安心…と思っていたら、ロアナプラのソーフィヤから至急来てくれとの電話。何事か。

 

彼女が現地でしか話せない、と言うなどただ事ではなかった。俺は急いで軍用機を乗り継いでロアナプラに向かい、そこで下にも置かないもてなしを受けた後、組織の名前に恥じない立派なホテルのVIPルームに案内された。

 

 

 

 

 

 

 

案内された部屋で待てど暮らせど誰も来ない。流石におかしいぞ、と思い確認をとるとソーフィヤは急な仕事で遅れるとのこと。明日になるかもしれないので今日のところはお休みください…とは。

 

あのソーフィヤらしくない。そう思いつつ、ハメられた感じではない。あの嫌な感じもしないし。

 

だから、話はまだか?と思いつつ微睡むこと暫し。

 

俺は本格的な眠りに落ちる前に、誰かが部屋に入ってくる気配を微かにだが感じ取り、ゆっくりとベッドの上で体を起こした。

 

「起こしたかしら」

 

そう優しい声が頭上から降ってきて、俺の頭はまた微睡みの方へと寄った。これは安堵のせいか。

 

顔を見上げる。顔だ。焼けた顔。美しい顔だ。

 

そこにはあの深みのある緋色のレディーススーツを着た、原作そのままのソーフィヤが立っていた。最後に会ったときは、出兵さながらに水色と白のボーダーシャツの上から軍服を着こんでいたのに。がらりと雰囲気が変わっていて、一言で表せば美しかった。

 

…どうしてなのか、理由はわからない。でも、あの地獄のような拷問を受けた彼女に応急処置を施し、背負ったまま合流地点まで歩き通し、そこで仲間に救出されてからもずっと。

 

彼女の瞳は不思議と綺麗なままだった。

 

冷たさが差す時もある。暗く湿る時もある。それでも、あの頃の、初めて出会った時に感じた明朗闊達さを、彼女は未だに宿したままでいるように見える。少なくとも俺には、そう見える瞬間が多々訪れるのだ。そのたびに、嗚呼、綺麗だなんて思っていた。

 

その瞳が今、またしても目の前にある。イタズラが成功したことを喜ぶ、無邪気な微笑みさえ浮かべて。

 

だから尋ねた。

 

「仕事だって聞いてたんだ。だから、明日になるとも」

 

すると、彼女はクスっと笑いをこぼして言う。

 

「ふふ、そうね、そんな風に言うように伝えたかもしれないわ」

 

言われて初めて思い至った。

 

「ん?つまり…えっと、仕事じゃなかったのか?」

 

彼女が俺に嘘を吐いたのは、ジョークだとしても初めてだった。

 

「ええ、そうよ。だって、貴方はこうでもしないと、私に逢いに来てくれないでしょう?」

 

「それは…」

 

そりゃそうだ。俺には俺の仕事があるのだし。今のソーフィヤは出向社長みたいなものなのだ。いや、ホテル・モスクワも大隊と同じで実質的には幕僚がやりくりしているのだが…。

 

何と答えたものか思案していると、ソーフィヤがズルい笑みを浮かべてこう言った。

 

「ねえ…貴方は今、お付き合いされてる方とかって、いるのかしら…」

 

聞かれている意味が分からなくて、理解するまで時間が掛かった。親し気な話しぶりとは裏腹に、彼女の視線は真剣そのものだ。笑みを浮かべているものの、瞳の奥は笑っていなかった。

 

「いや、いないかな…ずっと」

 

俺がそう答えると、彼女の顔はパッと明るくなった。

 

「ふふふ、知ってるわ。ええ、そうでしょうね…だって、貴方はそういう人だから…」

 

知ってたらなんで聞くんだよ…とは言わなかった。言えなかった。というか、言葉が出なかった。

 

なぜならば、彼女が徐に服を脱ぎだしたからだ。

 

「だから私も…こうでもしないと、貴方には気づいて貰えない。そうでしょう?」

 

「……」

 

「女の下着姿を見るのも初めて?」

 

「あ、うん…」

 

晒される傷だらけの身体は、しかし均整の取れた美しい身体でもあった。彼女を一人の人間として見るようになってから、そういうことは想像したこともない。だって、想像してしまったら次に会う時には気まずくなることが分かりきっていたから。

 

初めてかと問われて、素直に頷いた。頷くしかなかった。だって、本当に綺麗だったから。俺は見惚れていて、それどころじゃなかった。

 

俺の返答に満足した様子で、彼女は微笑みを深めた。そして、近づいてくる。

 

「そう…嬉しいわ」

 

「おう…」

 

彼女がベッドに上がり、俺の身体に自分の身体がぴったりと沿うように位置どると、自然と体から力が抜けて、体重がスプリングに委ねられるのがわかった。

 

頭を片手で支えながら、小首をかしげて、彼女は問う。

 

「どう?初めて見た感想は?」

 

「綺麗だ…ごめん」

 

咄嗟に謝罪の言葉が出た。なぜなのか…俺にも、うまく言えなかった。

 

「どうして謝るの?」

 

「いや…こんなに綺麗なのに…俺は…」

 

そうだ、俺は…。

 

色々なことが、難しい話が頭を占拠しようとして…頬に添えられた手の温もりに、全てを持っていかれた。

 

「見て。私を見て。どうかしら?どうかしてる?貴方にはそう見えるの?一時の気の迷いだと?」

 

「いいや…君はそんなことしないんだって…わかってるよ」

 

複雑なことすべてを追い出した、彼女の手のひらが頬を撫でる。その瞳がまっすぐと俺に注がれていた。穏やかな、しかし強く明確な瞳だった。俺が逃げることを、責めるような色はない。ただ、見届けて、その上で塗り替えてしまうような瞳だ。

 

「ならいいの。だから、私を見て」

 

「見てるよ…ずっと」

 

そうなのだ。ずっと、他の誰よりも君のことを見てきたはずだ。俺が最初から知ってたのは君とボリスとカンディンスキーくらいのものなのだから。

 

だが、彼女が言うには、そういうことではないらしい。

 

「…そうね、少なくともあの日からは。貴方は『私』を見るようになった」

 

「あの日?」

 

あの日と言われて、死体袋の中で目覚めたあの日のことを思い出した。それに気づいてか、知ってか知らずか、彼女は優しい笑みで応える。

 

「そう、あの日。貴方は、私を救い出してくれた。生き返ってまでっ…」

 

「…そんなんじゃないよ。運が好かったんだ」

 

そうさ、ソーフィヤの言い方は大げさだ。俺は運好くドジなムジャヒディンにあたって、死んでもいないのに死体袋に入れられたのだ。

 

俺が内心で弁解とも自責とも言えない言葉を連ねていると、彼女はグッと顔を寄せた。唇を俺の耳に寄せて、頬を触れ合わせて。

 

「いいえ、違うわ。貴方は生き返った…私は、この目で貴方が死体袋に仕舞われるのを見たわ。あの時、貴方は確かに死んでいたのよ」

 

「じゃあ、なんで…どうして」

 

金髪の御髪から、甘い匂いがした。匂いが思いのほか優しくて、俺は泣きたくなった。よりどころのない手を、なんとはなしに、許された気になって彼女の肩に置く。

 

素肌が熱くて、柔らかくて、傷は張りつめて今も熱を持っているようで…俺はそれだけでどうにかなってしまいそうだった。

 

君はどこまで理解しているのだろう。彼女はふっと笑う。そして、優しく囁いた。

 

「…どうでもいいわ、そんな理由はね。ただ…貴方が生き返ってくれたことが嬉しかった。貴方が生き返ってまで、私のもとに真っ直ぐに駆けつけてくれたことが…」

 

「本当なら…最初から、君の身体にそんな傷跡を残さずに済む道を探すべきだった…違うかい?」

 

彼女の言葉に背中を押されて、俺も一気に吐き出した。こんなことを言うのは初めてだった。道に迷った子供が、ここにはいない親に尋ねるような。何かを確かめるような。

 

彼女は俺と目を合わせた。穏やかな瞳が、揺るぎ無いそれが、俺は恐ろしくなった。

 

「ええ、違う。大間違いだわ。私はね、恨んでなんかない。貴方は私たちの誇りそのもの。貴方は私たちの憧れそのもの。貴方は私の…希望そのものになった」

 

「……」

 

嬉しいのか、申し訳ないのか…謝るとして、何を謝ればいいのか。赦されたいと思うから、謝ろうという気持ちが湧くのだ。否、謝ろうではなく、謝りたいと。そう思うのは、自分に軸を置いて、相手から赦しを引き出そうとする邪さの表れだろう。そうに違いない。

 

俺はもっと頑なになるべきだったのか。ふとそう思って、俺の考えを見透かしたように、彼女が鼻先と鼻先とを擦り合わせた。

 

「あの日までは、貴方は私を見ているようで、私ではない誰かを、どこか遠くを見ているようだった。そのことが当時は気にならなかった。でも、今になって気になったの」

 

「どうして?」

 

どうして?

 

彼女は首を傾げ、面白そうな表情を浮かべた。小悪魔のようなそれは、酸いも甘いも知り尽くしてきた人間が浮かべるには、あまりにも衒いも嫌味もないものだった。

 

「わからない?もう、私も貴方も軍人じゃなくなったのよ?貴方は戸惑う私たちを引っ張って、新しい世界に踏み込むのに少しの怯えも見せなかった。その背中が、どんなに頼もしかったか…」

 

「なぁ、ソーフィヤ…君は少し、俺を勘違いしてるよ」

 

そうだ、勘違いをしている。俺はもっと、よくないものなのだ。そんなふうに、眩しい笑みを浮かべて楽し気に語る対象じゃない。

 

「そんなことない。新しい人生を始めた時だって、貴方は私に、この私に向かって手を差し伸べてくれた!他でもない…貴方が遠くに見ていた誰かではなくて…私に…」

 

「君は…それで、どう思ったの?…答えてくれなくてもいい」

 

俺はそんなんじゃない。そんな大層なものじゃない。

 

だのに、ソーフィヤは誇らしげに語る。わからず屋の子供に言って聞かせるように。優しく。穏やかに。だが、はっきりと。

 

俺の問いに、彼女は瞼をゆっくりと閉じた。長い睫毛と睫毛の間から、押し留め切れずに熱い雫が零れ落ちた。それは頬を伝い、光って落ち、ベッドシーツに沁み込んだ。

 

「…嬉しかった。涙が出るほど嬉しかった。貴方は私に一番に声をかけてくれた。私のことを真っ直ぐに見つめて…あの時、私にはまだ帰る場所があるんだと思った。二度目も、貴方が私に与えてくれた…やっぱり貴方なんだって、そう確信した」

 

「そっか…その、少し照れるな…そんな風に言われると」

 

今度こそ本心から言ったつもりだったが、ソーフィヤは念を押すように続けた。

 

「…冗談だと思ってる?ヴィリー…いえ、ヴィレイス、貴方は私の希望そのものなの。嘘でも、誇張でもお世辞でもなくて、本当のこと」

 

そのまなざしが強すぎて、俺は負けた。堪える暇もなかった。顔も頭も茹って、どうしようもなかった。よくわからないけど、変な気分になっていた。こんなのは知らない。

 

「わかった。わかったよ。ありがとう。でも…それと、服を脱ぐことにどんな関係が?」

 

「い・け・ず」

 

彼女はそう言うと、体術を巧みに使って俺のことをベッドに押し倒した。女とは思えない力だ。腰の上あたりに尻を落ち着かせた彼女は、上体を倒して、俺の顔にその美貌をぐっと近づけた。

 

「そんなことを言う人には、やっぱりカラダに直接教えるしかないみたいね」

 

「あの、俺…初めてなんだけど」

 

それは自己防衛なのか、その逆なのか。どっちにしろ彼女になら失望されないという確信が持てるから、そう言ったことに違いはない。

 

俺の言葉に彼女は顔をもっと近づけた。なんとなく、吐息まで甘く感じる。

 

「それ本当?」

 

「嘘言ったってどうしようもないだろ?」

 

自分で慰めたことしかないし、それだけで満足してきたのだ。不満などない。今もそうだ。このまま終わっても、俺はまた明日からいつも通りに彼女に会えるだろう。

 

いいや、寧ろ、今のままで終わった方が…そう思いつつ、視線が迷う。豊かな胸の膨らみや、柔らかくも鍛えられた太ももや、曝け出された首筋の白さなんかも、この世のものとは思えなかった。

 

ただ、全身に走る火傷の跡が、彼女を俺に現実のものだと縫い付ける。この傷の在りかは、俺にあるのだと。設定でもなんでもない。見てきたものとして、そう言いつのるのだ。

 

嗚呼、だというのに、こんなにも綺麗で。俺は免れるように、眼の淵から涙を零した。

 

その涙をどうとったのか、彼女は艶やかな口元をはじめて凶暴に歪めて牙をのぞかせると、誘惑的に身をくねらせて、背筋を反らし、睥睨するように俺を見た。

 

「そう…そうなのね…ふふふ、素敵なことを聴いたわ。教えてくれてありがとう」

 

「…いいのか、それで」

 

ほとんど勝手に走り出すように、言葉が漏れた。それでいいのか、君は。

 

それに対して、垂らされたブロンドの髪のカーテンの中に俺を閉じ込めるように、君は顔を近づけて唇の先を微かに触れ合わせながら言った。

 

「ええ…嬉しいわ」

 

「なら、いいよ…」

 

どっちの言葉だ。素直に、そう思った。

 

「ん…」

 

唇が触れ合って、こそばゆさを感じていると、俺の言葉を飲み込んだ彼女が、その身体ごと深く、深く、唇を沈み込ませた。

 

気持ちいいとかはわからないし、この際、良し悪しはどうでもよかった。ただ、なんだか報われた気になって、目の前の人を、今までよりも大事にしたいと思った。

 

素直で単純な感情が、色々なことを押し流してしまうような気がして、怖くもあった。けど、唇を合わせながら、彼女と目が合うと、そんなことは些事に堕ちてしまうのだ。

 

「ねえ、こういうのも初めて?」

 

聞かれて頷く。素直なものだ。

 

「うん…変かな」

 

「貴方はそれでいいのよ」

 

そう言われて安心した。

 

人をたくさん殺してきて、慣れたと思う瞬間は遂に訪れなかった。ただ、自分が殺した相手が、来世で幸せになっていてほしいと思った。死なせたくないと思う相手のことは、今、俺の目の前で生きている間に幸せにしたいと思ったし、生きてる間に褒めたいと思った。

 

善悪を問われると、今更過ぎて、何と答えてもケチがつくだろう。でも、何か考えるより先に、戦場に駆り出されて、誰に言われるでもなく生き残るために相手から命を奪ったのは純然たる事実だ。

 

あいつは死んだ。それと引き換えに、俺は生き残った。何もせずに死ねばよかったのか、敵前逃亡して、やはり処刑されて死ぬべきだったのか、誰も殺さずに生き残れればよかったのか。

 

残酷なことはしたくない。残酷なものは見たくない。汚いのも嫌だ。煩いのも。臭いのも。悪口とかも、例え挑発だと理解していても、嫌で嫌で仕方がない。

 

備わっているべき悲壮感が、いつの間にか家出してしまって、俺はなんでもないように人を殺すようになってしまった。別に何でもないわけではないのだ。ただ、それじゃ身体が持たないと思ったんだ、と思う。自分の身体のことなのに、わからないことが多すぎる。自分の思い通りになっているように見えて、実際はそんなんじゃない。

 

家出した悲壮感を探しに行く気持ちは起きなかった。戻ってきて貰っては、生き残れなくなるからだ。それは、軍を除籍されてからより一層強まった。

 

積極的に誰かを傷つけたいとは思わない。特別贅沢な暮らしがしたいわけでもない。なんとなく、ボーっと生きていられる時間が欲しい。でも、その時間を手に入れるために仲間を見捨てて行くことは、俺が欲しい時間が絶対に手に入らなくなることと同義だ。重たい心の傷と、それよりは軽い心の傷。どっちかを取るしかないということで、俺は後者を選んだ。少しでもマシな方を。

 

「魔法みたいだ」

 

ふと俺がそんなことを言うと、彼女は目をぱちくりさせた。

 

「あら、それはどうして?」

 

穏やかな目で見守られて、尋ねられると、余計なことまで零れてしまいそうだった。

 

「胸がスッと軽くなったんだ」

 

ほら。そう言って、彼女の手を自分の心臓の上に導いた。聞こえるものでも、触れるものでもないのに。なんとなく、そうしてしまった。

 

「…そう、それはよかったわ」

 

導かれた手をそのままに、彼女は俺の胸元で円を描くようにゆっくりと撫でた。

 

「…もう少し、こうしていても?」

 

尋ねると、彼女は瞼を閉じて、何かをグッと堪える様に飲み込むと、のんびりと瞼を持ち上げた。

 

「もっと、欲しがってもいいのよ?」

 

涙の膜が張った瞳は薄暗がりの中でぼんやりと輝いていて、どうしてか彼女の貌がくっきりと映った。

 

「なら、ほっぺにもキスして欲しい。うんと優しくしてくれ」

 

その瞳を見て、何か言おうとして、それくらいしか出てこなかった。これが俺の精一杯。何も言われないと、いや、何か言われたところで、俺が欲しいと言えるのはそこまでだった。

 

でも、その何がよかったのか、彼女はクスっと笑ってくれて、また頬に手を添えてくれた。

 

「…ええ、そうするわ。たっくさん、してあげる」

 

「ありがとう、ソーフィヤ…」

 

「いいのよ、私がしたくてするんだから」

 

弱いな。俺。

 

ソーフィヤが体を倒して、シャツ越しに彼女の肌の熱が伝わるくらい、ぴったりと密着すると、俺は酷く落ち着いて、すべてを手に入れた気持ちになった。

 

せっかくロアナプラに来たのに、俺はまだ何も見ていない。

 

彼女の美しい顔が近づいてきて、片目からポロンと雫が零れて落ちた。

 

俺の頬に落ちた雫を追いかけて、彼女の唇がしっとりと馴染んでいく。

 

 

 

 

 

 

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