夕食は紆余曲折あったが、結局は家で食べることになったので、帰りにスーパーマーケットに寄って食材を買い込んだ。今晩はグレーテルの希望によりハンバーグになった。作るのはバラライカに任せて、俺は双子の後で風呂に入ることにした。料理人に作ってもらうことも多いのだが、今日は「私が作る」と言って譲らなかったのである。
待ってる間、バラライカが如何に手を汚さずにハンバーグを作るのかを観察していると、フライパンにみじん切りにした玉ねぎをそのまま投入し、続いて挽肉を投入、次に卵を入れてから、これをビニールを手袋代わりに装着して混ぜ合わせる。フライパンの縁ギリギリまで平べったく伸ばして成型したら、くぼみを作って氷を三つ差し込む。こうすることで、理由は知らんが美味しくできあがるのだ。あとは、蒸し焼きにして、片面が焼けてきたら五等分に切り分けて、裏返してもう片面も蒸し焼きにする。いい具合になったらば、チーズを乗せて追加で温めてとろけてきたら出来上がりだ。
見事、手を汚さないハンバーグの完成である。俺と食器の準備をしていたロベルタは「「おお~」」と感嘆の声を漏らした。こうして作ることで、手も汚れないし、なにより繋ぎが少ない分だけ肉肉しくて旨いのだ。
大きなフライパンを文字通りに満たした一塊の巨い肉の丘は、焼き上がるころには美しい焦げ目から芳醇な肉汁をたっぷりと迸らせて、食べてもらうのを今か今かと待つことになる。これにデミグラスソースを掛けてやれば完成だ。中ではなく、上からチーズを掛けてあるので、チーズインハンバーグではなくてチーズオンハンバーグかな?
インかオンかは重要じゃない。想像してみろ、チーズとデミグラスソースだぞ?子供が大好きな組み合わせだ。無論、大人も大好きだ。とろーりチーズの上から、焦がしカラメル色のソースがたっぷりと掛かったのを、フォークでも箸でもなんでもいいから一口大に切り分けて、ハフハフと口から湯気を上げながら放り込むのだ。咀嚼するたびに、溢れ出す肉汁が抜群の旨味を味蕾に運んでくるが、そこで終わりではない。肉汁で滑らかになった口の中で、肉そのものの旨味と玉ねぎの甘味をチーズのまろやかさと濃厚なデミグラスソースが引き立ててくれるのだ。
大き目のフライパンをパンパンにした巨い肉の塊を五等分にしただけ。そう、好い意味でそれだけ。それだけなのに、こいつらは旨味の三位一体となって襲い掛かってくる。分厚い文庫本くらいの厚みがある肉のケーキは誕生日にもピッタリである。これを前にすれば、成す術はない。ただ、無力にも美味しさに呑まれるだけだ。圧倒的な満足感にやられて、必ずや誰しもが「また食べたい」と思うことだろう。
ハンバーグの準備が終われば、次は副菜と汁物だ。副菜はサラダと相場が決まっているので、見どころは多くない。だが、茹でた豚肉が散らされているので、食べ応えがある。キュウリやニンジンやダイコンやレタスやらを混ぜて、こいつにお好みのドレッシングを掛ければ完成である。一番上に乗っかってる豚肉の白さが、緑や赤の野菜と素敵なコントラストを生んでいて、目にも好いはず。シャキシャキの食感は歯にも耳にも心地よい。ニンジンが苦手な子供もいるので、そこは要相談だが…。サラダはとりあえず、これで完成だ。
となれば、残された重大事は汁物だが…昼飯が洋風だったので、多数決で味噌汁になった。我が家ではハンバーグと味噌汁の組み合わせは珍しくないのだ。理由は、俺が好きだからである。うん。それだけ。俺の好物ということで、よく出るのだ。
そんなことはどうでもよくて、今日の味噌汁はサラダに付け足す豚肉を茹でたお湯をそのまま味噌汁の基礎として使うので、出汁の旨味が生きるのだ。これは他の肉の時も同じことが言える。鶏だけのこともあれば、豚だけのことも、鶏と豚の合わせ技のこともある。肉の油が汁物を長く保温してくれるので、しばらく経っても熱々だ。そのため、子供達には少し冷ましてから出すように気を付けている。火傷するくらい熱いからね。そんでもって、これに味噌とかワカメとかを混ぜるのだ。お好みでお麩とか豆腐とか、それこそ豚肉を入れても旨い。俺のおすすめはアオサである。この海苔の仲間をたっぷり混ぜた味噌汁のなんと美味いことか!
夕食が楽しみだと心底思いながら、今にも鼻歌を歌い出しそうなご機嫌でいると、風呂場からトテトテと可愛いらしい足音が聞こえてきた。
「ヴィリー!あがったよ~!」
「髪乾かして~!」
「はい。じゃあ、ドライヤー持ってきて~」
「「はーい!」」
夕飯の完成を待たずに、双子がお風呂から上がってきたので、俺は髪を乾かすためにソファでドライヤーを受け取って、二人をそれぞれの膝の上に乗せた。
「その体勢で大丈夫か?落ちるなよ?」
「うん、だいじょうぶ!僕、運動神経いいんだ!」「いつもこの体勢だから、大丈夫よ?」
「バランスとってな?頼むぞ?それじゃあ、髪の短いヘンゼルからいこうか」
スイッチオン。ぶおーっと温風がドライヤーから吐き出されるので、熱くならない程度の距離から当てていく。手櫛でヘンゼルのプラチナブロンドを梳かしながら、水気を吹き飛ばしていく。シャンプーの匂い。風呂上がりの体温の高さがダイレクトに伝わってくる。嗚呼、生きてるんだなぁ…なんて思う。まさか、自分がこんなことを、誰かにする側に立つ日が来るだなんて、思いもしなかった。
と、思いながらヘンゼルの髪を乾かしていると、隣でグレーテルがフンフン言い出した。どうどう。娘よ、どうしたというのだ。
「むぅ~…いっつも兄様が先なの、ズルい~!」
「そうは言ってもなぁ~…髪が短い方が早く終わるだろう?」
「むむむむ…な、なら、私も短くする!」
そう来たか…昼間のヘンゼルのメイド服と同じ匂いがするぞ。
「うーん…でも、勿体なくないか?せっかく、そんなに長くて綺麗なのに」
「そ、そうかな?私、キレイ?」
「うん。すごく綺麗だ。お姫様みたいだよ」
少しクサい気がするけど…どうかな?上手くいったか?
安堵の息を漏らすまでもなく、ヘンゼルが悪戯っぽい笑みを浮かべた。あ、なんか来るぞ。
「ふーん…ヴィリーは髪の長い子が好きなんだ…じゃあ、僕は伸ばそうかな。それで、姉様は短くしたら?」
「ふふふ…兄様こそ、ずっと先に髪を乾かしてもらってていいのよ?私はヴィリーにとって、『綺麗』な『お姫様』だから。ね?ヴィリー?」
「…ねぇ、ヴィリー?僕は?僕はどうなの?」
グレーテルは暗黒微笑を浮かべているし、ヘンゼルは半目でじっとりとした視線を送ってくるし…お前たち、そんなに大人びていたのかぁ。いやぁ~…順調に成長しているみたいで、お父さん嬉しいな!
「あ、う、そうだなぁ…ヘンゼルは可愛いし、グレーテルは綺麗だし、甲乙つけがたいなぁ…俺は我儘だから、どっちかだけなんて、選べないよ…と言うことで、どうでしょうか?」
ヘンゼルの髪を乾かし終わったので、俺はスムーズにグレーテルの方へと移行しつつ、そんなことを言った。ドライヤーの音でかき消されないように、そこそこ大きな声で。ソーフィヤとロベルタの微笑まし気な笑い声が聞こえてきた。正直、恥ずい。
「ふ~ん…いいよ。満足してあげる。ね?姉様?」
「ええ…そうね、ヴィリーをいじめちゃ可愛そうだもの。ね?兄様?」
「「ふふふふふふ…大好きよ、ヴィリー」」
「あ、お、俺も!俺も大好きだよ!ヘンゼル、グレーテル…だから、とりあえず離れようか?俺、風呂に入ってくるからさ」
蝉のようにハシッとしがみついてくる双子をやんわりと引き離しつつ、グレーテルの髪も乾かし終わった俺は逃げるように風呂場に飛び込むのだった。
逃げ去ったヴィリーを見送ってから、双子はコソコソと顔を寄せ合って内緒話を始めた。
「…姉様、今度はお風呂に突撃しちゃおうか」
ヘンゼルがわくわくを隠そうともせずにそう言うと、グレーテルが訳知り顔で首を横に振った。
「兄様、あんまり急だとヴィリーがびっくりしちゃうわ。だから、ね?」
「うん。そうだね、姉様」
グレーテルの言葉に、ヘンゼルも頷いた。口元にはニンマリと笑顔が浮かび、細められた目元からは年齢不詳の艶やかさが滲んでいた。
「「ゆっくり、じっくり、楽しまないと」」
そして、息を合わせるまでもなく、自然と声が重なって、二人は何かの方針を再確認したらしい。
「すぐに終わっちゃったら、勿体ないものね?」
「ふふふ…今日のヴィリーも可愛かったね…」
「「ねー!」」
グレーテルが笑うと、ヘンゼルも笑った。
ふふふふふ…。そんな笑い声を漏らしながら。
「あの人も大変ね」
「はい。ですが、ご自分で蒔かれた種ですから」
「ええ、そうね。私も、貴女も同じようなものなのかしら?」
「さぁ…でも、そうだとしたら、尚更温かく見守るほかありませんね」
可愛い双子の様子を横目に見守りつつ、キッチンでハンバーグを焼いていたバラライカはロベルタと目を合わせて、肩を竦めるのだった。
風呂から上がってきたヴィリーを迎えて、五人はそれぞれ食卓の席に着いた。お誕生日席にヴィリーが座り、彼から見て右側の奥からソーフィヤとヘンゼルが、左側の奥からロベルタとグレーテルが座った。この日は、大人組と子供組の席を交換しているようで、いつにもましてヴィリーと双子の席が近かった。双子はニッコニコ。それを見たヴィリー達もニッコニコである。
「どれ、じゃあ食べちゃおうか。…と、その前に」
そこで言葉を区切ったヴィリーは双子の方に顔を向けてから、改めて口を開いた。
「ヘンゼル。グレーテル。お誕生日おめでとう。えーっと、お誕生日プレゼントは何がいいか皆で考えたんだけど…今年は、こんなのにしてみました」
そう言ってヴィリーが椅子に掛けてあるジャケットの内ポケットから抜き取ったものは、二枚のチケットだった。
「ドドン!家族旅行で日本満喫セット、東京行きでーす!」
なんと、用意されていたプレゼントは、東京観光の為の渡航チケットだった。
自家用機があるのに、わざわざファーストクラスを用意しているあたり、最初の家族旅行を、単なるお楽しみで終わらせることなく、修学旅行として提案しようとする親心が見え隠れしていた。まだ双子には知らされていないが、ヴィリーはバラライカやロベルタとも相談して、学校は日本の学校に通わせるつもりでいるので、そこらへんの下見も兼ねてのことだということも明らかなことだ。
「わぁ~!!ニホン?日本!日本だって!姉様!旅行だよ!」
「家族旅行なんて!私たち、生まれてはじめてよ!ねえ、兄様?」
「どんな場所なんだろう?どんな美味しいものがあるのかな?」
「私、ヴィリーがよくお話してくれる、スシやラーメンが食べたいわ!」
「僕はその道一筋三百年らしいギュードンとか、あとはツウゴノミのソバなんかを食べてみたいよ!」
「「ねぇ、ヴィリー!日本に行くのは何時なの?」」
ヘンゼルとグレーテルの食いつきは想像以上で、ヴィリー達も計画した甲斐があったとしみじみ感じ入った次第。ただ物を買ってあげるよりも、記憶に残り身に着く経験をさせてあげたいという思いが、報われたように感じたからなのか。理由はなんであれ、双子が喜んでくれたという事実がすべてだった。
一刻も早く日本に旅行に行きたいと前のめりになった双子に気圧されながらも、ヴィリーは鷹揚と応じて。
「そんなに先の話じゃないよ。来年の新学期からは学校に通えるように、今年の夏休み頃にあっちへ行くつもりだよ。問題なければ、しばらくは向こうで暮らすつもりだから。その心積もりをしていてね?」
双子からの質問に、ヴィリーは小さく微笑みながら答えた。
「え!?あっちで暮らすの?じゃあ、こっちのお家はどうなっちゃうの?」
ヘンゼルが聞くと、これにはバラライカが答えた。
「いつでも帰って来れるわよ?日本にも新しくお家を建てるだけ。お家が完成するまでは、ウチの系列のホテル暮しだけど、そんなに長い期間じゃないし。これはこれで楽しいと思うわ」
「わぁ…姉様、聞いた?僕たち、ホテルで生活するんだって。毎日、食べ放題とかなのかな?」
「兄様、私、なんだかワクワクしちゃうわ。どんなところなのかしら?お家と違うなんて、不思議な感じね」
バラライカの答えを聞いて安心したのか、二人の興味関心は、今度はホテル暮らしに向いたようだ。あーでもない、こーでもないと楽しそうに話し合う姿は、未知へのワクワクを共有する子供らしさに充ち溢れていた。
それは何も考えずとも、悩まずとも、バイタリティが次から次に湧き出してくる、無垢なる幼少期の特権に違いなかった。ヴィリー達は、双子のこの青さを、あくまでも世界の残酷から守り通すためならば、如何なる手段も厭わないだろう。
「さぁ、この話はここでおしまい。冷めないうちに食べちゃおう。ご飯は、なんでもそうだが、あったかいのが一番美味しいからね」
頃合いを見て、ヴィリーがそう音頭を取った。彼が手を合わせるのに、全員が自然と倣う。そして…
「「「いただきます」」」
「「いただきまーす!」」
汁物が味噌汁なので、主食は自ずからご飯に決まっていた。ヴィリーは箸で。彼以外はまだ慣れないようで、スプーンで白ご飯を食べる。
ハンバーグを切り分ける、ナイフとフォークが皿と触れ合う音が、カチャカチャと鳴る。その音は、不思議と下品に聞こえない。寧ろ、食欲をそそる響きなのだ。
炒めていない玉ねぎを肉と一緒のタイミングで蒸し焼きにしているからか、その食感はシャキシャキとしていて、甘みもダイレクトに伝わってくるお子様好みの味と言えた。無論、大人にも大好評の味だ。
「うん…うん…やっぱり、ハンバーグはコレじゃないと」
「むぐむぐ…ごくん…うん、やっぱりお母さんのハンバーグが一番美味しいね」
「ふふふ…そうね、私も、お家で食べるハンバーグが一番だと思うの」
ヴィリーが感慨深そうにそう呟くと、ヘンゼルとグレーテルも口の端にデミグラスソースを付けたり、びよ~んとチーズをとろけさせながら言った。
「そ、そうかしら…横着してるだけなのだけれど…ねえ、ロベルタ?貴女はどうなの?」
バラライカは照れ隠しなのか、食器の配膳担当であるロベルタに水を向けた。
「え?私、でございますか?」
「そうよ。貴女よ」
聞かれたロベルタは視線を左右に彷徨わせて、小さく汗をかきながら、恥じ入るように顔を赤くして答えた。
「ええと…その…私は、食べる専門ですので、あの、美味しいですとしか…」
「あぁ…ごめんなさい、そうだったわね…忘れていたわ」
彼女の家事仕事が壊滅的であることを、メイド姿が板につきすぎてすっかり忘れていたバラライカは、気づいた途端に向かい合うロベルタと互いに目を逸らし合うのだった。
賑やかな食卓というものは好いもので。食事時はいつも以上にノリのいいヴィリーのユーモアセンスのお陰もあり、また多弁で何でも話したがるお年頃の双子の存在もあり、夕食時は特に話題に事欠かないのである。
こういう時間があるのとないのとでは、全く違う。
血が繋がっていなくとも、同じ釜の飯を、同じ時間に、同じ空間で言葉を交わしながら一緒に食べることは、集団の連帯を否応なしに高めるのだ。そのことを若干名が実体験として積んできたこの家族は、発足してから一年ちょっとばかしだというのに、濃厚な関係性を育みつつあると言っても過言ではないだろう。
夕食を食べてから、食後のデザートにアイスクリームもぺろりと平らげた双子は、ヴィリーを連れて階段を上がった。今日は双子がヴィリーを挟んで眠る日なのだ。バラライカとロベルタは寂しく独寝だが、これは悪い話ではない。次の日に「独寝で寂しかった」のを理由に、ヴィリーをベッドに押し倒せば済む話だからだ。だが、それは大人組の特権であるから、今日のところはお誕生日の双子に、大人の余裕で譲ったわけである。
双子にはそれぞれに個室を与えている。ベッドもそれぞれに。勉強机もそれぞれに。クローゼットもそれぞれに。だから、双子が揃って眠るときは、いつもはヴィリーと誰かが一緒に寝ている主寝室で眠ることになるのだが、ここにある大きなベッドの上で飛び跳ねるのが、双子の中では人気が高いらしい。
「ははは!ねえねえ、見てよヴィリー!こんなに跳ねるんだよ!」
ベッドの上をぴょんぴょん跳ねるヘンゼルを見ていると、ヴィリーの袖を引く者が…振り返るとグレーテルが呆れた様子で首を振っている。子供なのに、なかなかに様になっていた。
「もう、兄様ったら。そんなにはしゃいじゃって…ヴィリー?今日は私のベッドで二人で寝ましょう?」
言うことが子供の言うことではなかったが…ヴィリーが何か言うより早く、それに気づいたヘンゼルがベッドで跳ねた勢いをそのままに、グレーテルの近くに着地して詰め寄った。
「あ!ズルい!姉様ってば、すーぐにそうやって大人ぶるんだから~。自分だって、いつもはぴょんぴょんしてるくせに!」
ヘンゼルに暴露されて、グレーテルは大人のレディ宛らの恥じらいぶりで、ムキーっと怒って見せた。カワイイ。
「兄様!そのことは秘密って約束でしょう?」
「抜け駆けするのが悪いんだよ!」
ヘンゼルとグレーテルがポカスカやり始めてしまったので、ヴィリーは近所迷惑のことも考えて二人をひょいっと抱き上げると、ずんずんベッドの方に向かって行った。
因みに、家の周辺は住宅街が丸ごとホテル・モスクワの所有地であり、各家に住んでいるのも選り抜きの構成員やその家族ばかりである。城下町の大名屋敷が如き様相を呈しており、このような街そのものを支配下に置く様式はロシア以外の各国にある、ホテル・モスクワの要地でも同様に行われているものである。
「つーかまえた!よし!寝るぞ!」
「うわ~!ヴィリ~!放してよ~!あはは!」
「きゃぁ~!ヴィリーに襲われる~!」
「まぁまぁまぁまぁ~…ね?ね?もう夜だから。ほら、はいっ!ごろーん!」
「わ!」「きゃぁ!」
無邪気な声を両脇から浴びながら、ヴィリーはくすくすと笑いを漏らしつつベッドに向かって一息に倒れこんだ。優しい鳴き声が二つ上がって、胸元あたりに双子の息がふぅふぅ当たってこそばゆかった。
「ふふふ…くすぐったいよ」
ヴィリーが言うと、双子があからさまに鼻息をフンフン強くしたり、口先をぴったりくっつけて「フーッ」と熱い息を吹きかけたりした。
「あ、ちょ、熱いって…ふ、あはは、くすぐったいって…もう~、寝ない子だ~れだ?ん~?この子かな?それとも、こっちの子かな?」
擽り地獄に晒されたヴィリーは一通りイタズラを受け止めてから、双子に反撃を開始した。ワキワキと手を動かしてやると、双子は逃げる代わりに、楽しそうに身を縮こませた。そして、懲りずにまたフウ~フウ~…ヴィリー、キレた。
「あ、ちょっと!ヴィリー、くすぐったいよ!あははははは!ふふっ…ふふふっ…えへへ!」
「あははははは!あ、ヴィリー!ダメ!くすぐったいわ!そんなとこ、ダメぇ~!うふふふふ!」
「降参!降参します!負けたから!もうやめてよ~!」「ふふっ…あははっ!苦しい、息が…もうムリぃ~!」
無慈悲なヴィリーの擽り攻撃が双子に襲い掛かる。お腹や脇を重点的に擽られて、こちょびたさに敗北した双子は青息吐息で白旗を上げた。双子は涙まで浮かべて、笑いつかれてぐったりしていた。
「よし、これくらいでいいだろう。…どうだ?寝れそう?」
ヴィリーは「ふぅ~」と大きく息を吐いて、それから寝る場所を身動ぎしてポジショニングすると、腕を広げて双子に差し出した。
「さ、おいで…俺はもう寝るよ」
「ふふ…うん。おやすみ…ヴィリー」「おやすみなさい、ヴィリー。また明日ね?」
「うん…お休みなさい。ヘンゼルも、グレーテルも」
ヴィリーが瞼を閉じるのを見届けてから、双子は彼の腕を枕にして、自分たちも瞼を閉じた。それから、彼の胸元に顔を寄せて、全身でぎゅっと抱き着いた。
三人の体温が混じって、温かかった。心音が共鳴するように、互いの体を震わせる。生きている。
どれだけ必死に一日を生きても、やっぱり、どこかなんとなく過ごす時間が生まれてしまって、それがどうにも愛おしかった。有難い日常の中で、当たり前の繰り返しの中で、ふとした瞬間に思い出して、幸せを嚙み締める。今日、食べたご飯の内容を、味もメニューも、二三日も経てばキレイさっぱり忘れてしまうんだ。それが寂しい。でも、今日もご飯を食べるし、誰かと一緒に寝たり、一人で寝たりするんだな。何でもないような顔して、寝てしまうんだろうな。それでまた、朝が来る。昼も来れば、夜も来て。それでいつかは朽ちて死ぬ。
それまで、頭の中を空っぽにして、理由も意味もわからないままに、でも無性に有難くて幸せな瞬間の連続を、この先も幾らでも重ねられれば、いい、なぁ…なんて。
夜。双子とヴィリーがすっかり寝静まった頃に、彼らの寝顔を見に来たバラライカとロベルタの姿があったとか…。そんな話。