まさかバケツもエニシ君がまだ生きているとは思うまいヒッヒッヒ………!
さて、今回から暫くにかけて、エニシ君とネーティルちゃの天国時代のお話をしていきます。
はてさて、皆様の考察は合っているのでしょうかねぇ?
「はぁっ………はぁっ………っ!」
激しい雨が大地を打ちつける中、黒いスーツを身に纏った一人の少女が、息も絶え絶えになりながら街のはずれを必死に走っていた。既にスーツは泥で汚れ、あちこちが破けている。顔につけた狐の面のような仮面はひび割れ、そこから露出している獣耳もぼろぼろだった。
しかし、彼女は止まろうとせず、一心不乱に走り続けていた。
「ここまで………っ、くれば、っあ………!?」
どうにか追っ手を撒き、少女は安堵するが、後方に意識を向けていた為か、急な傾斜に気付けなかった。足を踏み外した少女は体勢を崩し、でこぼこな崖を転がり落ちていき、そのまま崖の下で倒れ伏した。
(だ、め………もう、動く、力も─────)
泥だらけでボロボロな彼女に、もう力など残っておらず、そのまま意識を失った。
「ん?こいつって………?」
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「………っ、ここは………?」
目を覚ますと、彼女はいつの間にかベッドの上で横になっていた。体を起こし、周囲を見渡すと、そこはネーティルの自室ではない───尤も、彼女の家は既に存在しないが───全く知らない部屋だった。
部屋の中は若干散らかっており、扉付きの棚をよく見ると隙間から色々なものがはみ出ている。が、彼女の寝ているベッド周りだけはかなり綺麗に片付けられている。大急ぎで片付けでもしたのだろうか。
「どこじゃ、ここ………って、あれ?」
彼女が自身の格好を見ると、ボロボロで汚れていた筈のスーツはしっかり修復されており、よく見ると粒子操作特有の煌めきが残っている。
(誰かに連れ去られたのじゃろうか───それにしても、何か………言葉にできない安心感というか………落ち着く感じがするのぉ)
形容しがたい心地よさに、少女の緊張の糸が少しずつ解れていく。
グゥ~
「っ〜〜〜〜///」
少女の空腹を示すブザーが、部屋全体に響き渡る。誰もいないとは言え、年頃(?)の少女にとって恥ずかしいものであったのか、赤くなった顔を隠すように布団にうずめる。
そんな時、部屋の扉の隙間から、美味しそうな匂いとともに、調理をするような音が、微かに聞こえてきた。
これまでの事を思い出し、彼女は少し躊躇ったが、3大欲求の一角を務める食欲には敵わず、ベッドから降り、その扉を開けた。
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部屋を出て廊下を進んでいくと、少し広めのリビングキッチンに出た。キッチン部分では、一人の青年が歌いながら料理を作り続けている。
「青く澄んだClear sky♪突き抜けてくこの思い♪待ち焦がれた奇跡を───」
(儂をここに連れてきたのは、あやつなのか………?)
歌詞を覚えきれていないのか、所々に鼻歌に切り替わりながら料理を続ける金髪の彼は、天使服の上からエプロンを着用しており、頭の上には鮮やかな緑色のヘイローが、彼の腰からは同じく鮮やかに輝く二対の翼が生えている。
(天使、か)
天使。それは天国に住むことを許されている人種の一つであり、彼らは本来、少女のような死神という存在を忌み嫌い、恐れている。
拉致にしては、部屋に鍵をかけることもなく、青年もイヤホンをしているようで、警戒が緩すぎる。むしろ、これではまるで─────
(─────儂を、助けたとでも言うのか?)
そんな訳がない。そんな事をする理由が、彼にあるとは思えない。そう言わんばかりに、仮面の奥で彼女の目が細く、鋭くなる。
(だって、儂は………)
「───あー、そんな見られ続けてるとやりづらいんだが」
「へっ!?」
彼女の思考がマイナス方向に振り切れかけた時、青年が苦笑いしながら少女に話しかける。まさか気づかれているとは思わなかったのか、彼女は素っ頓狂な声をあげて驚く。
「というか、もう動いて大丈夫なのか?いくら万能の粒子操作でも、多少外傷を治すだけで疲労とかは取れないしな」
「あ、うん。もう、大丈夫………じゃ」
「そうか。んならそっちで座って待っててくれ。今飯を用意するから」
青年が片手で指し示した方向は、木製のちゃぶ台が置かれた窓際のスペース。すぐそばには横長の棚の上に置かれたテレビと、座布団の山がある。
拒否したら面倒なことになるだろうと勘ぐった少女は、大人しく座布団を1枚敷き、そこにちょこんと座る。窓の外を見ると、既に雨はやんでおり、雲一つない快晴になっていた。
「ほい、おまちどうさーん」
少しした後、カトラリーケースと小さめのスープボウル2つを乗せたお盆を持った青年が、キッチンから出てちゃぶ台までやって来る。
近づいてきた匂いにつられ、少女は目の前に置かれたボウルの中の料理をのぞき込む。
「おぉ………っ!」
振る舞われた料理は、クリームシチュー。具材は目に見えて柔らかいほどに煮込まれており、優しい香りが少女の食欲を刺激する。
が。
「………」
「………別に取り調べでも何でもないし冷める前に食べてくれんかね」
咄嗟にこれまでの事を思い出した少女は、毒でも入ってるのではと疑い、必死に口をつぐんで食欲との死闘を繰り広げる。対角線上に座る青年も、気まずそうにそう話しかける。
「っ………!〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「そんなに拒否することある???」
まるで子供がピーマンを食べないかのように、少女は必死に口をつぐむ………どころか顔を背け、目を固く瞑る始末。流石の青年も少し堪えたのか、若干悲壮感の混じった問いを発するのだった。
「………………ごちそうさま、なのじゃ///」
「はい、お粗末様」
数分後、部屋の中には、本能との戦いに無事敗北し、出されたシチューを完食するどころか2回ほどおかわりもしてぺろりと平らげ、我に返って赤面する少女と、本来なら作り置き用で多めに作っていたシチューを約6割胃袋に吸い込まれ、明日以降の献立を考え直しながら食器を片付けていく青年がいた。
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「改めて、まず自己紹介でもするかね。俺は善意の天使。人によっては[ゼイン]ってあだ名で呼ぶ奴もいるけど、まぁ好きに呼んでくれ」
「………ネーティル。聖・ネーティルじゃ」
洗い物を片付け、改めてちゃぶ台を挟んで向かい合った2人───もとい、善意の天使と聖・ネーティルは、ようやく互いに名前を教えあった。
「とりあえず、ネーティル。何があったか詳しく聞く気はないが、これだけは聞かせてほしい。帰る場所はあるのか?」
「いや、もうない。………仮に新しく作り直しても、またすぐ壊されてしまうことじゃろうしな」
そうして、ネーティルは思い返した。これまでの事を───
「お主ら、何の話をしとるんじゃ?儂も混ぜて───」
「ひ、ひぃっ!?近寄るな死神!!この、化け物めっ!!!」
「えっ………儂は、何も………」
「なぁ、知ってるか?あそこのチビの死神、獣人との混血らしいぜ」
「なんだよ、あいつ。死神らしくねぇな………気持ち悪っ」
「………」
「おい、なんだこの死神?こんな奴なら僕達でも勝てるぞォ!」
「いっ、痛………!?このっ、やめ───あぐぁっ!?」
「ほらほら、少しはやり返してみろよ、雑魚死神ちゃ〜ん?」
「アンタなんかがいるせいで最近天使と死神のパワーバランスが変わってきてるのよ!ほんっと、どうしてくれんの!?」
「ち、違………儂は、ただ─────」
「あーもー、気分悪………
アンタさ、なんで生まれてきたの?」
「─────い!おい、平気か!?」
「………っあ」
彼に声をかけられたことで、記憶の茨に蝕まれかけていたネーティルの意識は、一気に現実に浮上する。焦った彼の顔がネーティルの鼻先にまで迫ってきていたが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
ネーティルの顔からは血の気が引いて青ざめ、呼吸も乱れ、指先は酷く震えていた。
「悪い、無神経だった。嫌なこと思い出させて───」
「ちがう、わしがっ、わるいんじゃっ………わしが、うま、れてきた、せいっで………こんなっ、こんな、ことには………っ!」
「ッ!」
彼は、ネーティルを抱きしめた。
優しく、強く、温かく、抱きしめた。
しばらくして、一人の少女の泣き声が、部屋を満たした。
善意の天使
天国に住む天使の一人で、天使の中でも上位に位置する「善意」を司る。「善意は全員を幸福にするものではなく、誰かを不幸にさせない為のもの」というスタンスを徹底しており、困っている者がいれば例え誰であろうと力になろうとする。但し、それが下心ある者や罪を犯した者、筋の通らない者に関しては別であり、助けるよりも先に反省を促すなど、彼なりの線引きをしている模様。
優しく温厚な性格で、基本的には争いを好まない。が、一度彼のスイッチを入れると別人か疑うほどに徹底抗戦を始める。甘いものが好きで、最近はアイスクリームにハマっている。
次回予告
-4話 小狐同棲