労働でメンタルがガリガリ削られていく生活のせいで更新遅くなりました。おのれ労働
「───落ち着いたか?」
「………うん。すまぬな、服を濡らしてしまって」
数分、あるいは十数分経った頃、ネーティルの目から溢れ出す涙も勢いを失い、何となく気まずい雰囲気が辺りを包んでいた。
片や無神経な発言のせいでうら若き乙女を泣かせ、片やトラウマによって人目を気にせず泣きじゃくっていた。お互い羞恥やら後悔やらが頭の中で渦巻き、話を切り出すタイミングを見計らっていた。
「………じゃが、何となくスッキリした気がする。誰かと話すのって、良いものなんじゃな」
「………」
「───それじゃあ、そろそろ儂はお暇とするかの。これ以上いれば、お主の迷惑になってしまう」
「ん?」
満足したかのように座布団の上から立ち上がろうとするネーティルに、善意の天使は思わず声が漏れる。
「待て待て、どこへ行くつもりなんだ?」
「決めとらんが、これまでも行く当てがないのは同じじゃった。まぁどうにかなるじゃろ」
「それであんなボロボロになったんだろ!?またあんな事になるつもりか!?」
「………だとしても、お主にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかん。飯と話を聞いてくれた礼が何もできないのは、許してくれ」
善意の天使は彼女を止めるが、ネーティルは聞く耳を持たず、座布団を片付け、出ていく身支度を進めていく。
そして、善意の天使は気づいた。先程の泣きじゃくっていた時のネーティルの目に確かにあった光が、今のネーティルの目からは再び消えてしまっている事を。
そして、彼は決心した。
「なぁ、ネーティル。行く当てがないって言ったよな」
「あぁ………それが何じゃ?」
「なら、ここに住まないか?」
「………っえ、はぁ!?」
突然の同居………若しくは同棲、あるいはシェアハウスの誘いにネーティルは素っ頓狂な声をあげる。
「おおおお主、自分が何を言ってるのか分かっておるのか!?!?だ、男女が一つ屋根の下で、く………暮らすなんて、ふしだらな………!?///」
「………何想像してるのかは聞かんぞ」
マスク越しでも分かるほど顔を赤くし、動揺したネーティルはあわあわとまくし立てる。善意の天使は言いたいことを何となく察したのか、後頭部を搔きながら目を逸らす。
「別に、傷ついた奴に飯だけ与えてそのままサヨナラってのは、俺が納得できない。ましてや、それがお前みたいな奴なら、尚更な」
「………儂に同情しておるのか」
「してないと言えば嘘になるな」
「っ、儂は───」
「でも」
声を荒げて反論しようとしたネーティルを、善意の天使は静かに、優しく止める。感情が入り混じり、震えるネーティルの手を、善意の天使の手が優しく包み込む。
「俺は、お前を助けたい。同情とか、下心とか、そういうのはどうだっていい。ただ、お前の力になりたいんだ………!」
「………その言い方は、ずるいでないか。まるで儂が頼んでるみたいで」
「うっ………」
「おまけに女子にかける言葉としてはまず間違いなく0点じゃな」
「ぐぅの音も出ない………」
俯くネーティルの言葉を受け、善意の天使はバツが悪そうに項垂れる。それを見たネーティルはくすくすと笑い、窓の外を眺めながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「儂は、すごく駄目な奴じゃ。ぶきっちょじゃし、面倒くさいし、社交性なんてあったもんじゃない。それでも………それでも、よいかの?」
「それを言えば、俺だって掃除は下手だし、すぐキレるし、KYで気遣いもろくに出来ない奴だ。
これから、よろしくな」
善意の天使が差し伸べた手を─────
「………世話になるのじゃっ!」
─────ネーティルは、迷うことなく取った。
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その後、粒子操作で家に部屋を増築し、ネーティルの要望に合わせた家具も生成した結果Tエメラルド不足で疲れ果てた善意の天使に勧められ、ネーティルは風呂場で湯船に浸かっていた。
「─────っはぁ〜………!」
粒子操作では取れない体の疲労、痛み、緊張感─────前はいつ感じたのかも分からない温かさに体を包まれ、ネーティルは大きく息をつく。
口元まで湯船に浸かり、息を吐いてぷくぷくと泡を立てながら、一人の時間をゆっくりと楽しむ。
ふと、彼女は自身の体を見る。傷や痣にまみれた、醜い身体。元々は生えていた尻尾も、迫害の際に引き千切られてしまい、今は根元がほんの少しだけ残っている。
「………ヴィス ヴェニタス ヴェニヴェル─────」
体も少し回復してきた為、再び使えるようになった粒子操作を用いて、傷を治そうと試みるが、踏みとどまる。
(この傷は、残しておこうかの………)
自身が負ってきた道筋を、この先も忘れない為に。この傷を、聖痕へと昇華し、痛みを忘れない為に。
「………のぼせる前に、上がるとするかの」
生成し直した服に身を包み、バスタオルで髪を拭きながら洗面所から出ると、何処からか言い争うかのような声が聞こえてきた。
「外からかの………?」
リビングの窓からそっと外を覗いてみると、二人の天使と善意の天使が玄関先で言い争いをしていた。
「さっさとあの狐を渡せ!ここにいる事は分かっているんだ!」
「あの忌み者は天国を汚す汚物だ!我等の手によって裁きを受けるべき存在なのだ!」
「………寝ていいか?」
………尤も、彼は全く相手にしていないようだが。
(儂を、追ってきた奴らじゃと………!?)
言い争いをしている二人の天使は、これまで特に執拗にネーティルを狙い、傷つけてきた二人の天使だった。確かに撒いたと思っていた奴等にまだ追いかけられていた事に、ネーティルは体を強張らせ、再び恐怖が湧き上がる。
「善意を司っている程度で貴様如きが驕るな───!」
「分け与えることしか脳のない男は引っ込んでいろッ!」
「頭いてぇ」
ただひたすらに怒りを喚き散らかす天使達に対して、粒子不足と上昇気圧により体調が優れない善意の天使。もはや言い争いとしてすら成り立っていない。
「───念のため聞くんだが、お前らはその狐?って奴をどうするつもりなんだ」
「決まっている、あの女狐を捕らえ、黒薔薇に差し出してやるのだ!」
「生まれ損ないの死神など、我等が手を下すまでもない。同じ死神同士で手を染めさせるのだ!」
「黒薔薇………!?」
その二つ名を聞き、ネーティルは震え上がる。
聖・リアバ。天国でその名を知らぬ者はそういない、並外れた力を持つ死神の一人。彼女に歯向かうものは、例え天使だろうと同じ死神だろうと、彼女の剣の刃の錆になるという─────。
そして、ネーティルは最悪の想像をしてしまう。
(………あ奴が、儂を差し出す?)
そうすれば、力の弱いネーティルは抵抗虚しく連れて行かれ、リアバの手によって八つ裂きにでもされてしまうだろう。
ネーティルは一層体を震わせ、手を胸元でぎゅっと握りしめる。目には涙が浮かび、その顔からは酷く恐怖している様子が鮮明に分かる。
「あー、そうか」
しかし、ネーティルの想像を反し、善意の天使の反応はとても淡泊としているものだった。彼は右腕を持ち上げ、掌に粒子を集める。
「ヴィス ヴェニタス ヴェニヴエルム」
彼は再び粒子操作を行い─────
─────鈍い鋼色の直方体のような形をした、無骨なロケットランチャーを生成した。
「「は?」」
「悪いが、俺の大事な同居人に手を出すってんなら───」
次の瞬間、彼は淡く輝く翼で力強く羽ばたき、空へと飛び上がる。
そして、両手でしっかりと狙いを定める。
「─────同じ分手を出される覚悟をしてもらうぞ」
素早くトリガーを4回引き、4つの銃口から、次々とロケット弾を発射する。
「うわぁぁぁぁっ!?」
これには裁判官気取りの天使二人も想定していなかったのか、慌ててその場を飛び退き、間一髪爆発から逃げ延びる。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?!?」
そして、恐怖が臨界に達した天使たちは、慌ててその場から逃げ去っていった。
「………よし」
「何が「よし」じゃ!?」
「おぁ痛って!?」
いつの間にか外に出たネーティルが、静かにガッツポーズを決める善意の天使を思いっきりひっぱたく音が、辺りに響くのだった………。
次回予告
−3話 小狐鑑賞