かなり遅くなってしまい大変申し訳ない………
ネーティルが善意の天使との同棲………同居………シェアハウスを始めてはやひと月が経過した。
相変わらず彼女を執拗につけ狙う天使は存在しており、善意の天使が不在の日中によく家の前で抗議団体のごとく座り込んで喚き散らかす日々。最初こそ正面から応対していたが、次第に苛立ちを覚えた善意の天使が某黒薔薇に土下座して頼み込み、教わったブービートラップなり各種罠を仕掛けるなりしてそもそも近づけさせないようにし始めた。
その結果、善意の天使はなぜか軍事スキルを、ネーティルは表向きは匿われているという都合上外に出られないため、基本的な家事などを覚えた。二人揃ってスキルツリーの成長方向が急カーブをかけているのだ。
特にネーティルの家事スキルの向上スピードが凄まじく、2週間と経たない間に炊事、掃除の基本的な事は大体を覚えてしまったほどである。これまでただ生きてくる為だけに使ってきた脳のキャパシティに余裕ができた事が主な要因だろうか。
そうして、二人での生活に慣れてきた、そんなある日の事だった─────。
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「ふぁあ、ぁ………おはようなのじゃ」
「お、起きたか。ずいぶんぐっすり寝てたな。顔は?」
「洗ったぞ」
「歯は?」
「磨いてきた」
「おし、朝飯もうできてるから食べちゃいな」
「お主は儂の親か?」
若干ジト目になりつつも、いつものスーツにいつものマスクを着用したネーティルは座布団に座り、ハチミツたっぷりの4段パンケーキを食べ始める─────本人曰く「例え朝だろうと甘い物ならいつだってどんな量でも大歓迎なのじゃっ!」とのこと─────。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でしたーっと」
「おっと、皿洗いは儂がやるから、お主はゆっくりしておれ」
あっという間にぺろりと平らげたネーティルは、片付けようとする彼の手を制し、自分でキッチンに入って片付けを始める。
目先の家事がなくなり、とりあえずやる事を探す彼だったが、洗濯は既に終わり、掃除をするほど汚い場所はない。ブービートラップも整備済み………詰みである。
「やる事ねぇな………少し早いけど墓参りでも行くか………?」
欠伸をしながらそう呟いた善意の天使は、身支度を整えるべく自分の部屋へと向かおうとする。が、皿洗い中のネーティルが声をかけた事で、彼の足は止まることとなる。
「お主、やる事ないならこの後儂に付き合ってもらえるか?」
「何かしたいことでもあるのか?」
「それはあとでのお楽しみっ!とりあえずコレが終わるまで待つのじゃ」
そう言った彼女は普段の3倍のスピードで皿洗いを進めていく。そんなにやりたい事ができたのか、と少し感慨深くなった善意の天使は、一先ず彼女の話を聞いてから考えようと、再び座布団へ座り直した。
「映画が見たい?」
「うむ!」
急ぐ余り皿を落として割りかけたネーティルだったが、何とか無事に終わらせ、向かい合って座る善意の天使に、自身のしたいことを伝える。何でも、数日前に掃除機をかけながらテレビを流し見していた所、面白そうな映画のCMが流れてきたらしく、
「別にいいけど、何を見るんだ?」
「えーっと、どこにやったかの………っと、あったあった。これじゃ!」
テレビの横の棚をがさごそと漁り、ネーティルが取り出したのはブルーレイのパッケージ。両手で持ったまま彼の方に見せつける其れは、ここ最近続編を上映していることで有名な、パニック映画モノの1作目だ。
「天聖シャーク………名前だけなら聞いたことあるが」
「うむ。今やっとる天聖シャーク2-根源戦記-もどうせなら見たいが─────流石に日中に外を彷徨くと面倒なことになってしまうからの」
そう言いながら、寂しげに窓越しの青空を眺めるネーティルの様子に、善意の天使は胸を締め付けられるような痛みを感じる。家へ近寄らせない対策はしたものの、結局外に出てしまえば、迫害の対処は善意の天使に任せっきりとなってしまう。
(せめて、家の中でくらい、楽しませてやらないと、な)
「………よし、んじゃ今日は映画デーだな」
彼がそう言うと、ネーティルの表情が途端に明るくなる。その破壊力は凄まじく、もう少し先の未来にこれを初見で食らっていたら、善意の天使は鼻血を吹いてノックアウトされていただろう。
(可愛い………)
少し赤くなった顔を隠すように、彼は鑑賞中に食べる用の軽食を用意しに、足早にキッチンへと入っていった。当のネーティルは、二人きりでお家デート的な事をできることを、隠す気もなく満面の笑みで喜んでいたのだった。
そして、軽食用にハンバーガーやポテト、ソフトドリンクを用意した2人は、奮発して少し大きめのテレビを生成し、部屋を暗くして再生し始めた。
「おい待てなんだ今の奴。サメをしばくガチムチヘラクレス男とか脚本家は普段何食ってたらこんなの思いつくんだよ」
「初手からタイトルまでで既にインパクトが凄いのぉ………」
「え何つまりTエメラルドがある場所ならどこでも出れんのか天聖シャーク。どうしろってんだそんなん!?」
「設定開示のテンポ早いのぉ………あぁ、この映画1時間半もなかったのじゃったな」
「鐘の音鳴らしながら緑色の光に包まれた背びれが沢山迫ってくるとかどんな恐怖映像だよ………」
「初見のインパクトだけで勝負決めに来とるの凄いんじゃが、情報が整理しきれん………っ!」
「えぇ………粒子操作までしだしたら勝ち目ないだろ………」
「元より勝ち目あったかの………?」
「あ、最初のヘラクレス筋骨隆々男じゃ」
「こいつの強さは一体何なんだ!?!?!?」
「………なんか、急に特撮路線に舵切ってきたのぉ」
「もうツッコまないぞ俺は」
「おお………クズ天使市長、パチカスクソ博士………お前ら第1印象酷かったのに、1時間足らずで立派なコンビになったなぁ………」
「絶対この俳優さん達売れるじゃろ、間違いない」
「………まぁ、予想はできた」
「キング天聖シャーク………なんか、王冠がシュールじゃの………」
「「マッチョぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
「「いや生きとるんかい!?!?」」
そうして、1時間足らずと経過し、画面には黒バックにデカデカと「終劇」という文字が表示されていた。
「終わったなぁ………」
「終わったのぉ………」
「なんなんこの映画」
「儂が聞きたい」
二人揃って困惑していた。何せ、ツッコミどころがあまりにも多く、わざわざ用意した軽食を殆ど口にできていないのである。
ツッコミやら感想やらをキレ気味に口に出し、そして気になる部分を何度も見返し、挙句続編も観てやろうかと家を飛び出しかけ─────
「………なんか、外暗くないかの?」
「おっとぉ………?」
─────気がつけば、文字通り日が暮れていた。
結局、軽食のつもりで用意していたものを、温め直して何品か追加し、夕食として食べる事となった2人は、既に風呂から上がりリビングでゆっくりしていた。
「今日何もできなかったなぁ」
「………すまぬな。まさかあんなに時間を持っていかれる映画だとは思わなんだ」
「あれは予想できる奴いねぇだろ」
マスクの上からナイトキャップを被っているネーティルの嘆きに、パジャマ姿の善意の天使は速攻で擁護する。
あんなイカれ具合しといてレビューが軒並み高評価ばかりなのが謎でならない。考えれば考えるほど頭に?が浮かび続ける善意の天使とは対照に、座椅子にもたれてぼんやりと天井を見上げるネーティルの表情は、何処か優れないままだった。
「どうした?そんなに理解できない伏線でもあるのか?」
「いや、其れも少しはあるが………」
「………のう、お主は、どうしてあの時儂を助けたのじゃ?」
「………?」
唐突な質問に、彼は頭に新たな?を浮かべる。
「………映画に出てきたクズ天使社長は、やり方こそ悪かったが、天国が大好きで、守りたかったからこそあそこまで頑張っておった」
「そこで、儂は考えたんじゃ。儂を………いや、儂だけじゃない。お主は周りの者全てを助けようとする。単に善意を司っているだけじゃ、そんな立派なことをする説明がつかぬ」
ネーティルは立ち上がり、立ったまま話を聞いていた彼の目と鼻の先まで迫り、その手を握る。
「っは、おい………!?」
「教えてくれ。お主をそこまで動かすものは何なのじゃ?何が、お主にそこまで勇気を与える?」
彼の右手を、自身の両手で包むように握りながら、見上げるように善意の天使の瞳─────その奥にあるナニカを見つめる。
顔を赤く染めながら、彼は意を決したかのようにネーティルに話しかける。
「分かった。なら明日、俺の用事に付き合ってほしい」
「………今朝言っておった、墓参りか?」
「あぁ。その時に、全部話す。今日はもう遅いし、な」
そこで、ネーティルは気づいた。包んだ彼の手は、少し震えていた。顔もどこか不安げで、ネーティルは少し驚く。
(此奴は今までただの一つも弱気なところを見せてこなかったというのに。なら、儂も………)
ネーティルは少し考えた後、納得したように彼の手を離す。
そして、少し距離を取ってから思い切り彼に抱きついた。
「!?!?!?!?!?!?!?」
「そんなに手を震わせて、何を怯えとるのか儂には分からんが………」
衣服越しに伝わる体温と、柔らかい感触に善意の天使は一瞬にしてキャパオーバーを迎え、冷却の為顔から多量の湯気を放出する。
そして、彼女が抱きしめる力を強めるたび、彼女のマスクからパキパキと音が聞こえてくる。
(今の儂の口から出せる、最大の約束を)
マスクに亀裂が入り、ポロポロと破片が落ちていく。
(儂の想いを、此奴の為に)
そして、より一層大きな音をたて、マスクが完全にバラバラに砕ける。
(そして何より、儂の為にも)
頭からペンキを被ったのかと見間違えるほど赤くなった善意の天使から離れ、ネーティルは
「儂は、いつまでどこまで何があろうと、末永ーく、お主の味方じゃっ!!」
彼女が初めて彼に見せた笑顔は、善意の天使の心に、深く焼きついた。
内心照れていた当の本人が、逃げるように階段を駆け上がって自室に向かう様子を見ながら、善意の天使は、そっと呟くのだった。
「………お前は、他の奴等とは違う理由だったって言ったら、どうなるんだろうな」
その顔からは、既に迷いは消えていた。
次回予告
−2話 小狐墓参