君の弾き語りが聴きたい   作:待ってください

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『フラッシュバッカー』

 ライブハウス・STARRYのスタッフ控え室。いつもは慇懃無礼を地で行くクソ生意気な後輩こと水木君は、珍しく恐縮しきりで萎れていた。

 

「お疲れ。大変だったね?」

「……申し訳ありません。僕としたことが、あんなつまらない間違いを」

「まあまあ。ミスしちゃったのはしょうがないし、その後の対応は問題なかったから。お客さんもそんなに怒ってなかったでしょ」

 

 ミスと言っても、それ自体は些細なもの。注文の順番を取り違えて幾らかお客さんを待たせてしまったり、ドリンクを違う人に配りかけたりしちゃったくらい。横であたしがすぐ気付いたからクレームが付いたりはしなかったし、お店に損害が出るような大事じゃない。

 

「ただ、らしくないとは思ったかな。何か、悩みごとでもあったりする?」

 

 とはいえ、最近の水木君はちょっと様子がおかしい。今のも普段要領がいい彼がやりそうもない初歩的なミスだし、それを抜きにしてもどこか心ここに在らずというか。お姉ちゃんもその様子を見かねたのか、頭を冷やせ、と彼をカウンターから追い出していた。

 様子見とけ、とあたしに耳打ちするのがらしいトコだよね。

 

「解決になるかは分かんないけど、吐き出したほうがスッキリするかもよ」

「……そう、ですね」

 

 軽く話を促すと、水木君はこれまた珍しく思いきり顔を顰めた。彼自身、どうやら調子が狂っている自覚はあったらしい。

 

「先日、作詞について後藤さんから相談を受けたのですが、どうも彼女を怒らせてしまいまして」

「怒らせたって、ぼっちちゃんを? ……まーたセクハラでもやらかしたんじゃ無かろうな」

「失礼な。あの弾き語りのように、感性のまま詩えばいいと言ったのです。確かにその際、少々悪ふざけが過ぎたとは思いますが」

 

 その口から出てきたのは……こう言っては何だけど、いつものエキセントリックさからは意外なほどに普通の悩み。でも、あの大人しいぼっちちゃんが怒るなんて何したの。普段が普段だけに、向ける視線も何となく疑わしい物になってしまった。

 

 不機嫌そうにそっぽを向いた水木君。ごめんごめん、と苦笑しつつも、ちょっと引っかかる部分もある。

 

「えっと、”弾き語り”ってぼっちちゃんが時々弾いてる奴だよね」

「はい」

「ドリンクの場所を覚えるのに苦悶したり、喜多ちゃんより仕事ができないって嘆いてたやつだよね」

「はい」

はいじゃないが

 

 真顔で力強く頷く水木君。普通とか言った直後で悪いけどごめん、こういう奴だったわ。

 初めて会った時の道中でも「素晴らしい弾き語り」とか言って、ぼっちちゃんに腕を捻られていたっけ。そりゃあんまり擦ってたら怒るよ。

 

「あの歌詞の絶妙に後ろ向きな感性と、旋律の美しさのギャップ。それが愛らしく親しみのある弾き語りになるのではないですか」

「良いこと言ったようだけどさあ。要はぼっちちゃんが失敗したり、悲しんだりした歌を聴いて喜んでるってことでしょ。最低だよ」

「人聞きの悪い物言いはやめて頂けませんか?」

 

 呆れ返ったあたしの様子も意に介さず、熱っぽく語られた弾き語りの魅力。こっちに熱弁されても困るし正直引く。「可哀想は可愛い」とも言ってたし、もしかして小動物を虐めて興奮する性癖でも持っているんだろうか。

 思わず一歩後退りしたあたしに、彼は心底不服そうに口を尖らせた。

 

「しかし実際、歌詞に大した意味合いもなく作られた曲もありますしね。「青春」なるキーワードで自縄自縛になる必要はないと思うのです」

「弾き語りはともかく、それは……そうかもね」

 

 まあ、頬杖をついた水木君が言うそれ自体には一理ある。とくに「青春コンプレックス」なる謎の弱点を抱えたぼっちちゃんにとって、青春ソングの制作は苦行と言ってもいい。

 その点、「弾き語りのような暗い感性の歌でも()いい」という彼の主張が、ぼっちちゃんへの真っ当な助言と励ましであることも間違いないんだろう。

 

 コイツなあ……。なかなか感情を表に出さないし、言い方とかやり方が一々極端だから突拍子もなく感じるだけで、こうして話を聞くと彼なりに考えてはいるんだよね。その辺、一見同じ変人でもリョウとはタイプが違う。

 理論武装したうえで変な欲望のまま動いていることもあるので油断ならないけど。

 

「あと悪ふざけって何したの?」

「先行事例の紹介ですかね。例に出したのは、トーキング・ヘッズの『Psycho Killer』と……」

 

 何となく話題を脇道に逸らしたけど、なるほど。タイトルや歌詞の大意こそアレなものの、「ファファファー」というフレーズは可愛いし、キャッチーでもある。彼の主張にも沿ったパンク・ロックの名曲とはいえ、まあ悪ふざけってのも分かるかな。

 けど水木君、トーキング・ヘッズなんて聴くんだ……なんて妙な感心をしていたのも束の間。

 

「SEX MACHINEGUNS の『エレクトリックアンマー Part1』」

「サイテー」

 

 手元のスマホアプリから流れるシャウトで、水木君の株は底値を割った。

 

 

 

 

『いつかお前にも電気あんま』

 

 冷たい床の上で正座したまま、問題の歌詞が書かれたホワイトボードを首に掛けた不届者が項垂れている。

 

「あの、そろそろ許していただくことは」

「ダーメ。あんなに懐いてるぼっちちゃんにセクハラやらかすクソ野郎は、そこで暫く反省してろ」

「ぐぅ……」

 

 腕組みして見下ろすあたしにひれ伏した水木。この構図には胸がすく気分だけど、ダメなものはダメ。というかこの男、まさに建前で理論武装して欲望のまま動きやがって。この際、先輩としての威厳も含めて教育してやろう。

 

 それに、彼には色々と物申したいこともあった。

 

「実際、君があの弾き語りを聴きたがることに悪気はないんだろうけどね。……本人が嫌だって思ったら、それは嫌がらせなんだよ」

「!」

 

 これまでのぼっちちゃんへの意地悪は、あたしが見た限り友達同士のじゃれ合いの範疇だった。でも彼女がはっきり怒ったというなら、それ以上はやっちゃダメだ。彼ら二人の先輩として、そこはちゃんと止めないといけない。

 

 もう一度言うよ。どんなに言葉を飾っても、表現として優れていたとしても。

 

 

あの弾き語りは、ぼっちちゃんが嫌だったり、悲しかったことなんだよ

 

 

「……」

 

 苦々しく傍へ目を逸らした水木君。少しばかり、声もなく呻いていた彼もついには観念したのか、力なく項垂れた。

 

「はい、……申し訳ありませんでした」

 

 まったく。まあ、彼が言う弾き語りの良い所というのも決して嘘じゃないんだろうし、反省もしているらしい。でも意気消沈しているところ悪いけど、あたしの説教にはまだ続きがあるのだ。

 

「そもそも、水木君はその弾き語りが意地悪じゃなくて本当に好きなんだって、ぼっちちゃんにちゃんと伝えてるの?」

「……一応は」

「やっぱりなあ。それも、どうせどさくさ紛れだったりするんじゃないの?」

「ぐっ」

 

 狼狽えながら言葉少なく答えたけれど、じっとりと視線を返せばまた眼を逸らす水木君。

 あたしに言わせれば彼は最初から間違っている。どんな好意だろうと、秘めたままじゃ本当の気持ちなんて分からない。吐き出さなきゃ分かってあげられないのだ。

 

「あのね水木君。君がそうやって変にスカして、自分の引け目や本当の気持ちを隠そうとするのは悪い癖だと思うよ」

「……」

「あの最初のライブの時も、本当は何か事情があったんでしょ。あたし達のバンド活動に距離を置いてるのも、それが関わってるのかな?」

 

 今回のこと以外でもそう。ぼっちちゃんのバイトに付き添ったり、喜多ちゃんの「特別」への憧れに向き合ったり、その二人の特訓にも最後まで付き合ってくれた。口こそ悪いけど、なんだかんだ義理堅いのだ、彼は。

 だからこそ、あの時だけなにも言わずに帰ってしまったことのほうが不自然だ。一見突拍子もない振る舞いにも、彼なりの考えはある。何か事情があったんだと、今なら分かるよ。

 

「まあ、普段は生意気なクソ野郎なんだけどねー」

「色々と台無しです」

「なら先輩への態度を改めろコラ。バンド活動を無理強いしても仕方ないし、今更蒸し返す気もないけどさ」

 

 苦笑いと一緒に手のひらを返せば、水木君は不服そうに呻いた。まったく仕方のない奴め。あたしは小さく鼻を鳴らして、そばのパイプ椅子にひょいと腰掛けた。

 あたしだってみんなの先輩として、仲間として、水木君には感謝もしている。彼のことだって、心配にならない訳がないのだ。

 

「ちょっと、昔話に付き合ってくれる?」

「……。なかなか、唐突な自分語りですね」

「うるさい、そういう所がダメだと言っとるんだ」

 

 こんな時にもこちらを混ぜっ返そうとは呆れた反骨精神である。そうやって人を煙に巻こうとするのがまさに彼の悪い癖なんだけど、少しはいつもの調子が出てきたじゃないか。

 深く息を吐いた水木君。生意気に揶揄を飛ばす口とは裏腹に、背筋を伸ばし、襟元を正したようにも見えた。

 

 あたしも深く息を吸って、幼い日のことを呼び起こす。今となっては大事な思い出だけど……あの頃を振り返るにはまだ、少し息を止めるくらいの決心は必要だった。

 

「あたしね。昔はお姉ちゃんと仲が悪かったし、バンドも音楽も大嫌いだったんだ」

「今のご様子からすれば少々意外だ」

「まあ、小さい頃の話だしね」

 

 正座のまま首を傾げた水木君がちょっと可笑しい。歳の差が離れた姉妹はふつう、姉が妹を猫可愛がりするか、碌な関わりも持たないか。当時のあたし達は後者だった。

 実際に夢を追う同じ立場に立った今なら分かる。お姉ちゃんがバンドに本気で打ち込んでいたのも、子供の駄々に一々構っていられないのも。でも当時のあたしにしてみれば、相手してくれないお姉ちゃんは意地悪に見えたし、バンドも音楽も、家族を家から遠ざけるものでしかなかったのだ。

 

「ちょっと重たい話になっちゃうんだけど。ちょうどその頃、お母さんが亡くなってさ」

 

 交通事故だった。前の日まであたしを朗らかに寝かしつけていたのが噓みたいに、お母さんはあっけなく逝ってしまった。最初は悲しみというより、何が何だかわからないまま泣いていたようにも思う。

 

「お父さんは元々仕事が忙しかったし、お姉ちゃんもお姉ちゃんで、お母さんが死んだことを直ぐには受け止められなかったんだろうね」

「……」

「元々家を空けがちだったお姉ちゃんは、ますます家に寄り付かなくなった」

 

 あたしはひとりぼっちの時間が増えて、段々とお母さんがいなくなったことを実感して。そして、とうとう耐えられなくなった。

 

『もう学校にもどこにもいかない!!』

『もうずっと家にいる!! 何もしたくない!!』

『結べないもん……もうお母さんいないもん!!』

 

 ……本当に、どうしようもない子供の駄々。思い返しても苦笑が込み上げてしまう。

 

「でも、それで帰って来たお姉ちゃんも泣いちゃってさ。このリボンを付けてくれて、初めてライブに連れてってくれた」

 

 これ、お菓子についてた奴だよ? 信じられる? なんて冗談めかして首元のリボンに触れれば、それ”は”店長らしいと彼も揶揄混じりに薄く笑う。

 そしてお姉ちゃんは見せてくれた。夢はどんな辛い時でも道を照らしだす光になるんだって。そこにある全てが輝いて見える、凄く幸せな空間。

 

 大好きになっちゃうよね。バンドも音楽も、お姉ちゃんも。

 

「このライブハウスSTARRYはお姉ちゃんが作ってくれた、あたしのための場所なんだ。本人は認めないけどね」

「……『今はまた、違う思いもある』、か」

「だからどんな形であれ、本音をぶつけないと分からないこともあると思うんだ、あたしは」

 

 目を細めた水木君。あたしは青臭さと頬の火照りを努めて無視して、彼のほうへと目を合わせる。

 

「水木君はぼっちちゃんの弾き語りの、どんなところが好きなの?」

 

 あの赤橙色の階段で階下を見下ろす少年。リョウと喜多ちゃんと、そしてぼっちちゃんを眺める横顔。水木君は時々、何というか……大人のような表情をする。

 彼は普段から大人びた振る舞いをするけれど、そういうことじゃなくて。側にいるのに、どこか一線を引いた遠くからこちらをまなざしている。

 

 でもあたし達は、ぼっちちゃんはここに居る。一緒に居たいのなら、きっとそれじゃダメなんだ。

 一瞬にも、永遠にも思える逡巡。深く深く、長い沈黙。黒曜石のような湿った輝きがあたしに差し向けられる。

 

「僕はひとりぼっちの人間です。家族も、大事にしたかった人も、全部なくなった」

 

「けれど──」

 

 

 抽象的で捉え所もないけれど、身を切るように零れ落ちたその言葉。

 

 

 ……そっか。なんとなく分かった。

 

 ぼっちちゃんの弾き語りが教えてくれた、とても大切な気付き。

 でもそれを大事に想うあまり、彼はその反対の側面を見落としていた。見ないふりをしてしまった。いくら大事に思っていても、本人にとっては悩みで、弱さなんだから。

 

 伝えてあげなきゃ、分かってあげられないよ。

 

「ぼっちちゃんのこと、本当に大好きなんだね」

「……はい」

 

 不思議な感慨が胸に満ちて、あたしは椅子から腰を上げる。水木君の瞳が濡羽色の髪で隠れた。

 偏屈で生意気で、打ち解けなくて面倒臭くて、どこかズレてて、でも友達想い。そんな男の子が不格好に晒した、精一杯の本当の気持ち。

 

 変な奴。

 

 でも、変な所と良い所が繋がっているのが彼らしい。

 

「誰も彼にも、あたしに自分を晒せとは言わない」

「……」

「でも君と同じように、ぼっちちゃんも君のことを心から頼りにしてるんだ」

 

 最初のライブで、ぼっちちゃんがステージに立てたのは水木君がいたからだ。彼の背中という隠れ家があるから、あの子は最後まで頑張れたんだ。

 水木君は歩み寄るあたしを見上げて、こくりと朴訥に頷く。いつもは鋭利に研ぎ澄まされた顔が、迷子のように揺れている。そのギャップに妙に庇護欲をそそられて、腰ほどの高さにある彼の黒髪をくしゃくしゃと撫で付けた。

 

「だからどんなに子供じみててもいい。ぼっちちゃんにも、その本当の気持ちを伝えてあげてよ。そうしてはじめて、動かせるものだってあるんじゃないかな」

 

 目を見開いて、頬を少し赤らめた水木君。でも彼はそのまま、くすぐったそうに目を細める。きめ細かくしなやかなその黒髪の感触。しばらくの間、彼はあたしの手を振り払うことはしなかった。

 

「伊地知先輩。では、ひとつだけ」

「! ……何かな」

 

 そして水木君は、その佇まいを正す。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ脚を崩しても構わないでしょうか。畳ならまだしも、タイルの床で正座は流石に」

 

 えっ、……あっ!? ゴメン! 勿論解いて……。

 

 ……。

 

「……つーんつーん」

「──っ?!」

 

 水木君の側にしゃがみ込んで、その脛を横からチョンチョンとつつく。指がそれに触れるたびに彼は身を退け反らせ、声にならない声を上げて悶絶した。

 あたしの説教にも全く堪えてないツンデレクソ野郎には、向ける視線も白けるというものだ。

 

「だーから、そうやって一々混ぜっ返すんじゃないの。あたしにはそれでいいけど、ぼっちちゃんからは逃げないであげて」

「……はい」

 

 とうとう四つん這いの格好になって身体を戦慄かせた水木君に、改めて念を押す。そうそう簡単には変えられないからこその「悪癖」だとはいうものの、言った側からいつものをやられては流石に意趣返しもしたくなる。

 

 こういう奴だからこその、あの言葉なんだろうけどさ。彼とのやりとりは大変だけど、まあ、可愛いトコもあるよね。

 

 それにしても、フリじゃなく悶えてる水木君も新鮮だなあ。これもお仕置きってことで。

 

「まったく、これに懲りたら先輩をちゃんと敬うんだぞ」

「ぐああ、あの、本当に痺れているのでそろそろやめて頂けませんか……!?」

「……お前ら、何やってんの」

 

 四つん這いのまま頭を抱えて蹲った水木君と、満面の笑みでその脚をデコピンするあたし。様子を見に来たのか、ドアを開いたお姉ちゃんは困惑の声を上げた。

 

 

 

 

 仕事の片付けも終わり、水木君が出口へ向かうその間際。彼は足を止め、あたしのほうに振り返った。

 

「伊地知先輩。先程の忠告について」

「……何? さっきみたいな冗談とか意趣返しなら」

「僕にも、貴女のお姉様のような方が居たのです。僕の弱音を受け止めてくれた方が」

「えっ」

 

 もしかしたら、貴女に少し似ていたかもしれない。水木君はそう僅かにはにかみ、けれどそれは直ぐに泥のような自嘲に変わった。

 

「しかし、僕はどうすれば良かったのでしょうか」

 

 あるいは、彼女のように在れたのなら。

 

 

 

「……忘れてください。後藤さんのこと、ありがとうございました」

 

 何も言えないあたしに深く一礼を返して、彼はもう振り返らなかった。

 

 

 

 

 

「おお! 曲、完成したんだ!」

「うん。原型はできてたし、ぼっちの歌詞が良かったからインスピレーションが湧いた」

 

 週末徹夜で必死に書き上げた歌詞を渡した、まさにその週明けの全体練習。リョウさんは曲を早速完成させて、デモ音源を私達に披露していた。

 もともととてもキャッチーでカッコいい曲だったし、編曲も早すぎる。ロインでもよく書けてるって褒めてくれたけど、リョウさんは凄い。

 

「へえ、やるなあぼっちちゃん!……ってちょっと、出来てたならあたし達にも見せてよー」

「出来たての歌詞見たかったわ!」

「あっ!? ご、ごめんなさいっ! か、歌詞を書くのにむ、夢中で……」

 

 そしてみんなに見せるのを忘れて、私は虹夏ちゃんと喜多さんに詰め寄られていた。あわわわ、で、でも疲労と精神の限界で、ロインで歌詞を送った後直ぐぶっ倒れてしまったのだ。それに()()()()のこともあったし……。

 一人だけ歌詞を知っていたからだろうか。二人をまあまあ、と澄まし顔で宥めたリョウさん。そのまま私の頬をぷにぷにと撫でてくれる。

 

「確かに根明とは言えないけど、刺さる人には刺さる。よくやったぼっち、褒めて進ぜよう。……ふふふ」

「えへへ、あ、ありがとうございます……ふへへ、ふへ……」

 

 初めて私達の曲を作った感慨に浸り、二人でふにゃりと笑い合う。リョウさんが褒めてくれるのも嬉しいし、デモ音源で彼女が歌う私の歌詞。

 私の、私だけの言葉が、歌になって形になる。明るい歌詞じゃないけど、それでも誰かに聞いてほしい、ずっと隠していた私の気持ち。

 

「後ろ向きな焦燥と荒削りな衝動の相剋。──素晴らしい。流石は山田先輩、流石は後藤さん」

 

 そしてリョウさんの言う通り、刺さる人にはブッ刺さっていたらしい。

 さっきから私達の会話をガン無視して、スピーカーの前で浸っていた水木君。影になった表情から目元を爛々とギラつかせ、彼は芝居掛かった大袈裟な仕草で手を叩いていた。そのあまりの熱の籠り様に、心なしか周囲の空気が歪んでさえ見える。

 

「他人事のように。このツンデレクソ野郎」

「水木くんは、つ、ツンデレクソ野郎です!」

 

「なんか謎の仲良くなり方してる」

「私もリョウ先輩と仲良くなりたい! ツンデレクソ野郎!」

「お二方にその妙な言葉を吹き込まないで頂けませんか?」

 

 喜んでくれるのはいいけど、先週のことを思えば白々しく映るのも確か。私とリョウさん、ついでに喜多さんも一緒に水木くんを罵れば、虹夏ちゃんは目を白黒させていた。

 他人への罵倒が友好を深める手段とは如何なものか、なんて本人は不服そうにぼやいているけど。でも「ツンデレクソ野郎」ほど彼を一言で表す言葉は他にない。

 

「ツンデレ云々は置いといて、仲直りはできたみたいだね。ぼっちちゃんのことありがとね、リョウ」

「水木と違ってぼっちは可愛い後輩だし。ビジュアルで売り出せば金になる」

「可愛いの意味が違うと思うんだけど。……水木君も、ちゃんと吐き出せた?」

「……ええ。まあ、その」

「やっぱりツンデレクソ野郎じゃないか」

 

 リョウさんと軽口を交わしつつ、彼に悪戯そうに流し目を向けた虹夏ちゃん。……みんなに迷惑、かけちゃったなあ。でも、胸がじんわりあったかくなった。

 その水木くんはといえば言葉を詰まらせて、リョウさんは呆れながら揶揄を飛ばす。思わず、くふくふと含み笑いしてしまった。こんな風に困っている彼も、あんまり見たことがない。

 

「後藤さんはいいの? この間から何かあったみたいだけど」

「あっ、は、はい。水木くんはツンデレクソ野郎ですから」

「うーん。まあ、後藤さんが納得してるなら」

 

 喜多さんが心配してくれるのはうれしいけど、きゅっと胸元の手を握る。大丈夫、分かってるから。

 会話の隅で、私は今朝のことを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 普段の登校より大分早い時間。校舎の隅っこの、暗くて少し埃っぽいいつもの物置。心ばかりが先走った私を、それでも水木くんは待っていた。

 

 水木くんは悩んでいた私をからかったことを謝って、深く深く頭を下げた。リョウさんは私らしい詞が見たいって言ってくれた。水木くんも自由に詞を書いていいって言ってくれていたのに、私は彼を疑ってしまった。

 そんな私に水木くんは首を振って、僕も伊地知先輩に怒られました、と気まずそうに苦笑いした。

 

「先輩は貴女に本当の気持ちを伝えろと仰いました。それに従うことにします」

 

 少しだけ視線を逸らした水木くんは、けれどもう一度私に目を合わせた。その黒い瞳に、隠し切れない疲労と失望が覗く。

 

「僕はひとりぼっちの人間です。家族も、大事にしたかった人も、全部なくなった」

 

 僅かに震える声でほんの少しだけ明かされた、水木くんの過去。彼が纏う拭いがたい影。

 でもその黒曜石の切先に、わずかに光が灯る。

 

「けれど貴女は弾き語られた。傍からは何でもないかもしれない。しかし貴女自身には切実な悩みと弱さを」

 

 六弦の嵐。猫背の虎。そんな貴女でさえ孤独を抱えている。

 

「あんなに力強く、美しくギターを奏でる貴女でさえ、そうであるなら。本当は誰もが、どこかに弱さを抱えるのなら」

 

 リョウさんの言葉が、脳裏に響く。

 

『何度失敗して、弱音を吐いて、へこたれても、それでもめげずにギターを弾いてる』

『水木は、そんなぼっちが大好きなんだよ』

 

 そうであるなら。

 

 

 

 

「僕もまた、ひとりぼっちではないのかもしれない」

 

 君の孤独が──朝が、眩しい。

 

 

 

 

「僕は貴女の弾き語りが好きです。しかし、それが貴女を傷付けるなら」

 

 水木くんは力無く項垂れる。でも。

 

「あ、『あなたを揶揄するだとか、嫌がらせがしたい訳じゃない。あなたの演奏は素晴らしい』」

「……!」

「自分で言うと、へ、変な感じですね。ふへっ」

 

 私にとっては恥ずかしい黒歴史で、弱さでしかなかったあの弾き語り。けれど水木くんは、そこに泣き出したいほどの光を見ていた。私の歌が、あなたの救いになっていた。

 

 リョウさんを信じてなかった訳じゃない。でも、彼の思いに直接触れて景色が変わった。見慣れていたはずなのに、何もかもが鮮やかに揺れて色付く。その中心にいた男の子は……こんなに、あどけない表情。

 目尻に溜まった熱がとめどなく頬を伝う。不格好に無理矢理笑って、情けなく声を震わせながら、それでも今、この何かを伝えたかった。

 

「ぐすっ、さ、最初から、水木くんはそう言ってくれてたから。「私の黒歴史を暴いて喜んでる」なんて、もう、思ってません」

 

 目元を拭って、鞄から一冊のノートを取り出す。暗くて後ろ向きな私の言葉たちが眠るページ。でも、そこにどうしようもなく纏わりついていた引け目はもう、泡になって消えていた。

 

「今作ってる曲とは別に、歌詞を書いてて。一番最初に、見せようと思って」

「……僕が最初で、いいのですか」

「水木くんに、見てほしいんです」

 

 ノートを彼に差し出す。震えは止まらなかったけど、怖くはなかった。

 

「水木くん。この間はごめんね。そして、ありがとう」

 

 『小さな海』

 

 結局、私に書けるのは私のことだけだった。水木くんのことを全部は知らないし、むしろわからないことだらけ。頼りになるけど意地悪で、変なことばかり言って、でも……完全無欠の主人公になれないのは、きっと私だけじゃない。

 

 戸惑いを隠せないまま、ノートを受け取った水木くん。数瞬、そこに目を落として。

 

 散々雨に降られたって、笑っていられる。

 君のこと、普通に羨ましいけど。

 

 光る朝を背に歌詞の一節を口遊む。そんなこと、ある訳ないけれど。性別も性格も、過去の経験も何もかもが違う私達だけど。

 それでも、あなたは笑みを滲ませた。

 

 後藤さん。

 

「僕は貴女で、貴女は僕なのかもしれませんね」

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