あたし達結束バンドのライブまであと二週間を切った、週末の昼下がり。
自主練習の休憩中、スタジオに訪れた黒髪の美少年──とはいっても、もう大分見慣れちゃったんだけど。ともあれ、水木君は幾分高級そうな包みを掲げた。
「練習お疲れ様です。これ、宜しければ是非」
「ほう、気が利くじゃないか」
真っ先に反応するのは勿論リョウ。水木君が取り出した菓子は瞬く間にひったくられ、ヤツの手元で封が開いている。その目敏さというか意地汚さには、後輩である彼も呆れた溜息を吐いた。
「別に構いませんが。喜多さんに、伊地知先輩もどうぞ」
「ありがとう! あっ、可愛い〜!」キターン!
「いやあ、悪いね。水木君も家計のやりくり大変だろうにさ」
「先輩にはいつもお世話になっておりますので」
元々全員分買ってありますしね。そうごちながら、あたしたちにも包みを手渡す水木君。喜多ちゃんはその包装の可愛らしさに目をキタキタと輝かせ、手を替え品を替え写真を撮り始めた。
あのアー写撮影以来おかずを分けてあげているお礼なのか、水木君は時々こうして差し入れを持って来てくれるようになった。あたしの料理なんてそんな大したモノでもないはずなんだけど、ぼっちちゃんの弾き語りといい、彼の琴線がよく分からん。
……なーんて、誰に照れ隠しするのやら。
「今日は後藤さんはいらっしゃらないようですね」
「多分、チケット売ろうと頑張ってるんじゃないかな?」
「ああ。ではこれは後日彼女に渡しておきますので、山田先輩は席にお戻りください」
「チッ」
ぼっちちゃんはこの場にいない。彼女は今頃”例の話”もあって、ライブのチケットノルマを達成するべく奮闘しているんだと思う。
あたしの言葉に頷きつつ、水木君はまるでトンビの急降下の如く茶菓子を狙うリョウを適当に追い払う。こら、ぼっちちゃんの取らないの。あたしの一枚あげるから。
「そろそろライブも近いけど、二人もチケットは売れた?」
「はい! みんな楽しみにしてくれてます!」
「うまうま。……なんか売れた」
「良かったー! まあ、あたしも何だかんだあっさり売れちゃったんだけどね」
喜多ちゃんは友達も多いみたいでチケットの売り先には困らなさそうだし、クッキーをかじるリョウもバンドの経験はあたしより豊富だ。路上ライブでもすれば、幾らでもチケットは売り捌けるんだろう。
5月のあたし達のライブ。お姉ちゃんには「ジャズのセッション」と酷評されたものの、呼んでいたクラスメイト達の評判は意外なほど良かった。……それに喜んでばかりもいられないのは、そこのあんちくしょうのせいなんだけど。
じとりとした視線を向けても、件のツレないピアニストは皆様の実力と人徳ということで、だなんて白々しく嘯くばかり。
「しかしこの様子なら、後藤さんのチケットも問題なく巻き取れそうですね」
「売り切れないの前提かい!」
「自分でチケット売れって、水木君がそそのかしたんじゃない」
その白々しさのままポツリと溢れた、あまりにも無情な言い草。確かに、あの内向的という言葉では到底言い表せない難儀な性質を思えば、ぼっちちゃんが他人にチケットを売るハードルが高いのは分かる。分かるけどさあ……!
さっきもちらと触れた”例の話”と言い、好いている割にぼっちちゃんの扱いというか、好意の表現が歪んでいるのが水木南という少年だった。
話は、あのオーディションが終わった直後まで巻き戻る。
あの心臓に悪いことこの上無い講評は置いといて、無事(?)お姉ちゃんから課されたオーディションを乗り越えたあたし達結束バンド。しかしライブに出るからには当然、観客を呼ばなきゃいけない訳で。
「じゃあ、チケットノルマは1500円×20枚だから、一人五枚ずつね!」
「ち、チケットノルマ、五枚……!?」
側で見てても伝わる衝撃。
あたしが告げたノルマに、ぼっちちゃんは愕然とした表情を浮かべた。
「父、母、妹、犬……父、母、妹、犬……」
チケットの売り先を数えていたのだろう、がくがくと膝を震わせながら指を折る。同じ単語を繰り返しながら
「痛たた、お疲れ様です。……おお、チケットノルマですか。可哀想に」
そこにお姉ちゃん達の折檻から解放されたのか、コブができた頭を摩りつつ水木君がやってくる。彼はぼっちちゃんの痴態に状況を察したらしく、微笑ましそうに顔を綻ばせた。お前その反応おかしいよ。
と、彼と彼女の目が合った。
「あっ……と、友……友! や、やったっ! 五枚全部売れる!」
──ああ! 今日ほど、このトンチキで意地悪な男の子が友達でよかったと思ったことはないかもしれない……っ!」
なんて内心をダダ漏れにしつつ、天高く両手を突き上げて熱く落涙するぼっちちゃん。水木君は若干不服そうにしているけど、普段の彼女への仕打ちからすれば全く正当な評価だった。
なんて思ってると、その頼みの綱は俯きがちに表情を隠し、歓喜のあまり舞い踊る彼女に歩み寄る。彼は少女が束の間抱いた希望を──
「僕は今回、チケットの購入を遠慮させて頂きます」
無残にも打ち砕いた。
「……ゑっ?」
哀れぼっちちゃんは両手を掲げたまま硬直。
「えっ!? ライブ来ないの?」
「こ、こんなか弱いぼっちを見捨てるんですか!?」
「僕はライブ当日、STARRYでスタッフとして働かなければなりません」
……あっ。
驚愕の声を上げた喜多ちゃんに、目を剥いて食い下がったぼっちちゃん。あたしもびっくりしたけど、彼もまた不本意だと言いたげに芝居がかった仕草でがっくりと肩を落とす。
「貴女の演奏を落ち着いて拝聴できないのは、本当に残念です。しかし貴女方が壇上に登る以上、こればかりはどうしようもない」
水木君含め、この場の全員がSTARRYでバイトしている。ライブの時以外ならヘルプに入れるとはいえ、それにも限度はある。他のスタッフさんもいるにはいるけど、フロアを全部任せるのは無理だよなあ。
となると……確かに今回、水木君はスタッフとして働いてくれないと困る。
「で、でも、ならせめて、形だけでもチケットを買ってくれたら……!」
「貴女のお力になりたいのは、勿論。ですが」
ぶるぶると恐怖に震えながら、それでも水木君に縋り付いたぼっちちゃん。しかし、彼は心底痛切に、悔やまれて仕方がないと目を伏せるばかり。
「僕は貴女のファンであると同時に、結束バンドのファンでもあるのです。結束バンドの誰か一人を依怙贔屓することなど、僕にはできません」
「そ、そんなぁ……!」
首をゆっくりと横に振りつつ、水木君は哀れな少女の腕を優しく、残酷に振り解いた。
あっ、ああ……一枚足りない。
蜘蛛の糸を掴んだからこそ、それが切れてしまえば最後、より深い奈落の底へと真っ逆さま。
「うああ、うああああ……!!!」
深い絶望に燃え尽きた灰の如く、ぼっちちゃんはなす術なくその場に崩れ落ちる。仰向けに倒れ込んだ彼女はそのまま、時折ビクンビクンと痙攣する以外は全く動かなくなってしまった。
「おお、お労しや後藤さん。僕の無力をどうかお許しください」
「白々しい」
「そんなこと宣うくらいならチケット買ってあげなよ。今更えこひいきだなんて気にしないよ」
床にへばりついたピンク色の不定形物体をわざとらしく気遣うクソ野郎。リョウが白い目を向けるように、君の執着なんてとっくの昔に知ってるっての。
「だ、大丈夫よ後藤さん! 私の友達を……」
「喜多さん、そこまで」
その惨状を見かねたのか、ぼっちちゃんを抱え起こした喜多ちゃん。彼女の親切な申し出に、けれど水木君は待ったをかける。
曰く、今回はそれでも良いかもしれない。でも、次のライブも喜多ちゃんがぼっちちゃんのノルマを工面するんだろうか? その次の次は?
「僕がチケットを買うとしても同じ事だ。遅かれ早かれ、彼女自身の力でチケットを売らなければなりません」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
確かに、バンドとしてやっていくのに必要以上の貸し借りは好ましくない。同じことを繰り返すうち、喜多ちゃんのほうが嫌になっちゃうかもしれないし。
水木君の至極真っ当な指摘には、さしもの喜多ちゃんも鼻白んだ。コイツ、一々言うことだけはもっともなんだよなあ。
そんな彼を横目に、しかしリョウはじとりと呟く。
「で、本音は?」
「希望を与えられ、それを奪われる。その瞬間こそ人間は一番美しい顔をするとは思いませんか?」
「ンなトコだろうと思ったわ、このクソ野郎」
「最ッ低」
彼女のこの
ほっこりと欲望を曝け出した唐変木に、あたしと喜多ちゃんからの極寒の冷罵が突き刺さった。
「ううっ、ぐすっぐすっ、水木くんの裏切り者……!」
「おお、やどかりぼっちか。可哀想に」
「あーあ、またゴミ箱に籠っちゃった。あんまり意地悪するんじゃないの」
いつの間にかゴミ箱の中で丸まって、件のクソ野郎へ怨みの視線を向けるやどかりぼっち。……まあ、プルプル震えながらいじらしく彼を
「ほら、後藤さん出てきてください。つのだせ、やりだせ、あたまだせ」
「それはカタツムリです! 他人事のように! 水木くんもゴミ箱に籠ればいいんです!」
「痛ッ、痛い痛い。それはそれでやどかりではなくメジェド様です」
どこかズレた童謡のフレーズを口にしながらしゃがみ込み、ふてぶてしく手を差し伸べる水木君。彼の所業にとうとう腹を立てたぼっちちゃんは、籠っていた
彼の意地悪には困ったもんだけど、まあ、ある意味健全ではあるのかな。水木君はどうも仕返しされる所まで含めてじゃれてる節があるし、ぼっちちゃんがあんな風に感情をむき出しにできるのも、知ってる限り水木君だけだもんね。
「情けない話、僕の懐事情として1500円は案外馬鹿に出来ないんですよね」
「ゴミ箱被ったまま会話しないで?」
ゴミ箱を被らされて(ついでにリョウに目を描かれて)メジェド様のようになったまま、水木君は疲労が籠った溜息を吐く。いやソレ脱ぎなよ。
彼曰く、不衛生だし頭も痛いけど閉所に囲まれる感覚は悪くない、とか。ええ……。
「無駄になるのが確定したチケットに、一日分の食費を費やすのは少々躊躇われる」
「わかるぞメジェド」
「身も蓋もないというか、世知辛いというか……。あとリョウは単に金遣いが荒いだけでしょ」
こういう言い方もなんですが、とゴミ箱ごと肩を落とす仕草をするメジェド。彼の台所事情は知ってるけど、水木君としてもリョウに同類扱いされるのは不本意そうだった。
まあ、そもそも妹さんと犬をライブに呼ぶのは無理がある以上、ぼっちちゃんも最低3枚はチケットを売らなきゃいけない。水木君が言ったことも、建前とはいえ一理あるのも事実なのだ。最終的にチケットが余っちゃったら、その時に水木君や喜多ちゃんに頼っても遅くはないんだし。
「『ファンサービス』はともかく、ぼっちも頑張ってみたら」
「「雑用程度はする」と言った手前、僕も可能な限りお手伝いは致しますので」
「は、はい……がんばりまひゅ」
以前のバンド活動の経験からだろう。リョウはぽんぽんとぼっちちゃんの頭を軽く撫でて諌めた。
「ねぇ、いい感じにまとまったのはいいんだけど前の下り要る?」
「いつまでゴミ箱被ってるの?」
「もうちょっとぼっちちゃんに素直に優しくしてあげなよ。またケンカしても知らないよ?」
「小学生かお前は」
「ですよね、リョウ先輩!」
「それはどういう意味ですか」
ツンデレクソ野郎のぼっちちゃんへの仕打ちを思い返し、白い目を向けるあたし達。彼の風変わりな親愛表現をからかう二人に、水木君も逆ギレ気味に半目を返した。
それはともかく、ライブまであと二週間ほど。
「ぼっちちゃんには悪いけど、そろそろ見切りを付けたほうが良い頃合いかもね」
「一応、フライヤー作成のお手伝いなどはしたのですが」
「へえ、フライヤー?」
ご自身で宣伝をしようと努力はされていたのだ、と水木君は両手を掲げた。……当初の出来はお世辞にも良いとは言えなかったらしいけど。
彼は苦笑を抑えながら、譲ってもらったという完成版のフライヤーを鞄から取り出した。
「僭越ながら、イラストは僕が担当させて頂きました」
「えっ、上手い! 可愛い! ……けど」
「ウケる」
フライヤーに描かれていたのは、デフォルメされた結束バンドの面々が楽器を構えて並ぶ姿。元々のぼっちちゃんの絵の構図を可能な限り踏襲しながら、あたし達の特徴とガールズバンドらしい愛嬌が簡潔かつポップに表現されている。
確かに喜多ちゃんの言う通り、本業と言われても納得してしまいそうなくらいには上手い。クッソ、コイツなんで一々無駄に天才肌なんだ。
……だがしかし、である。
「水木君? なんであたしの持ち物がスティックだけなのカナ?」
「? 伊地知先輩らしいでしょう?」
「君の立場というものを、一度直々に叩き込まなきゃならんようだな」
他のみんなはギターやベースを構えているのに対し、あたしらしき人物だけスンッとした表情でドラムスティックだけ持って立ち尽くしている。
問い詰めてもコテン、と不可思議そうに首を傾げるばかりのあんちくしょう。あたしへの普段の認識が窺い知れるというものである、ドラマーを舐めるなよ。
「こ、これを使って宣伝するの?」
「そうですね。今頃、後藤さんが地元の金沢八景で配っておられるのでは……痛ッ、痛い痛い」
「マジふざけんなよ水木!」
「マジウケる」
私が放った大外刈りに、腹立たしいほど綺麗に受け身を取りつつ倒れたクソ野郎。その足首を取って捻り上げればわざとらしい悲鳴が上がった。採用したのは後藤さんです、などと言い訳しているが聞く耳持たんわ!
……まあなんだかんだ、ぼっちちゃんなりに自分でチケットを売ろうと頑張っている。それだけで一歩前進ではあるんだろうけど。
バシバシと床をタップした水木を仕方なく解放する。まったく油断も隙もない。
それにしても、普段のぼっちちゃんか……。
「話は変わるんだけど、ぼっちちゃんって学校でどうしてる?」
「えっ、学校での後藤さんですか?」
「あーいや、なんとなく想像はつくんだけど……」
「やっぱりぼっちなの?」
わざわざ濁したのに、直球で踏み込みやがって。リョウらしい物言いではあるけど。足首を振りながら起き上がる水木君と喜多ちゃんは思わず、といった様子で顔を見合わせた。
「私や水木君以外と一緒にいる所は、見たことがないですね……」
……あー。
ぼっちちゃんには悪いけど、扱いに困ってしまう気持ちは分かる。単に大人しい、内向的というだけでもなく、いざ動けば突拍子もない斜め上のリアクションだったり、謎の我の強さだったり。謎に一々取っ付きにくいのが”ぼっちちゃん”こと後藤ひとりという少女である。あたしも今でこそ慣れたものの、最初はぎょっとしたからなあ。
「彼女のギターを独り占めできるのは、僕としては有難い限りですが」
「まーたああいう弾き語りを弾かせてるんじゃあるまいな」
「違います。流石に僕も反省しました」
その彼女のクセの強さや難儀さを象徴する「弾き語り」。それこそを愛好する唐変木がこの水木南である。コイツもコイツで大概変というか、エキセントリックというか。
……まあ、「それがいいのだ」という主張に彼なりの理由があるのは知ってるけど。
前科持ちの彼に思わず疑うような目を向ければ、水木君は心底不本意そうな渋面をした。
「あはは、普通の演奏ですよ。興が乗った時はボーカルも披露してたみたいで」
「ぼっちのボーカル、ちょっと聴いてみたいかも」
「私の前だと恥ずかしがって歌ってくれないんですよー!」
キターン! と輝きながらの喜多ちゃん曰く、自主練習の気分転換にぼっちちゃんがメジャーバンドの曲をカバーしたり、二人のリクエストを弾いたりと余興を披露していたんだとか。
ふむふむ。前も流行りの曲は大体弾けるって言ってたし、あたしもちょっと興味があるなあ。
「特段上手くはなかったですね」
「人の心とかないんか?」
そのぼっちちゃんの歌をギターはさておき、とバッサリ切り捨てたクソ野郎。あの子お前のために歌ってるんじゃないのか。
「率直に申し上げれば、声量も肺活量も全く足りない。声質は独特で悪くないのですが」
アー写撮影の時も、ちょっとジャンプするのにも息を切らしてたし。アコースティックならまだしも、電気楽器とのセッションでは彼女の鈴のようにか細い声は埋没してしまうだろう。そんな、演奏家としての冷徹な批評。
ただ、まあ。彼はふと、僅かに相好を崩す。
つい興が乗って歌詞が飛び出したあと、照れ臭そうに縮こまりながら、俯きがちにはにかんだ少女。二人だけが知っている歌。
「それは、悪い気はしませんね」
色素の薄い頬へ仄かに朱を刺して、瞳を柔らかく細めた水木君の微笑み。……ふーん。仏頂面ばかりだと思ってたけど、そんな顔もできるんじゃん。
「水木君のほうが後藤さんの部屋に入り浸ってるって感じなんですよねぇ。私が行くとちょっと残念そうな顔されますし」
「……そんなことがありましたか?」
「毎回されてる。まあね? 気持ちは分かるのよ?」
「謝りますので、その顔はやめてください」
一方、いつも訓練の意趣返しなのか。喜多ちゃんはニヨニヨと下世話な笑みを浮かべつつ、水木君を煽る煽る。以前にも似たようなやり取りがあったらしく、彼は辟易とした様子で顔を顰めた。
「とにかく、なるほどね。喜多ちゃんや水木君が一緒にいるなら安心かな」
「でも、逆に私達以外とは話すこともないみたいで。お昼に誘ったりはしてるんですけど……」
「ぼっち、面白いのに」
ぼっちちゃんが学校で全く孤立している訳ではないみたいで一安心……とも行かないようで、困ったように眉を下げた喜多ちゃん。そりゃぼっちちゃんは人見知りするだろうし、クラスが違うらしい彼らと四六時中一緒にいる訳にもいかないよねえ。
「この間も言いましたが、大して興味もない相手と愛想笑いし合って、何が面白いのですか?」
「だからなんてこと言うの! 後藤さんは水木君みたいな一匹狼じゃないんだから!」
「やっぱり水木も除け者か」
コテンと首を傾げながら暴言を吐く一匹狼。もとい水木君は、そもそもぼっちちゃんや自身が孤立している現状をあまり問題とも思わないらしい。リョウが自分のことを棚に上げて鼻で笑えば、そんなんだから悪いバンドマンとか非行少年だなんて陰口を叩かれるのよ、と喜多ちゃんもむくれた顔をした。
いや非行少年って。確かに色んな意味で常人離れした雰囲気を漂わせる彼だけど、学校でも除け者扱いされてるのか。
「しかし、その扱いは郁代さんが抱き付いてきたり、頬を張られた所為ではないですか」
「名前で呼ばないで南ちゃん! 除け者扱いは私と絡む前からじゃない!」
「酷い言い草だ。事実なので仕方ありませんが」
「お前それでいいのか」
大仰に諸手を挙げて混ぜっ返した彼の言を否定すべく、必死に胸元を揺さぶる喜多ちゃん。無表情なまま、どうでもよさそうに為すがままにされているのがシュールだ。
まるで他人事のような物言いはともかく、喜多ちゃんと水木君も仲良くなったよねえ。ぼっちちゃんへの思い入れとは違うけれど、二人は二人でまるで年相応の少年少女のような、対等な友人関係を築けているように見える。
『僕は、ひとりぼっちの人間です』
脳裏に浮かぶ、バックヤードで肩をすぼませたあの姿。彼には悪いけど、不意に可笑しくなってしまった。ぼっちちゃんだけじゃない。みんなとだって、彼はとっくに仲間になっているのにさ。
気付いているんだろうか、このツンデレクソ野郎め。
「ハイハイ、それじゃそろそろ練習再開しよっか……ん?」
「『骨は拾ってください』……フォントおかしくない?」
「だ、大丈夫かしら後藤さん……」
文字通り真っ赤になった喜多ちゃんを宥めつつ、パンパンと手を叩いたそのタイミングで、不意にロインが鳴る。ぼっちちゃんからのメッセージだったんだけど……なぜかやたらおどろどろしいフォントで表示された、まるで遺言のような文言。
やけに後ろ向きな圧があるそれに、彼女が話題に上がっていたこともあって不穏なものを感じてしまう。
「様子を見に行ったほうが良さそうですね。今からなら、夕方までには着けるはずだ」
「悪いけどお願いできるかな。あとのバイトはあたしが代わっておくからさ」
喜多ちゃんに画面を見せてもらった水木君も気まずそうに頬を掻く。彼自身、彼女を千尋の谷へ突き落とした負い目はあるらしい。
急に遠くまで行かせちゃうのは悪い気もしたけど、水木君ならぼっちちゃんを家まで送ってもらったこともあるし、色々な意味で後始末の適任ではあろう。
あとあのフライヤーは配られる前に回収してこい。
以降のバイトを伊地知先輩に代わってもらい、後藤さんが居るだろうあの海辺の街まで向かう。その大きな川を渡ってゆく車窓の景色。
それでいいのか、か。
深い意図はないはずの伊地知先輩の言葉。先輩や後藤さんに吐露した通り、僕はひとりぼっちの人間だ。間違いなくそのはずだった。
彼女達と出会うまで、友人らしい友人など僕にはいなかった。彼女達、そしてあの人が鷹揚なだけで、僕の在り方はどうやら他人には忌み嫌われる類のものだったらしい。そして孤独であることなど、過去の僕には何の問題にもならなかった。正しい演奏をすること、母の夢を叶えることが僕の役目。それに交友関係など必要なかったのだから。
そのはずなのに……彼女の弾き語りを聴いて。
『僕もまた、ひとりぼっちではないのかもしれない』
そう思ってしまったのは、なぜなのだろうか。
どこかで、僕は思い違いをしていたのかもしれない。こんな何でもない喧騒が、いつまでも温く続いていくのだと。
金沢八景へ辿り着いた僕は見た。酩酊しているらしい、座り込んだベーシストと二人。背を丸めて、片目を瞑って怯えながら。それでも僕が知らない臙脂の隣で、力強く聴衆へ掻き鳴らしている彼女を。
後藤ひとりが夢へと向けて、一歩踏み出したその姿を。
なぜなのだろうか。
夕暮れの港を背にしてギターを掲げるあの子が、あんなに美しいのに。軽妙洒脱なベースを足場に青い炎が咲き散るような、夜空に瞬く花火のような。最初のあの弾き語りと同じように僕の心を震わせる、素晴らしい音楽のはずなのに。
──それでも、羨ましい。羨ましい。
差し入れの茶菓子は、渡せないままだった。