「水木君、水木君!」
呼び掛ける声に、ふと、微睡みから目覚める。傾き、橙色を帯び始めた日差しに染まる、サイドに纏められた金色の髪。
「……ン、……伊地知先輩?」
「こんなところで寝てるなんて、珍しく不用心だね。そもそも江ノ島に君がいるのも意外だけど」
「似合わないのはこちとら百も承知ですが、……海の家のアルバイトがあったんですよ」
片瀬江ノ島駅の傍、小さなカフェの屋外席。視線を上げると、呆れたように苦笑する伊地知先輩の他に、山田先輩や喜多さん、隅に隠れるように後藤さんもいる。
彼女達をいくら探し回っても見つからない。仕方がないので駅の近くで待ちを決め込んだつもりが、どうやらうたた寝をしてしまったようだ。軽く頭を振って、微睡もうとする意識を引き起こす。
「そういえば、不定形のピンク色の生き物……生き物? ともかく、そういうのが……あれ」
それで、あんなに冷たくあの子を振り払ったこの僕が何故今更、彼女達を探していたのかといえば……。そう卓上を見回したものの、あの奇矯な生き物は影も形もなくなっていた。
「な、何の話してるのカナー水木君?」
「そ、そうそう。とくに何も居なかったわよ?」
「爆発したぼっちのカケラを取りこぼしてて焦った。南が回収してくれてて助かった」
「……な、何の話ですか?」
戸惑う僕に、何故か焦った様子で誤魔化し笑いを浮かべる伊地知先輩と喜多さん。その後ろでは山田先輩と後藤さんが何やら話し込んでいるが、何分小声でよく聞き取れなかった。
「こんな暑い中うたた寝してたんだし、変な夢でも見てたんじゃない?」
「夢……夢、か。確かにそう言われれば、そうなのでしょう」
伊地知先輩の指摘のほうが、まあ妥当なのだろう。実際、我ながら俄には信じがたく、なかなか名状もしがたい話ではある。
しかし、それがただの夢に過ぎないのなら。……夏の日の残像に過ぎないのなら。心の何処かで、ひどく冷え込むような落胆を覚えたことも事実だった。溜息には、思いの外慨嘆が籠っていた。
「いくら後藤さんとはいえ、その一部が分離してメンダコになるだなんてあり得ませんよね。そんなUMAみたいな」
「本当に何の話ですか!?」
まだ、水木くんと出会ったばかりの頃。……私が、最初にバイトをした日の夜のこと。
頭が痛くて、のぼせたみたいにくらくらするのに、身体は初夏の季節が嘘のように凍えている。駅のホームの端のベンチで、風邪をひいた私は縮こまって震えていた。
「後藤さん、風邪薬を買ってきました。これで多少なりとも楽になればいいのですが」
こちらを気遣う水木くんの声で、発熱のまどろみから意識が浮かび上がる。……寒い。
初めてのバイトでも、紆余曲折ありつつもなんとかお仕事をこなせたと思ったのに。電車の中で熱で目が眩んで立っていられなくなった私は、結局水木くんに付き添ってもらう羽目になっていた。
水木くんの親切に恐縮する余裕もない。差し出されるまま、私は薬と水を飲み込んだ。
「けほっ、けほっ、す、すみません……うっ」
「お辛いのであれば、寄り掛かって頂いて構いませんので。ほら」
咳込みながらよろめいてしまった私を、隣で抱き寄せるように支えてくれる。華奢なようで固い、為人を表す腕。肩に掛けてくれたブレザーから少しだけ感じる水木くんのにおい。
「あっ、ううっ……。すみ、ません。あ、あの、迷惑かけて、ご、ごめんなさい……」
「気にしないでください。体調はどうしようもないことですから」
「あっ、そ、その……ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
「体調はどうしようもない」……でも、私は自業自得。水木くんの気遣いがありがたくも、罪悪感で居た堪れなかった。
見放されてしまいそうで、怖かったけど……。でも、黙っていることも申し訳なくて、吐き出さずにはいられなかった。
「わ、私、わざと風邪、ひ、ひいたんです……」
「……わざと?」
バイトが怖くて。でも虹夏ちゃんの期待を裏切るって思うと、仮病を使うのもなんとなく憚られて。だから自分で氷風呂に入ったり、水着姿のままギター弾いたり、そうやって浅ましくバンドの義務から逃げようとした。その挙句に今更風邪をひいて、水木くんに寄りかかっている。
はじめ要領を得なかったらしく首を傾げた水木くんも、私の懺悔には気まずそうに呻いた。
「あー……そこまでお仕事がご不安でしたか」
「ごめんなさい……。その、……見損ない、ましたよね。こんな、人間のクズみたいなやつで」
彼のほうを見れなかった。
その時はイマイチピンと来てなかったけど……それでも、初めてギターを褒めてくれた。ゴミ箱から出られなかった私を、骨身を削ってまで助けてくれた。
そんな初めての友達だったのに、こんなことで迷惑掛けて。みじめで、情けなくって、風邪よりも心が寒くて身震いした。
「なぜ、貴女は逃げなかったのですか?」
冷たい水のような、凛とした声。
それが熱に浮かされて、凍えてばかりの私を優しく冷やす。思わず彼のほうを見やれば、気を遣るでもなく、慰めるでもなく、ただ単純な疑問を湛えた黒い瞳が私を見つめていた。
「えっ? な、なぜって、……だって」
「まあ、行為そのものは感心しませんが。女性が無闇に身体を冷やすものではありません」
「は、はい……」
お、怒るのそこなんですね……。呆れ混じりの声と共に、コツンと軽くゲンコツをぶつけられる。水木くんはいつも通りに変で、どこかズレてて、でもだからこそ私を心から心配していることが分かった。
それはもういいとして。そう呟いて、彼はおもむろにこちらを見遣った。
「そんなに怖いなら、逃げてしまえば良かったじゃないですか」
「えっ……?」
別にアルバイトが当日逃げるなんて良くある話で、それで殺される訳でもない。あの気の良い先輩方なら、苦笑いひとつで許してくれたことでしょう。
或いは迷惑を掛けないというなら、いっそ最初から逃げてしまったほうがいい。
「そうであったなら、僕が貴女に巻き込まれてアルバイトをすることもなければ、こうして今、深夜の駅で屯することもなかった訳ですしね」
なんて水木くんが連ねる、あり得ただろう可能性。虹夏ちゃんは優しいし、リョウさんもどっちかといえばサボる側みたいだし。……当然の道理のような、甘い毒。
「そ、それは……」
その黒いまなこから逃れるように俯いて、ホームの床を見つめる。彼の言う通りかもしれない。でも、でも、それは……。
「……それは、嫌です」
バイトは嫌だったけど、その想像はもっと嫌だった。理由があればいいって訳じゃないけど、でも、それをしちゃったら、さっきまでより、もっと自分が嫌いになったはずだった。虹夏ちゃんと、リョウさんと、水木くんと。二度と、みんなの顔を見て話せなくなっていた気がして。
誰が許すとかじゃなくて、私が嫌だった。
ふっ、と息を吐く音。
顔を上げると、水木くんは柔らかくその目尻を緩ませていた。なぜか、……泣いてしまいそうな横顔。
「伝え聞く所によれば。友人というのはお互い、何か誇れるものがなければ嘘なのだそうです」
遠い星空を見上げて。
まるで、手の届かない何かを見つめるような。眩しい何かに目を細めるような。
「いや、そもそも貴女には弾き語りという素晴らしい特技が……痛ッ、痛い痛い」
「こっ、こういう時くらい、浸らせてくれたっていいじゃないですか!」
これだから、これだから水木くんは!
いつも通りにトンチキを宣った彼に、寄りかかっていた腕を掴んでクラッチ。私が非力な病人だろうと、サブミッションなら有効打を与えられるのだ。
まったく、こんな時でも彼は油断ならなかった。……苦悶にわざとらしく顔を顰める、いつも通りの水木くんだった。
「痛たた、僕は真剣にそう思っているのに」
「尚悪いですっ! 水木くんの意地悪!」
「ともあれ。……僕は貴女のそういう所が嫌いではないんですよ」
「……うん」
くつくつと苦笑に喉を鳴らして、私をあやすようにそう呟いた水木くん。回らない頭で色々考えるのが億劫になった私は、彼の腕にぎゅっとしがみついて目を閉じた。ひんやりしているのにあったかくて、大きな木の下で眠るよう。
まるで彼のピアノみたい。
今にしてみれば、男の子相手によくもまあこんなことできたよね。でも……水木くんだから、いいや。
多分、あの時の私はどんな慰めの言葉も、気休めも信じられなかった。自分で、自分のことを見放していた。
そんな私が安心できたのは、──今なら分かる。水木くんの横顔が本当に心の底から、私が羨ましくて仕方がなさそうだったから。
どうして、私が羨ましいんだろう。どうして、私なんかを羨むしかなかったんだろう。
「はっ?! ……あれ? ここ、どこ?」
何か、大きな柱の影。気が付けば私は、何処とも知れない物陰に佇んでいた。な、何をしていたんだっけ……。た、確か、夏休み最終日になっても誰とも遊びに行けなくて、夏とともに死にゆくセミ達を弔っていたら、いつの間にかみんなと江ノ島の海に来ていて……。
「えっ、……虹夏ちゃん? リョウさん? 喜多さん? みんな、ど、何処行っちゃったの?」
周りを見回しても誰もいない。ただ、遠くから波音と陽気にはしゃぐ人の声が聞こえてくる。江ノ島の海岸の近く、なのかな。まさか、置いていかれちゃった?! そ、そんな。でもみんなは、そんなことしない筈……。
『申し訳ありません。今夏は、全てアルバイトの予定をいれてしまっているのです』
『喜多さんの訓練会もこの辺りで切り上げましょう。後は貴女と山田先輩が居れば十分だ』
勇気を振り絞って、どこか遊びに行こうと誘って──水木くんには、断られちゃったんだった。そして、喜多さんとの三人での特訓にも、彼はもう来ないと言った。深く隈を浮かべて、疲れ切ったような澱んだ瞳。
……機関銃の如く私の歌を語るその時だけは、虹彩をガン開きにしていたけど。
『暫く、一人にさせて欲しい』
その落差に、……水木くんのことがわからなくなっちゃった。そんなに私の歌が好きなら、どうして、彼は行ってしまったんだろう。どうして、彼は何も言ってくれなかったんだろう。そんなことを考えてるうちに、他のみんなを誘う勇気も、出なくなっちゃって。
胸が内側から押しつぶされて、ぐしゃぐしゃで、息が苦しい。みんなとも逸れちゃったし、もう、帰ろう。少し歩けば、駅が見つかるはず。そう思って、俯いたまま歩きだそうとしたら。
「いらっしゃいませー!! 2名様ご案内ィ!!!」
「ヒィッ?!」
えっ!? な、何これ?! パリピの巨人?!
柱の向こうからヌッと、巨大な足としか言いようがない物体が飛び出してきた。慌てて柱の影に隠れた私。
混乱したまま思わず上を見上げると、巨大なお兄さんが巨大なお姉さんを客引きして、柱の向こうへ戻って行った。その反対側にはこれもまた巨大な旗が空高く掲げられていて、よく見ると「海の家」……。巨人の……?!
「ち、ちがう……! 」
脇を見ると、横幅だけで私の身長分はあるだろう巨大な空き缶がそこに転がっている。いや、空き缶が巨大なんじゃない。
「わ、私が、小さくなっちゃったんだ……!?」
な、なんで?! どうしようどうしようどうしよう?! た、確かに下北沢のツチノコになったり、承認欲求モンスターになって街を自己顕示欲の炎で焼き尽くしたことはあったけど、それはあくまでイメージの中の話であって。ほ、本当に物理的に身体が変化したことなんてない。
「嘘だ……。夢でしょ……これ……。夢に決まってる……!」
立っていられず尻餅をついた、その痛みが伝えてくる。……ところがどっこい、これが現実なのだと。
どうしよう、これじゃ人に踏み潰されそうで砂浜を出ることもできない。家にも帰れない。物陰とはいえ真夏の気温で、喉が渇く。
「あ、あの、す、すすすすみません……た、たた、助けて……」
柱の向こうに声を掛けても、この小さな身体じゃ聞こえないのか誰も応えてくれない。……元の大きさでも応えてくれないかもしれないとは、今は考えないようにしよう。
いや、本当にそんな場合じゃない。喉が渇いて眩暈がしてきた。このまま、砂浜の片隅で干からびて死んじゃうんじゃ。
「んじゃお疲れ、ガンガンシフト埋めてくれて助かったわ。よければ来年も頼むよ」
「お世話になりました。またご縁があれば」
「しっかし、その仏頂面だけなんとかなりゃモテそうなんだがなあ」
「余計なお世話です」
不意に頭上から聞こえてくる、聞き慣れた男の子の声。──水木くん!
な、なんでここにいるかは分からないけど、よかった。彼に見つけて貰えばなんとかなる。最悪でも家には帰れる。
あっ、で、でも……。脳裏に、あの固く冷たい瞳が甦る。またあんな風に拒絶されてしまったらと、怖くて身が竦んでしまう。そんな私の恐怖を他所に、彼は立ち話を終え、踵を返して歩き出そうとしている。
水木くんが遠くに行ってしまう。
あの時、彼は一度は足を止めて、振り向いて、……でも、私を置いて行ってしまった。一歩でも踏み出したくて、なのに足は竦んで。
それでも、……そ、それでもっ。視界の隅がじわりと滲む。このまま水木くんと離れたら、もう二度と、あのひんやりした温もりに届かなくなってしまう気がして。
そんなの、……嫌だ。
わ、私だって、み、水木くんとこのままなんて、い、嫌だっ!
「まって! いかないで!! 水木くんっ!!!」
私は駆け出して、精一杯の声を上げて、彼の足へとしがみついた。自身への不信を、乗り越えて。
「後藤さん? ……ん?」
彼は足を止め、こちらをゆっくりと、怪訝そうに見下ろす。やった、こっちに気付いて貰えた!
「……ピンクの、メンダコ?」
ええっ?! 私どんな風に見えてるの?!
「いつの間に付いたのか……。どうも弱っているようだな」
そっと私をその手に掬い上げて、海の生き物だから当然と言えば当然か、なんて目を細めながらこちらを観察する水木くん。どうも彼には私がなぜかメンダコに見えているらしい。彼の手の中だと視界が高くて、怖くて親指にしがみつく。
「奇矯な色にせよ、メンダコなら海に帰してやれば……嫌がっているのか。また面妖な」
やめて! 海は本気で死んじゃう!
そう叫ぶと、とりあえず海が嫌なことは伝わったのか、浜辺に向かう足は止めてくれた。
そのまま海岸通りの階段に腰掛けて、彼は興味深そうにこちらを見据える。……正面から向かい合っているようで、ちょっと気まずい。
「しかし弱っているのを放っておくのも忍びない。水棲生物なら、水を掛けてやれば……これも嫌か。うーん、どうしたものか」
冷たい! ちょっと気持ちいいけどやめて!
持っていたミネラルウォーターの蓋を開け、パシャパシャと軽く私に振り掛けた水木くん。でもそれじゃ身体は濡れるし、水もちょっとしか飲めない。
そんな私を察したのか、彼は困り顔で考え込む。いつもの淡々とした表情とは違って、見ていてちょっと面白い。そんなこと考えている場合じゃないけど。
「まさかとは思うが……これで飲める、か?」
逡巡の末、水木くんはボトルのキャップに水を注いで差し出してきた。私にとっては桶のようなサイズとはいえ、さっきよりは全然マシだ。
喉の渇きも癒えてようやく一息つくと、彼は安堵しつつも困惑したような声を上げた。
「飲むのか……。ともかく、元気が出たようで良かった。しかしこいつは一体なんなのだろう」
一筋冷や汗を流しつつも、水木くんは引き続き私を手のひらに乗せて観察しながら思案する。少しの間逡巡していた彼は、ふと何か思い当たったらしい声を上げた。
「先程彼女達が海の家に顔を見せていたな。応対する間もなく、すぐに退散してしまったようだが……」
彼の視線が手のひらの上の私へ向く。
「……もしかして、これ後藤さんか?」
そう、そうなんです! 助けて!
「人間がメンダコになる。名状しがたい冒涜的な現象だが……以前の事例からはあり得ないとも言い切れないのが恐ろしい所だ」
私のことを何だと思ってるんですか!
「しかし山田先輩はともかく、伊地知先輩や喜多さんが後藤さんを放置して何処ぞへ行く訳もなし。となると、これは何らかの要因で分離した彼女の一部なのか?」
……今の私を後藤ひとりだと分かってくれるのは助かるんだけど、人間の一部が分離するなんてトンチキな推論を大真面目に考察する水木くんがシュールだ。いや、メンダコかどうかはともかく、実際に小さくなっちゃってるんだから笑えないんだけど。
「いずれにせよ、これ……いや、あなたが彼女と何らかの関係にある可能性はありますね」
よくよく見ると細かい特徴は彼女に類似しているようにも見えますし。そう呟きながら、私の結った髪を指でチョンチョンと優しく小突く水木くん。
く、くすぐったいし、恥ずかしい。彼はそのまま、仕方がないとばかりにフンと鼻を鳴らした。
「気は進みませんが、放置もできませんね。まだ後藤さん本体がこの辺りにいるなら、探し出して関係を確認しなければ」
まあ、最悪明日でもいいのですが。そう嘯きつつも彼は私を手に載せ、ベンチから立ち上がった。……私と会うのが、気が進まないってことなのかなあ。手のひらの上から水木くんを見上げると、ふと目が合った。彼は僅かに苦笑いして、もう片方の指で優しく私の頭を撫でる。
その表情は……どうしてだろう。薄らと隈が残った瞳を滲ませて。5月のあの駅のホームの水木くんみたいだった。
「折角江ノ島でバイトまでしていたのだから、しらすを食べないまま終わるのも何だな。貴女も食べますか?」
「ンミ゛ャッ⁉︎ (ぎゃあっ!? 近くで見たらしらすが大きくて、グロい! 怖い!)」
「うおっと、暴れないでください。落ちますよ」
「
「ミ゛ッ⁉︎ (無理です!?)」
「無理ですか……。ツチノコも神獣のような存在ですし、なんとかなりそうなものですが」
「ミッミッ!! (ツチノコは珍獣です! そもそもなんでそんなに残念そうなんですか!)」
「演奏体験ワークショップ、しかしガムランとは珍しい。『Discipline』の着想のひとつとなったというが」
「ミィ……!(うわあ、『Thela Hun Ginjeet』のギターパートやってる! 凄いけど水木くん、やっぱりどこかおかしいよぉ……!)」
「居ませんね、彼女達。行き違いになりましたか」
はい……。
江ノ島の目ぼしい名所を巡ったものの、結局虹夏ちゃん達は見つからないまま。島を一周してしまった私達は仕方なく、駅近くのカフェの屋外席で駄弁っていた。
テーブルに紙ナプキンを敷いて座る私を眺めながら、コーラのストローを咥える水木くん。その表情にも若干の疲労が見える。
もちろん観光スポットなんだから何もしないのも味気ないと、江ノ島神社の奉安殿にお参りしたり、途中で色々買い食いしたり。
やたら大きくてグロいしらすだったり、奉安殿で白蛇と並べられたり(主に水木くんのせいで)大変な目に遭ったりもしたなあ……。
まあ、私は水木くんの手に腰掛けていたから歩き疲れはしてない。はじめちょっと怖かった視界の高さも、慣れてしまえばいつもと違って新鮮だった。
水木くんを足にしてしまった感じで悪い気はするけど、二人で遊び回れて楽しかったし、ちょ、ちょっとだけ、で、デートしているみたいだった。……水木くんからは私メンダコだけど。
「彼女達も帰る際には小田急線を使うでしょう。ここで休憩しながら待っていましょうか」
水木くんは手持ち無沙汰だったのか、ちびちびとコーラを飲みながら指で私を軽く小突く。あっ、やめ、くすぐったいですっ!や、やめっ、やめろぉ!
「痛、痛い痛い。爪を剥がそうとするのはやめてください。こんな姿でもやっぱりお仕置きされるのか」
彼の指を捕まえて
指を引っ込め、その痛みすらも愉快というように苦笑した水木くん。彼はどこか感慨深そうに頬杖をついた。
「しかし、観光地を巡るなんて随分と久しぶりだ。……以前はあの人に色々付き合わされたからな」
「何をしているんだろうか。もうライターは、廃業している筈だな」
無造作に置かれた、化粧された左手。彼はその下に走る傷痕を見やる。
「彼女の言った通りに、思うが儘にピアノを弾いて。全身全霊を込めて、──願いましては、みんな御破算。あの人の夢も、僕の役目も」
「あの人が正しいと言ってくれたことは、間違いだったのだろうか」
間違いだったのだろう。
皮肉げに目を細めて、後悔を滲ませて繰り返す。水木くんは何も言えなくなった私に、掠れた声で問いかけた。
「ねえ、メンダコさん。後藤さんは……貴女は、僕のことを知りたいと言いましたね」
僕も知りたいのです。
もしも貴女が本当に後藤さんだったのなら、どうか教えてください。どうしようもなく、取り返しのつかない失敗をしたとき。
「僕はどうすればよかったのでしょうか」