君の弾き語りが聴きたい   作:待ってください

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推敲中に設定矛盾に気付いてしまいましたが、後の展開に微妙に関わる部分なので「ご都合主義」の名の下ゴリ押すことにしました。
(本話やプロットの大筋に影響はないです)


『♪新人より使えないダメバイトのエレジー』

 あの場のパニックをなんとか落ち着かせた伊地知先輩。彼女はひとまず、私達をスタジオのフロアに案内した。

 

「まったく、何が「滅茶苦茶にしてくれ」ですか。そうなりそうだったのは僕の腕のほうだ」

「うう、ごめんなさい……」

「毎回腕捻られてない?」

 

 下半身のロックがなかったとはいえ、何の罪もなくツープラトン変形パロ・スペシャルを掛けられた水木君。両肩を痛そうに回す彼の揶揄には、不機嫌さが最大限込められていた。その、ごめんね水木君……。

 

 同じく後藤さんも恐縮しきり。それに比べて、伊地知先輩の視線はなぜか冷ややかだったけど。

 

「というか、ぼっちちゃんも喜多ちゃんが来るって教えてよ。びっくりしちゃった」

「そ、その、何て伝えればいいか、分からなくて……」

「まあいいけどさ。それにしても喜多ちゃん、ギター弾けなかったのかあ。だから頑なに合わせの練習避けてたんだね」

「はい、ごめんなさい……」

 

 正式メンバーだから、と先輩方への連絡係だった後藤さんの伝え方が拙かったらしい。彼女が挙動不審だったのはそういう理由だったのね、それなら先輩方の反応も頷ける。経緯を伝えるのが気まずいってのも、それはそれで分かるけど。

 

 色々納得したと苦笑いする伊地知先輩に、私は改めて深々と頭を下げた。

 

「二人とも同じように怒られててウケる。でも、突然音信不通になって心配した」

「リョウ先輩……!」

「それこそ、最近は毎日線香供えてた」

「はぅっ!」

「あっ!? こら、リョウ!」

 

『お前なんてもう死んだものだと思っていた』

 

 拝むように手を合わせたリョウ先輩からの、捉えようによってはかなり痛烈な皮肉。言われて当然だけど、憧れの先輩から言われると……辛い。

 

「あっ……い、いや、そこまでのつもりじゃ」

「ほら、そんなこと言うから喜多ちゃん泣いちゃったじゃん」

「ぐっ。虹夏、うるさい」

「そ、その、いいんです。何を言われても仕方ないことを、私はしたんですから……」

 

 涙目になってしまった私を見て、伊地知先輩は半目でリョウ先輩を叱りつけた。実際の所、私を責める気もなかったらしい先輩は目を白黒させて、見たことがないくらい狼狽えている。

 

 でも、バンドメンバーが当日逃げ出すなんてことは──仲間を裏切るということは、本来それくらい重いことなのだ。

 

「喜多、顔を上げて」

 

 リョウ先輩はちょっと気まずそうに頰を掻いて。

 

「私も口が滑った。ちょっとからかおうと思ったくらいで、もう怒ってないから」

「……リョウ先輩」

「実際、私達みたいな駆け出しバンドでは割とよく聞く話なんだ。でも、ぼっちと水木がいなかったらどうにもならなかったのは覚えておいて」

「はい、すみませんでした」

「うん。私も言い過ぎたからおあいこ」

 

 リョウ先輩は目線が合うように身を屈めて、優しく、でも少し厳しく私を諭した。

 思わず一粒溢れた涙をそっと拭って、先輩は微笑みと一緒に頷き返した。こんな時に不謹慎だけど、その仕草ひとつひとつがとても綺麗で素敵だった。

 

「あーあー、この人たらしめ。まあ、逆に言えば二人がいたから何とかなったんだしさ。……個人的には、大変な目にも遭ったんだけど」

「なぜ、こちらを凝視されるのですか?」

「胸に手を当ててみろコラ。それはともかく、こうして謝りに来てくれた以上、あたしたちはもう思うところはないよ。ありがとね」

 

 伊地知先輩も温かな笑みと一緒に、先日のことをあっさり水に流してしまった。

 むしろ彼女の隣の彼に怨恨が向かっていたようだけど、その水木君は柳に風。こんなに優しい先輩に一体何をしたのかしら……。 

 

 ……こんなあっさりでいいんだろうか。私は結束バンドのライブを、「特別」なものを台無しにしてしまうところだったのに。

 

 私はパイプ椅子を蹴とばす勢いで立ち上がった。

 

「それじゃ、私の気が収まりません。何か、罪滅ぼしをさせてください!」

 

「じゃあさ。今日一日、ライブハウスの仕事手伝ってくんない? 忙しくなりそうだから」

「は、はいっ。でもそれだけじゃ」

「いやいや、十分助かるよ喜多ちゃん」

 

 そう声を上げると、後ろのカウンター席でパソコンを弄っていた店長さん……伊地知先輩のお姉さんが、私に手伝いを持ち掛けてくる。私も異存はないけど、バイトとして働くだけじゃやっぱり足りない気がする。

 

「ふむ。なら罰ゲームってことで」

 

 ニヤリと意味深に笑った店長さん。彼女は私の肩を抱いて、バックヤードに引き込んでいく。

 コイツはなかなか素質がある、なんて横でうそぶかれてしまうとちょっと怖い。い、今から何をさせられるんだろう……?!

 

 なんて慄いていたものの。

 

「か、可愛い服ですね!」

「えっ、スゴ! とっても似合ってるよ喜多ちゃん!」

「看板娘になりそう」

 

 数分後、私は店長さんから手渡されたメイド服を身に付けていた。罰ゲームとはこのことだったらしい。

 

 コスプレでよくあるものと違って、丈が長い本格的なヴィクトリアンメイドの給仕服。確かにちょっぴり恥ずかしいけど、作りそのものは意外としっかりしていて、着心地もなかなか悪くない。先輩からも好評みたいで嬉しい!

 

「けどさあ……」

「店長のような妙齢の女性が、なぜ、あのような服を所持されているのですか?」

「……お前らも働け、もうバイトの時間だ」

 

 ただ、その……。店長さんは朗らかな伊地知先輩とは対照的に、吊り目がちの勝ち気な表情が特徴の男勝りな人。

 ……だと、思っていたんだけど……。

 

 お姉さんがメイド服なんて持っていたのを知らなかったのか。どことなく物言いたげな伊地知先輩の隣で、水木君はそれを端的に言語化した。

 

 店長さんは二人からあからさまに顔を逸らして、誤魔化すように手を叩いた。

 

 

 

 

 

「それにしても手際がいいよねぇ。すごいよ喜多ちゃん」

「全く大したモンだ。接客自体初めてなんだろ? それに比べてリョウや水木、あいつらも君くらい愛想がよけりゃいいのに」

「あ、あはは。……私、人と関わるのが大好きなんです!」

 

 訝しむ視線をぶった斬って始まったレクチャー。一通りドリンクバーの手ほどきを受けた私を、店長さんと伊地知先輩の姉妹は感心しながら褒めてくれた。

 なんだか照れ臭いけど、我ながらなかなか上手く熟せたんじゃないかしら。私はこういう、人と接する仕事が向いているみたいだ。

 

「礼儀作法は弁えているつもりなのですが」

「惰眠を貪る余裕までできてしまった」

「そうじゃねーだろ。あとリョウは給料引いとくからな」

 

 店長さんは私を引き合いに揶揄を飛ばすも、まるで響いた様子のない二人。

 

 ……水木君が直さなきゃいけないのは礼儀作法じゃなくて、いかんせん滲み出ている人を食ったような態度じゃないかしら。でも、リョウ先輩のお休みに貢献できるなら私頑張るわ!

 

 そう意気込んでいると、彼らの隣からどこか儚げなギターの音色が聴こえてきた。

 

「ぼっち、さっきからそんな所で何やってるの」

「あっ、アイデンティティの喪失中です……。では、聞いて下さい。『♪その日入った新人より使えないダメバイトのエレジー』」

「おお、新曲ですね。今日は2本も聴けるとは」

「コイツ自然体でクソ野郎だよな」

 

 どういう経緯かゴミ箱に籠ってしまった後藤さんが、どこからともなく取り出したギターを奏でている。

 ……ん? そ、それどころか、ギターを弾きながら何か大事なものが抜けていっている!

 

 彼女の口から天へ昇っていくエクトプラズムを、リョウ先輩と何故かほくほく顔の水木君が見送っていた。先輩はともかく、後藤さんの友達のはずの水木君はそれでいいの……?

 

 悲嘆に暮れながら、ふわふわしたコーラスに導かれて昇天する後藤さんの魂(?)。それが弾けると同時に、私たちの脳内に溢れ出した存在しない記憶……!

 

 

『短い間だったけど、貴重な体験ができて楽しかったです』

 

 

 

ご視聴ありがとうございました。

 

 

 やけにキラキラした背景の下、後藤さんを中心に伊地知先輩やリョウ先輩、そして私が満面の笑みを浮かべてピースサインをする。まるで何かのエンドカードのような光景。

 

『くくっ、くくくっ、くはははははっ! あっははははははは!!!』

 

 ──そんな雰囲気をぶち壊しながら、背後で一人謎の狂笑を上げ続ける弾き語り(ジャンキー)

 

 

 ……私達はまだしも、水木君がなんかヤバい。

 いや、彼が私達のように和かに笑うのも想像できないけど。脳内に迸る異様な白昼夢を他所に、リョウ先輩はおもむろに水木君の肩を叩く。

 

 確かに、喫煙飲酒はバンドマンの華。けど。

 

 

「水木。現代で麻薬(ヤク)はマズい」

 

 

 ええ……。

 

「警察に行こう。喜多は悪いバンドマンの真似はするなよ」

「人聞きの悪い物言いはやめて頂けませんか? 確かに後藤さんとの初対面、あんな風に笑った覚えはありますが」

「なんで?(困惑)」

 

 わざとらしく沈痛な顔でバンドマンへの偏見を押し付けるリョウ先輩を、水木君は不服そうに睨む。なんだけど、初対面であんな風に笑うことってあるの?

 

「しかし貴女方も見えているということは、どうやら弾き語りの効果のようですが、ぐっ……」

「サイケデリック・ロック。LSDをギターで再現するとは、うっ、ま、マジか……」

「ええ……」

 

 いつの間にか、ほんのり暗く光る何かがはらはら舞う非現実的な走馬灯。まるで理解が追いつかない私を横に、二人の目からは段々光が消えて、トロン、と恍惚とした表情に……。

 えっ、まさか本当にキマッちゃってる!?

 

 

 ──どこからともなく、らんらららん、と、少女のか細く囀る声。

 

 ……降っているのは粒子というか、胞子? それを吸い込んだら、あ、あれ、私もなんだか気分が沈んで、た、立てない……。

 

 

「本気で時給から引くぞ、働けコラ」

「水木君にリョウも一緒になって意地悪しないの。ぼっちちゃん、喜多ちゃんにドリンク教えてあげて?」

「は、はい! せ、先輩バイトとしての威厳を……!」

 

 ……ハッ!? わ、私は一体何を……。

 寝起きのような気怠さを振り払って、ぼーっとしていた意識をなんとか引き上げる。後藤さんの領域範囲外だった二人の注意で、あのギタードラッグの効果が切れたらしい。

 

「……! ふう、なるほど。ぼっちだけにダウナー系か……」

「アナログの電子ドラッグとは末恐ろしい」

 

 キマッていたリョウ先輩と水木君も正気に戻ったのか、少々フラつきながら頭を振っている。……会話の内容はとてもじゃないけど正気とは思えなかったんだけど。

 動揺を隠せない私に何を思ったのか。陶酔の名残で頬を薄く染めて、艶っぽく上気した少年が歩み寄る。

 

 自身の悲嘆の感情を他人の脳内へ直接叩き付けるほどの幽玄な表現力。

 にも関わらず決して粗雑に陥ることなく、しなやかで美しい旋律との両立。

 

 二律背反が齎す快感。目を爛々と輝かせ、水木君はなぜか我が事のように胸を張った。

 

 

飛ぶでしょう、彼女

「お前それでいいのか」

 

 

 ええ……。

 

 

 

 

 

 店長さんから課せられた罰ゲームとして、メイド服を着てカウンターの仕事を熟す。なぜか発生した集団幻覚とか、弾き語りをキメてトぶジャンキーとか色々あったけど、あまり深く考えないようにしよう……。

 

 それはともかく。

 

「後藤さん、大丈夫? そんなにひどい火傷じゃなくてよかったわ」

「イキってすみません……」

 

 手にホットコーヒーをこぼしてしまった後藤さんの手当てをしなくちゃ。軽い火傷みたいだし、濡らしたハンカチを当てれば大丈夫かしら。

 ……硬くなってしまった指が、後藤さんの柔らかな手指をなぞる。これだけが私の練習の成果だった。

 

「柔らかいのね、後藤さんの指」

「えっ? ……ああ。その、えっと、最初は硬くなるんですけど、もっともっと練習してると、だ、段々、柔らかくなるんです」

「そうなの?」

「は、はい。ギターを始めて最初の頃は、私も、指を弦で切っちゃったりして。痛かったなあ」

 

 なんとなく彼女の指をつまむと、しなやかだけど、分厚くて頼もしい革のような感触。なんでもギターに習熟するにつれて、余計な力を込めずに弾けるようになるからなんだとか。

 激しい嵐のような演奏に込められた年月と努力が、その指にも現れている。後藤さんは懐かしそうに照れ笑いした。

 

「後藤さんは、何でギター始めたの?」

「うえっ?! えっと……せ、世界平和! 世界平和を伝えたくて……」

「ふーん。やっぱり、意識高いのねぇ」

 

 後藤さんは、どうしてあんなにギターが上手くなれたのかな。なんだか感慨深くなって軽く訊ねては見たものの、私にはあまりピンと来ない答えだった。うーん、かの『イマジン』みたいに、アーティストってそういうモノなのかしら。

 

 

 ──後から振り返ると、後藤さんってちょっと……いや、かなり俗っぽい感性の持ち主だったんだけど。

 

 

「は、はは。えっと、喜多さんは……」

「私は昼言った通り、リョウ先輩に憧れて。不純よね」

「い、いえ……。リョウさん、カッコいいから」

「ちょっと浮世離れしてる雰囲気とか、ユニセックスなルックスとか。何より楽器が様になってるのよね!」

「あっ、分かります。私はどうしても、楽器に持たされてる感じになっちゃって……」

「分かるわ! 楽器が本体みたいになっちゃうわよねぇ」

 

 そのままドリンクコーナーの奥にしゃがみ込んで、リョウ先輩談義から始まった楽器談義に花を咲かせる。まだお客さんもいないし、ちょっとくらいいいわよね。人見知りみたいだった後藤さんも、楽器の話だと結構食いついてくれて、結構話も盛り上がったと思う。

 

「でも後藤さんも、昼休みとか様になってたわ!」

「えっ、……え、えへへ。そ、そうですかね?」

 

「観客に背を向けてたのはちょっとどうかと思ったけど」

「うぐぅっ!?」

 

 思わず放ってしまった言葉の刃が後藤さんを貫く。いや、うん。()()()()()()一番かっ飛ばしていたのは後藤さんなのに、そのギターが観客からそっぽを向いてしまってはどうにも台無しというか。

 

 物置で弾き語りしていた時の、ギターを弾いている姿はカッコよかったんだけどね……。弾き語りの内容だったり、号泣していたりは置いておくとして。

 

「それに私、バンドってものにも憧れがあって」

「憧れ……」

「バンドって、第二の家族みたいな感じしない? 本当の家族みたいに一緒の夢を追う、そんな不思議で「特別」な関係……」

 

言葉の刃がなかなか抜けずに呻いていた後藤さんも、バンドにはそれなりに思う所があるんだろう。バンドへの憧れを語る私へ、気づかわしげな表情を向ける。

 

「そう! 私は結束バンドに入って、リョウ先輩の娘になりたかったのよ!」

「ええ……」

 

 リョウ先輩についての時だけは、彼女は一歩後ずさってしまったけども。

 

「これまで部活とか、何もしてこなかったし。私はそういう「特別」な何かになりたかったのかな」

「喜多さんは、特別じゃないんですか? 友達も多いし、勉強もスポーツも得意で……」

「私なんて大したことないわ、そんなの珍しくもないし。恵まれてはいるんでしょうけどね」

 

 くすりと、小さく忍び笑い。

 

「そしてだからこそ、バンドはもうやらないわ。けじめとしてギターは教わるけど、先輩達に披露して、改めて謝って、それで終わり」

「えっ……」

 

 後藤さんの息を呑む音が重なる。……後藤さん達にギターを習うことになった時から決めていた。いや、もしかしたら彼女達のライブを聴いたときからそうだったのかもしれない。

 リョウ先輩とも単なる友達なんかじゃない、特別な関係になりたかったけど。

 

 それ以上に、バラバラで今にも崩れそうだけど、それでも見る人が目を離せない、惹き付けられる。素人でも分かるほどの輝き。

 

「私じゃ本当の「特別」にはなれないって、思い知らされちゃったわ」

 

 強がって、くすりとはにかんで見せる。後藤さんと水木君。彼らこそがあのライブの中心で、元々あそこに居るべきだった。

 

 二人こそが「特別」なんだ。

 

 私がこれからどんなに練習したとしても、彼らの頂には一生届くことはない。素人に過ぎない私だけど、それでも確信できてしまう。あの演奏には、そんな不思議で圧倒的な迫力があった。

 

 ……だからこそ。

 

「水木君は、なんでピアノやめちゃったのかな」

「え、えっと、あの。……その」

「言いにくいこと?」

「……ごめんなさい」

 

『ピアノも触れなくなって久しいですしね』

 

 あの物置で淡々と、何でもないように零れた事実。あんなに綺麗な音楽を弾けるのに、どうして。

 

 彼女は気まずそうに眼を逸らして、しょんぼりと顔を伏せた。きっと彼の事情をそれなりに知っていて、でも今日知り合ったばかりの私に話せることじゃないんだろう。眉を下げた私に、後藤さんは少し慌てたように付け加えた。

 

「あっ、で、でも、……水木くんが「特別」だっていうのは、分かる気がします」

 

「私……ライブに出る決心がつかなくて、怖くて、震えてたんです。そんな時、水木くんは「僕がなんとかする」って背中を押してくれて」

「水木君が……」

 

 たどたどしく朴訥に、でも熱に浮かされたように頬を赤らめた、目の前の少女。

 

「その言葉を真に受けて、訳分かんないまま走っちゃう私を受け止めて、虹夏ちゃんやリョウさんとの橋渡しをしてくれて。そしてフロアのみんなまで、走れ走れって駆り立てて」

 

みんなが私と、私がみんなと一緒になってかき鳴らして、かき鳴らして。ひとりぼっちだった私が、みんなと──

 

 蕩けて恍惚とした表情で、後藤さんはあのライブの高揚を語った。ぶるぶると震えたその声には確かに、私のフロアでの体験にも通じるものがあった。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。……変なこと言っちゃいましたよね」

「ううん。私もなんとなく分かるから」

「水木くんもライブの後、楽しかったって言ってました。ピアノを弾かずにはいられなかった、また音楽がなければいられない夜が来たらって」

「そっか。なら、きっと大丈夫」

 

 どうして彼がピアノをやめちゃったのかは分からない。でも、きっと彼は戻ってくる。

 ちょっと、幾らか、……いや、かなり普通の人とズレてるかもしれないけど。でも、彼女のことを彼なりに大事に思っている水木君が、後藤さんを放っておけるはずがない。

 

 根拠はないけど、そう思った。

 

「喜多さんは、それでいいんですか?」

「いいのよ。後藤さんと水木君のおかげで、逃げ出したままには……嫌な思い出だけにはならずに済みそうだから。そろそろ開店みたいね、お仕事しなきゃ!」

「……はい」

 

 ライブハウスの開場、ドアが開いた鈴の音。後藤さんの悲しげな声に甘えてしまいそう。それを振り払いたくて、私は努めて明るく声を張り上げた。




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