"汁物屋マジ旨し"~魔法少女の裏側でこっそり怪異狩っちゃいます~ 作:ティファールは邪道
ー……うわ、本物だ……本当に幼い見た目だなぁ……本当に二十歳越えてるの?高校生位にしか見えない……
公平は若干失礼なことを心の内でそう呟きながらも、顔にはスープ屋の店主としての、人当たりのいい笑みを張り付かせたままでいた……
実際の桜木カナは、想像以上に線が細く、小さいからだも相まって幼く見えてしまう……
何より、顔色が少し青く、ガサツキがちな歩き方からも彼女が極限の緊張状態にあることが見て取れた……
「……あの、すいません。ここで食べたいんですけど、大丈夫ですか……?」
カナは申し訳なさそうに、おずおずと店内を見回した……
彼女の視線が、木のカウンターに施された幾何学模様(神字)や、アンティークランプを通り過ぎる
もちろん、一般人の彼女にそれが念能力の産物だとは分かるはずもない。ただ、極度の緊張で過敏になっていた五感に、店内の不自然なほどの「空気の穏やかさ」がひどく心地よく感じられているようだった……
「ええ、もちろん。いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ」
公平が声をかけると、カナはホッとしたように息を吐き、カウンターの端の席に小さくなって腰掛けた
「あの……メニューって……」
「うち、朝は『ポトフ』か『ミネストローネ』の二種類だけなんですよ。どちらもサイドにパンとドリンクが付きます。どちらにしますか?」
「えっと……」
カナは手元のメニューを見つめたまま、少し言い淀んだ
実は、これから大手企業である
『(株)MURAOKA』の面接を控えているのだが、何度も面接を落ちたせいで緊張のあまり今朝から胃がキリキリと痛み、朝食をまったく受け付けなかったのだ……
しかし、このままでは面接に集中ができない……
そんな時に、駅の路地裏から漂ってきたこの店のスープの香りが、不思議と鼻腔をくすぐった。「スープなら、少しは喉を通るかもしれない」――そう思って、吸い寄せられるように入ってきたのが本音だった
「すいません……実は今、ちょっと緊張していて、あまりお腹に入りそうになくて。……あの、パンとドリンクは無しで、スープだけでいただくことはできますか?」
カナは申し訳なさそうに尋ねた
ーなるほど、一話の面接前か……そりゃあ胃も痛くなるよなぁ……
公平は原作の時系列を察し、小さく苦笑した……
見れば、カナの周囲からは、焦燥と不安からくる微量なオーラが、本人の自覚なしに常にチョロチョロと垂れ流されている。それがカウンターの木目に刻まれた『神字』を介して、じわじわと店の熱源へと吸い込まれ、変換されていた……
「分かりました。じゃあ、スープのみ……具の小さいミネストローネだけにしましょう。……温かいのを飲めば、少し楽になりますよ」
「えっ……あ、ありがとうございます……!」
公平の細やかな気遣いに、カナの表情が少しだけ和らいだ
公平は寸胴鍋に向き直ると、おたまを取り、紙製のボウルに具だくさんのミネストローネを注いだ
その際、カナが食べやすいように大きめの大根や人参を手際よく軽く潰していく
「はい、お待たせしました。温かいうちにどうぞ」
湯気が立ち上る紙ボウルが、カナの前へと差し出された
「……いただきます」
カナはスプーンを手に取り、まずはスープを一口、そっと口へと運んだ
その瞬間、カナの動きがピタリと止まる
「……っ!」
大きく見開かれた目が、信じられないと言わんばかりにスープの器へと落とされる
じっくりと時間をかけて引き出された野菜の極上の甘みが、冷え切った口内から喉、そして胃袋へと優しく、だけど確かな力強さで流れ込んでいく
スプーンで簡単に崩れるほど柔らかい人参と大根、スープのベースにしっかりと溶け込んだキャベツの旨味……
そして、少し脂の溶け出したベーコンの塩気と食感がトマトの酸味のアクセントとなっている……
一口、また一口……
さっきまで「何も食べられない」と拒絶していた胃袋が、嘘のようにこのスープを欲していた。カナは夢中でスプーンを動かし始めた。
不思議な感覚だった
ただ美味しいだけじゃない。スープが喉を通るたびに、カチカチに強張っていた肩の力がフッと抜け、頭の芯がすうっと軽くなっていくのが分かる。さっきまで頭を占拠していた「面接に落ちたらどうしよう」という不安の霧が、綺麗に晴れていくような心地よさ
「(あ、今、オーラの流れが綺麗になったな)」
カウンターの向こうでそれを見ていた公平は、内心でにやりとした
荒ぶって漏れ出ていた負のオーラを神字が吸い取り、代わりに公平の純度の高いオーラで煮込まれたスープが、彼女の生命エネルギーを内側から綺麗に補填・循環させているのだ……
実質的なプチ癒やし(ヒーリング)である
気づけば、カナはスープを最後の一滴まで綺麗に飲み干し、ふぅ、と深く、今度は心地よさそうなため息を吐いていた
「……すっごく、美味しかったです。なんだか、胃の痛みがどこかに行っちゃいました」
カナは先ほどまでの青ざめた顔から一転、血色の良い、澄んだ笑顔を公平に向けた
「それは良かったです。朝一番のご飯ですからね、温まったなら何よりです」
公平が微笑むと、カナは財布を取り出した
「スープだけですので、300円で大丈夫ですよ」
「えっ!? そんな、こんなに手が込んでいるのに……!」
「いや、煮込んだらそのままほっておいていますし、そんなにてはこんでないんですよ?」
公平は優しく微笑みながら、カナのリクルートスーツに視線をやった
「それに、そのスーツを見る限り、これから面接なんでしょう? 応援しています。いってらっしゃい」
公平のあたたかい言葉に、カナは胸の奥が熱くなるのを感じた
ぎゅっと拳を握りしめ、力強く頷く
「は、はい……! すごく緊張してたんですけど……このスープのおかげで、なんだか全力で頑張れそうな気がしてきました!」
「それは心強い。面接、上手くいくといいですね」
「はい! ありがとうございました。ごちそうさまでした!」
カナは深々と頭を下げると、さっきまでの悲壮感が嘘のような、生き生きとした足取りで店を出て行った
――カランカラン♪
ドアベルが鳴り、静かになった店内
公平はおたまを片手に、小さく息を吐く
「……まぁ、多分原作通りなら落ちるんだけどね……」
そう呟きながら、公平は次の注文に向けて、再び寸胴鍋のスープをゆっくりとかき混ぜ始めようとしたところで……
「ん?……怪異?」
冷蔵庫の下の隙間から、スライムのような怪異が発生していた……
「この前点検して貰ったのになぁ……」
ー点検漏れかな?
そう言って、の怪異に手を向ける公平……
その瞬間
ーパキパキパキパキッ!!
怪異が音を立てながら凍り付いた
「このぐらいなら、殺しても問題ないよね?」
そう言いながら、向けていた手を振ると、怪異はパリンッ!!と音を立てて割れると同時に消滅した……
「さて、そろそろピーク来るし、気を引き締めますか!」
そう言って、彼はエプロンをキュッと絞めるのであった