恵ちゃん至上主義?   作:名無しのナナ氏

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11.中間テストとアクシデント?

 

 中間テストの範囲変更が、Dクラスだけ通達されていなかった。

 まさかそんな訳はないだろうと楽観視していた私に、その事実は大きな衝撃を齎した。まごうことなき戦犯だ。いや、本来ならクラスに通達すべき担任の茶柱先生が、それを怠った時点で彼女にも非はある。だとしても、先週の金曜日時点で、既に翔子から聞き及んでいた私が皆に情報を共有しなかったのは言い訳のしようがない。

 あの後、慌てて職員室へ確認を取りに向かった堀北さんたちによって、テスト範囲の変更が知らされたクラスメイトたちは、一週間の勉強が無駄になったと知って阿鼻叫喚の様相を呈していた。一教科だけならなんとかなったかもしれないけど、全教科となれば話は別。残り一週間でどうにかなるレベルじゃない。優秀なクラスの生徒ならともかく、不良品と揶揄されるDクラスの生徒なら尚更。

 

 私は、もうクラスの皆に合わせる顔がなかった。

 幸いにも彼らのヘイトは茶柱先生に集中している。今のところ、憤慨したクラスメイトに問い詰められたりはしていない。もしかすると、堀北さんか櫛田さん辺りが情報を伏せてくれたのだろうか? そうなると平田くんも一枚噛んでいるかもしれない。それか単に或いは、図書館での一件で危険人物として認知されてしまった翔子の、その相方である私に面と向かって糾弾できないだけなのか。どちらにせよ、教室の居心地は頗る悪かった。誰も何も言ってこないのが、逆に罪悪感を募らせる要因になっている。いっそ、クラス会議でも開いて責任を追求してくれたほうがマシに思えてきた。

 

 ホームルームが終わり、放課後を迎える。今日は終ぞ、翔子以外の誰とも言葉を交わさなかった。いよいよぼっちの仲間入りだ。

 残っている理由がないのでとっとと鞄を持って教室を出る。途中、何か言いたげな目をしていた平田くんがこちらを見ていた。

 

「あ、恵ちゃん」

 

 廊下を出て直ぐ、翔子と合流する。彼女が嬉しそうに顔を綻ばせると、私もつられて表情が緩む。気まずい学校生活の中で、翔子の存在だけが私にとっての清涼剤の役割を果たしていた。

 

「なんだか疲れてる?」

「分かるもんなの? そういうの」

「恵ちゃんのことは何でもお見通しだよ。まあ、分かりやすく疲れた顔してたからね」

「そっか」

 

 手を繋いで廊下を歩く。すれ違った生徒が翔子を見るなり、露骨に道を開けた。翔子はそれが当たり前みたいに一瞥すらしない。

 

「……最近、教室に居ても疎外感みたいなの感じちゃってさ」

 

 少し俯いて、ぽつりと呟く。

 

「あたしの自業自得だなんて分かってるんだけどね。翔子のことばっかり考えて、優先して。おかげで話し相手も居なくなっちゃったし、今だって人の目が気になってさっさと教室出てきたんだから」

「あんまり無理しないでね? 辛かったら学校休んで良いんだよ?」

「そこまで重症じゃないけど……ってか一回休んだらそのまま不登校になりそう」

「そうなったら私が養ってあげる。ずっとお部屋で過ごしていいからね」

「あたしを立派な引きこもりに育成しようとしてなーい?」

「してるー。ふふっ」

 

 軽口を叩きながら翔子と帰る。それだけで、疲れていた心がどんどん元気を取り戻していくのを実感した。悩み事なんてちっぽけで、どうとでも乗り切れる気さえしてくる。

 

「そうだ、あんたはどうなわけ? クラスのこと、あんまり話さないじゃない」

「私?」

 

 下駄箱で靴を履き替えながら、そんな話題を振る。前々から興味はあった。不良品の集まりなDクラスと違い、彼女は天下のAクラス様なのだ。成績優秀と聞くし、やっぱり男女共にガリ勉が多いのだろうか。なんとなく、メガネ率高そうだなーなんて割と失礼な先入観を抱いていた。

 

「私も恵ちゃんと似たような感じかな。図書館の一件でだいぶ腫れ物扱いだけど、そこは別にどうでも。ただ、面倒な二人に釘は刺されちゃった」

「面倒な二人?」

 

 校舎を出て、並んで歩く。翔子は少し困ったように眉をひそめて、それからえっとねーと言葉を続けた。

 

「Aクラスは確かに優秀な生徒が多いけど、一枚岩じゃないんだよ。リーダーの座を巡って派閥争いの真っ最中でね。私は恵ちゃん一筋だし、Aクラスの卒業特典とか意味ないし、クラス間の競争とかほんっとどうでもいいんだけど……向こうとしては、優秀な人材を遊ばせとくのは勿体ないみたい」

 

 個々人で好き勝手やってるうちらとは大違いだ。Dクラスでリーダーが誰になりそうか考えてみると、きっと平田くんか櫛田さんが妥当だろう。あの二人なら人望もある。まあ、何人か我が強い生徒もいるから、一筋縄じゃいかないと思うけど。

 

「派閥は二つ。リーダー候補の名前はこの際良いとして、どっちもクラスメイトを自分の派閥に引き入れて地盤を固めてる。今はもうクラスのほぼ全員がそれぞれの派閥に所属したらしくて、残ってるのは私だけなんだって」

「へー。翔子はどっち側につくの?」

「どっちでもないよ。不干渉。面倒だもの」

「えぇ……それ、むしろますます面倒にならない?」

「うん、ただいま絶賛面倒になってきてる。両方の派閥から頻繁に勧誘されててね。いい加減鬱陶しくなってきたところ」

 

 よほどしつこく勧誘されているんだろう、辟易とした表情を見せて彼女は小さく溜め息を零す。

 

「入るだけ入ればいいじゃん」

「やだ。誰かの下になんてつきたくない。上から指示されるのも嫌。私は恵ちゃんのことで手一杯だもの、他人に構ってる暇はないの」

 

 わがままだなあ、と思うと同時に、そこまで私を一途に考えてくれているということに、ちょっぴり嬉しくなる。恥ずかしいので、それを口には出さなかったけど。

 

「だから、誰になんと言われようと、私はずっと恵ちゃんと一緒にいるよ。誰にも邪魔させない」

 

 翔子は私ににっこりと微笑みかけて、ぎゅっと手を握った。今はそれがたまらなく嬉しい。

 

「……あ、そうだ恵ちゃん。今のうちに良いもの渡しておくね」

「良いものってなによ」

「そりゃあ良いものだよ。はい、これ。絶対恵ちゃんの助けになるから」

 

 肩に掛けた鞄から、翔子は一枚の用紙を取り出す。渡されたそれを手にとって見てみると、どうやらテストの解答用紙のようだった。

 

「それ、中間テストの過去問だから」

「え? 過去問って――」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、徐ろに手を伸ばした翔子が、私の口元にそっと人差し指を当てる。

 

「内緒だよ」

 

 

 

 

 

 

 数日経ったある日の木曜日、その放課後。

 今日も今日とてホームルームが終わるなり、私はそそくさと教室から退散しようとしていた。翔子のクラスでの話を聞いて、あいつも苦労してるんだなあと共感したからか、疎外感も多少マシに感じている。これもそのうち慣れてくるだろうし、今は辛抱するとしよう。実害だってないのだから。

 

「皆ごめんね! ちょっとだけ私の話を聞いてほしいの!」

 

 席を立とうと腰を上げた直後、やおら櫛田さんが声を上げた。無視するのも流石に印象が悪いと思ったので、渋々腰を下ろす。

 

「明日はついに中間テストだけど、皆も今日まで沢山勉強してきたと思う。突然範囲が変わって不安に感じた人もいるんじゃないかな。だけど、そのことで私から皆の助けになれることがあるの」

 

 注目を一身に集めた櫛田さんが、前の席からプリントを配り始める。回ってきたそれを受け取って見ると、見覚えのある解答用紙だった。

 

 ――これ、翔子から貰ったやつと同じじゃない?

 

 そう思った私は、鞄からこっそりプリントを取り出して見比べてみると、出題される問題や解答が全て一致していた。異なる箇所と言えば筆跡くらいなものだけど、翔子から貰った方は筆跡と言うよりデータ入力された文字が印字されている。対して、櫛田さんから配られたそれは、文字に若干のクセのようなものがあり、明らかな手書きだった。

 

「マジかよ! これさえあれば高得点間違いなしだぜ! さっすが櫛田ちゃん!」

 

 池を筆頭にクラスメイトが沸き立つ。テスト勉強に追われていた生徒からすれば、思いがけない天の恵みを手にしたようなもの。感極まって目尻に涙さえ浮かべるクラスメイトもいた。

 

「よっしゃあ! このことは他クラスの奴らには秘密にして、俺らだけで高得点取って見返してやろうぜ!」

 

 すっかり有頂天になった池が拳を突き上げて吠える。少なくない人数の生徒が彼の熱気に当てられて賛同を示す。私はそれを横目に二枚の過去問を鞄にしまい、こっそりと教室を抜け出た。まさか、櫛田さんまで過去問を手に入れてるなんて思いもしていなかった。こういう裏技じみた方法を使うようなタイプには見えなかったから、なおのこと驚いている。

 

「翔子っ」

 

 ちょうどAクラスの教室から出てきた彼女に駆け寄る。

 

「あら恵ちゃん。そんな急いでどうかしたの? 私に会いたくなっちゃった?」

「それは、まあ……なくもないけどっ、それより、ええっと……」

 

 あからさまに周囲の視線を気にする私を容易に察して、翔子はいつも通り私の手を取った。

 

「お部屋で話そっか」

 

 翔子に連れられ、ちょっぴり急ぎ目に寮へと帰る。その足で翔子の部屋に上がり、鞄から件の過去問を取り出してみせた。

 

「これなんだけど……」

 

 プリントを受け取った翔子は、僅かに驚いたように眉を上げた。

 

「……恵ちゃん、これは?」

「うちのクラスの櫛田さんが配ってたの。ほら、この間図書館で会った女子」

「へえ……ちょっと意外。こういうの、思いつきはしても、それを実行に移すような子には見えなかったんだけど」

 

 翔子は目を細めて、真剣な面持ちでテスト用紙をじっくりと観察する。私もクッションに座ったまま黙ってそれを見守った。それからしばらく沈黙が続いた後、呟くような声量で彼女は淡々と喋り始めた。

 

「筆跡に癖がある。漢字の書き順も変だし、止め、跳ね、払いが出来てない。字の大きさもブレてて全体的に均一じゃない。……DかCの上級生かな。櫛田さんが買うとしたらDクラス一択」

「そこまで分かっちゃうんだ」

「まあ、成績の悪い人って大体字も汚いから。それに、櫛田さんってDクラスの人でしょ? 用意できる軍資金なんて高が知れてるだろうし、AやBクラスの生徒に交渉を持ちかけても吹っ掛けられて手が届かないと思う。馬鹿にされて交渉のテーブルにすら着けないかもね。なら、売り手は絞られる。金銭面に余裕がないCとD……特にDクラスは、交渉相手が同じDクラスだって分かれば、同情して値引きに応じてもおかしくない。先輩方だってポイントは欲しいはず、折角のチャンスをふいにしたくないだろうし」

 

 はあ、と翔子が大きく溜め息を吐いて肩を落とす。しょんぼりした様子で、ぐでーっとカーペットの上で大の字に転がるほど落ち込んでしまう。翔子らしからぬ珍しい光景だった。

 

「あーあ、せっかく私が恵ちゃんのためにポイント払って真嶋先生から買ったのに~。他の女が被せてきた~」

 

 ごろごろとまるで子供みたいに拗ねる翔子に、私も思わず小さく吹き出した。高身長の女子が駄々をこねているとギャップとインパクトが凄い。

 

「なーにー? そんなにやだったんだ~?」

「やだやだやーだー。恵ちゃん盗られる~!」

「向こうはそんなつもり1ミリもないってば。それに、あたしは翔子の――」

 

 ものだから。と続けようとして、急速に頭が沸騰しそうになる。危うく自分の口からとんでもワードが飛び出すところだった。無意識だったとは言え、私がどれだけ翔子に傾倒してしまっているかが再確認出来てしまった。熱い、なんかもう、顔どころか全身が茹で上がるんじゃないかと錯覚するくらいに熱かった。

 

「私の? なぁに?」

「な、なんっ、でもないっ」

 

 にまにまと、弄りがいのあるオモチャを見つけたみたいな顔で、起き上がった翔子が四つん這いでにじり寄ってくる。青い瞳を爛々と輝かせながら、わざとらしく舌なめずりをした。

 

 あ、このパターンは。

 

 そう思ったのも束の間、流れるような手つきで胸元のリボンを緩め、ワイシャツの第一ボタンが外される。

 

「恵ちゃんは可愛いなぁ」

「ち、ちょっとぉ……」

 

 ぷち、ぷち、と器用にシャツのボタンが外されていき、とうとう前が全開になってブラとお腹を外気に晒す。翔子は愛おしそうに臍の辺りを指でなぞり、それから茹でダコになった私に顔を寄せて軽く口付けた。床にそっと押し倒され、彼女を見上げる。これからそうなる(・・・・)のだと分かっていても、やっぱり胸のドキドキは止まらない。

 

「いいよね? シても」

「……うん」

 

 唇が触れ合う。指を絡めて、身体が重なる。お互いの体温を分かち合えば、魂さえも交わっている気がした。

 行為に耽っている間は、何も考えなくて良い。翔子に身を任せていれば、私は幸福で居られる。ただ、愛される。

 

 いつの日か、私から愛を贈る日が来るのだろうか。

 それはきっと、遠くない未来なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「――欠席者は無し。全員揃っているようで何よりだ」

 

 翌日。遂に訪れた中間テスト当日。教壇に上がった茶柱先生がニヒルな笑みを浮かべてクラスを見渡す。皆、苦しいテスト勉強を乗り越えて毅然とした面持ちで座っている。

 

 そんな中、私はただ一人、額に薄っすらと汗を滲ませて顔を伏せていた。

 

 ――腰、痛ったぁぁぁ……。

 

 完全にやらかした。

 テスト前日にも関わらず、休憩を何度か挟んでまで夜通し致してしまった。ろくに睡眠時間が取れていないばかりか、目覚めた段階で腰の異様な痛みに悶絶し、おまけに腰砕けで数十分も自力で立ち上がれなかったのだ。

 翔子も酷く心配して学校を休ませようとしてきたけど、流石に中間テストを休むのはマズいと判断し(翔子は私がなんとかするからと言っていたけども)、彼女に担がれてどうにか登校。クラスメイトに怪訝な顔をされながら、よろよろと席についた私は櫛田さんや平田くんに色々な意味で心配された。

 

 馬鹿である。もうほんっと馬鹿である。翔子も翔子で腰ばっかり重点的に責めてくるのは勘弁してほしい。止められなかった私にも非はあるけど、それでももっとこう手心と言うか……いや、途中からほぼ意識飛んでたから止めるも何もなかったんだけどさ。

 

 幸い。テスト自体はどうにかなる。翔子から早い段階で貰った過去問もあるし、事前にちゃんと範囲を勉強できていたのが大きい。昨日サボった分、全教科満点とは行かないにしてもある程度の高得点は期待できそうだ。少なくとも赤点はまずない。

 

 私が鈍痛に冷や汗をかいている間にも、テスト用紙が回ってくる。あぁ、後ろにプリント回すのも辛い。

 

「さて、お前らに嬉しいお知らせだ。今回の中間テスト及び7月に実施される期末テストで、誰一人赤点を取らなければ、南の島へバカンスに連れて行ってやろう」

 

 どうでもいい。今は南の島よりベッドに行きたい。

 

「青い海に囲まれた島で、夢のような生活が待っているぞ。どうだ? 興味が湧いたら、死ぬ気で赤点を回避するんだな」

「やってやるぜ! なあ皆!」

『うおぉぉぉぉッ!』

 

 男子叫ばないで腰に響くから。ほんとに。今だけはマジでやめて。

 

「……全員、行き渡ったな。では――始め!」

 

 茶柱先生の合図と同時に、プリントを表へ返す。問題文が暗記した過去問のそれと一言一句合致しているのを確認して、内心安堵する。万が一の可能性を危惧していたけど、どうやら杞憂で済んだみたいだ。後は、記憶を頼りに問題を解いていくだけでいい。

 順調に空欄を埋めていく。時折、腰からの痛みが集中を乱してきたものの、どうにか一枚目のテスト用紙を仕上げる。繰り返し見直しをして、間違いがないか最後まで確認を怠らない。

 

 そうして二時間目、三時間目とテストは続き、その頃には痛みも幾分か和らいできていた。次に控えているのは数学。これも公式はちゃんと覚えているし、過去問の存在もあるので余裕を持ってクリアできそうだ。トリを務める英語も翔子と基礎を覚え直したので心配はいらない。

 ゆとりを持って過去問に目を通していると、なんだか須藤たちの席が騒がしいような気がしたけど、まあいつものことかと軽く流して、本日最後のテストを迎える。

 

 そうだ、良い点取ったら翔子と新しい服を買いにショッピングにでも行こう。

 

 腰をさすりながら、呑気に楽しい未来のスケジュールに思いを馳せるのだった。

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