恵ちゃん至上主義?   作:名無しのナナ氏

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12.ご褒美OneDay

 

 突然だけど、今から私が言う問題を聞いて、ちょっと真面目に考えてみてほしい。

 

 問い・ご褒美ってなんだっけ?

 

 色々言いたいことはあると思う。検索掛ければ直ぐじゃんとか言わずに、今だけでいいから付き合ってよ。

 さて、私こと軽井沢恵は今、人生の岐路に立たされています。ざっくり言ってしまうと(社会的に)生きるか死ぬか。これだけだとなんのこっちゃって話だし、意味深なこと言って気を引こうとするなっていう気持ちもわかる。ああ待って席を立たないでまだ序盤だから。

 まず皆も知っての通り、ご褒美の意味は目下の人や自分に与える報奨のこと。分かりやすく金品だったり、栄誉だったり。身近でもありふれたものよね、例えば子供がテストで良い点を取ったらその日の夕食が豪華になったり、犯人の逮捕に協力した一般人が警察から表彰されたりとか。皆も何かしら経験あるでしょ。私もそりゃある。

 

 ご褒美ってのは嬉しいもの。そういう認識で生きてきた。少なくとも、今日までは。

 

 ここで繰り返すけど、私は今人生の岐路に立っています。(社会的に)生きるか死ぬかの瀬戸際で、こうして皆に問いかけてるわけ。そして、私の現状を掻い摘んでお伝えした上で、最初の問いかけに答えてほしいの。

 

 ある日、私は中間テストで高得点を取りました。とても良い結果でした。五教科中、満点が三つ。後の二つは惜しくも90点台でしたが、それでもクラスで高順位をマークしました。

 そんな私は、半同居気味の相方・翔子にこれを報告。すると彼女は頑張ったご褒美として、私にあるものを用意していたと言います。私も嬉しくなって、つい期待を寄せてしまいます。

 

 なんだろうなと期待に胸を膨らませていると、翔子はとあるものを手渡してきました。

 そして、満面の笑みでこう言いました。

 

『恵ちゃん。貴方は今日一日、私のペットになってね♥』

 

 手渡されたのはファンシーな首輪(人間用)でした。

 

 問い・ご褒美ってなんだっけ?

 

 答え・翔子のペットになれる権利

 

 

 

 ――――あれ?

 

 

 

 

 

 

「――でさ、結局あの後何もなくて、須藤の退学がいつの間にか有耶無耶になってたのよ。おかしいと思わない?」

「んー、確かに変な話だね」

 

 中間テストが終わり、束の間の休日を迎えた私たちは、朝からベッドで横になっていた。互いに見つめ合う格好だ。

 

「採点ミスとか、学校の手違いじゃないんだよね?」

「それが違うんだってさ。ミスはないって茶柱先生言ってたし、須藤が赤点だったのは確定」

「でも何故か退学になってない……他になにか、変わったことはなかった?」

「えぇっと、んー……あ、そう言えば、茶柱先生が教室から出ていった後、綾小路くんと堀北さんが追いかけていったっけ」

 

 うむむ、と翔子が思案顔で思考を巡らす。こうして間近で拝むと、彼女の端麗な顔立ちを唯一ゆるゆるにさせている私は恵まれているなと実感させられる。こればかりは私だけの特権だ。

 

「考えられるとすれば、足りない点数をポイントで買ったか、赤点自体の取り消しぐらいだけど……後者はポイントが馬鹿にならないだろうし、前者が妥当かな。1、2点程度ならポイントを集めれば、Dクラスの生徒でも買えそうだからね」

「そこまでして須藤を助ける理由がわかんないんだけど」

「まあ、大方未来への投資ってやつだと思うよ。今のところ退学した際のペナルティが不透明だから、そこら辺も加味して慎重になったのかもね。それより――」

 

 やおら、翔子が上体を起こして私を見つめる。

 

「テストも終わったことだし、ぱーっと景気良く買い物でも行かない? 恵ちゃん、新しい服欲しがってたでしょ」

「わ、いいね。行く行く!」

「欲しい服、なんでも買ってあげるよ。高得点取れてたみたいだし、そのご褒美ってことで」

「マジ? やったっ」

「ふふっ、恵ちゃん頑張ってたもんね」

 

 無邪気に喜んで見せる私を見て、翔子も朗らかな微笑みを浮かべた。互いの喜びを分かち合える関係というのは、中々に居心地が良い。彼女の前では何一つ気負わずに、ありのままの自分で居られることの幸福さを日々噛み締めていた。

 

「そうだ、頑張った恵ちゃんには私からもう一個プレゼントをあげちゃいます」

 

 そう言って翔子は大層上機嫌でベッドから降りると、机の上に置いてあった小包を手に取る。私も体を起こし、興味津々にその様子を見つめた。

 

「なになに? 新作のアクセとか?」

「恵ちゃんが普段買ってるようなアクセサリーではないけど、まあ近いものかな。装飾品ではあるよ」

 

 小包の包装を破いて、彼女は取り出した中身をじゃんっと得意げな表情で見せつけた。

 

「はいこれっ、私から恵ちゃんへのご褒美! 大切にしてねっ」

 

 翔子が手にしていたのは、革製の赤い首輪だった。牽引チェーンとセットの。しかもハート型の南京錠まで着いているエグいやつである。どこをどう見てもそういうプレイ(・・・・・・・)にしか使われないであろうアイテムが出てきた。あと地味に小さい鈴がついていて、ちょっと可愛いのが憎らしい。思わず天を仰いでしまう。

 

「……ナニコレ」

「首輪だよ。恵ちゃん専用の!」

 

 既にリードを装備した翔子が興奮気味に言う。私は呆然とそれらを視界に収めながら、頭痛がしてきた頭を抱える。なぜ、これがご褒美なのだろう。もっとこう、あったんじゃない? アクセとか、メイク道具とか、色々さ……。

 理解不能の衝撃を受けて、目眩がするほどの困惑が押し寄せる最中、翔子はとびっきりの笑顔で私に通告した。

 

「恵ちゃん。貴方は今日一日、私のペットになってね♥」

「……なんでぇ」

 

 こうして、ご褒美と称した苦難? の一日が始まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ずるずると渋り続けたものの、抵抗虚しく私の首に輪っかが嵌められる。そのまま可愛らしい南京錠もロックされてしまった。鍵は翔子のスカートのポケットにしまわれ、自力では外せない。

 

「どう? 苦しくない?」

「いや、まあ……大丈夫だけどさ……」

 

 首輪の隙間に指を突っ込めるだけの余裕はある。けれど、引っ張ってみても首筋に革が食い込むばかりで、やはり自力で外すのは無理だと悟った。地味にちりんちりん鈴が鳴ってちょっとうるさい。

 これがただのチョーカーならまだアクセサリーとして抵抗感はないけど、こうもあからさまな束縛感マシマシのグッズを装着させられると、羞恥心が半端じゃない。部屋の中でも緊張しっぱなしで、いつまで経っても頬の熱が冷めやらない。むしろ、時間が経つにつれてどんどん気恥ずかしくなってきた。

 

「じゃあ、リード着けちゃうね~」

 

 されるがまま、チェーンも着けられてしまう。翔子はにこにこと、口角が吊り上がって裂けてしまうのではないかと思うほどに楽しげだ。これじゃ一体どっちのご褒美なのかわかりゃしない。

 

「まずはちょっと慣らそうか」

 

 向かい合う形でカーペットの上に座らされると、翔子はそう言って私に尋ねる。

 

「その前に、恵ちゃんは犬派? 猫派?」

「……猫派」

「じゃあ猫ちゃんの設定で行こうか」

 

 どうやら今日一日の扱いが決定してしまったようだ。

 内心、げんなりしていると翔子が徐ろに掌を差し出す。その手には何もない。疑問符を浮かべた私に、彼女は短く告げた。

 

「はい。お手」

「いや、猫はお手しないでしょ」

「賢い子はするみたいだよ。テレビでやってたもん。だからはい、お手は?」

 

 理不尽である。ワクワクした表情で期待に胸を膨らませる翔子を見ていると、どうにも断りきれなかった。絆されてるなあ、としみじみ感じずには居られない。渋々、雲のような白さの掌の上にぽんと手を置く。

 

「……はい」

 

 ご要望通りにお手をしてあげた。けれど翔子はお気に召さなかったらしく、むっ、と眉をひそめてしまう。

 

「はいじゃないよ。恵ちゃんは猫ちゃんでしょ? お手するときは何て言うのかな?」

 

 子供に常識を説くような物言いをされ、何故かやり直しを食らう。なるほど、今日は想像以上にハードな一日になりそうだ。

 羞恥心を押し殺して、私は飼い主の要求に従う。

 

「…………にゃん」

「あ゛~可愛いねぇ~! 良く出来たね~!」

 

 心の底から情けない『にゃん』だったにも関わらず、飼い主様は大変気に入ってくれたご様子でわしゃわしゃと私の頭を撫で回してくる。何なら私の胸元に顔を埋めたかと思えば、深呼吸を繰り返して深く吸われ始めた。猫吸いされても、私は等身大の人間なのだが。そこはちゃんと設定通りにやるらしい。というか胸元で吸われると結構恥ずかしいなこれ……。

 

 これが一日も続くのか、と考えるだけで気力が失われていく。まあ、翔子が楽しそうだからいいけど。

 

 超ご機嫌で吸ったり撫でたりと可愛がられるのは、確かに恥ずかしい経験には違いないものの、悪い気分にはならない。それは相手が翔子だからであって、見ず知らずの他人にこれをやられていたら過去のトラウマが蘇ってえずいていたことだろう。

 

「すぅ……はぁ……ああ、恵ちゃんの匂いがする。頭バカになっちゃう……」

「もう手遅れだと思う」

 

 肌に危ない粉を塗り込んだ覚えはないのに。

 

「――ふう。戻ってこれた」

「あんたヤバい目してたわよ」

 

 平静を取り戻した翔子に指摘すると、視線を逸らしてスルーされた。

 

「よし、じゃあ次はお散歩しよっか」

 

 なんてことのないように、ごく当たり前みたいな発言をさらっと投下して翔子が立ち上がる。一瞬、己の耳を疑って放心状態に入った私は、首輪に繋がれたリードをくいっと引かれることで我に返った。

 

「え、ちょ、マジ? ほ、本気で言ってんの!?」

「うん。可愛い恵ちゃんを皆に自慢しに行こうかなって」

「いやいやいや! 無理だって! 絶対無理!」

「大丈夫だよ。恵ちゃん可愛いもん」

「り、理由になってない……」

 

 翔子の目を見れば分かる、本気だ。本気で私に首輪をつけたまま外に連れ出そうとしてる。そんな暴挙を許すわけには行かない。調教プレイ真っ最中にしか見えないこの様な格好を他人に見られれば、スクールカーストは地に落ちる。クラスどころか学年、いや全校生徒から腫れ物扱いを受けること請け合いだ。そうなったらもう部屋から出られない。お嫁にだって行けるもんか。……それはまあ、翔子が貰ってくれそうだしいいか。

 

「とにかくっ、嫌だからね! 部屋の中だけならまだしも、外に出るなんて無理!」

 

 座り込んだまま頑としてその場から動かない意思を見せると、なおも翔子は食い下がる。

 

「ケヤキモールまで行くわけじゃないよ。ちょっと寮の周りを散歩するだけだから」

「それでも無理なの! 人に見られたらどうすんのよ!」

「恵ちゃん可愛い、ってなる」

「なるのは翔子だけ!」

 

 謎理論を展開する翔子にぎゃんぎゃん吠えて抗議する。翔子は困ったように腕を組んで私のことを見つめた。

 

「う~ん、困ったな。恵ちゃん、私のこと信じられない?」

「……別に、信じてないわけじゃなくてさ」

「じゃあ行こうよ」

「だ、だから嫌だって……」

 

 ぐい、とリードが引かれて前につんのめりそうになった。首輪が喉に食い込んで少し苦しい。それでも私は床に座ったまま抵抗を続ける。

 

「も~、わがまま言わないの。――あ、そうだ」

 

 ため息混じりに眉をひそめた翔子だったが、ふと妙案を閃いたらしく、微笑を浮かべて私の前で片膝を突いて目線を合わせると、耳元に顔を寄せてある提案を囁いた。

 

「もしお散歩に付き合ってくれたら――――恵ちゃんのクラスに移籍してあげる」

「えっ……?」

 

 クラスの、移籍?

 呆けたように困惑する私に、彼女はその柔和な笑みを絶やさずに説明を続ける。

 

「先生から聞いてない? 2000万ポイントさえ払えれば、どのクラスにも移動できる権利があるんだよ。まあ流石に額が大きいから、今直ぐってわけにはいかないけど……そうだなあ、現状だと、どんなに遅くても3学期中には移籍できそう。状況次第ではもっと早いかもね」

 

 頭がぐるぐるする。まるで福音を直接脳内にインプットされたみたいな、甘い衝撃。

 

 2000万ポイント。あまりに途方もない桁違いの額だ。私にはポイントを増やす方法なんて貸し借りぐらいしか把握できていないのに、彼女はその巨額を稼ぎ切る算段をつけている。私の思いもよらない方法で、それを実現させようとしている。――私のために。

 

「恵ちゃんは、私と一緒の教室で学校生活したくない?」

「そりゃあ……したいけど……」

「なら、お散歩行こ?」

 

 揺れる。揺れ惑う。軽くリードを引かれ、僅かに腰が浮いてしまうほどに。受け入れれば、遠くない未来に翔子と同じクラスで居られる。今以上に、綿密な時間が待っている。それは私にとって、あまりにも魅力的過ぎる甘言だった。

 

 床に手をついて、私は立ち上がる。

 

「……行く」

「ふふ、ありがとう恵ちゃん。大好きだよ、愛してる」

 

 ぎゅうっと一際強く抱きしめられ、そっと抱きしめ返す。散歩がなんだ。それくらい、甘い未来のためなら何の苦にもならない。

 

「行こっか」

「うん」

 

 引かれるまま、部屋を出た。まだ、人影は見当たらない。

 私たちは手を繋いでいなかった。だってリードで繋がっているから。その銀の鎖がちぎれない限り、私と翔子の運命は交わり続ける。お互いがお互いを必要とし合う。私たちはきっと、そういう生き物なのだ。

 

 それでも羞恥心が消えたわけじゃない。私は頻りに周囲を警戒しながら翔子の傍を離れない。歩く度に、鈴の音が首元で存在を示す。時々、翔子が指先で鈴と突っついてわざと音を鳴らした。音に気づいて、次の瞬間にでも部屋から人が出てくるんじゃないかと、気が気じゃなかった。心臓がばくばくと鈴の音に負けないくらい煩い。そんなところで競わないでほしい。

 

 誰にも見られることなくエレベーターに乗り込む。エントランスに、人はいるだろうか。隠しきれない不安を感じて、私は翔子の服の裾を掴んだ。大丈夫だよ、と翔子は柔らかく告げて私の前髪を指で梳く。それから頬を撫でて、また鈴を指で弾いた。りん、と音がエレベーターに響く。

 

「ふぇっ!?」

「っ……!」

 

 ドアが開いた途端、エレベーターに乗り込もうとしていた女子生徒のグループと鉢合わせてしまう。特に目を惹いたのはストロベリーブロンドが特徴の、いつぞや見覚えのある女子だった。私も彼女も、同じくらいに顔を真っ赤に上気させて狼狽える。リードが引かれ、彼女たちの横を慌ててすり抜けた。気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

 

「あ、あの!」

 

 やおら背中に声がかかる。ぎぎぎ、と出来の悪い人形みたいなぎこちない動きで振り返ると、女子生徒が顔を赤らめて尋ねてきていた。傍にいる友人らしき生徒たちも、目を丸くして私たちをまじまじと眺めている。

 

「土岐さんと軽井沢さん、だよね?」

「はい。そうですが、貴方は?」

 

 振り返った翔子が、余所行きの声と表情で対応する。私は視線を逸らして彼女の大きな背中の後ろに隠れた。それでもやっぱり、首元のそれに集中した眼差しが途切れるわけもなく。

 

「わ、私はBクラスの一之瀬帆波、ですっ。つ、つかぬことをお伺いするのですが!」

「なんでしょう」

「軽井沢さんに着けてるそれって……そういうアレ(・・・・・・)、だったりするのかな?」

 

 おそるおそる、一之瀬さんが私のそれに指を指す。頬を紅潮させて恥ずかしがる彼女は、同性の私から見ても可愛いと思える。きっと男子が見たら大興奮して写真に収めようとするぐらいには美少女だ。そんな彼女から、あんたらそういうプレイしてんの? 的な目で見られると私も若干心が痛い。

 

「可愛いですよね? 中間テストで良い点を取ったので、ご褒美として今日一日だけ、恵ちゃんにはペットになってもらってるんです」

「あれ? 土岐さんが貰う側なの?」

「いいえ? 恵ちゃんですよ。恵ちゃんがテストで良い点を取ったので、ご褒美に首輪をプレゼントしたんです」

「……んん?」

 

 一之瀬さんが可愛らしく小首を傾げる。分かるよ、意味不明だよね。貰って嬉しくないご褒美とか私も初めてだもん。

 

「ほら恵ちゃん、ご挨拶しないと」

 

 チェーンをちゃりちゃり鳴らして促される。非常に億劫だったけど、挨拶しないのも角が立ちそうだし、何より翔子の機嫌を損ねてまた変な要求をされるのも困るので、渋々彼女の陰から半身ほど出る。

 

「……どうも」

 

 ぶっきらぼうながら軽く会釈をして、また翔子の背中に隠れようとすると、ぐいっとリードを引っ張られる。俄に首が締まって潰れたカエルみたいな声が出た。

 

「な、なに?」

「恵ちゃんは猫ちゃんでしょ? 人の言葉は喋れないよね? じゃあ挨拶する時はなんて鳴く(・・)のかな?」

「うぐ……」

 

 清々しい笑顔でとんでもない無茶振りを言い渡され、私の貧弱な思考回路はショートしかけた。これがロボットだったなら火花と煙が出ているところだ。

 暴れ狂う羞恥心を気合でねじ伏せ、ぷるぷる体を震わせながら喉より渾身のひと声を絞り出す。

 

「……に、にゃあん」

「きゃあー! 偉いねぇ可愛いねぇー!」

 

 瞬時にキツく抱擁され、摩擦で発火しそうな勢いでわしゃわしゃと頭を高速で撫でられる。

 なんでこの人こんなにテンション高いんだろう。そう思わずには居られなかった。

 

「…………えぇ」

 

 見てほしい、一之瀬さんたちがドン引きしている。世紀のバカップルを発見したかのような冷え切った目つきで、私たちを視界に収めている。

 

「すごい……私も帆波ちゃんと……ふふ……」

「ち、千尋ちゃん? なんだか目が怖いよ?」

 

 若干一名、翔子と似た気配の人物が居た気がしたけど、見ないふりをした。なるほど、客観的に見るとちゃんと関わり合いになりたくないタイプなんだな。でもそれに毒されてる私って一体。

 

「それでは、私と恵ちゃんは散歩の続きがありますので」

「そ、そうなんだ。お邪魔しちゃったね。ご、ごゆっくり~」

 

 脱兎のごとく、表情筋を引きつらせた一之瀬さんたちがエレベーターに逃げ込んだ。

 

「しんどいにゃん……」

 

 心の声が漏れる。口を開けていればそのまま魂が出ていってしまうのではないかと思うほど、精神ががりがりと削れていくのを感じた。実は新種の拷問だったのかもしれない。

 

「じゃあ、お散歩の続きしようね~」

「……にゃふ」

 

 リードを引かれ、後ろをぽてぽてとついていく。もはや言語まで剥奪されてしまった私は、もう観念してにゃーにゃー言うことしか出来ない。このままだと来世の有力候補は猫になってしまう。

 

 少なくない人数の好奇の目に晒されながらエントランスを出る。寮の建物から一歩出れば、眩い初夏の日差しが肌を刺す。少し蒸した外気を肺に取り込んで、私はますますげんなりと肩を落とした。中間テストを乗り切ったはずなのに、心は全然晴れやかじゃない。一刻も早く部屋に返してほしいと願うばかり。

 

「――おや?」

 

 寮の周辺を歩き、ちょうど一周して玄関に戻ってきた頃、向かいからベレー帽を被った小柄な女子生徒と出くわす。片手には杖を突いていて、恐らく体が弱いのだろうと察する。傍らには仏頂面を浮かべたもう一人の女子が、そんな彼女に日傘を差している。

 二人とも、首輪で繋がれた私を一瞥して、まるでチベットスナギツネみたいに胡乱な目つきを向けてきた。

 

「……こほん。これはこれは、こんなところで奇遇ですね。土岐さん」

 

 あ、そのまま続けるんだ。

 

「ええ、ごきげんよう坂柳さん。それから神室さんも」

「……あんたにこんな変態趣味があったとはね」

 

 神室と呼ばれた気の強そうな女子が呆れたような表情で指摘する。なお、私には酷く同情的な生暖かい視線をくれた。その優しさが却って辛い。

 

「何をなさっていたかを聞くのは野暮というものですね。折角の休日です、クラスのことも、今は置いておきましょう」

 

 日傘の中、かつ、と杖を鳴らして坂柳さんが私を見据える。まるでビスクドールみたいな白い素肌に、端正な顔立ち。一瞬だけ翔子の姿と重なったけど、やはりそれはあまりにもかけ離れていた。

 

「そちらの方が、軽井沢恵さんですね? 貴方が懇意にしていると噂の」

「ええ。恵ちゃんこそ、私の愛しい人。私の運命の人です。あげませんよ」

「別に狙っているわけではないのですが……」

 

 少し困惑気味に坂柳さんが遠慮している。知的そうに見えても、翔子みたいなちょっと様子がおかしい女子には対処が難しいようだ。

 

「ともかく、クラス間の違いから今後はやっかみを受けることもあるでしょう。何かあれば、遠慮なく言ってください。私で良ければお力添えしますよ?」

「ご心配には及びません。その程度の些事、愛の前には全く無力ですので」

「それは頼もしいですね。土岐さんのようなクラスメイトを持てて、私も嬉しいですよ」

 

 不敵な微笑を浮かべて、坂柳さんが改めて私を見つめる。何もかもを見透かされているみたいな瞳に、僅かな不気味さを感じ取った。

 

「さて、軽井沢さん。色々と困難もあるでしょうが、土岐さんとはどうか末永く仲良くしてあげてください。彼女はAクラスの大切な同志ですから」

「にゃおん」

「お返事できてえらいね~よしよし~」

 

 適当な返事にも大げさに喜んで見せる翔子の変わりように、坂柳さんも唖然とした表情で言葉を失っていた。そりゃこうもなる。神室さんなんかもう『こいつマジか』みたいな顔で口角が引き吊っている。翔子もクラスでは深窓の令嬢的な存在として過ごしていたんだろうけど、きっと明日からは珍獣扱いだろう。恐らく私も。

 

「……ではまた、学校で」

 

 なんとか持ち直した坂柳さんは、物凄く何かを言いたげな表情で寮へと去っていく。神室さんもそれに付き添った。

 

「私たちもそろそろ戻ろうか」

「にゃあ」

 

 慣れてきたからか、或いは精神がすっかり摩耗してしまったからか、適当に鳴き声をあげて反応を示す。それでも翔子は喜んで私の頭をこねくり回した。私はもう、恥ずかしがる気力も湧かなかった。

 

「またやろうね」

「まーお」

 

 ささやかな仕返しに翔子の胸へ猫パンチをかましてみる。

 残念ながら、彼女はとても嬉しそうだった。

 

 結局、そのあとは買い物に行く元気もなく、日付が変わるまでペットとして過ごすはめになったとさ。

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