恵ちゃん至上主義?   作:名無しのナナ氏

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13.ストーキング

 

 最近、翔子と過ごす時間が減っている。

 

 もちろん仲違いをしたわけじゃない。ただ、忙しそうに常に何かのタスクを抱えている感じだった。何してるのと尋ねても、彼女は困ったような顔で曖昧にはぐらかしてしまう。多分、私のためにあれこれ動いてくれてるんだろうなと言うことは分かる。それでも、必然的に一人で過ごす時間が増えたことで、心にぽっかり穴が空いてしまったような空虚さを感じてしまっていた。

 朝も一人で登校することが増えてきた。お昼休みも翔子は時折、席を外すことがある。放課後は部活があるとかで、独りで翔子の帰りを待つことも多くなった。だけど翔子が帰ってくると、今までの分を補うように触れ合い、体を重ねる。だから捨てられたわけじゃないんだって安心できる。でも……やっぱり翔子が居ないと寂しいと感じてしまう自分が居た。

 

「翔子ぉ……」

 

 目が覚めれば、見慣れた自室。少し内装が減ってきたせいか、どこか物寂しい印象を受ける。ぬいぐるみなども翔子の部屋にだいぶ持っていってしまっていた。端末の通知を確認すると、今日も翔子は朝早くから学校に登校している。美術部に朝練なんかないはずなのに。

 もそもそと朝食を済ませて、ぼーっと身支度を終える。何をしていても身が入らない。心を何処かに置き去りにしてしまったみたいな、まさに心ここにあらずだった。

 

 鞄を持ってかなり遅めに部屋を出る。忘れずに翔子から貰った御守りをポケットに入れた。毎日、これだけは絶対に忘れないようにしている。少しでも不安になると、この御守りを手に握る。そうすれば、すぐ傍に翔子が居てくれるような気がしたから。

 

 遅刻ギリギリに調整してわざと遅めに教室に着くと、好気の視線が刺さる。あれ以来すっかり特異な目で見られていた。特段、何か言われたりだとか、されたりだとかはない。陰口くらいは叩かれてるだろうけど、こっちに聞こえてこない分にはどうでもよかった。席について、ホームルームが始まるまで机に伏せる。学校が心底つまらなくなってきていた。もう誰も話し相手がいない。平田くんが気を使って声をかけてくれることもあるけど、それを話し相手とは呼ばないだろう。

 結局、茶柱先生が来るまで寝たふりを続けていた。

 

「――では、今月のポイントを発表する」

 

 黒板に貼られた結果を一瞥しても、大して感情は動かない。ポイントなんかより、今の私には翔子のことで頭がいっぱいだった。私は自分のクラスの収支結果を、どこか他人事のように聞き流す。皆と違って、黒板ではない虚空をぼんやりと眺めている。

 

「お前たちも知っての通り、1年生へのポイントの支給が遅れている。少々トラブルがあったようでな。悪いが少し待て」

「そりゃないっすよー。なんか補填とかないんすか?」

「残念ながらそんなものはない。トラブルが解消されればポイントも自ずと支給されるだろう、それまで大人しく待つんだな。尤も、支給されるだけのポイントが残っていればの話だが――」

 

 茶柱先生の言葉を、私はうわの空で有り様でほとんどの情報が右から左へ流れていく。ホームルームが終わる頃には、もうすっかり内容が頭から抜け落ちていた。はあ、重症だ。

 

 

 

 

 

 

 昼休みになっても、私は独りだった。

 翔子から『ごめんね』と送られてきたメッセージに返信して、売店で適当に菓子パンを買う。教室で食べる気も湧かなかったので、中庭の空いているベンチに座って食べることにした。間を開けて、何度か翔子からメッセージが飛んでくる。どれも私に謝ったり心配するような内容だった。どうせなら直接声を聞きたかったけど、どうやら立て込んでいるらしく、間隔を開けて小刻みに連絡が来る。その都度、メッセージにスタンプを添えて返信する。正直、そんなやり取りだけでも随分と気が持ち直せた。

 菓子パンを頬張りながら、にやにやと端末を弄る私の姿はさぞ不気味に見えたことだろう。たまに変な笑い声も出てたかもしれない。

 

 お腹を満たして精神力もちょっぴり回復したところで、退屈な午後の授業に臨む。やっぱり途中からどうしても翔子のことが気にかかって、授業に内容なんてものの見事に頭からすっぽ抜けていた。そして気づけば放課後になっている。うーん、思ったよりも重篤だ。

 

 放課後も、やはり翔子とは一緒に下校できなかった。部活があるのか、それとも別の理由か。ほんの一瞬、後をつけてみようかなんて行き過ぎた発想が浮かぶ。それじゃまるでストーカーじゃん。私は頭を振って邪念を払い、駆け足で寮に戻った。

 

「……まいったなぁ」

 

 無意識に、自室ではなく翔子の部屋に上がっていた。いくら合鍵を共有しているとは言え、何の断りもなしに入ればそれはもう不法侵入だろう。分かっていてもなお、私は彼女のベッドに寝転がる。心底安心する翔子の匂いが私を包み込む。もはや言い逃れできなかった。

 ごろごろとベッドで何度も寝返りを打ったり、枕に顔を埋めて深呼吸してみたり、忙しなくジタバタして心のざわつきを抑えながら、彼女が帰宅するのを待つ。

 

「ただいま~」

 

 日も落ちかけた頃、ようやく翔子が帰ってきた。玄関が開くのとほとんど同時に飛び起きた私は、弾けたバネみたいな勢いで彼女を迎えに行く。全身に活力が満ちて、瞬く間に活性化するのを感じる。

 

「お、おかえり!」

「恵ちゃんただいま~。待っててくれたの?」

 

 紙袋を手に下げた翔子が、それを床においてハグしてくれる。そのスムーズさはまるで最初から私が部屋に居ることを承知していたみたいだった。

 

「ごめんね恵ちゃん、最近あんまり一緒に居てあげられなくて。でもね、これも恵ちゃんのためなの。わかってくれる?」

「うん。翔子はいつもあたしのことを考えてくれてるから、そこは大丈夫。でも……やっぱ、ちょっと寂しい」

 

 翔子の胸に顔を埋め、胸中から漏れ出た感情を吐露する。ぎゅ~っと彼女の細くも大きな体を抱きしめれば、溶けてしまいそうなほどの安穏が染み渡っていく。そして抱きしめ返されると、このまま潰れてもいいとさえ思えてしまう。暫しの間、私たちは玄関でお互いの存在を確かめあった。

 

「ん……」

 

 唇を塞がれる。翔子からの甘く優しい、触れるだけのキス。啄むように何度か繰り返せば、私はそれだけで満ち足りていた。学校生活の苦痛が嘘のように消えていく。これで明日もまた、頑張れる。

 

 存分に接吻を繰り返して、お互いが満足したのを確認して体を離す。荷物を置いた翔子がブレザーを椅子に掛けてから私の隣に腰を下ろす。対面に座るより、どちらかと言うと隣同士で肩を寄せ合って座ることのほうが割合多かった。

 それから翔子にそっと腕を抱き寄せられ、こてんと彼女の膝に頭を置く。なんてことはない膝枕だった。耳に柔らかな太腿の感触を覚えて、微熱が伝わってくる。

 

「ふふ、ちょっとくすぐったいかも」

 

 翔子が私の髪を指で梳きながら微笑を浮かべる。彼女は本当に、私の体のどこかしらに触れるのが好きだった。私も翔子に体を触られるのは嫌じゃない。むしろ、とても好ましい。触れられる度、自然と体が喜んでしまうようになったのは、いつ頃からだったか。

 ちょっと向きを変えて、仰向けで翔子を見上げる。慈愛に満ちた表情で翔子が私を見つめていた。

 

「今日さ、泊まってって良い?」

「もちろん。あ、でも……」

 

 彼女が表情を曇らせる。それはあまり、好きじゃない顔だ。出来ることなら、いつだって笑顔で居てほしいと願う。

 

「……また、早いの? 明日も」

「そう、だね。ごめんね。本当はもっとずっと一緒に居てあげたいんだけど……」

「わかってる。あたしのためにしてくれてるんでしょ? なら怒ったりしない」

 

 ますます表情を陰らせてしまう翔子に要らぬ心配をかけないよう、敢えて普段通りの明るい声色で言う。私は気遣いのできる女なんだ。

 

「でも理由はやっぱり、教えてくれないわけ?」

「……ごめんね」

「ま、いいけど。その代わり、いつかちゃんと教えてよね」

「うん。約束」

 

 そうして指切りを交わせば、私の心配はすっぱり取り除かれる。

 けれど、それは一時的なものだ。

 

 晩ごはんを一緒に食べて、お風呂も一緒に入って、のんびりとくつろいでから同じベッドで眠る。その間には何一つ問題なんて無くて、私はただただ満たされていた。

 

 なのにやっぱり、朝目が覚めた時、隣に居るはずの翔子の姿がないことに気づいた瞬間から、私の心が不安に支配されていく。

 

「翔子……」

 

 締め付けられたみたいに胸が苦しくなる。カーテンの隙間から覗く朝日は白く、枕元の端末を手繰り寄せて時刻を確認してみれば、まだ5時を回ったばかり。こんな朝早くから、彼女はどこへ行ってしまったのだろう。

 

 翔子に会いたい。

 

 一瞬でもそう思ってしまうと、思考がそれ一色になって何も手につかなくなる。そんな状態で布団を被っても寝付けるわけがなく、より一層の孤独と焦燥感を煽るだけ。……追いかければ、間に合うかな。

 思い出したかのように再び学生証を手に取って、連絡先一覧から翔子の名前をタップする。そこから表示される各項目の中から位置情報を選択すると、別タブで学校の見取り図に切り替わり、翔子の現在地がリアルタイムでマーキングされる。彼女を指し示す赤いピンが通学路の途中をゆっくりと進んでいた。

 

 ――何考えてんのよ。ダメに決まってんじゃん。

 

 我に返ってタブごとタスクキルして端末の電源も落とす。こんなのはダメだ。許されるわけがない。ここで位置情報を頼りに追いかけたら、それこそ完全なストーカーでしかない。もしバレたら、きっと軽蔑されてしまう。それは嫌だ。

 分かっていても、私の中の悪魔が囁く。――バレなければ良いじゃない、と。

 

 いつの間にか、私はベッドから起き上がっていた。それからは早かった。まるで遅刻寸前みたいな慌ただしさで身支度を終わらせ、朝食も取らずに部屋を出る。寮の廊下はまだしんと静まり返っていた。エレベーターに乗り、一階のボタンを押す。片手にはしっかりと学生証を握っている。ピンの座標は学校の校舎を指していた。

 

 大丈夫、大丈夫。翔子が何をやっているのか、ちょっと確認するだけ。そう自分に言い聞かせて足早に通学路を進む。

 翔子の言葉を信じていないわけじゃない。ただ、どうしても心配だっただけ。もし、私のために危険なことをしているんだったとしたら、止めさせないといけない。何も問題がないと判断できれば、私はそれで安心できる。たったそれだけのことだった。

 罪悪感も確かにある。やってることはストーカーでしかない。けど、あれこれ理由をつけて自分を正当化している。その自覚はあった。なのにどうしても止まれないのは、私がもう翔子無しで生きられなくなってしまっているからなのだろう。

 

「気持ち悪いなあ、あたし」

 

 自嘲的な笑いが出た。どうしようもない寄生虫がここにいる。約束もしたのに、これが発覚して嫌われた挙句捨てられようものなら、多分私はその日の内に命を絶つ自信があった。そう容易く思ってしまうほどに、土岐翔子という存在に依存してしまっている。

 

 ピンを追いかけて校舎に入り込む。入り込むなんて言い方をするとなんだか泥棒チックだけど、正面玄関は開放されていたので不法侵入ではない。そろりそろりと靴を履き替えて端末とにらめっこしながら座標に向かう。

 早朝の校舎ともなれば、流石に人気が無い。世界から切り離されてしまったかのような静けさの中で、私の僅かな足音だけが聞こえている。先生方はもしかしたら何人かいるかも知れないけど、生徒に至っては一人も見当たらなかった。なるべく音を立てないように廊下を歩く。ピンの辺りまで来たけど、翔子の姿はない。高低差まで詳細に示しているわけじゃないので、上の階だろうか。息を殺しながらゆっくりと校舎を回る。地図上のピンはその場所に留まったまま暫く動いていない。翔子はその場所で何かしているようだ。

 

 ややあって、静寂に包まれた校舎を徘徊して私がたどり着いたのは、見慣れた1年Dクラスの教室だった。

 

 ――なんでうちの教室に?

 

 疑問に思った私は中の様子を伺おうとしたが、扉が両方とも閉まっている。そっと扉に耳を当ててもまったく音が聞こえない。ピンは確かにここを示しているのに、人の気配がなかった。奇妙な現象に私は静かに戸惑う。

 端末だけ置いて他の場所へ移動したのか、それとも単に位置情報がズレてしまっているのか。

 

 考えていても埒が明かないので、私は意を決して扉の取っ手に手を掛けると、こっそりと隙間を開けて教室を覗き見た。

 

 不意に、視界が影に遮られる。

 反射的に逃げ出そうとしたものの一歩遅く、扉の隙間から伸びた手に腕を掴まれて、有無を言わさず強い力で中に引きずり込まれる。そして姿勢を崩した私は、受け身も取れないまま硬い床に身を投げだした――かと思いきや、危なげなく細い腕に抱き留められた。

 

「――こーら」

 

 翔子だった。

 

 彼女の顔を認識した瞬間、急速に顔面から血の気が失せていく。

 

 ――嫌われる。

 

 そう確信してしまえば、恐怖と後悔と罪悪感が一気に胸の内を駆け巡ってパニックになる。

 

「あ、ちが、ごめ、ごめんなさっ」

「大丈夫。怒ってないよ。ああ泣かないで、本当に怒ってないの」

 

 翔子の腕に縋りつき、涙を零しながら許しを請う私を、彼女は声を荒げることもなくただ穏やかに抱擁した。うわ言のように謝罪の言葉を繰り返そうとも、大丈夫、大丈夫、と背中を擦って宥められる。自分があまりにも情けなさ過ぎて、つい世界から消えてしまいたくなった。

 

「心配して来てくれたんだよね。不安にさせちゃってごめんね。ずっと傍にいるし、これからはどこへだって付いてきて良いんだからね?」

 

 罪悪感やら安堵やらで感情でぐちゃぐちゃになり、その場に崩折れても、翔子は私を見放さない。温かい腕の中で、安易な行動に出た自分を恥じて一頻り涙を流す。

 程なくして落ち着きを取り戻した私は、指で涙を拭って翔子に白状した。

 

「ごめん。翔子があたしのために危ないことしてたらどうしようって、心配になって、それで……えと、ごめんなさい……」

「謝らないでいいの。恵ちゃんが私のことを想って行動してくれたんでしょ? 私、とっても嬉しいよ。だから謝る必要なんてないの」

 

 鼻をすすってしょぼくれる私の頭を優しい手つきで擦って、翔子はにこにことご機嫌に頬を緩ませる。

 

「それにしても、よく私がここに居るって分かったね? 私のニオイ、覚えちゃった?」

「あ、いや、そうじゃなくて、これ……」

 

 そんな警察犬さながらの嗅覚は残念ながら持ち合わせていない。

 おずおずと、端末の画面を差し出す。マップに表示された現在地に今もなおピンが立っている。

 

「連絡先交換してるとさ、お互いの居場所が分かるようになる機能があるんだけど」

「えっ、なにそれ。そんな便利な機能あったの? 私、恵ちゃん以外とほとんど連絡先交換してないから全然知らなかった……」

 

 初耳だー、と目を丸くして私の端末を覗き込んでいる。そして自分の学生証を取り出すと興味深そうにあれこれ弄り始めた。こんなストーカー御用達の監視機能を嬉々として活用できるのは、全校生徒でも私たちくらいなものだろう。

 

「でもそっか、もう少し恵ちゃんのことを考えてあげるべきだったね。うん、わかった。じゃあこれからは、恵ちゃんにも色々と付いてきてもらおっかな」

 

 端末をポケットにしまった翔子から同行の許可が下る。内心、飛び跳ねるほどの喜びに身悶えしそうになる。嬉しい、嬉しい、と全身で喜びを表現したかったけど、そういう年頃はもうとっくに過ぎているのでここはぐっと堪えて笑顔を作るに留める。……失敗して頬がだらしなく緩んだ。

 

「その前に、私が何やってたのか教えなきゃだね」

 

 そう言って、翔子は徐ろに天井を指差す。

 

「恵ちゃん、あれ見える?」

 

 釣られて顔を上げると、彼女の指先が指し示す先に半球体の黒い物体が天井に張り付いているのに気づく。赤いランプが瞳のようにこちらを見ているようだった。見渡せば、それが幾つか天井にある。

 

「監視カメラ……?」

「そ。この学校には至るところにあれが設置されてるの。表向きは生徒の安全のためだろうけど、実際は生徒の授業態度とか生活態度を監視して査定に反映させるためだろうね」

「今気づいたけど……なんか見られてるみたいでちょっとヤダ」

「まあ、気づかないよね普通。偶然目につくか、何かやましい事でも考えてないと気づいたとしてもそのうち忘れちゃうだろうし」

 

 翔子の説明になるほど、と腑に落ちる。4月当初、授業中にこっそり机の下で端末を操作していたのもアレにばっちり映っていたらしい。他の減点要素も同様にレンズで捉えられていたのだろう。どうりでクラスのポイントがすっからかんにされるわけだ。小賢しいカモフラージュも筒抜けだったのかと、今更になって恥ずかしい気分になった。

 忌々しくカメラを見上げていると、翔子は別のカメラへと指を移動させた。他とは違い、筒状のそれは他のものと明らかにタイプが違う。それを指差しながら、彼女は少し得意げに言う。

 

「それでね、実はあのカメラだけ私が実費で購入したやつなんだ~。ついさっき設置したんだよ」

「え、なんでわざわざ? だってもう教室にカメラあるのに」

「んー、ところがどっこい、それがダメなんだよね。学校側が設置したやつなんて私が使えなきゃ意味ないもの」

 

 自然な手つきで頬に手が添えられる。翔子はそのまま顔をぐっと近づけて、吐息がかかるくらいの距離で囁く。瑞々しい薄い唇と、私を覗き込む海のような瞳に視線が移る。

 

「あのカメラはね、恵ちゃんを見守るために付けたんだよ」

 

 柔らかく微笑む彼女の言葉に、私の胸が高鳴りを感じた。彼女の瞳に吸い込まれそうになって、どうしようもなくときめいてしまっている自分がいる。好きだ、と告げられるよりも、面と向かって貴方を監視するためだよ、と言われたほうがよっぽど私の心を惹きつけた。俄に、脈拍が加速している。

 

「あたしの、ために……?」

「うん。恵ちゃんのため。ここだけじゃなくて、実を言うと恵ちゃんの部屋にも何台か隠しカメラを仕掛けてて……嫌だった?」

「なんで? 嫌なわけないじゃん。だって、翔子があたしを守るために付けてくれたものだから……ちょっと、嬉しいかも」

 

 熱くなった頬をてれてれと掻きながら、にへらと笑う。ああ、どうして翔子の前だと笑顔が下手になるんだろう。

 それでも、私の言葉に大げさに胸を撫で下ろす翔子を見ていると、ちゃんと伝わってそうだしまあいっかという楽観的な気分になる。だから私はそんな彼女に応えるべく、不器用でも少しずつ感情を言葉にしていければいい。

 

「よかったぁ~。これで嫌われたらどうしようかと想ってたんだよ~」

「こんなので嫌いになんかなったりしないって。むしろ、あたしのほうがストーカーみたいな真似して軽蔑されるんじゃないかって……めちゃくちゃ怖かった……」

「大丈夫だよ。恵ちゃんが何をしようとも絶対に嫌わない。そんなんじゃ私の愛は揺るがないよ」

 

 自信たっぷりにそう言って、翔子は頬に口づけをする。ちゅっ、と漫画みたいなわざとらしい擬音を立てるものだから、どうにも甘酸っぱい雰囲気が漂った気がした。

 

「まあそういうわけで、こうやって誰も居ない時間帯にカメラを仕掛けてたんだよね。ちなみに昨日はそこのコンセントに盗聴器仕掛けたよ。もちろん恵ちゃんのお部屋にもね。この無線イヤホンでいつでも聞けるんだ」

 

 ごそごそとポケットから取り出した白いイヤホンを、翔子は掌の上で転がしてみせる。なるほど、盗聴器。もしかすると私が独り淋しくお昼ご飯を食べている間に、彼女が寮へ戻って仕掛けていたということだろうか。そこまで回りくどいことをしなくても、別に言ってくれればいつでも了承したのに。内心、そこだけはちょっと不満を覚えてしまう。

 

「それから~」

「ま、まだあんの?」

「前に恵ちゃんに渡した御守り、あれ発信機仕込んであるからね。一緒に貸してもらった学生証端末も色々細工してもらって、GPSと盗聴アプリがインストールしてあるよ」

「盗聴アプリ? ……それっぽいのは見当たらないけど?」

 

 端末を操作してホーム画面を組まなく探してみても、それらしきアプリがない。全て自分でインストールした見覚えのあるものだけ。

 

「でしょ? だって透明だもん。タップしても反応しないし」

「あー、そりゃ見つからないわ……」

 

 あっさりとネタバラシされた。見えない上に反応すらないアプリなんて分かりっこない。言われなければ一生気づくことがなかっただろう。素直に関心すらしてしまった。

 

「他には通話履歴とか検索履歴とか、フォトアルバムも当然として、バッテリー残量の確認にカメラ操作まで出来ちゃうプレミアム仕様! ……ちょっとやりすぎかな?」

「……まあ、ちょっとね」

「ごめんね今すぐ元に戻してもらいに行ってくる」

 

 すっくと立ち上がってどこかへ向かおうとしたので、慌てて彼女の足にしがみつく。プレミアム仕様とやらにちょっぴり思うところはありつつも、ひとまず翔子だから許した。

 

「いいっていいって! あたしも別に、そんな嫌なわけじゃないから。見られて困るようなものもないし、それに……要はこれでずっと翔子が見守ってくれてるってことでしょ?」

「うん。何かあったら一直線に助けに行くよ」

「じゃあ良いじゃん。これ、大事にするね。ありがと翔子」

 

 誕生日プレゼントを貰ったような気持ちで、私は学生証を胸に抱きしめる。心がぽかぽかと温かい。嬉しくて嬉しくて仕方ない。最高の贈り物、というとちょっとヘンだけど、まあとにかくよし! いつでも翔子が見守ってくれている。いつだって駆けつけてくれる。それをこうして実感できる形で見せられると、弱い私は簡単に喜んでしまうのだ。

 

「気に入ってくれてよかった」

 

 翔子が嬉しそうに目を細める。彼女は私の前ではいつも微笑んでいる。私だけにしか見せていないその表情を、私だけが独占している。そのことが何よりも尊い宝物だった。

 

「ねえ翔子。ホームルーム始まるまで一緒に居ても良い?」

 

 立ち上がって、翔子と手を繋ぐ。白くて細い手のはずなのに、私にとっては温かくて力強い、とっても頼もしい手だ。にぎにぎとお互いに柔らかさと温かさを共有して、幸せな気分に浸る。なんてコスパの良い幸せなんだろう。思わず、笑みがこぼれるほどに。

 

「いいよ。じゃあ、中庭でお話しようか」

 

 荷物を持って教室を出る。廊下には誰も居ない。ということは、そこは期間限定で私たちだけの空間なわけだ。

 

「ずっと見ててよね」

「うん。いつまでも」

 

 肩を寄せ合って微笑む。不安も何もかもをすっかり払拭して、勇気と活力が湧いてくる。つまらない授業もなんてことはない。だって私と翔子は繋がっているから。いつだって。

 

 ホームルームが始まるギリギリまで、私たちは楽しくお喋りした。

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