今後数年分は泣いたんじゃないかと思うほどの涙を流して、結局泣き止んだのはすっかり日が落ちてからのことだった。彼女はずっと何も言わず。ただ私を抱きしめながらぽん、ぽんと背中を叩いてあやしていた。まるで赤ん坊のような扱いだったが、それが心底安らいでしまうのだから不満に思うわけもなく。安心して彼女の胸に顔を埋めていた。……柔らかい。
「落ち着いた?」
「ん……」
最後に深呼吸をして少し体を離す。土岐さんの香りが胸いっぱいに広がった。
「あ、あー。んんっん……」
喉に違和感を覚えて、調子を確かめてみるとものの見事に声が枯れていた。思うように発音出来ないのはともかく、喉の奥がひりひりと痛むのが辛い。おまけに長時間泣いたせいで目元がちょっと痒みを訴えている。
「喉痛いの?」
声を出すのが辛くて、こくりと頷いて返答する。
「いっぱい泣いたもんね。目元もだいぶ赤くなっちゃってるよ?」
「……ごめん」
「いいのいいの。気にしてないよ」
「それもある、けど。制服、汚しちゃったから……」
「え? あー……」
土岐さんの制服は私の涙やら鼻水やらですっかりぺしょぺしょになってしまっていた。そこだけ水をかけたような具合だ。困ったように彼女が苦笑したので、私はますます申し訳なくなる。
「制服はクリーニングに出せばいいから大丈夫。それにこういう時のために予備が有るんだから」
だから気にしないで、とそう言って彼女は徐ろに私の頭を撫でる。こんなに可愛がられるのはいつ以来だろう。
「それよりお腹空いてない? 何か買ってこようか?」
「えっと……じゃあ、お願い」
「分かった。ついでにのど飴も買ってくるね」
土岐さんは名残惜しそうに私の頭をもうひと撫でして立ち上がる。私もよろよろと立ち上がって部屋の電気をつけた。
「じゃあ、お留守番しててね」
「ん……」
玄関まで付き添って、一旦彼女を見送る。ぱたんとドアが閉まり、部屋に静けさが戻る。ふと、こんなに静かだったっけと違和感を覚えた。ひとりで暮らしてきたはずなのにどうにも落ち着かない。カラカラの喉を水道水で潤しても、制服から部屋着に着替えてもまだそわそわとしていた。その正体に明確に名前をつけられずにヤキモキして時間が過ぎていく。
そういえば、と思い出す。部屋の隅っこまで転がっていった携帯がぽつんとそこにあった。落ち着かないのはこれが手元になかったからだろう、そう結論づけて携帯を拾い上げる。幸い、液晶に傷はついていないようでひと安心。
「うわ」
電源を入れてみると溜まっていた通知が一斉にポップアップしてくる。Dクラスの女子同士で作ったグループからの通知が主だった。何やら盛り上がっているようで、頻りに通知音が鳴る。混ざろうかとも思ったが、少し考えて画面を閉じた。なんとなく面倒に感じてしまったからというのと、疲労が溜まっていたのもある。別に友達付き合いが嫌な訳では無い。ただもう無理に付き合う必要もないかなと思っただけ。
これからは土岐さんが私を守ってくれる。
クラスは離れているものの、事情を知っている平田くんも何かと気にかけてくれているから、万が一の際には二人を頼れば良い。尤も、その平田くんとは別れることになるけども。
それに借金の件は元を正せば、私がクラス内でのカースト維持に拘ったせいで話がこじれたようなものだった。結果的にこうして丸く収まりはしたものの、内心深く反省していた。やっぱり身の丈に合わないことはするものじゃない。これを機にクラスメイトとの接し方も考え直すべきだろうか。
携帯に充電器のコードを刺して、ベッドの上に寝転ぶ。しばらくぼーっと天井を眺めていると次第にまぶたが重くなっていく。今日は流石に、本当に疲れた。
「ただいま」
うつらうつらと意味もなく睡魔に抗っていると、思いのほか早く土岐さんが戻ってきた。視線を向けると群青色のドレスを身にまとった麗人が目に飛び込んでくる。部屋で着替えも済ませてきたらしい。
「コンビニで色々買ってきたよ。まだ軽井沢さんの好みが分からなかったから、惣菜パンを幾つか。あとは飲み物とのど飴ね。……眠たかった?」
「ん、へーき」
ベッドから起き上がってそのままテーブルの前に腰を落ち着ける。土岐さんもクッションを移動させて私の隣に座った。それからレジ袋の中身をひと通り取り出してお互いに好きなパンを手に取る。私はメロンパンで、土岐さんはサンドイッチだった。まだ何個か残っていたが、その分は明日の朝食になりそうだ。
「いただきます」
律儀に手を合わせてパンの包装を剥がしていく土岐さん。なんだか育ちの差をまじまじと見せつけられ、私もいただきますくらい言おうかと思ったものの喉の痛みが邪魔をして、結局もそもそとパンに齧り付いた。
「美味しい?」
「うん。……ちょっと食べる?」
「じゃあもらおうかな」
頭一つ抜け出た身長の土岐さんは、私に合わせて少し腰を曲げる形で口を開けた。身長差何センチあるんだろ、と思いつつメロンパンを差し出すと遠慮なく私が齧った部分に食いつく。言うまでもなく関節キスだ。……ちょっと、恥ずかしい。
「ふふ、美味しいね」
「ん……」
頬を赤くしている自覚がある。ただの同性相手なら大した感情は湧かないけど、盛大にプロポーズしてきた相手というのは話が別だ。意識するなというのは少し、いやだいぶ無理があった。
メロンパンを齧りつつ横目で彼女を窺う。
改めてみると、大層な美人である。腰辺りまで伸びる艷やかな藍色の長髪は、彼女の大人っぽさを引き立てるのに一役買っていて、切り揃えた前髪から覗く深い海色の瞳が宝石のように煌めいている。まつ毛は長く切れ長で、目尻の低い垂れ目と相まって柔らかい印象を残す。唇は薄く桜色をしていて、時折蠱惑的に舌なめずりを見せることがあった。身長は高く、同学年でもトップクラスの背丈を誇っていた。目算だと恐らくは170センチ後半ほどで、180にギリギリ届くかどうかと言った具合。ほとんどの女子生徒と頭一つ分とプラスアルファで少し差があるので、私と話す際も屈むか僅かに腰を曲げて目線を合わせているようだった。胸はどうかと聞かれれば、巨乳と言うほどでもないが、かと言って貧乳でもなく、程よい塩梅のいわゆる美乳に該当すると答えるだろう。
まとめると、言葉遣いや所作も相まって大人びた印象が強い、いわゆる大和撫子を体現したような生徒というのが土岐翔子の総評だった。
「そんなに見つめられると照れちゃうな」
嬉しそうな顔をした彼女と目が合う。
「なにか気になることでもあった?」
「な、なんでもない」
「そお? あ、もしかしてサンドイッチ食べたい?」
徐ろにサンドイッチが差し出された。先程まで関節キスがどうのとか考えていたこともあって、彼女が口をつけた部分をまじまじと見てしまう。変に意識しても仕方がないとはいえ、ここで口をつけていない部分を齧っても、逆に意識してしまっているのが浮き彫りになるような気がした。
「はい、あーんして」
「あ、あーん」
邪な思考を振り払うように私はサンドイッチに齧り付く。もぐもぐと無心で咀嚼する。ハムとレタスとパンの味がした。美味しいかは、よく分からない。この時ばかりは味覚が仕事をサボっていた。
「美味しい?」
「ん、んー……まあ」
曖昧な返事を返して誤魔化す。土岐さんは鈴を転がすように笑っていた。多分、見透かされている。
ちょっぴり質素な夕食を終えて、穏やかな時間を過ごす。時刻は8時を回った頃。体は疲れているけど、寝るにしては少し早い。
「そうだ、ポイント返さなきゃだね」
飲み物を飲んで一息ついていた土岐さんは、そう言うと携帯を取り出して操作し始める。程なくして私の寂しい懐にポイントが返ってきた。といってもひとから借りた分のポイントなので厳密に言えば私のものではないのだが。
「トラブルにならないように後でちゃんと返すんだよ? 私の時みたいな対応しちゃダメだからね?」
「わ、わかってるってば」
耳が痛い話だ。元々土岐さんへの借金を返すために借りたポイントだったので、既に解決した今となっては持っている理由もない。彼女の言う通り、明日、櫛田さんたちにちゃんと返しておこう。これ以上の厄介事は身が持たないのだから。
「あ、でもそうなると軽井沢さんの生活費が無くなっちゃうのか」
「いや、大丈夫。無料品とかあるし」
「うーん。でもなあ、愛しい愛しい軽井沢さんにはお金で苦労してほしくないし……」
土岐さんは少し思案顔を浮かべた後に、妙案を思いついたとばかりに人差し指を立てた。
「そうだ。私のポイント半分あげるね」
「え?」
一瞬、彼女の言ったことが理解できずに私は目を丸くした。半分、そう半分である。土岐さんの所属しているAクラスはクラスの持つポイントを僅かな損失に留めていた。支給された額はおよそ9万。その半分だけでも高校生が一ヶ月を過ごすには十分過ぎる額だ。……私はそれ以上の大金を見事に使い果たしたわけだが。
ともかく、その上で彼女は数十万ポイントもの資産を抱えている。どうやって集めたのかは見当もつかないが、それを半分分け与えると言っているのだから私も流石に待ったをかけた。
「気持ちは嬉しいけどさ、流石にそんな大金はちょっと」
「気にすることないのに。これは私が軽井沢さんと快適に過ごすために集めてた共有資産なんだから、遠慮しないで受け取っていいの」
「でも……」
タダより怖いものはないって言うしなぁ。何かとんでもない見返りがあるのでは、と真意を勘ぐってしまう。土岐さんを疑ってしまう申し訳なさはあるけど、そこら辺の信頼関係は後々着いてくるだろう。今はまだ基礎の段階なのだ。
「んー、じゃあこうしようか。私のお願い事を聞いてくれたら、それに応じたポイントをあげるっていうのはどお? 一気に渡すよりは軽井沢さんも気が楽じゃない?」
「……まあ、それなら」
「決まりだね」
嬉しそうに土岐さんが微笑む。それがポイントをあげられるからなのか、それとも体よく要求を呑ませる口実を得られたからなのかはさておき。
「じゃーあー、最初のお願いは……名前で呼び合いたいな。10000でいい?」
難易度とレートの高さが釣り合ってないよ。
「た、高すぎ。1000で十分だから」
「ダメ。貴方の名前には特別な付加価値が有るの。ちなみに私は呼び捨てでいいからね」
なんだそのヘンテコな理論は。私を皇族か何かと勘違いしているのではなかろうか。
「分かったわよ……2000なら呼んであげる」
「しょうがないなぁ」
渋々と言った感じで彼女からポイントが送金されてくる。
「はい、送ったよ。恵ちゃん」
「ありがと」
「私のことは?」
「……翔子、さん?」
「さん付けしなくていいよ。他人行儀みたいでやだもん」
「し、翔子」
「うんうん。恵ちゃんの翔子だよー」
ぱあっと笑顔を咲かせながら甘ったるい声色で頭を撫でてくる。名前を読んだだけで偉く上機嫌だ。私も私でなんだか気恥ずかしい思いをしている。慣れるのにしばらく掛かりそうだ。
「次はどうしようかなぁ」
「まだやるの?」
「もちろん。この日のためにウィッシュリストを作っておいたんだから」
携帯の画面を指でスライドさせて次の要求を選んでいるみたいだったが、私はそれを覗き見る勇気はなかった。興味はあっても、書き連ねられているであろう内容の大半が不健全なんだろうなと薄っすら確信を持っていたから。
「よし。じゃあ次はね――恵ちゃんのカラダ、触っても良い?」
「な、え、は?」
私の承諾を得る前に、翔子が身を寄せてくる。こんな展開になるとは思ってもいなかったので、今の私は比較的薄着だ。薄桃色のVネックにハーフパンツという防御力の低い格好をしてしまっている。こんなことなら制服のままにすればよかった――などと考えているうちに細い指先が肩に触れた。
「ち、ちょっと、翔子」
「ごめんね恵ちゃん。あんまり我慢できそうにないかも」
肩のラインをなぞるように指が滑る。愛おしそうに鎖骨をひと撫でして、彼女の白い指先が頬にまで登った。手を添えられ、熱っぽい表情の翔子と視線が交わる。抵抗しようと思えば出来るのに、金木犀の香りが私の思考を鈍らせている。ゆっくりと彼女との距離が狭まっていく。
「キス、していい? やだったらちゃんと抵抗してね」
「ま、まってまだ心の準備が――」
言い終える前に口を塞がれる。唇に触れる柔らかい感触と、間近に映る端麗な顔。頭の中が真っ白にホワイトアウトして、完全に思考が停止する。ただ、唇を通して伝わる彼女の熱が次第に私にも伝播していくのを感じていた。長い、長いキス。一秒を何倍にも引き伸ばしたかのように時間の感覚が麻痺する。徐々に呼吸が苦しくなってきて、密着した彼女の体を押しのけようとしても、幸福に侵された私の体は電気信号を無視して、所在なさげな手を勝手に下ろしてしまう。このまま窒息するのでは、とぼんやり感想を抱いていると、彼女は惜しむように顔を離した。
「――ぷは」
ようやっと解放され、新鮮な空気を求めて息を吸い込む。顔が熱い。窒息しかけたからか、或いは単に恥ずかしいからか。兎にも角にも、危うく初キスで窒息死するところだった。
息を切らしつつ、文句の一つでも言ってやろうとした途端、翔子は無言で私の唇を奪った。
「んむっ!?」
背中に手を回され、ガッチリとホールドされる。反射的に身動ぎして全く抜け出せないことに気づいた。当の本人は目を蕩けさせて一心不乱に私の唇に吸い付いている。今度は短く、何度も何度も鳥が啄むようにキスを繰り返す。合間に空気を補給できる分、さっきよりは楽だった。
けれど、そう易易と事が終わるはずもなく。
ぬる、と唇に温かい別の感触を感じたかと思えば、翔子は強引に舌を使って私の口をこじ開けた。あっという間に舌を絡め取られ、それを皮切りに口内を好き放題蹂躙される。
舌で歯列をなぞるだけじゃ飽き足らず、じゅるじゅると粘ついた音を立てて舌を吸い始めた。私は軽いパニック状態に陥って、翔子の体にしがみついて耐えることしか出来ない。それが益々彼女を燃え上がらせてしまったらしく、熱烈なキスはなかなか終わりを見せない。お互いの口元がすっかり唾液まみれになっても、一切構うことなく翔子はキスという名目で私の口内を犯し尽くした。
散々ねぶられた末、ようやく解放される頃には私はすっかり息も絶え絶えの有様だった。一方、翔子はご満悦と言った様子でニコニコと笑顔を浮かべている。
「まだ終わりじゃないからね」
「ぇ……? ま、まっれ……」
呂律が回らず、抵抗にすらならないささやかな身じろぎではもう彼女は止まらない。翔子は私の懇願など気にも留めず、背中をホールドしていた手をトップスの上からもぞもぞと動かし始めた。撫でている……わけではなく引っ掻くような動作だった。私は困惑して僅かなくすぐったさを訴えようとしたとき、背筋で何かがぷつんと外れる音が聞こえた。同時に、胸元が俄に軽くなる。締め付けがなくなるようなその感覚はよく覚えがあった。
――ブラ外された!?
かあ、と今まで以上に顔が火照る。
「びっくりした? これ、私の特技なんだ。どんな厚着してても服の上からブラ外せるんだよ?」
翔子は得意げにそう言って、あろうことか裾に手を突っ込んで来た。彼女のひんやりとした手が、お腹の辺りを掠る。瞬間、私は強い忌避感を覚えて激しく身を捩った。
「ひっ……!」
声にならない悲鳴を上げて抵抗したものだから、翔子も僅かに目を見開いてその手を引っ込める。
「ごめんね、嫌だった?」
「あ、いや、違うの。翔子は悪くなくて……」
謝らせてしまった、という事実に、私は自分自身に対して嫌悪感を抱く。この傷跡は私を凄惨な過去に囚える楔だ。これが有る限り、私は私を肯定できない。自分を好きになることが出来ない。恐怖に怯え、震えることしか出来なかった弱い自分がここにある。こんな醜いものを他人に、ましてや翔子に見られると思うと、それだけで血の気が失せて、呼吸も浅くなっていく。
ずき、と古傷が痛んだような気がして、私は左脇腹を抑えて顔を伏せた。
すっかり枯れ果てたと思っていたのに、俄に目頭が熱くなる。今日の私はどうしようもない泣き虫だ。
「大丈夫だよ」
唇を噛み締めて涙を堪える私を、翔子は優しく抱きしめた。柔らかい声と安心する香りに包まれて、次第に心が落ち着いていく。そっと頭を撫でられる頃には、目尻に浮かんでいた涙もいつの間にか引っ込んでいた。
「怖かったね。安心して、私は恵ちゃんが嫌がることは絶対にしないから」
「うん……」
おぞましい過去のトラウマが瞬く間に霧散する。彼女の胸の中で深呼吸をして呼吸を整えると、先程の不快感が嘘のように体が軽い。傍で寄り添ってくれる人がいるだけで、淀んでいた心がこんなにも安らぐなんて知らなかった。
「もう平気。ありがと」
平静を取り戻した私は、意を決して彼女を見上げる。胸に秘めたのは一世一代の決断だった。
「あのさ、翔子は……あたしの全部を愛してくれるんでしょ?」
「そうだよ。恵ちゃんの全部を愛してあげる。身も心も、長所も短所も、綺麗なところも汚いところも、全部全部引っくるめて。恵ちゃんの全てを肯定して、愛してあげる」
尋ねれば、聞きたかった言葉が一から十まで紡がれる。一つ一つに多大な情愛が込められたそれは、私の心に温かいものを齎す。それが原動力となって、勇気の一歩を踏み出すに至る。
「翔子に、見せなくちゃいけないものがあるの」
裾を固く掴んで、上へ引っ張る。手首に重りを付けられたみたいに腕が重さを訴えている。いや、重いんじゃない。体が無意識に拒否していた。負け犬根性が染み込んだ肉体がこれ以上弱みを晒すまいと抵抗している。翔子はその様子を不安そうな表情で見つめ、所在なさ気に手を彷徨わせていた。
「無理しないで」
「いいの。大丈夫。翔子には、ちゃんと知っててほしいから」
ぎこちない笑みを見せて、私は一度深呼吸を入れると一息に裾をたくし上げた。加速度的に私の体は忌避感と嫌悪感を爆発させ、ぶわっと冷や汗が浮き出る。全身から血の気が失せていき、トップスを引っ張る腕にはまるで強力なGが掛かったみたいな抵抗を感じていた。それでも、私は歯を食いしばって必死にそれを抑えつける。
「ひっぅ、ぐ……ぅっ……!」
引っ込んだはずの涙がぽろぽろと頬を伝って零れ落ちる。曝け出した脇腹を遮るものは何もなく、刃物で肉を裂かれたおぞましい傷跡が露わになっていた。忌々しい、人生の汚点。決して他人には見せられなかった私の醜い部分。ずっと秘匿にしていたそれを自らの意思で暴き、見せつけている。
翔子は、色のない瞳で醜悪なそれを見つめていた。
「恵ちゃん。もう大丈夫だから」
白雪のように白い手を伸ばして、彼女は震える私の腕をゆっくりと降ろさせた。
「よく頑張ったね」
再び抱きしめられる。今度はより強く。急速に緊張が解けていき、私はぐったりと体を預けた。よしよし、と頭を撫でられるのが心地良くて、自然と目を細めてリラックスする。
「気持ち悪いでしょ。こんな傷モノの体なんて」
「どうして? それも恵ちゃんの体の一部だよ。たとえ貴方がその傷を好きになれなくても、私にとっては等しく愛らしいチャームポイントだもの。沢山可愛がってあげるからね」
「それってどういう――ひゃわっ!」
脱力して上目遣いに尋ねた私を、翔子は容易く抱き抱えてしまう。素っ頓狂な声を上げて硬直していると、お姫様抱っこの体勢でそのままベッドまで運ばれる。割れ物を扱うみたいな丁寧さでシーツの上に降ろされた私は目をぱちくりとさせて彼女を見上げる。ちろ、と妖艶に舌なめずりをした翔子が私のお腹の上で四つん這いの姿勢を取った。2人分の体重が掛かって、ベッドのスプリングが軋んだ音を立てる。
「夜はまだまだこれから。今夜はいっぱい、恵ちゃんを愛してあげる」
甘く囁いて、翔子は緩慢な動作で私に覆い被さった。