あ、こっちじゃないです運営さん
あれから一週間が経った。
私と平田くんが破局したという噂は、翌朝にはクラス中に知れ渡っていた。特段、隠すようなことでもなかったので、グループチャットで交際の進捗を篠原さんに尋ねられた際に打ち明けてからというもの、日を跨ぐまでその話題で持ち切りだった。もちろん、一から十まで克明に説明したわけではなく、平田くんと口裏を合わせて脚色して伝えてある。
シナリオはこう。
交際は順風満帆ではあったものの、茶柱先生からこの学校のシステムが明かされたことや、クラスポイントがゼロを記録してしまったこと、後に控えた中間テストで赤点を取れば即時退学、と言った問題に直面したのをきっかけに、恋愛にうつつを抜かしている場合ではないと判断した平田くんと合意して、関係を解消するに至った――という筋書きだ。
どちらかが一方的にフッたわけではなく、あくまでクラスの現状を鑑みて決断をしたということで、皆の反応は概ね称賛や賛同するものが多かった。
けれど、今まで平田くんの彼女という無二の地位で保っていたクラス内でのカーストは、やはり目に見えて効力を失いつつあった。佐藤さんや松下さんとは未だ話す間柄ではあるものの、篠原さんたちとは明らかに会話自体が減っている。チャットでたまにやり取りしても、どこか素っ気ない態度だ。付け加えて、佐藤さんたちとも徐々に疎遠になりつつある。要因は翔子……というより私だろう。登下校は翔子と一緒、昼ごはんも翔子と済ませる、放課後も大体お互いの部屋に入り浸っている。そりゃ、休み時間くらいしか話す機会がないわけで。互いの距離感が開くのは必然的だった。
クラスで浮き始めている。その事実に何も思うところがないわけじゃない。ただ、悲しいことに孤立無援には慣れていたし、最低限、虐められてさえいなければそれでいいとさえ思っている。何かあれば翔子が助けてくれるという、明確なセーフティネットの存在が私の心に平静を齎していた。
そして訪れた束の間の休み時間。手早く教科書を机にしまい、それから端末を弄って自分の世界に入る。
「みんな、聞いてほしい!」
暇つぶしがてらネットサーフィンをしていると、平田くんがクラスメイトたちに呼びかけた。曰く、今度の中間テストに向けて、赤点を回避するために勉強会を開くらしい。クラスの成績が良ければポイントが加算される可能性もあると付け足されると、一部の金欠に嘆く生徒も話を聞く姿勢に入った。早速、今日から毎日2時間程度行うようで、対策問題も用意してあるとのこと。誰でも歓迎するよ、と締め括るなり、何人かの赤点予備軍が彼のもとに集まり始める。
私も、決して成績が良い方ではない。クラスの中でも良く言って中の下、悪く言えば下の上。下から数えたほうが早い自覚はあった。以前、抜き打ちで行われた小テストだってまともに解けなかったのだから。本来であれば、なりふり構わずあの輪に加わるべきなんだろうけど。なぜだか彼らとの間に深い溝が隔てられているような気がして、その考えを放棄した。
何も聞かなかったふりをして手元に視線を戻す。なんとなく翔子と話したくなってチャットアプリを開いた。
『今日さ、帰ったら勉強教えてくんない? あたし成績悪いからさー』
『いいよ~。恵ちゃんに赤点取らせるわけにはいかないもんね』
これで口実は出来た。万が一誘われても、これを理由にそそくさと退散しよう。
どうしてクラスメイトから逃げるように距離を取ろうとしているのか、無意識に湧いて出たそんな自問すら無視して、私は翔子との他愛もないチャットに耽った。
◆
放課後。ホームルームが終わるなり、私はテキパキと帰り支度を済ませ、風のように教室を後にした。後ろめたいことなんてないはずなのに、ふと罪悪感を覚えてしまったのは何故だろうか。降って湧いたその疑問に対して明確な答えが浮かぶよりも先に、私の足はAクラスの教室の前で止まった。ホームルームが長引いているのか、まだ両方の出入り口は閉ざされている。私は他クラス特有の近寄りがたさを感じて、大人しく廊下の端に身を寄せた。適当に携帯を弄って翔子を待つ。
程なくして扉が空き、Aクラスの生徒が廊下に出てき始める。彼ら彼女らは佇む私を物珍しげに一瞥して去っていく。まあ、クラスの対立が煽られているこんな状況で、他所のクラスの人間が教室の前で立っていたら訝しむのも当然か。
「あっ、恵ちゃん」
つまらなさそうな色のない表情で教室から出てきた翔子が、私を見るなりその面持ちをぱあっと輝かせる。花が咲くような笑顔、という表現は、まさに彼女のそれを指すんだろう。
「待っててくれたの?」
「そんなには。帰りどっか寄ってく?」
「んー、冷蔵庫の食材が少なくなってきたから、モール寄りたいな」
「おっけー」
どちらともなく、自然と手を繋ぐ。翔子は私と手を繋ぐと、時折、ふにふにと握ってはその感触を確かめてくる。その度に私からも軽く握り返して、互いの手の柔らかさを分かち合う。細いなあとか、柔らかいなあ、とか。そんなことを考えているうちに、不思議と時間の流れが早くなって、いつの間にか目的地に着いているのままあることだった。
モールで買い出しを済ませて、寮の自室に戻る。やっぱり翔子と過ごす時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。私は抗いようのないその現象が、ちょっぴり忌々しかった。
制服から部屋着に着替えると、勉強道具を一式鞄に詰めて翔子の部屋へ。ポイントさえ払えば本人の承諾なしに部屋のカードキーが作れると知っていたので(常識的に考えてマジありえない)、とっくに私たちはお互いの部屋のキーを持っている。もちろん、そんなプライバシーの欠片もない無法なアイテムを他人に作らせるわけにはいかないので、寮の管理人さんにその旨は伝えてある。尤も、効力のほどは分からないが。
「お邪魔しまーす」
部屋に上がってすぐ、鞄をテーブルの脇に置いて自前のクッションに座る。桃色のハート形をしたそれは私の部屋から持ち込んだ私物だった。翔子のつい先週まで殺風景だった部屋は、私が入り浸るようになってから度々運んできた小物などの雑貨で彩られている。クローゼットにも何枚か替えの衣服や下着が入っているし、洗面台には化粧水や歯磨きセットも置いてある。翔子の部屋に泊まることもあったので、そのうち同棲すると踏んで予め用意しておいたものだ。
翔子も私の隣に青いクッションを運んできて、そこに腰を下ろす。彼女の今日の部屋着は落ち着いた色合いのキャミワンピース。相変わらず、何を着せても絵になる女子だ。
「ちょっと勉強してからご飯にしようか」
「はーい」
テーブルの上に教科書とノートを広げて、ひとまず勉強の態勢に入る。まずは数学。現在進行系で授業に置いていかれている科目だ。
「…………連立方程式ってこんな難しかったっけ」
初っ端から躓く。中学時代の悲惨な記憶を辿って、果たしてどうやってこれを解いていたかと思い返そうとしてみても、出てくるのは思い出したくもないあれこればかり。授業なんてほとんど身に入っていなかったし、板書してもノートごと無駄になるのが分かっていたので、いつしかまともに写さなくなった。
もっと環境がまともだったら、とは何度考えたか分からない。
「焦らなくても、分かる範囲からやっていけばいいの。数学は特に基礎が大事だからね。解き方さえ理解してしまえば、自ずと応用も出来るようになるから」
「そう言われても……どう勉強したらいいかわかんないっていうか」
「大丈夫。私が付きっきりで教えてあげるもの」
そうして、翔子先生によるマンツーマンの勉強会が始まった。
前提として中学の範囲すら危うかった私は、恥を忍んで小学校高学年の範囲から覚え直すことになった。ここから後2週間でテスト範囲含めて勉強しなくてはならない事実に、若干気が遠くなったけど、赤点を取って退学するのも嫌なので文句を言わずにノートと向き合う。
朧げな式と、その解き方を頭に詰め込み直していく。高校生にもなってまさか算数を勉強するなんて思いもしなかった。とは言え、流石に簡単な計算問題ばかりなので、私でもどうにか式が埋められる。しかしそれ以上に翔子の教え方が上手いと感じていた。ものの例えが上手いと言うか、ヒントの出し方が上手いと言うべきか。表現に困るけど、とにかく一人で勉強するよりも遥かに効率よく進められている。
「うんうん。恵ちゃんは飲み込みが早いみたいだから、このペースで進めていけばテストまでにはなんとか間に合いそうだね」
翔子は自分のことのように喜びながら、よしよしと私の頭を撫でる。すっかり撫でられるのが板についてしまった今日この頃。もはやこれぐらいじゃ動じなくなってきていた。
それからもうしばらく勉強を続けて、合間に休憩も兼ねて晩御飯を挟む。食事が済んだら勉強を再開して、良い時間帯になったので翔子とお風呂を済ませる(意外なことに特にやましいことはなかった)。髪を乾かして、最後にもう少しだけ勉強に励む。
「ん……」
がくん、と視界が揺れる。お風呂に浸かって体も温まったからか、疲労も相まって心地良い眠気に誘われた。ノートには数式を書こうとしてへにょへにょのミミズが這っている。
「今日はもうこの辺にしとこうか。お泊りしてく?」
「うん……」
重たいまぶたを擦りながら、散漫になっていく意識の中でなんとか寝支度を終える。あくびを噛み締めてぐでーっと翔子のベッドに転がった。少し横に詰めて、翔子を受け入れる。ぎし、と二人分の体重が掛かってスプリングが軋んだ。シングルベッドなので流石に手狭だけど、密着すれば問題ない。
二人でそれぞれの枕に頭を乗せて、なんとなく向かい合う。
「勉強、頑張れそう?」
「なんとかね。翔子のおかげ」
「ふふっ、よかった」
愛おしそうな眼差しで、翔子は指で私の髪を梳く。狭いベッドの上は、私たちだけの世界だった。
「明日も頑張ろうね。おやすみ、恵ちゃん」
「ん。おやすみ、翔子」
まぶたを閉じて睡魔に身を委ねる。程よく疲れていたからか、意識を手放すのにそう時間は掛からなかった。
意識が浮上する。夢か現実かさえも判然としない中で、ぼんやりと感じていたのは人肌の温かさと、甘い刺激、そして唇に触れる柔らかみだった。ふと、目を開ける。
「ん――む!?」
蕩けたような熱っぽい表情の翔子が視界いっぱいに広がっている。びっくりして声を上げそうになっても、唇を物理的に塞がれていてくぐもった声が漏れた。体にしなだれかかる翔子が、私にキスをしている。ちろ、と彼女は私の唇をひと舐めして顔を離す。
「ち、ちょっと、なにしてんのよ」
「ごめんね、起きちゃった?」
蠱惑的な微笑みに切り替えて、彼女が囁く。私にもたれかかりながら、白い手が蛇のように私の体を這う。寝間着は大胆にもはだけ、捲くられ、ずり落ちている。下着に至っては太腿の辺りで引っかかっていた。
「恵ちゃん。勉強すごーく頑張ってたでしょ? だから、ご褒美をあげようと思ったの」
そう言っている間にも、翔子は私の背中に手を回したかと思えば、一瞬でブラのホックを外してしまう。これみよがしに剥ぎ取ったブラジャーを見せて、彼女はそれを枕元にぽいっと放った。
――ヤ、ヤられる。
ごくり、と私は息を呑んで身を強張らせる。
この一週間で、
「ぁ……ちょっ、翔子ってば……」
彼女の雪のように白い手が、私の胸にそっと触れる。ひんやりと冷たい指先がその輪郭をなぞった。それがどうもくすぐったくて、ほんの僅かに声を漏らして身を捩る。
私は決して、自分が巨乳だなんて思ってはいないけども、かと言って貧乳だとも思っていない。ほどほど、普通くらいの大きさだと自負している。翔子も大きさで言えば似たような具合だった。これで彼女が巨乳だったら、神様はなんて不公平なんだろうと憤慨していたかもしれない。
「ひぁっ」
突起を指で弾かれ、上ずった悲鳴が出て体が跳ねる。やんわりと抵抗を試みるも、右手はぎゅっと恋人繋ぎで抑えられ、敵前逃亡した左手はシーツを握ってこの情事に耐えようとしていた。
「可愛いよ、恵ちゃん」
白い頬を桜色に上気させ、翔子は再び顔を寄せて私の唇を塞ぐ。舌でつんつんとノックされたので、仕方なくそれを受け入れると濃厚なディープキスが始まった。
「ん、ふ……っあ、ん……ちゅ……は、ぁ……」
舌を絡め取られ、息継ぎの合間に水音に混じって声が漏れる。それがどちらのものだったか、もはや自分の耳では判別できなくなってきていた。熱に浮かされたような感覚が徐々に全身に回り、甘い刺激は毒のように体を蝕んでいく。お腹の奥が、じんと疼いた。
口内を蹂躙される間にも、同時並行で乳房が揉まれる。時折、指で弾かれると私はたまらず腰を跳ねさせた。連続でそうされることもあれば、じっくりと間を開けてぎゅっと突起を摘んでくることも有る。電流を流されたみたいな刺激が駆けて、思わず嬌声を上げてしまったけど、それも口を塞がれてはくぐもった音にしかならない。
やがて、私の平凡な双丘を堪能し終えた翔子の手が、ゆっくりと下半身に伸びていく。途中、軽く傷跡を弄られ、言い表せないくすぐったさに腰を逃がそうとするも、体重を掛けられてベッドに抑えつけられてしまう。代わりに所在なさ気に暇を持て余していた足をもぞもぞさせても、すぐに彼女の細い足に絡め取られた。もう、何処にも刺激を逃がすことができなくなる。
下着に守られていない秘部に、彼女の指が触れる。どうにでもなれ、と観念して私は股を開いた。
「しょう、こ……っ」
「愛してる。貴方だけを」
こうして、私たちの夜は更けていく。