レオンハルトはそう言って、少し離れた廊下の柱の陰で待機していた、一際強い存在感を放つ三人の男子生徒へと、視線を滑らせた。レオンハルトの合図を受け、最初に真っ直ぐな歩調で歩み寄ってきたのは、燃え盛るような赤銅色の髪を短く綺麗に切り揃えた、一見して快活そうな少年だった。特注の制服の上からでもはっきりと分かるほどに鍛え上げられたその体つきは、十五歳という年齢にしてはあまりにも逞しく、肉厚である。その琥珀色の瞳には、嘘偽りのない真っ直ぐな情熱の炎が宿っていた。現ベルガルド王国騎士団長を父に持つ、名門ヴァルク伯爵家の令息――ガイアス・フォン・ヴァルクである。
「ガイアス・フォン・ヴァルクにございます。アルフォンス殿下と同じ学び舎の地に立ち、共に競い合える機会を得たこと、武家の生まれとして心より光栄に思います!」
王子に対する言葉遣いこそ徹底して丁寧ではあるが、その声の張りや態度には、隠しきれない野生的な快活さと自信が満ち溢れていた。自らの剣の腕に相当な自負があるのだろう、ただ直立しているだけの立ち姿一つとっても、日頃の血の滲むような鍛錬の成果が、一目で伝わってくるようだった。
「よろしく頼むよ、ヴァルク殿。学園の講義が始まったら、ぜひ君が誇る本場の剣術の話も、詳しく聞かせてほしいな」
「もちろんでございます! むしろ、言葉で語るよりも先に、一度訓練場で殿下と直接、剣を交えての手合わせをお願いしたいくらいです!」
初対面の王子に対してあまりにも率直、かつ大胆不敵なその返答に、クラウディアは少しだけ驚いたように紫の目を丸くし、レオンハルトは「相変わらずの脳筋だなあ」と言わんばかりに、実に楽しげに声を上げて笑った。アルフォンスも、王城の堅苦しい貴族たちにはないその竹を割ったような性格に、好感を抱いていた。
続いて、ガイアスの後ろから静かに一歩前へと歩み出たのは、この世のものとは思えぬほどに淡く美しい銀髪を持った、どこか儚げな少年だった。深い深海を思わせる蒼色の瞳は、極めて冷静沈着に周囲を観察しており、彫刻のように整った顔立ちには、喜怒哀楽の感情があまり表に出ない。若くして現・国家宮廷最高峰魔術師の『唯一の直弟子』としてその名を轟かせている、アークライト伯爵家の令息――セレス・フォン・アークライト。無駄のない細身の体つきと、シワ一つなく完璧に整えられた制服の着こなしは、いかにも数字と理論を愛する、生真面目な研究者気質の少年そのものだった。
「……セレス・フォン・アークライトです。お見知り置きを」
徹底的に無駄を削ぎ落とした、極めて短い挨拶だった。
一見すると不愛想極まりなく、王子を軽視しているようにも取れる態度ではあるが、決して礼を欠いているわけではない。ただ単に、彼は人生において「余計な社交辞令や言葉の虚飾」という行為を、極端に嫌っているだけなのだろう。
「君が噂のアークライト殿か。弱冠十五歳にして、独自の古代魔術理論をいくつか構築していると耳にしているよ」
「……まだ、世界の真理のほんの入り口を貪っているに過ぎません。ただ……もし殿下が、魔術の構造や世界の理についてお話しされる機会を設けてくださるなら、私は……大変、嬉しく思います」
感情の起伏の薄い、淡々とした硬い声音ではあったが、その最後の一句には、彼が心の底から抱いている本物の「情熱」が、不器用ながらにハッキリと滲み出ていた。アルフォンスは一瞬で、彼が自分の興味のある分野(魔術)に対してだけは、異常なまでの熱量と狂気を宿すタイプの人間なのだと正確に察知し、どこか親近感を覚えていた。
そして最後に、二人の後ろから滑り込むように歩み出てきた少年を見て、アルフォンスは王子としての知識から、少しだけ意外そうな表情を浮かべた。艶やかな黒髪を後ろで綺麗に一房に束ね、理知的な翡翠色の瞳を持った、酷く端正な顔立ちの少年。その身なりや立ち振る舞いは極めて上品かつ洗練されてはいるが、先ほどの公爵家や伯爵家といった、生まれながらの「絶対的な権力」を持つ最上流貴族の子弟たちが放つ空気とは、根本的に何かが違っていた。貴族らしい形式的な格式の高さよりも、現実の商売や交渉の場で磨き上げられたであろう、圧倒的な『実利と計算』の気配をその身にまとっていたのだ。グランツ男爵家の令息――カイル・フォン・グランツである。
「カイル・フォン・グランツと申します。我が家のようなしがない男爵家の者が、このような高貴なる輪の端に加わり、殿下のお目に留まる光栄に浴せましたこと、深く感謝いたします」
爵位の身分だけを見れば、王子、公爵令息、伯爵令息たちが並ぶこの狂ったような最上流の輪の中において、カイルの立場は明らかに低く、場違いですらある。普通の男爵家の子息であれば、この場に立たされただけでプレッシャーに圧し潰され、ガタガタと震えて平伏するか、あるいは過剰なまでに卑屈に媚びへつらうのが関の山だろう。だが、カイルの態度には、そんな見苦しい動揺は微塵もなかった。徹底的に計算され尽くした完璧な礼儀の裏側に、絶対的な己への自信と、堂々たる度胸が確かに鎮座していた。アルフォンスの網膜に生じたわずかな驚きの色彩を、誰よりも早く察知したレオンハルトが、助け舟を出すように穏やかな声音で言った。
「驚くのも無理はないけれど、アルフォンス、彼は本当に優秀だよ。実家が経営する国内最大規模のグランツ商会において、すでに経営の実務を取り仕切っているし、数字の扱い方や損益の計算に関しては、同年代どころか大人の専門家を含めても群を抜いている。この学園においては、生まれの身分など、彼の前では何の意味も成さないさ」
「ははは、買い被りが過ぎますよ、ローゼンベルク殿。私はただの、強欲な商人の息子に過ぎません」
カイルはレオンハルトの絶賛を軽やかに受け流しながらも、完全に否定しきるわけではない、どこか妖艶で自信に満ちた笑みを唇の端に浮かべた。
「ただ、この世において『数字』というものだけは、決して感情で嘘をつきませんからね。そこを読み解くことに関してだけは、少々人並み以上に自信がある、というのは事実ですが」
その、身分に気後れしない堂々たる実利主義の態度に、アルフォンスはどこか清々しさを感じ、深い好感を抱いていた。
「よろしく頼むよ、グランツ殿。僕もこの学園では、生まれの身分だけに囚われるつもりはない。それぞれの持つ唯一無二の才を、互いに学び合い、高め合えたらと心から願っている」
「……最高位であられる第一王子殿下に、そのように寛大なお言葉をいただけるのでしたら、一介の男爵家の息子としては、これ以上ないほどに生きやすい三年になりそうですね」
カイルの軽妙かつ気の利いた返答によって、その場を包んでいた最上流貴族特有の緊張感は一気に霧散し、男たちの間に心地よい和やかな空気が広がっていった。こうして、後に王立ベルガルド学園において、すべての中心となり国家の運命をも動かすことになる、傑出した「五人の少年たち」が初めて一堂に会し、顔を合わせた。
類稀なる品格を持つ第一王子、アルフォンス。
すべてを見通す智謀の公爵令息、レオンハルト。
不撓不屈の武を誇る騎士の息子、ガイアス。
世界の真理を追い求める天才魔術師、セレス。
莫大な富と計算を操る豪商の血脈、カイル。
まだ――彼ら自身は、何も知る由もなかった。
この春の何気ない出会いそのものが、やがて国家全土を揺るがし、数多の人間たちの思惑を狂わせる、巨大な物語の