TS双子姫と乙女ゲーム世界   作:熱湯キチ郎

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攻略開始

その後に用意された昼食の席は、アルフォンスの予想を遥かに超えて、極めて賑やかで楽しい時間となった。

ガイアスは一度剣術の話題になれば、食堂のフォークを剣に見立てて身を乗り出さんばかりに熱弁を振るい、セレスはそのガイアスの感覚的な発言に対し、魔術的な観点から「筋肉の構造と魔力の連動が非効率的だ」と、極めて正確かつ容赦のない冷徹な補足を入れて彼を悶絶させる。カイルはそんな二人を眺めながら、この広大な食堂を一日維持運営するために必要な食費や人件費、果ては納入されている食材の仕入れ値を恐ろしい精度でさりげなく推測して見せ、レオンハルトはそれら全員のあまりにもバラバラすぎる個性の発言を、絶妙なトークスキルでほどよく拾い上げ、場を見事にコントロールして整えていた。

アルフォンスは、今まで王城では決して出会うことのなかった、あまりにも強烈すぎる彼らの「鮮やかな個性」に少しだけ戸惑い、圧倒されながらも、五年間味わうことの決していっさい出来なかった、新鮮で泥の混じっていない自由な空気を、心の底から楽しんでいた。

 

クラウディアは、少し離れた場所に設けられた同じ新入生の華やかな貴族令嬢たちの席で優雅にお茶を嗜んでいたが、時折、アルフォンスたちの楽しげな様子を気にするようにこちらへ視線を向け、目が合うたびに「楽しそうで何よりですわ」と、ひまわりのように優しく微笑みかけてくれる。その、近すぎず遠すぎない、お互いを思いやる最高の距離感が、アルフォンスにとってはたまらなく心地良かった。彼女がただそこにいて、自分を優しい目で見守ってくれているという、そのたった一つの事実だけで、アルフォンスは自分が本当の意味であのおぞましい王城の呪縛(双子)から離れ、自分自身の新しい人生を確かに歩み始めたのだと、骨の髄まで実感することができていた。

 

 

午後になり、全生徒が再び大講堂へと集められると、今度は『特待生代表』による挨拶が執り行われることとなった。午前中の「新入生代表」の式典とは完全に区別され、わざわざ午後に独立して設けられたその場は、まさにこの王立ベルガルド学園が誇る『実力主義の特待生制度』の威信を、全生徒に見せつけるための象徴的な舞台であった。生まれ持った家格や血筋といった既存の権力構造を一切排除し、純粋な筆記試験の成績と、実技における圧倒的な才能のみによって選び抜かれた、至高の天才。その栄えある代表の少女が、今から壇上へと上がることが厳かに告げられると、午前中とは打って変わって、大講堂内にはどこか懐疑的で、刺すような冷たいざわめきが静かに広がっていった。上流貴族たちからすれば、血筋の乗らない「実力だけの平民や下級貴族」など、基本的には面白くない存在だからだ。

 

「――特待生代表、マリア・エヴァンス。壇上へ」

 

その名を呼ばれ、全校生徒の冷ややかな視線を一身に浴びながら、一人の少女が凛として立ち上がった。肩のあたりまで綺麗に切り揃えられた、上品で淡い栗色の髪。その奥で、まるで最高級の宝石を嵌め込んだかのように大きく、神秘的な輝きを放つ翠色の瞳。小柄で華奢な、思わず男であれば誰もが「自分の手で守ってあげたい」と激しい庇護欲を掻き立てられるような体つきをしており、決して派手で華美な美しさではないものの、一度見れば二度と忘れられないような、不思議な人目を惹きつける強烈な愛らしさをその身に宿していた。エヴァンス子爵家の令嬢――とはいえ、その実家は長年の経営難により、今や爵位の名前だけが残っている、決して豊かとは言えない没落寸前の貧乏貴族であると、周囲の噂好きの貴族たちの間ではすでに知れ渡っていた。

それにもかかわらず、彼女はこの学園の歴史上でも類を見ないほどの難易度を誇った今年の入学試験において、並み居る大貴族の英才たちをごぼう抜きにし、堂々の『総合首席』で完全突破。学費と寮費のすべてを永久免除されるという、伝説的な特待生の座を実力でもぎ取ったのだ。

だからこそ、会場の上流貴族たちが驚きと嫉妬で激しく揺れ動くのも、無理はなかった。貧乏子爵令嬢。圧倒的首席合格。最高ランクの特待生。既存の貴族社会の常識を根底から覆すような、あまりにも異例すぎる、鮮烈な経歴の持ち主。

マリアは壇上への階段を一段ずつ、まるで計算されたかのように美しい足取りで上がっていくと、中央に立ち、全校生徒に向けて完璧な淑女の礼を見せた。その指先の角度から背中の線に至るまで、非の打ち所がないほど美しく、その表情はどこまでも穏やかで、緊張に震えている様子さえも、逆に可憐で上品な「守るべき少女の健気さ」として周囲の目に映り込ませる、天才的な雰囲気を醸し出していた。

ゆっくりと口を開いた彼女の声は、鈴を転がしたかのようにどこまでも柔らかく、けれど大講堂の最も分厚い壁の隅々にまで、染み渡るようによく届いた。

 

「この歴史ある偉大な学園において、学ぶという最高の機会をいただけましたことを、心より光栄に思い、深く感謝申し上げます――」

 

非凡なる努力の末に頂点へと上り詰めた、孤独で気高き才女。今、この場にいるすべての人間(教師・生徒)の目には、彼女の姿がそのように、尊く、美しく映り込んでいた。挨拶を聴いていたアルフォンスも、王子としての厳しい鑑識眼を持ちながらも、彼女の振る舞いには素直に感心せざるを得なかった。あの若さ、そしてあの低い身分でありながら、この大講堂を包む特有の「貴族たちのドス黒い圧迫感や偏見の空気」に微塵も呑まれることなく、自らの言葉を堂々と紡ぎ切るなど、並大抵の精神力でできることではない。隣に座るクラウディアもまた、偏見のない真剣な、純粋な尊敬の眼差しで壇上の少女を見つめていた。レオンハルトは彼女の持つポテンシャルに興味深げに細い目をさらに細め、ガイアスは武人として「大した度胸だ」と素直に感心したように深く頷き、セレスは彼女の紡ぐ言葉の内容よりも、その体内に内包されている異質なほどに濃密な「光の魔力の質」を、まるで獲物を値踏みする研究者のように鋭く観察していた。カイルは、特待生という異分子がこれからこの学園という小さな貴族社会において、どのような経済的・政治的波紋を呼び起こすことになるのか、その損益のイニシャルコストを計算するように、静かに不敵な笑みを浮かべていた。マリア・エヴァンスの挨拶は、最初から最後まで、文字通り『完璧』だった。

スピーチが終了した瞬間、午前中の王子への拍手とはまた一味違う、驚嘆と認めざるを得ないという複雑な感情の入り混じった嵐のような拍手が、大講堂全体へと大きく広がっていった。その、自分を称える鳴り止まない拍手の中心で、少女はどこまでも清らかで、無垢な、天使のような笑みを浮かべて頭を下げていた。

――そして。その完璧に作り込まれた可憐な「仮面」の内側で。マリア・エヴァンスという少女の魂は、今、全身の血液が沸騰し、脳髄が焼け付くほどの、悍ましい「歓喜」と「全能感」をキリキリと噛み締めていた。

 

(始まった……! ああ、やっと、やっと私の本番が始まったんだわ……!!)

 

ここは、彼女にとって完全に「知っている場所」だった。王立ベルガルド学園。前世の自分が、画面に穴が開くほど何度も、何度も繰り返し見続けた、あの美しい大講堂のグラフィック。今、目の前で自分に驚きの視線を投げかけている、一列に並んだ麗しき最高の攻略対象たちの顔ぶれ。将来、自分を嫉妬から虐め抜き、最後には破滅へと叩き落とされる運命にある、哀れな悪役令嬢――クラウディア・フォン・ローゼンベルクの美しい姿。

そして何より――その中央に君臨する、このゲームにおけるグランドフィナーレの最重要攻略対象(メインヒーロー)、第一王子アルフォンス・フォン・ベルガルド。

ここは、前世の彼女が狂ったように愛し、何百時間もプレイし尽くし、キャラクターのセリフから隠しイベントの発生条件に至るまで、その世界の隅々まですべてを記憶に焼き付けた、大ヒット乙女ゲーム――『黄昏のベルガルド(通称:タソベル)』の、まさに現実の舞台そのものなのだ。

自分が愛した物語の、輝かしい「第一章」の幕開け。

マリアは壇上から、誰にもそれと悟られないように、静かに、けれど貪欲にその翠色の視線を巡らせていった。その表情は、どこまでも健気で穏やかな、礼儀正しき「努力家の貧乏子爵令嬢(ヒロイン)」のままで。誰も、彼女の内心にこれほどドス黒い前世の記憶と、計算高い捕食者のエゴが渦巻いているなど、気づくはずがない。気づけるわけがなかった。

今、最前列で、あの第一王子アルフォンスが、確かに自分を真っ直ぐに見つめている。

その青い瞳の奥に、敵意など微塵もない。不快な警戒も何一つない。そこにあるのは、ただ単に「身分は低いが、非常に優秀で努力家な特待生の女子生徒」を見つめる、お人好しな王子の、穏やかで純粋な関心(フラグの初期状態)だけだ。まだ、イベントは何一つ始まっていない。けれど、ゲームのすべてのデータを脳内に完璧に有している転生者のマリアにとっては、初期の関心を惹きつけた、ただそれだけで「完全勝利への足がかり」としては、十分すぎるほどだった。

完璧なハッピーエンドを誇る、王子ルート。この世界の頂点に君臨する、最重要攻略対象。地味で貧しかった自分の新しい人生を、これ以上ないほど最高のものへと引き上げてくれる、絶対的な運命の王子様。

壇上から静かに階段を降りる、まさにその直前。

マリア・エヴァンスは、前髪の影に隠れたその瞳の奥で、誰の目にも触れないほど極小の、けれど冷酷で、確固たる勝者の微笑みを浮かべ――心の中で、静かに、けれど高らかに、宣戦布告の引き金を引いた。

 

(――いよいよ『攻略開始』ね。タソベルのすべての男(攻略対象)たちも、この世界の栄華も、すべて私の手の中に堕ちてきなさい)

 

その少女の歪んだ野望の開幕を、アルフォンスたちは、まだ誰も知る由はなかった。




1話が1万文字になってしまったので3分割してみましたが、違和感なく読めましたか?
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