TS双子姫と乙女ゲーム世界   作:熱湯キチ郎

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再来月ぐらいまでは週一ペースで出来そうです。


双子の秘密

王宮の一室。格式高い意匠が施された大きな窓から眩い朝日が差し込み、丹念に磨き上げられた黒檀の机の上を白々と照らしていた。

室内には、第一王女エリシアと第二王女フィリア、そして二人の兄である第一王子アルフォンスの姿がある。彼らは今、王家直属の老学者を招き、最高峰の帝王学を授かる家庭教師の授業を受けている最中だった。

 

「では、本日の講義を始めましょう」

 

厳格な響きを持つ老教師の声とともに、机の上へ大陸全土を描いた精緻な羊皮紙の地図が広げられる。

 

「我らベルガルド王国は、この大陸中央部に位置し、豊かな農地と広大な交易路を有しております。建国以来、優れた外交手腕をもって、多くの国々と切磋琢磨しつつ交流を続けてまいりました」

 

老教師が手にした長杖の先が、地図の中央をトン、と叩いた。

肥沃な平原が広がり、大河の恵みを受けた交易の要衝。このベルガルド王国は、周辺国家の中でも誰もが無視できない有数の大国であった。

 

「東には苛烈な軍事国家グランゼルト帝国。西には莫大な富を動かす商業国家レーヴェン連邦。南には海を統べる海洋国家マリナス王国。そして北方には、厳しい寒さと広大な雪原を有するノルディア公国がございます」

 

七歳になったアルフォンスは、将来の王位継承者としての自覚からか、真剣な面持ちで何度も深く頷いていた。これらは国を背負う者として、絶対に頭に叩き込まねばならない必須の知識だ。

だが、その隣に座る五歳の双子姫の様子は、いささか異なっていた。

 

「先生」

 

すっと美しい所作で手を挙げたのは、姉のエリシアだった。

 

「何でしょう、エリシア様」

 

「グランゼルト帝国は近年、急速に軍備を増強し、領土を広げていますよね。彼らの主目的が『大陸中央の交易路の完全確保』であるならば、遠からず我が国との利害が決定的に衝突するのではありませんか?」

 

老教師の手がぴたりと止まり、言葉を失った。室内に一瞬だけ、張り詰めたような沈黙が流れる。

 

「……その、通りでございます。帝国は現在こそ表立った軍事行動を我が国には起こしておりませんが、将来的に境界線での武力衝突へと発展する可能性は、決して否定できません」

 

まだ五歳の、それも愛らしく微笑んでいるだけの王女が口にするような質問ではなかった。隣に座るアルフォンスも、信じられないものを見るように碧眼を丸くしている。

すると、今度は妹のフィリアが、小首を傾げながら平然と口を開いた。

 

「でも、警戒すべきは帝国だけじゃないよね、エリシア?」

 

「ほう……? フィリア様、それはどういう意味でしょうか」

 

老教師が驚きを隠せないまま問いかけると、フィリアは幼い唇を滑らかに動かした。

 

「もし王国と帝国が全面戦争になれば、周囲の国だってただ見ているはずがないもの。他の国も自分たちの利益を求めて、裏から介入してくるに決まっているわ。むしろ、大国である帝国と我が国が戦争で互いに消耗し、共倒れになる瞬間を今か今かと待っているんじゃないかしら?」

 

老教師の白い眉が、ぴくりと跳ね上がった。その老いた視線は、もはや恐怖に近い驚愕に満ちている。

 

「……なぜ、そのように思われたのですか」

 

「だって、その方が他のみんなにとって一番『お得』ですもの」

 

フィリアはまるで、明日の天気を予想するかのように無邪気な笑みを浮かべた。

老教師はこみ上げる目眩を抑えるように、思わず自らの額を押さえた。この年齢の子供が導き出す国際情勢のパワーバランスではない。しかし、彼女の言っている理屈は冷酷なほどに正しかった。大国同士が争えば、漁夫の利を狙って周辺国が動く。それは人類の歴史上、飽きるほど繰り返されてきた冷徹な真実だ。

 

「……その考察、決してお間違いではございません。しかし、皆様はまだお幼い身。まずは基礎となる歴史の編纂から学び直しましょう」

 

老教師は引きつった苦笑を浮かべてどうにか場を収め、講義を再開した。

歴代国王の功績。過去の凄惨な戦争。他国との複雑な外交。国家を支える経済の仕組み。そして、国内貴族の複雑な派閥制度。

講義の内容は、本来なら十代半ばの貴族の子弟が青い顔をして学ぶような難解なものばかりだ。しかし、双子姫はそれを一度耳にしただけで、完璧に脳内へとサンプリングしていた。それどころか、

 

「先ほどおっしゃった、第七次北方戦争の講和条約の特例条項ですが」

 

「あの戦後処理の結果、国内貴族の勢力図もかなり歪に変化していますよね。特に東部国境の領主たちの不満は――」

 

幼い少女たちの口から、次々と核心を突く鋭い質問が飛んでくる。老教師は冷や汗を流しながら必死に答えを紡いだが、内心では完全に頭を抱えていた。

天才、神童。そんな陳腐な言葉では到底片付けられない。彼女たちの理解力と記憶力は、明らかに異常だった。

そして、その圧倒的な光景を、七歳のアルフォンスはただ一人、声を出すこともできずに静かに見つめていた。

 

---

 

授業が終了した直後。

老教師は王妃の前に立ち、その老躯を深く折り曲げて頭を下げていた。

 

「王女殿下方は、我がベルガルド王国の歴史上でも類い稀なる……いえ、恐るべき才覚をお持ちです」

 

「まあ、そこまでですか?」

 

王妃は驚きつつも、どこか誇らしげに微笑んだ。

 

「はい。正直に申し上げます。彼女たちのあの異常なまでの吸収力を見るに、私のような者が教えられることなど、あと数年もしないうちに枯渇してしまうでしょう」

 

王妃の顔に、我が子の優秀さを確信した本心からの笑みが咲く。その近くに控えていた侍女たちも、感嘆の吐息を漏らしながら囁き合っていた。

 

「さすがは我が国が誇る双子姫様ですわ」

「本当にお利口で、未来の王国は安泰ですこと」

 

至る所で華やかな称賛の声が飛び交う。

その華やいだ空気の片隅を、アルフォンスは静かに通り抜けて、独り剣術訓練場へと足を向けていた。護衛騎士に付き添われながら歩くその幼い背中は、いつもよりほんの少しだけ、小さく寂しげに見えた。

 

---

 

訓練場へと向かう兄の背中を、それとなく見送った後。

エリシアとフィリアは、王宮の広大な庭園へと足を運んでいた。今はちょうど使用人たちの交代時間であり、周囲には人影がない。遮るもののない、珍しい二人きりの空間だった。

 

大きな木が落とす涼やかな木陰。その芝生に腰掛けながら、フィリアが不意に、前を向いたまま声を漏らした。

 

「ねえ、エリシア」

 

「何、フィリア」

 

「さっき、先生が『この大陸の算術の基本』って言って見せてくれた九九の表……あれ、なんか変じゃなかった?」

 

「九九?」

 

エリシアが眉をひそめる。

 

「そう、九九」

 

フィリアは周囲を気にするように一度視線を巡らせると、手近な地面の土を、小さな指先でなぞり始めた。

そこに描かれたのは、この世界の文字ではない。かつて嫌というほど見慣れた数字。

 

「ににんがし」

 

フィリアがその奇妙な呪文を呟いた瞬間、エリシアの身体が肉体ごと硬直した。

周囲の空気が一瞬で凍りついたかのような錯覚。二人は数秒間、互いの青い瞳を、穴が開くほど見つめ合った。

 

「……フィリア。あなた、今、何て言ったの?」

 

「ににんがし」

 

「それ、日本語……?」

 

「そうだけど」

 

息の詰まるような沈黙。フィリアの瞳が、値踏みするように鋭く細められる。

今口にした言葉は、この世界の言語(ベルガルド語)ではない。紛れもない、極東の島国で使われていた日本語のイントネーションだ。

 

「フィリア」

 

「うん」

 

「もしかして、あなた」

 

「もしかしなくても、エリシアも」

 

二人は息を合わせ、同時にその単語を口にした。

 

「「転生者(てんせいしゃ)?」」

 

完全に声が重なった次の瞬間、二人は弾かれたようにその場に立ち上がった。

 

「えっ!?」

「マジで!?」

 

王女らしからぬ、あまりにも下品で、しかし聞き馴染みのある日本の若者言葉が飛び出す。そして再び、二人は石のように固まった。

今の言葉遣いも、完全に日本語だ。疑う余地はない。目の前にいる、血を分けた可愛い双子の片割れは――中身が前世の記憶を持った現代日本人だ。

 

「……ちなみに、前世の性別は男だった?」

 

「男だった」

 

「「うわぁ……」」

 

肯定の返事が返ってきた瞬間、二人の間に何とも言えない妙な気まずさが漂った。

お互いに中身はむさ苦しい男だというのに、外見は天使のように愛らしい幼女。しかも、双子としてこれまでの三年を生きてきてしまった。

あまりにも奇妙で、突飛すぎる状況。しかし、そのシュールさに耐えかねるように、次第に二人の胸の奥からおかしさが込み上げてくる。

 

「なんだそれ、意味が分からなすぎるだろ」

 

「本当になんだろうね。お前が男だったなんて、夢にも思わなかったよ」

 

気付けば二人は、かつての男としての口調を隠すこともなく、肩を寄せ合いながら向き合って大笑いしていた。

この世界に生まれ落ちてから、今日が一番笑ったかもしれない。自分と同じように、前世の日本の記憶を持ち、この過酷な異世界で生きる同志。ずっと、この孤独な秘密を抱えているのは自分一人だけだと思い込んでいた。

けれど、違った。最も身近な場所に、同じ境遇の男がいたのだ。

その事実だけで、胸の奥底に澱のように溜まっていた寄る辺ない孤独が、一瞬で霧散していくような気がして、二人はたまらなく嬉しかった。

 

---

 

夕暮れ時。

一日中、泥に塗れながら厳しい剣術訓練を終えたアルフォンスが、疲れ切った身体を引きずって王宮へと戻ってきた。

回廊を歩いていると、遠くの庭園から、鈴を転がすような双子の笑い声が風に乗って聞こえてくる。それは、大人の前で見せるすました笑顔とは違う、心の底から楽しそうな、本当の笑顔の音だった。

 

アルフォンスは、妹たちの姿を目にする手前で、ふと足を止めた。

最近、彼の胸を頻繁に締め付ける、ある奇妙な感覚があった。

 

妹たちは、驚くほどに賢い。

時折、大人の学者すら敵わないような鋭い着眼点を見せるほどだ。家庭教師の老先生も、周囲の侍女たちも、口を開けば彼女たちを絶賛する。父上も母上も、誇らしげに二人を抱きしめる。

 

それに比べて、自分はどうだろうか。

剣術の訓練であれば、五歳の二人には絶対に負けない。間違いなく自分が上だ。けれど、勉学の場においては、どれほど背伸びをしても、どうしても彼女たちに追いつけなかった。人の何倍も努力しようが、夜遅くまで書物を読み漁ろうが、その差は縮まるどころか開いていく一方なのだ。

 

『アルフォンス様は、本当に優しいお方です。どうか将来は、民を労わる優しい王様になってくださいね』

 

周囲の大人はそう言ってくれる。けれど、それは裏を返せば「優しいだけ」ということではないのだろうか。

妹たちは違う。”天才”、”神童”、”我が国の未来を担う宝”。そんな輝かしい言葉の数々で、常に称えられ、持て囃されている。

 

アルフォンスが物陰から庭園の向こうに視線をやれば、エリシアとフィリアは芝生に座り込み、楽しげに肩を寄せ合って、クスクスと二人だけの世界で笑い合っていた。

自分の知らない世界。自分がどれほど手を伸ばしても、決して至ることのできない、高い場所。

そんな疎外感が、彼の小さな胸をチクリと刺した。

 

「……もっと、頑張らないとな」

 

誰の耳にも届かないほどの微小な声で呟き、彼が作った笑みは、いつも通り穏やかで優しいものだった。

けれど、その胸の奥底には、決して無視できない小さな棘が突き刺さっている。まだ本人すら気づかないほど小さな劣等感。しかし、その歪な棘は、王子の心に深く根を張り、静かに芽吹こうとしていた。

 

一方その頃、エリシアとフィリアは、周囲の目を盗んで自室へと戻り、未だ興奮冷めやらぬ様子で話し込んでいた。

前世の日本のこと、流行っていたゲームや漫画の話、そしてこれからの未来について。どれほど言葉を紡いでも、話題が尽きることはない。

初めてできた、世界の誰にも言えない秘密の共有者。

双子の少女たちは、夜が更けて月が天高く昇るまで、声を潜めて語り続けた。

 

誰も知らない、二人だけの絶対的な秘密がここに生まれた。

そしてその暖かな陰で、妹たちを愛する心優しい兄だけが、少しずつ、確実にその輪から取り残され始めていた。

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