TS双子姫と乙女ゲーム世界   作:熱湯キチ郎

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迷宮への誘い

さらに、その同日の放課後。夕暮れの残光が寂しく差し込む古い石壁に囲まれた校舎裏、あの薄暗い小道。セレスは前方をトボトボと歩いているマリアの後ろ姿を、少しばかり距離を置いたまま音もなく静かに追跡していた。我ながら一王子の学友として、そして名門魔術師の家系の人間として、決して褒められた行動ではないことくらいは自覚している。だが調べたい。この胸を焦がす正体不明の違和感を、どうしても解き明かしたい。その狂気的な探究心の一心だけが、彼の足を動かしていた。そして――。

 

「――あの、何か私にご用でしょうか、セレス様?」

 

突然、前方を歩いていたマリアが流れるような所作でくるりと後ろを振り返った。夕陽の橙色の光を浴びて神秘的にきらめく大きな翠色の瞳が、死角にいたはずのセレスの姿を真っ直ぐに、正確に射抜いていた。完全にこちらの気配と尾行に気付かれていたのだ。セレスは一瞬だけ驚きに目を見開いたが、即座に足を止め自らの体勢を整えた。少しだけ思考を巡らせる。ここで見苦しく言い訳をして逃げ出す理由も必要も彼にはない。

 

「……観察していました」

 

セレスは逃げも隠れもせず、極めて率直にかつ正直に自らの行動の事実を答えた。そのあまりにも潔すぎるストレートな白状に、今度はマリアの方が呆気に取られたようにその長い睫毛をパチパチと瞬かせ困ったような苦笑いを浮かべた。

 

「か、観察、ですか……? ご丁寧な尾行をされているなとは思っていましたが、まさか、そんな風にハッキリと仰られるとは思いませんでしたわ」

 

「嘘をつく合理的な理由がありませんからね」

 

否定しない。セレスの態度はどこまでも冷徹で率直だった。

 

「単刀直入に伺います。……なぜ、あなたはあのガイアス・フォン・ヴァルクと、そこまで急速に親しくしているのですか。なぜ、毎日のようにリスクを冒してまで、彼をその特異な魔術で治療し続けているのですか。あなたの、本当の『目的』は何ですか」

 

マリアはセレスの刃のように鋭い追及の言葉を真っ正面から受け止め、ほんの少しだけ、何かを懐かしむように小首を傾げた。そして――彼女はいつもの世界を優しく包み込むような、穏やかな天使の微笑みをその唇に浮かべた。

 

「目的、だなんて……そんな大層なものはありませんわ。私はただ、放っておけなかっただけです」

 

彼女から返ってきた答えは、拍子抜けするほどに単純なものであった。

 

「毎日毎日、誰も見ていない訓練場の隅で、自分の身体がボロボロに壊れていくのも構わずに一生懸命に剣を振っている……そんな不器用な方が目の前にいたら、助けたい、その痛みを和らげてあげたいと思うのは、人間として当然のことではありませんか?」

 

彼女の翠の瞳の奥をどれほど凝視しても、そこには一切の打算も邪悪な嘘の色彩も感じられなかった。

 

「それに……」

 

マリアは自らの両頬をほんの少しだけ照れたように赤らめ、はにかむように続けた。

 

「ガイアス様は……とても真っ直ぐで、優しくて、本当に素敵な、とても良い方ですから」

 

どこまでも真っ直ぐな、一点の曇りもない『善意』の告白。打算も計算も、上流貴族に取り入ろうという卑しい野心も、少なくとも現在のセレスのあらゆる魔力感知術式にはただの一ミリも引っ掛かることはなかった。だからこそ――困るのだ。客観的なデータがすべて「彼女は純白の聖女である」と証明してしまえばしまうほど、セレスの胸の奥にあるあの言語化できない本能的な警戒心の置き所がなくなってしまう。

 

「……そうですか」

 

結局、セレスの口からはそれ以上の合理的な追及の言葉が出てくることはなかった。

 

 

「おっ? 二人とも、そんな人気のない場所で、一体何をしてるんだ?」

 

緊迫した沈黙が流れかけたその小道に突如として、聞き慣れたあの豪快で快活な声が響き渡った。声の主は、言わずもがな大剣を背中に背負ったガイアス・フォン・ヴァルクであった。どうやら今日も今日とて過酷な自主訓練を終えた帰りらしく、赤銅色の髪からはまだ大量の汗が滴り落ちており、首元に白いタオルを引っ掛けた、爽やかな汗の匂いを漂わせながら歩いてくる。

 

「ガイアス」

 

「あ、ガイアス様!」

 

二人が同時に振り返る。

 

「なんだなんだ? 二人して、なんだか小難しい顔をして見つめ合っちゃってさ。俺の知らないところで、何か面白い魔術の研究の相談でもしてたのか?」

 

ガイアスは無邪気に首を傾げ大きな手を後ろ頭へと回した。その後、気まずい空気を誤魔化すことなく、セレスは自らがマリアを不審に思って「観察」していたこと、そして今まさに彼女を問い詰めていたという事実を、ありのままにガイアスへと伝えた。普通の人間であれば、友人が自分の大切な恩人をストーカーのようにつけ狙い、不躾な尋問を行っていたと知れば、激怒するか、あるいは一気に険悪な空気になるのが当然の顛末であるが――。

 

「がはははは! なんだ、そんなことか!!」

 

ガイアスはお腹を抱えるようにして、校舎裏の壁が震えるほどの豪快な大声で笑い飛ばしたのだ。

 

「セレスの奴、相変わらず頭がお堅いというか、心配性が行き過ぎてて面白いなぁ! なら、そんな裏でコソコソ見てないで、これから俺たちと一緒に遊べばいいじゃねぇか!」

 

セレスはあまりの想定外の反応に、一瞬だけ脳の処理が追いつかずに彫刻のように完全に固まってしまった。マリアもまたその斜め上すぎる豪快な提案に、大きな翠の目を丸くしてパチパチと瞬かせている。

 

「……一緒に、遊ぶ、ですか?」

 

セレスが眉をひそめる。

 

「そうだ!」

 

ガイアスは何がそんなに当然なのか、一人で大いに納得したように力強く頷いた。

 

「ちょうどいい話があるんだよ。お前ら、学園の課外実習制度の『実習用ダンジョン』って知ってるか? 学園の地下深くに繋がってる、初心者向けの、低階層限定の安全な魔導迷宮さ。学生たちが実戦経験を積むための施設なんだけど、教官からは『安全のために、必ず数人のパーティを組んで攻略すること』を推奨されててさ。……なぁ、これから三人で、そこへ行かねぇか!?」

 

あまりにも、あまりにも軽すぎる、命がけの迷宮攻略への誘いであった。だがその言葉を聞いた瞬間マリアの翠色の瞳の奥に、セレスには決して見えない、前世の記憶(ゲーム知識)に基づいた冷徹な「捕食者」としてのギラリとした暗い歓喜の光が一瞬だけ走った。

 

(――ッ! 来たわ……! 『タソベル』第一章の、実習ダンジョン初攻略イベント! 本来ならここでガイアスとの好感度を最大までハメ込むはずだったけど……まさか、あの難攻不落の偏屈魔術師セレスまで一緒に釣れるなんて……! 一石二鳥どころじゃない、最高の展開だわ!)

 

「……ふふ、実習ダンジョン、ですか。確かに、とっても面白そうですね!」

 

マリアは何食わぬ完璧な聖女の笑顔のまま、弾むような声音で深い興味を示してみせた。

セレスは眼鏡の奥で数秒間、自らの脳内で緻密な損得勘定(シミュレーション)を走らせた。――悪くない。むしろ、これ以上ない絶好の機会だ。閉鎖されたダンジョンという極限の環境下であれば、彼女の行動を二十四時間文字通り「至近距離で直接観察」することができる。彼女のあの不可解な『聖属性魔術』の本質の術式を暴くことも、そしてマリア・エヴァンスという少女の仮面の裏側に隠された本性を理解することもできるかもしれない。

 

「……分かりました。その提案、僕も乗ることにします」

 

最終的にセレスは静かに頷き、その誘いを受諾した。ガイアスは自らの提案が完璧に通ったことに、子供のように嬉しそうに白い歯を見せて笑った。

 

「よし、決まりだ! 早速、週末の予定を空けておけよ!」

 

話はそれであまりにも簡単に、流れるようにまとまってしまったのだった。

 

 

そして後日。学園の最深部に位置する重厚な石造りの巨大な門がそびえ立つ、実習用ダンジョンの入口前。薄暗い地下へと続く歪な階段を前にして三人の男女が集まっていた。ガイアスは自らの愛用する大剣の重みを確かめるように何度も肩を回し、新しい大冒険を目の前にした純粋な少年そのもののウキウキとした輝かしい笑顔を浮かべている。その隣に立つマリアも自らの白く清らかな魔導師の杖を胸元に抱きしめ、おっとりとしたけれどどこか頼もしさを感じさせる穏やかな笑顔で佇んでいた。――そしてただ一人、最後尾に位置するセレスだけが自らの右手の指で眼鏡の位置を直しながら、極めて複雑な割り切れない表情を浮かべていた。

 

(……おかしなことになりましたね。本来、私は彼女の邪悪な本性を暴くための『調査側(観察者)』であったはずなのですが……)

 

それなのに気付けば何故か、彼女と背中を預け合って戦う運命共同体の『同じパーティ(戦友)』として迷宮の深淵へと足を踏み入れようとしている。自らの緻密な計算があのガイアスという男の圧倒的な無鉄砲さによって綺麗に狂わされてしまったことに対する不器用なため息が胸の奥から溢れ出そうになっていた。

 

「よし、野郎ども、行くぜ! 俺が先頭を突っ走るから、しっかりついてきな!」

 

ガイアスが豪快な声を上げ巨大な石門を潜り抜け、薄暗い地下通路へと勢いよく先頭を切って進んでいく。

 

「はい、お気をつけて、ガイアス様!」

 

マリアがその後に軽やかな足取りで続いていく。

 

「……はぁ。本当に、馬鹿げたお祭り騒ぎです」

 

セレスは小さく誰にも聞こえない声でため息を吐き出した。だがその蒼い瞳に宿る、冷徹な観察者の光が消えることはなく彼の足が止まることもなかった。

三人はそのまま冷たい湿気と闇が支配するダンジョンの入口の境界線を完全に越えていった。

奈落の底へと続く薄暗い通路が静かに、けれど確実に彼らの肉体を迎え入れていく。セレスが追い求めていた「調査対象」との物理的・精神的な距離は、彼の当初の予定よりも遥かにずっと、近くなっていた。そして同時に――世界の運命を破滅へと導くタソベルのゲームシナリオの次なるイベントの幕が今、静かに切って落とされようとしていた。

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