ひとしきり笑い転げ、お腹をさすった後。レオンハルトが、ふと思いついたように悪戯っぽい光をその瞳に宿し、上品に口を開いた。
「ねぇ、ガイアス。君がそこまで彼女のことを親しい友人として信頼し、絶賛しているというのなら――」
その言葉に、全員の視線が再びレオンハルトへと集まる。
「――一度、彼女をこの席に招待して、僕たちとご一緒してはどうかな?」
「……ご一緒?」
ガイアスが、まだ少し赤みの残る顔のまま、不思議そうに聞き返した。
「昼食だよ」
レオンハルトは優雅に微笑む。
「僕たちの、このいつもの窓際の席にね。セレスの調査も完全に終わって、彼女が素晴らしい人物だと分かったんだ。なら、僕たちにとっても、彼女は歓迎すべき新しい『友人』候補だ。わざわざ遠くから見ている必要もないだろう?」
アルフォンスも、その素晴らしい提案に我が意を得たりとばかりに力強く頷いた。
「確かに、それはとても良い試みかもしれないね。僕からも、ガイアスの身体をいつも救ってくれているお礼を、きちんと言いたかったんだ。ぜひ彼女を招待しよう」
セレスもまた、自らの調査書を閉じるように静かに言った。
「異論はありません。客観的に見ても、彼女をこの輪に加えることによる不利益は存在しません。問題ありません」
カイルは誰よりも面白そうに、パチパチと手を叩く。
「いやぁ、大賛成です! あの噂の聖女様と直接お近づきになれるなんて、僕としてもぜひお会いしたいですねぇ!」
四人の攻略対象たちの意見は、一瞬にして完璧な「賛成」で一致した。当事者であるガイアスだけが、少しだけ戸惑ったように視線を泳がせる。
「いや、でもさ……あいつは平民の特待生だし、いきなりこんな、王子殿下や公爵令息が揃ってるド真ん中の席に呼ばれたら、緊張して飯の味もしなくなるんじゃ……」
「おや。僕たちの誘いを、彼女が断る明確な理由やデメリットはあるのかい?」
レオンハルトが、逃げ道を塞ぐように優しく尋ねる。
「……いや、ない、と思うけど」
「なら、決まりだね」
あっさりと、すべての運命が決定した。ガイアスはしばらくの間、自分の頭をガリガリと掻きながらあれこれと考えていたが、最終的には観念したように「分かったよ……。今度、それとなく声をかけてみる」と、嬉しさと恥ずかしさが半分ずつ混ざったような顔で頷いたのだった。
◇
数日後。昼下がりの柔らかな木漏れ日が心地よく降り注ぐ、学園の中庭。色とりどりの美しい花々が咲き誇る噴水の近くで、ガイアスは、一人で魔導書を開いていたマリア・エヴァンスの元へと歩み寄り、少しだけ言いにくそうに話しかけていた。
「あのさ、エヴァンス嬢。……今度、俺のいつもの友達と一緒に昼飯を食うことになったんだけどさ。……もしよかったら、あんたも、その、俺たちの席に来ないか?」
その言葉を聞いた瞬間、マリアは一瞬だけ、驚いたようにその大きな翠色の瞳をパチパチと瞬かせた。
――攻略対象グループ。その、最中心部。それは、彼女が前世において狂ったようにプレイし尽くした、あの乙女ゲーム『黄昏のベルガルド』のシナリオにおいて、何度も、何度も画面越しに見てきた、全ての個別ルートの起点となるお決まりの超重要イベントの光景そのものであった。
第一王子アルフォンス。
公爵令息レオンハルト。
天才魔術師セレス。
商人令息カイル。
そして、目の前の騎士ガイアス。
この世界の権力と美貌、そしてすべてのシナリオの鍵を握る、あの伝説の「5人の攻略対象たち」の完璧な輪の中へと直接入る機会が――ついに、向こう側の歩み寄りによって、自らの元へと完璧にもたらされたのだ。
(――キタ、キタキタキタキタッ……!!! ついに王道の『メイングループ合流イベント』が発生したわ……ッ!! セレスの執拗なストーキング調査を、完璧な聖女のムーブで乗り切った甲斐があったというものよ! これで5人の好感度を同時に一括管理できる、最高の基盤が整ったわ……!)
マリアの胸の奥では、前世のゲームプレイヤーとしての邪悪なまでの歓喜と勝利の雄叫びが、激しく鳴り響いていた。だが――彼女のその極めて冷徹な「捕食者」としての本性が、表の顔へと露出することはただの一ミリもなかった。彼女はすぐさま、自らの完璧な仮面を被り直し、まるで上流貴族の威光に少しだけ気後れしているかのような、どこまでも大人しく、健気で控えめな、いつもの穏やかな「聖女の笑み」をその唇に浮かべてみせた。
「……まぁ。ヴァルク様のご友人の方々と、ご一緒ですか……? 私のような平民の特待生が、そのような素晴らしい方々の席に混ざってもよろしいのでしょうか……。……でも、ヴァルク様がそう仰ってくださるのでしたら、私でよろしければ、ぜひ喜んでご一緒させてください」
「っ! よ、よかった……! 断られたらどうしようかと思ったぜ。あいつらもお前のこと、すごく楽しみに待ってるからさ!」
ガイアスは、彼女のその殊勝で可憐な快諾の言葉を聞き、子供のように嬉しそうに、太陽のように眩しい笑顔を咲かせた。マリアにとっては、彼のその純粋な好意すらも、すべては計算通りに進んでいるシナリオの進捗度を示す、ただの都合の良い「数字(パラメーター)」の一つに過ぎなかったが、表向きはただただ、嬉しそうに微笑み返すだけで、今の彼にとってはそれだけで十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
◇
そして、翌週。初夏の爽やかな風が格子窓から吹き抜ける、学園食堂のいつもの特等席。
そこには、これまでになかった、奇跡の「六人」の男女が集結していた。
アルフォンス、レオンハルト、セレス、カイル、ガイアス。
そして――その中心に、可憐に佇むマリア・エヴァンス。
「皆様、改めまして、マリア・エヴァンスと申します。このような光栄な席にお招きいただき、本当にありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
マリアは自らの栗色の髪を軽く揺らし、非の打ち所がないほどに優雅で、それでいて謙虚な礼を捧げながら、満面の美しい微笑みを浮かべた。
「こちらこそ、歓迎するよ、エヴァンス嬢。ガイアスから君の素晴らしい活躍の数々は、いつも耳にしていたからね。どうか緊張せず、僕たちのことはただの友人として接してほしい」
レオンハルトが、自らの完璧な社交用の微笑みを浮かべ、優しく彼女を迎え入れる。
「ああ、僕からも、いつも無茶ばかりするガイアスの身体を救ってくれて、心から感謝しているよ。本当にありがとう」
アルフォンスもまた、一国の王子としての威厳を崩さないまま、極めて好意的な眼差しを彼女へと向けた。ガイアスは、自らの大切な恩人が友人たちに快く受け入れられているのを見て、我がことのように鼻を高くし、嬉しそうにがははと笑っている。カイルは、その鋭い商人の嗅覚と観察眼を用いて、彼女の微細な表情の変化を興味深そうに見つめ、セレスはかつての刺々しさを完全に消し去り、穏やかで知的な眼差しで彼女の存在をそこに肯定していた。この席にいる、マリアを除く5人の少年たち。彼らの中には、誰一人として、目の前の健気な少女を警戒する者は、もういなかった。誰一人として、彼女のあの翠色の瞳の裏側を疑う者は、存在しなかった。彼らはただ、自分たちの不器用な友人を救ってくれた、新しく、そして非常に優秀で素晴らしい「友人の一人」を、一点の曇りもない純粋な好意と祝福をもって、自らの境界線の内側へと迎え入れていたのだ。
マリアは、自らの視界に広がる、そのあまりにも美しく、あまりにも無防備な少年たちの光景を、ぐるりと見回した。
王子ルート、アルフォンス。
公爵令息ルート、レオンハルト。
騎士ルート、ガイアス。
魔術師ルート、セレス。
商人ルート、カイル。
――『黄昏のベルガルド』が誇る、5人のすべてのメイン攻略対象たち。その、誰もが憧れ、決して立ち入ることの出来ないはずの「神々の聖域(グループの中心)」へと。ついに、マリア・エヴァンスは、その小さな両足で完全に踏み入ることに成功したのだ。どこまでも清らかで、どこまでも穏やかな、周囲を魅了する「聖女」の笑顔をその仮面に張り付けたまま。彼女の胸の奥では、世界のすべてを自らの手のひらの上で転がし、完璧なハッピーエンドへと塗り替えていくための、確かな、底知れないほどに冷徹な『手応え』が、グシャリと深く、刻み込まれていくのだった。