「……あの子たちと無理に話す必要はない。何かあれば、すぐに私を呼ぶんだ」
マリアの私室の前で、アルフォンスは深刻な面持ちでそう念を押した。しかしマリアは「大丈夫ですわ、殿下」と儚げに微笑み、双子との面会に応じた。
原作に存在しない二人の王女。味方に引き入れられれば強力な駒となるが、敵に回れば恐ろしい不確定要素。判断するためには、まず直接見極める必要があった。
通された部屋で待っていたのは、最高に可憐なお姫様たちだった。
「改めて、あの時はありがとうございました。マリア様のおかげで、私の傷は消えましたわ」
エリシアが透き通るような微笑みで頭を下げ、フィリアも愛らしく手を取り追従する。
「お兄様も、私たちも、本当に感謝しているのです」
さらに二人は、学園内で広まっている噂について、どこまでも申し訳なさそうに眉を下げた。
「私たちがクラウディア様と親しくしていたため、マリア様に敵意があると周囲に誤解させてしまいました。誤解をすぐに解消しないままにしてしまい、嫌な思いをさせて申し訳ありませんでした」
王女である二人が、自ら非を認めて頭を下げる。マリアは一瞬目を見張ったが、すぐに感極まったような表情を作り上げた。
「そんな、滅相もございません! 私の方こそ、勝手に怯えてしまって……」
表面上は完璧な和解。双子の立場は「クラウディア側」から「中立」へと上書きされた。
双子が去った後、マリアは一人で冷たく口元を歪めた。
(敵意は見せなかった。けれど……原作にない存在を安易に信じるわけにはいかないわ。利用できるか排除すべきか、もう少し見極めましょう)
マリアは双子の扱いを「保留」とした。
翌日。心配して集まったアルフォンス、ガイアス、セレスたちに対し、マリアは和やかに報告した。
「王女殿方とは無事に誤解が解けました。とてもお優しくしていただいて……私たちは、もう大丈夫です」
ガイアスは安堵の息を吐き、セレスも胸を撫で下ろした。アルフォンスだけが、どこか腑に落ちない硬い表情を浮かべていたが、マリア本人が納得している以上、それ以上は追求できなかった。
◆
だが、事件はその数日後に起きた。
校舎の奥深く、普段は人通りの少ない階段から、痛々しい悲鳴と落下が響いた。
駆けつけた生徒たちが目撃したのは、階段の下で力なく倒れ、痛みに耐えるように体を丸めるマリアの姿だった。駆けつけた攻略対象たちが騒然とする中、ガイアスが怒りを爆発させる。
「誰にやられたんだ! 誰が突き落としたんだ!?」
セレスも眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。
「……犯人の顔は見えましたか?」
マリアは涙をぽろぽろと零し、怯えたように肩を震わせながら首を振った。
「ううん……分からないの。誰かがいたような気もするけれど、見ていなくて……私の不注意だったのかもしれません。だから、誰も疑わないでください……」
健気に周囲を庇う被害者。しかし、これによって事件は完全な迷宮入りとなった。目撃者はゼロ。現場に不審な痕跡もなく、犯人を特定する証拠は何一つ出ない。
それでも攻略対象たちは「誰かがマリアを狙った」と断定し、独自に動き始めた。
「証拠がない? そんなの決まってるだろう! エヴァンス嬢を憎んでいて、こんなことをする奴なんて一人しかいない!」
ガイアスの怒りの矛先は、真っ直ぐにクラウディアとその周辺へ向けられた。
クラウディア本人が日常的にマリアへ注意を与えていたこと、取り巻きたちが嫌がらせを繰り返していたこと。それらの「動機」だけを根拠に、彼らは見えない犯人をクラウディアのグループだと決めつけていった。
セレスも冷静を装いつつ、クラウディア側の関与を疑う思考から抜け出せず、カイルもまた動機の強さから静観を決め込んだ。アルフォンスの頭には一瞬、妹たちの顔が浮かんだ。あの双子なら、気付かれずにこれくらいの芸当はやってのける。
しかし、双子は数日前にマリアと和解したばかりだ。何より証拠が全くない。
(……まさか、本当にクラウディアが隠れて命じたというのか……?)
アルフォンスの疑念は迷走し、結果として双子は真っ先に犯人候補から外れることとなった。
◆
その日の夕暮れ。罪悪感と焦燥感に苛まれたアルフォンスは、マリアを静かな中庭へ呼び出した。
「マリア……もう、曖昧にはできない」
アルフォンスは彼女の細い肩を抱き寄せ、真摯な瞳で見つめつめた。
「君が傷つくのは、私が婚約者を曖昧にしているせいだ。私は卒業パーティーで、クラウディアとの婚約破棄を正式に宣言する。……その後、私と正式に婚約してくれないだろうか」
マリアは瞳を潤ませ、感極まったように頷いた。
「はい……喜んで! ですが、正式なお返事は卒業パーティーの後にさせてください。殿下がすべてを終えられてから、きちんとお答えしたいのです」
王太子の告白。シナリオ通りの展開に、マリアは胸の中で歓喜の叫びを上げていた。
そしてその夜、アルフォンスが他のメンバーへ「卒業パーティーでクラウディアと婚約破棄し、マリアに求婚する」と宣言したことで、事態はさらに加速した。
焦ったガイアスとセレスが、相次いでマリアのもとへ駆けつけ、自らの想いを激しく告白したのだ。マリアは二人の告白に対し、「皆様大切で選べません……卒業パーティーまでに答えを出します」と可憐に言葉を濁した。王太子、最精鋭の騎士、天才魔導師。三つのルートが同時に開かれた完璧な状況に、マリアはほくそ笑んだ。
——だが。
その様子を、はるか遠くの校舎の陰から見つめる影があった。
エリシアとフィリアだ。
エリシアが耳元に添えた集音の魔術陣をすっと消し、フィリアが口元を手で覆う。
(お兄様が告白した。他の方々も続いて……マリア様は回答を卒業パーティーまで保留)
二人は言葉を交わさなかった。ただ、暗がりの中で顔を見合わせ、心底可笑しそうに、可憐な笑みを深め合った。アルフォンスが自ら一歩を踏み出し、最高の決定的瞬間を作ってくれた。
マリアもまた、その絶心に有頂天になっている。
『期限、または告白の直後』。
契約履行のためのすべての条件が、今、完璧に整った。
誰にも気付かれない暗闇の中で、双子姫は静かに、深々と笑っていた。
所謂乙女ゲーヒロインざまぁのテンプレってやつ
あと、誤字報告大変助かりました。修正してあります。