TS双子姫と乙女ゲーム世界   作:熱湯キチ郎

38 / 38
眠れる聖女

目を覚ました瞬間、マリアは自分がどこにいるのか分からなかった。

視界に映るのは、見覚えのない石造りの壁。薄暗い部屋の床には、微かに光る幾何学模様が浮かんでいる。――ここは、どこ。

自室ではない。女子寮でもない。王立学園のどこでもない。

外の音が、まったく聞こえない。息を吸っても、空気が妙に重く感じる。

必要最低限の家具。そして、用途の分からない、見たこともない形の魔術具がいくつも並んでいる。マリアは慌てて記憶を辿った。

――そうだ。部屋にいた。棚の下に、光る珠が転がっているのを見つけた。何気なく拾い上げた。その瞬間、まばゆい光に包まれて。

そして、ここにいる。

 

「……誰か!」

 

叫んだつもりだった。だが、自分の声が、妙に近くで消えていくのを感じる。

外へ届いている感覚が、まるでない。部屋全体に、何か特殊な結界が張られている。

マリアは、じわじわと理解し始めていた。自分は、完全に隔離されている。

 

 

部屋の奥に、人の気配がした。

振り返ると、そこにエリシアとフィリアが立っていた。

銀白の髪。澄んだ青い瞳。学園で見せる、あの完璧なお姫様の姿そのまま。

けれど、いつもよりも僅かに、その微笑みの温度が低い気がした。

礼儀正しく、優しく、柔らかい。それでいて、その目は――まるで観察するもののように、

静かにマリアを見つめている。

 

「あなたたちが……!」

 

マリアは声を荒げた。

 

「あなたたちがやったのね! 私をどこに連れてきたの!」

 

「こんなことして、ただで済むと思ってるの!」

 

双子は、怒らなかった。

エリシアが、静かに微笑む。

 

「お目覚めですか、マリア様」

 

フィリアが、楽しそうに首を傾げた。

 

「ご気分は、いかがですか?」

 

「ふざけないで!」

 

マリアは叫んだ。

 

「アルフォンス様たちが、すぐに私を探しに来るわ!」

 

「ガイウスだって、セレスだって、私を放っておくはずがない!」

 

「私は……こんなところで終わる人間じゃないの!」

 

 

マリアは、自分を奮い立たせようとしていた。まだ、終わっていない。

アルフォンスは、自分に想いを告げた。ガイウスも、セレスも、自分を求めている。

卒業パーティーまでに返事をすれば、すべてが望んだ形になるはずだった。

だから、彼らは必ず探しに来る。必ず、助けに来る。

そう、信じようとした。

 

「私は……選ばれる側なの」

 

マリアは、震える声で言った。

 

「みんな、私を必要としているの」

 

「あなたたちみたいな、突然出てきた邪魔者とは違う」

 

「私は、幸せになるはずだったのよ」

 

双子は、その言葉を静かに聞いていた。

反論もせず、怒りもせず、ただ興味深そうに見つめている。

 

「なぜ、そこまで確信していらっしゃるのですか?」

 

エリシアが、穏やかに尋ねた。

 

「アルフォンスお兄様たちが、必ずマリア様を選ぶと?」

 

マリアは、苛立ちのあまり、思わず言葉を滑らせた。

 

「当たり前でしょう」

 

「だって私は――ヒロインなのよ」

 

双子の目が、わずかに変わった。

 

 

「ヒロイン」

 

エリシアが、静かにその言葉を繰り返す。

 

「物語の登場人物のような、言い方ですね」

 

フィリアが、楽しそうに続けた。

マリアは、はっとした。だが、動揺と怒りが、その口を止めてはくれなかった。

 

「そうよ」

 

「この世界は、そういう世界なの」

 

「本当なら、私はアルフォンス様に選ばれるはずだった」

 

「クラウディアは、悪役令嬢として破滅するはずだった」

 

「卒業パーティーで、全部決まるはずだったの」

 

「本当なら?」

 

エリシアが、静かに問い返す。

 

「はずだった?」

 

フィリアも続けた。

 

「マリア様は、何を知っていらっしゃるのですか?」

 

マリアは唇を噛んだ。だが、失いかけた優位性を取り戻したくて、さらに言葉を吐き出してしまう。

 

「私は、知ってるの」

「原作を」

「この先のシナリオを」

「あなたたちは、原作にいなかった存在しないはずの、異物なのよ」

「あなたたちさえいなければ、全部うまくいったのに!」

 

双子は、顔を見合わせた。

そして――嬉しそうに、微笑んだ。

 

 

「原作」

 

エリシアが、穏やかに呟く。

 

「シナリオ」

 

フィリアが続けた。

 

「懐かしい言葉ですね」

 

マリアの表情が、凍りついた。

 

「……懐かしい?」

 

エリシアが、静かに微笑む。

 

「ええ。私たちにも、前の世界の記憶がありますから」

 

「マリア様だけでは、ありませんよ」

 

フィリアが続けた。

 

「この世界で、前世を覚えているのは」

 

マリアは、一瞬、理解できなかった。

 

自分だけが特別なはずだった。自分だけが、ゲームの知識を持っているはずだった。

だからこそ、ヒロインとして攻略対象たちを導けた。

クラウディアを悪役令嬢として追い込めた。未来の戦争すら、知っていた。

なのに。

目の前の双子も――転生者。

原作に存在しなかった王女たち。自分のシナリオを狂わせた、最大の不確定要素。

その正体が、自分と同じ、転生者だった。

 

「嘘よ」

 

マリアの声が、震える。

 

「そんなの、聞いてない」

「あなたたちが転生者なんて、そんな設定なかった!」

「原作にいなかったくせに!」

 

「そうですね」

 

エリシアが、穏やかに答えた。

 

「私たちは、あなたの知る物語には、いなかったのでしょう」

「でも、ここにはいます」

 

フィリアが微笑む。

 

「今、あなたの目の前に」

 

マリアの呼吸が、乱れていく。

自分の原作知識は、絶対ではない。自分は、唯一ではない。

自分は――この世界の中心ではない。

その事実が、マリアの足元から、音を立てて崩れていった。

 

 

「お前たちがいなければ!」

 

マリアは、髪を振り乱して叫んだ。

 

「お前たちが出てこなければ、全部うまくいったのに!」

「クラウディアは破滅して、アルフォンス様は私を選んで、

ガイウスもセレスもカイルもレオンハルトも私のものになった!」

「私は――幸せになれたのよ!」

「私が、王国を救うはずだったのに!」

 

双子は、静かにそれを聞いていた。怒らない。反論もしない。

ただ、記録するように、じっとマリアを見つめている。

マリアは、その視線にすら苛立った。

 

「何なの、その目!」

「私を見るな!」

「私は――実験材料なんかじゃない!」

 

その言葉に、双子がわずかに反応した。

 

「実験材料」

 

フィリアが、繰り返す。

 

「ええ。良い表現ですね」

 

エリシアが、穏やかに頷いた。マリアの体が、凍りついた。

 

 

エリシアが、袖の中から小さな結晶を取り出した。

透明な、掌に収まるほどの魔術具。

 

「マリア様は、とてもたくさんのことを、ご存じのようです」

 

フィリアが、にっこりと笑う。

 

「では――きちんと、記録しておきましょう」

 

エリシアも、静かに頷いた。

 

「何をするつもり」

 

マリアの声が、掠れる。エリシアは、答えずに魔術具を起動させた。

結晶が淡く光り、空中に小さな魔法陣が浮かび上がる。

フィリアが、可愛らしく告げた。

 

「では――実験開始としましょう」

 

 

それから何がどれほど続いたのか、マリアにはもう分からなかった。

薄暗い部屋に、彼女の悲鳴が幾度も響いた。

聖属性の魔力は、体内を巡ることで傷を癒す。

ならば、聖属性ではない魔力を流し込んだ時、

何が起きるのか――双子はその検証を、淡々と続けていった。

 

「聖属性ではない魔力に対しては、拒絶反応が起こるようですね」

 

エリシアの声が、冷静に響く。

 

「治癒ではなく、痛みとして出るのですね」

 

フィリアが、興味深そうに呟いた。

 

「面白いです」

 

マリアは、苦痛と恐怖の中で、言葉を吐き出していった。

自分がヒロインだから幸せになるべきだと思っていたこと。

たくさんの男に囲まれ、愛される未来を望んでいたこと。

そのために、クラウディアが邪魔だったこと。

クラウディアはゲームの通りに振る舞っていれば、勝手に破滅すると思っていたこと。

階段から落ちたのは、自作自演だったこと。

何もしていないクラウディアの周りに疑いが向いたことを、内心で笑っていたこと。

双子がいなければ、自分のシナリオは成功していたと、憎み続けていること。

 

「マリア様は、この先の展開も、ご存じなのですか?」

 

エリシアが、静かに問いかける。

苦痛と怒りに震えながら、マリアは叫んだ。

 

「帝国が、攻めてくるんだ!」

「卒業パーティーの後、戦争になる!」

「それを止めるのは、私だったのに!」

「私と、私のハーレムが、王国を救うはずだったのに!」

「止められるのは、私だけなのに!」

「お前たちのせいで――王国は破滅するのよ!」

「――ざまあみろ!」

 

 

エリシアが、静かに魔術具を止めた。結晶の光が消える。

マリアは、荒い息を繰り返していた。

怒りと、恐怖と、屈辱と、絶望。すべてが混ざり合った目で、双子を睨みつける。

 

「たくさん、教えていただけましたね」

 

フィリアが、記録の内容を確かめるように呟いた。

 

「聖属性」

 

エリシアが頷く。

 

「精神への作用」

「原作知識」

「未来の戦争」

「どれも、貴重です」

 

マリアは、震えた。

自分が持っていた情報は、切り札だったはずだった。

けれど今は、双子にとって、ただの資料になっている。

しかも――もう、その資料としての役目すら、

終わりつつあることに、マリアはまだ気づいていなかった。

 

 

「聖属性は、極めて珍しいのです」

 

エリシアが、静かに語り始めた。

 

「傷跡を消し、肉体を癒し、対象の魔力と深く関わる」

「しかも――治癒を受けた方々には、奇妙な変化が見られました」

 

フィリアが、楽しそうに続ける。

 

「好意、信頼、警戒心の低下」

「ガイウス様も、セレス様も、お兄様も

マリア様と関わるほど、ずいぶん優しくなりましたね」

 

「私たちには、効きませんでしたけれど」

 

エリシアが、興味深そうに付け加えた。

 

「それも、面白いですよね」

 

フィリアが微笑む。

マリアの顔が、青ざめていく。

自分でも、完全には理解していなかった聖属性の作用。

それを、双子は観察していた。分析していた。マリア本人よりも、ずっと冷静に。

 

 

恐怖が、マリアの声を震わせた。

 

「私を……どうするつもり」

「殺すの?」

 

双子は、すぐに首を振った。

 

「殺しませんよ」

 

エリシアが、穏やかに答える。

 

「そんな、もったいないことはしません」

 

マリアは、一瞬だけ安堵しかけた。

殺されない。ならば、まだ助かる可能性がある。

アルフォンスたちが探しに来るかもしれない。

取引できるかもしれない。命乞いすれば、許されるかもしれない。

けれど、次の言葉が、その僅かな希望を打ち砕いた。

 

「聖属性の使い手は、大変貴重です」

 

エリシアが言う。

 

「それに、前世と原作知識を持っていた方でもあります」

 

フィリアが続ける。

 

「知っていることは、もう十分に教えていただきました」

「ですから、これからのマリア様に必要なのは――お話しすることでは、ありません」

 

マリアの顔から、完全に血の気が引いた。

 

 

「大丈夫です」

 

エリシアが、優しく言った。

 

「もう、何かを考える必要はありません」

「何かを話す必要も、ありません」

 

フィリアが、にこりと笑う。

 

「眠っていてください」

 

エリシアが、静かに告げた。

 

「ずっと」

 

マリアは、震えた。それは、死ではない。

けれど――自由も、未来もない。

ヒロインとしての人生。アルフォンスとの未来。

たくさんの男に囲まれる日々。卒業パーティー。王国を救う役割。

そのすべてが、奪われる。しかも、もう二度と、起こされる予定すらない。

命は続くのに、人生だけが終わる。

眠ったまま、ただ聖属性を宿した素材として――永遠に、保存され続ける。

 

 

強がりは、もう続かなかった。

 

「嫌」

 

マリアの声が、掠れる。

 

「そんなの、嫌」

「お願い、帰して」

「何でも話すから」

「まだ話してないことだって、あるかもしれない」

「帝国のことも、ゲームのことも……もっと、思い出すから」

「だから――眠らせないで」

「私を、物みたいにしないで」

 

双子は、困ったように微笑んだ。

 

「お気遣い、ありがとうございます」

 

エリシアが、静かに答える。

 

「けれど、本当に――もう十分です」

 

「いや」

 

マリアは、首を振った。

 

「いやよ」

「私は、ヒロインなの」

「こんなところで、終わるはずない」

 

「終わりますよ」

 

エリシアの声は、あくまで穏やかだった。

 

「ただ、生きてはいていただきます」

 

その意味を、マリアは理解してしまった。

自分の物語は、終わる。けれど、命だけは終わらない。

それは救いではない。人格を奪われたまま、

永遠に保存され続けるという宣告だった。

 

「助けて!」

 

マリアは、泣きながら叫んだ。

 

「アルフォンス様!」

「ガイウス!」

「セレス!」

「誰か……!」

 

声は、閉ざされた結界の中に吸い込まれていく。誰にも、届かない。

 

 

魔法陣の光が、静かに強まっていく。

マリアの目が、恐怖に見開かれた。

彼女は最後に、声を限りに叫んだ。

けれどその声は、学園にも、アルフォンスにも、ガイウスにも、セレスにも――

そして、クラウディアにも、届くことはなかった。

すべての記録が、誰かに見せられるわけでもない。

双子は、ただ静かに、その様子を見つめていた。

エリシアが、微笑む。

フィリアも、微笑む。

 

「眠っていただきましょう」

 

「もう――目覚めなくていいように」

 

マリアの悲鳴が、閉ざされた部屋の中だけに、いつまでも響いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ダンジョンにはTSがつきもの 〜TS転生した怪物は自分への愛が強すぎる〜(作者:炭水化物は飲み物)(オリジナル現代/冒険・バトル)

倫理観が地獄産のディストピア世界からのやってきた天然無知戦闘狂美少女がめっちゃ優しい現代ダンジョン配信世界でバズっていく話。


総合評価:853/評価:8.07/連載:13話/更新日時:2026年06月29日(月) 13:58 小説情報

推しの魔法少女を助けたいTS転生魔法少女(作者:きし川)(オリジナル現代/冒険・バトル)

生前、途中で視聴をやめてしまった魔法少女作品の世界に女の子として転生した男は視聴をやめる原因となった推しを助けるべく魔法少女となって戦う。


総合評価:737/評価:7.62/連載:7話/更新日時:2026年08月12日(水) 07:12 小説情報

居場所をなくしたTS聖女は魔法少女と出会う(作者:綺羅星瑠奈)(オリジナル現代/冒険・バトル)

世界統治の為、象徴として利用されたTS転生聖女のルナ。▼かつての仲間だった魔法使いによって前世の現代日本に転移する。▼しかしそこは魔法少女がいる世界だった。▼前世の妹にも信じてもらえず、死んだ方が楽なのではないか思っていたところで、死にかけの魔法少女に出会う。▼異世界でも現代でも居場所をなくしたサポート特化のTS聖女と困っている人を見捨てられない近接特化魔法…


総合評価:1380/評価:8.63/連載:21話/更新日時:2026年09月07日(月) 21:15 小説情報

ニチアサ系で禁断の『主人公勢洗脳闇堕ち全滅エンド』を目指したい(作者:匿名希望)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ニチアサ系変身ヒロインアニメの世界に、主人公の双子の姉としてTS転生した朝霧夕陽(あさぎりゆうひ)。原作主人公勢の活躍を特等席で見ることができる! と喜んでいたのだが――悪の組織に勧誘(洗脳)されて、理性のブレーキがぶっ壊されてしまう(なお、洗脳自体はすぐに自力で解除した模様)。▼「見守りたい」という純粋な想いは歪んでいった。▼これは禁忌とされるバッドエンド…


総合評価:2279/評価:8.24/連載:15話/更新日時:2026年09月03日(木) 00:33 小説情報

TS転生外宇宙系魔法少女ダークネス・ルーシィ(作者:SIS)(オリジナル現代/ホラー)

SAN値直葬系マスコットとそれを心から愛する転生者(正気)の日常。▼※序盤とタイトルを書き直しました。▼気分転換に書いた作品を投稿欲を満たすために投稿してみます。▼続き書いたら増えます。


総合評価:3334/評価:8.51/完結:57話/更新日時:2026年08月29日(土) 17:38 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>