TS双子姫と乙女ゲーム世界   作:熱湯キチ郎

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帝国立学園の迎賓係

朝から、帝国立学園はどこか落ち着かない空気に包まれていた。

廊下でも、中庭でも、教室でも、生徒たちの話題は一つに集中している。

ベルガルド王国から留学してくる、双子の王女のことだ。

 

「本当に、同じ顔をしているのかしら」

「王国の至宝と呼ばれているのでしょう?」

「魔術の才能も、学問の成績も、すべて飛び抜けているとか」

「一目だけでも、見てみたいわ」

 

第一王女エリシア。第二王女フィリア。銀白の髪と青い瞳を持つ、王国貴族たちが惜しみなく称賛する美姫。帝国立学園の生徒たちは、その噂に浮かれきっていた。

その空気を、アレクシアはやや冷めた目で眺めていた。

 

 

アレクシアは、皇女として双子姫の迎賓係を任されている。

王国からの正式な留学生。しかも王女が二人。帝国側として、失礼があってはならない。皇女である自分が対応するのは当然のことだった。

だが、正直なところ、あまりいい気分ではない。理由はいくつかある。

まず、学園中が噂だけでこれほど浮かれていること。まだ本人たちの顔さえ見ていないのに、王国の至宝だ、天才姫だ、美姫だと、まるで祭りのような騒ぎだ。それが、少し面白くない。

それに、帝国の学園に王国の姫君が来るというだけで、生徒たちの関心がそちらへ根こそぎ持っていかれていることも、皇女として複雑な思いがあった。

さらに――王国と帝国の関係は、決して単純なものではない。留学は友好の証でもある。だが、完全な信頼の証というわけでもない。王族同士の交流には、常に外交的な意味合いがつきまとう。

アレクシアは、それを理解している。だからこそ、浮かれた生徒たちのように単純には喜べなかった。

 

「噂は所詮、噂だろうに」

 

そう呟きながら、アレクシアは迎賓係として馬車の発着場へと足を向けた。

学園の敷地を歩く間も、廊下にも中庭にも、生徒たちの視線が一斉にそちらへ向いているのが分かる。誰もが双子姫の到着を気にしていた。

アレクシアはそれを横目に見ながら、小さくため息をついた。

迎賓係としての役目は、きちんと果たす。だが、必要以上に持ち上げるつもりはない。

相手が評判通りの姫君かどうかは、自分の目で確かめればいい。

そう考えながら、馬車の発着場へと辿り着いた。

発着場には、すでに一人の令嬢が立っていた。

アレクシアの同級生であり、第一皇子の婚約者――エレオノーラだった。

 

「アレクシア様」

 

エレオノーラが、穏やかな笑みを浮かべて振り返る。

 

「迎賓係なのですから、もっと早く来られると思っていましたのに」

 

「時間通りだ」

 

アレクシアは、少し呆れたように返した。

 

「それより、お前こそ随分と早いじゃないか」

 

エレオノーラは、くすりと笑う。

 

「王国の至宝と名高い姫君たちですもの」

「一目拝見したいと思うのは、自然なことでしょう?」

 

「お前まで噂に浮かれているのか」

 

アレクシアが軽く眉を上げると、エレオノーラは否定しきれないように微笑んだ。

 

「期待していないと言えば、嘘になりますわ」

 

アレクシアは、静かに言った。

 

「一応、気をつけておくべきだ、評判はあくまで評判でしかない。

美しい、聡明、礼儀正しい――そういう話には、大抵尾ひれがつくものだ。

変に期待しすぎると、落差で失望することになるぞ」

 

「ええ。肝に銘じておきます」

 

エレオノーラは素直に頷いた。だが、その表情には、まだ隠しきれない期待が滲んでいる。

アレクシアは、それを見てもう一度、小さく息を吐いた。

 

 

発着場の周囲には、遠巻きに生徒たちが集まり始めていた。

直接近づくことはできない。だが、王国の双子姫を一目見ようと、自然に人垣ができている。教師たちが、騒ぎすぎないようにと生徒を窘める声も聞こえた。帝国側の侍従や警備も、整然と配置についている。

アレクシアは、迎賓係として表情を整えた。エレオノーラも隣で、静かに背筋を伸ばす。

その時、王国の紋章を掲げた馬車が、視界の端に現れた。周囲のざわめきが、一段と大きくなる。

 

「いらっしゃったわ」

 

誰かが、小さく呟いた。馬車が、ゆっくりと停止する。

扉が開き、まず侍女が降り立つ。続いて――陽光を受けて輝く、銀白の髪が見えた。

エリシアが姿を現す。その後ろから、フィリアが続いた。二人は並んで立つ。

同じ銀白の髪。同じ澄んだ青い瞳。同じように整った顔立ち。

けれど、まったく同じ人形が二体並んでいるようには見えない。

エリシアは、静かで柔らかな気品を纏っている。

フィリアは、明るく愛らしい華やかさを持っている。

二人が並ぶと、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようだった。

周囲の生徒たちは、一瞬言葉を失った。それから、抑えきれないざわめきが広がっていく。

 

「本当に、美しい……」

 

「噂以上ではなくて?」

 

「まるで、精霊の姫君みたい」

 

アレクシアも、思わず小さく息を呑んだ。

噂は大げさだと思っていた。王国側の誇張だろうと、高を括っていた。

だが、目の前の双子は、確かに美しい。ただ美しいだけではない。

王女としての立ち姿。周囲の視線を当然のように受け止める落ち着き。

見られていても崩れない微笑み――そのすべてが、評判に見合っていた。

アレクシアは、内心でそれを認めざるを得なかった。

少なくとも、噂は完全な誇張というわけではなさそうだ。

アレクシアは、迎賓係として前に出た。

 

「ようこそ、帝国立学園へ。

私は第一皇女、アレクシア・ディ・グランゼルトだ。

本日より、こちらでの生活に不自由がないよう、案内を務めさせていただく」

 

礼儀正しく、しかし必要以上にへりくだらない挨拶。帝国の皇女としての矜持を保ちながら、相手国の王女を迎える言葉だった。

エリシアとフィリアは、完璧な所作で礼を返す。

 

「お迎えいただき、ありがとうございます、アレクシア殿下」

 

エリシアの声は、驚くほど柔らかい。

 

「帝国立学園で学ばせていただけること、とても光栄に思っております」

 

フィリアが続く。

 

「至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞご指導くださいませ。

皆様と、仲良くできましたら嬉しいです」

 

その声は柔らかく、態度は丁寧、表情は可憐。王国の姫君として、非の打ち所がなかった。

アレクシアは、少し意外に思った。

もっと高慢な態度を取るかもしれないと思っていた。

歓迎されて当然という空気を纏ってくるかもしれない、とも。

だが、双子は控えめで、礼儀正しく、むしろ相手を立てるような振る舞いをしていた。

アレクシアの中にあった警戒が、僅かに緩む。

続いて、エレオノーラも前に進み出た。

 

「お初にお目にかかります。

エレオノーラ・ディ・ヴァレンシュタインと申します。

アレクシア様と同じく、帝国立学園に在籍しております。

お二人と学びを共にできますこと、心より嬉しく思います」

 

洗練された礼を取るエレオノーラに、双子もまた丁寧に応じた。

 

「エレオノーラ様、お会いできて嬉しいです」

 

エリシアが微笑む。

 

「こちらでのこと、色々と教えていただけましたら心強いです」

 

フィリアが続く。

エレオノーラの表情が、ふわりと柔らかくなった。

期待していた以上に、双子は感じが良い。

美しいだけではなく、礼儀正しく、穏やかで、親しみやすい。

エレオノーラもまた、二人に確かな好印象を抱いていた。

 

遠巻きに見ていた生徒たちの間にも、好意的な空気が広がっていく。

王国の姫君は、噂通り美しい。しかも高慢ではない。

帝国側にも礼儀正しく接し、学園生活にも前向きに見える。

それだけで、周囲の印象は一気に好転していた。

アレクシアは、生徒たちの空気が瞬く間に双子へと傾いていくのを感じていた。

先ほどまで噂だけで浮かれていた生徒たちは、今や実物を目にして、さらに盛り上がっている。

本来なら、アレクシアはその空気に軽い警戒を抱くべきだった。

けれど、目の前の双子の態度は、あまりにも自然で、あまりにも非の打ち所がなかった。

アレクシア自身も、悪い印象を持つことができなかった。むしろ――思っていたよりも、ずっと好ましい。

双子を案内しながら、アレクシアは内心で考える。

噂に踊らされるつもりはなかった。王国の姫だからといって、無条件に信用するつもりもなかった。だが、彼女たちは確かに美しく、礼儀正しく、賢そうに見える。少なくとも、初対面で不快感を覚える相手ではない。

むしろ――好感を抱かせるのが、恐ろしく上手い。

それを計算と見るには、あまりに自然だった。それを天性と見るには、あまりに完成されていた。

一瞬、アレクシアの胸に小さな違和感が過る。だが、その違和感は、すぐに掻き消えた。

相手は他国の王女だ。幼い頃から、礼儀作法を徹底的に叩き込まれてきたのだろう。王国の至宝と呼ばれるほどの姫君なら、この程度の振る舞いは当然なのかもしれない。

アレクシアは、そう自分を納得させた。

 

 

アレクシアは、双子を学園内へと案内していく。エレオノーラも、その隣に並んだ。

周囲の生徒たちは、期待と好奇心に満ちた視線を、二人の王女へ向け続けている。

エリシアとフィリアは、その視線を受けながらも、穏やかに微笑んでいた。

誰にも失礼がないように。誰にも警戒されないように。誰からも、愛される王女であるように。

アレクシアは、そんな双子の姿を見ながら思う。

王国の至宝。確かに、その呼び名は――大げさではないのかもしれない。

帝国立学園に、二人の姫君がやって来た。その日、多くの生徒が彼女たちに好意を抱いた。

アレクシアも。エレオノーラも。まだ誰も、知らない。

その微笑みの奥に、何が隠されているのかを。

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