TS双子姫と乙女ゲーム世界   作:熱湯キチ郎

50 / 50
王国に届いた手紙

 

帝城の一室に、慌ただしい足音が響いた。

 

「殿下!」

 

兵士が、蒼白な顔で駆け込んでくる。第二皇子レオニスは、書類から顔を上げた。

 

「なんだ」

 

「王国の双子姫が……いなくなりました」

 

レオニスは、一瞬、その言葉の意味を理解できなかった。

 

「……いなくなった?」

 

「扉には常時、監視をつけておりました。窓の外にも兵を配置し、廊下も押さえておりました。食事を運ぶ者も、すべて管理下にありました。それなのに――」

 

兵士の声が、震える。

 

「部屋は、もぬけの殻です」

 

レオニスは、無言で立ち上がった。

客室へ向かうと、そこには何の異変もない、静かな部屋があった。

豪華な寝台。整えられた寝具。使われた形跡のある茶器。読みかけの本が、卓上に置かれたままになっている。だが、エリシアもフィリアもいない。

扉は破壊されていない。窓にも、こじ開けられた痕跡はない。争った形跡もない。まるで、最初から誰もいなかったかのように、二人は消えていた。

 

「何をしていた!」

 

レオニスの怒声が、部屋に響く。

 

「二人の小娘すら、見張れなかったのか!」

 

兵たちは青ざめたまま、何も答えられない。本当に、誰一人として、双子が外へ出るところを見ていなかった。レオニスは、すぐに一つの名前を思い浮かべた。

 

「アレクシアだ」

 

卒業パーティーの夜、アレクシアはエレオノーラを連れて逃亡した。皇族しか知らない通路がある。ならば、双子を逃がす方法を知っていてもおかしくない。

 

「またあいつが、余計なことをしたのだろう」

 

すぐさま、アレクシアの居場所を捜索させる。だが、こちらも手掛かりがなかった。アレクシアは帝城に戻っていない。エレオノーラも、ヴァレンシュタイン領から姿を見せていない。軍部が捜索を続けているが、いまだ確保には至っていなかった。

レオニスの苛立ちは、増していく一方だった。

ヴァルターを排除した。宰相を押さえた。エレオノーラを切り捨てた。皇太子となった。王国への宣戦布告も行った。すべて思い通りに進み始めたところで、女たちが次々と手元から消えていく。

 

「捜索は続けろ」

 

だが、レオニスの下した命令は、意外にも短かった。

軍部の高官が進言する。ベルガルド王国も間もなく宣戦布告を受け取る。ここで侵攻準備を遅らせれば、相手に防備を整える時間を与えることになる。

 

「双子姫は惜しい。アレクシアも、放置できない」

 

レオニスは呟いた。

 

「だが、今最優先すべきは戦争だ、軍の動員は遅らせるな。

王国を落とした後で、逃げた者どもはいくらでも探せる」

 

そう命じて、彼は意識を切り替えた。怒りは残っている。だが彼は、皇太子となったばかりだ。最初の大仕事となる王国侵攻で、失敗するわけにはいかない。

レオニスは、双子が消えたことを「逃亡」だと考えていた。彼女たちが、自分より先に、戦争そのものへ手を伸ばしているとは、思いもしなかった。

 

 

ベルガルド王城。

帝国からの正式な外交文書が到着したのは、その数日後のことだった。

宣戦布告。

自国の安全保障、大陸秩序、王国側の敵対的行動――帝国側は、もっともらしい文言を並べていた。だが、実態は侵略だった。

国王は即座に重臣を集める。会議室には、緊張が走っていた。軍部、宰相、主要貴族、魔術関係者。そして王太子アルフォンス、王太子妃クラウディアも、その場にいる。

 

「エリシアとフィリアは、どうなっている」

 

国王が、重い声で問う。

王国側には、双子の現在位置について確かな情報がなかった。帝国側からの正式な説明もない。最後に確認されていたのは、帝国に留学していたという事実だけだった。

すでに拘束されている可能性。人質として利用されている可能性。あるいは、何らかの方法で身を隠している可能性。何も確定していない。会議室が、騒然となった。

周囲が双子を心配する中、アルフォンスだけは、少し違うことを考えていた。

拘束。人質。危険。

普通なら、妹たちの身をひたすら案じるべき場面だ。実際、兄として心配していないわけではない。しかし、アルフォンスの頭に浮かぶのは、別の疑問だった。

――本当に、あいつらが素直に帝国の好きにされているのか?

幼い頃から知っている。魔術実験に付き合わされたこともある。転移魔術の実験台にもされたことがある。人間の裏を読む二人も、よく知っている。

マリア消失の時も、アルフォンスだけは双子を疑った。証拠は何一つなかった。

そして今。帝国が宣戦布告をした。その帝国に、少なくとも直前まで双子はいた。

偶然とは、思えなかった。

 

「……まさか」

 

アルフォンスは、低く呟いた。その声に、クラウディアが気づく。

軍議の合間、アルフォンスとクラウディアは、少し離れた場所で言葉を交わした。

 

「エリシアとフィリアが、ただ何もできずにいるとは思えない」

 

アルフォンスが、静かに言う。

 

「……あいつらが、本当に何もしていないのか?」

 

その言葉に、クラウディアの心臓が、強く鳴った。

クラウディア自身も、まったく同じ疑念を抱いている。双子の本性を知っているからだ。マリアについて交わした契約。契約を完璧に履行しながら、言葉の外側を平然と利用した双子。マリアについて見せられた、あの記録。そして、彼女たちを「悪魔」と呼んだ記憶。

さらにクラウディアは、帝国侵攻そのものについても、双子が事前に知っていたことを理解している。だからこそ思う。あの二人が、ただ帝国の状況に流されているとは考えにくい。何かをしている。あるいは、これから何かをする。

しかし、それを口には出せなかった。

アルフォンスは、クラウディアが双子の本性を知っていることを知らない。ここで同意すれば、アルフォンスは当然尋ねるだろう。なぜそう思うのか。何を知っているのか。いつから知っていたのか。その先には、マリアがいる。クラウディア自身が双子へ依頼した契約がある。

だからクラウディアは、何も知らない妻として振る舞った。

 

「……まずは、お二人の無事を確認するべきでしょう」

 

それだけを返す。肯定もしない。否定もしない。

アルフォンスは、クラウディアの返答を特に不審には思わず、再び軍議へ意識を戻した。

クラウディアだけが、胸の内で、静かに息を詰めていた。

――余計なことは言えない。今はまだ。絶対に。

 

その時、王城側から新たな報告が入った。

正体不明の人物が、城門へ現れたという。全身を濃いローブで覆い、顔も見えない。性別すら判然としない。武器らしい武器は持っていないが、明らかに魔術師だった。

その人物は、国王へ直接渡したい物があると言っている。

 

「ベルガルド王国第一王女エリシア殿下、第二王女フィリア殿下より」

 

その一言で、会議室の空気が変わった。アルフォンスは、思わず立ち上がりかける。

 

「双子から?」

 

クラウディアの顔色も、わずかに変わった。だが、今度も余計なことは言わなかった。

国王は警戒しつつ、その人物を厳重な監視のもとで通すよう命じた。

謎の魔術師が、会議室に入ってくる。頭から足元まで、深いローブに覆われている。顔は見えない。声も、必要最低限。立ち振る舞いからすら、素性を判断しづらい人物だった。

アルフォンスは、注意深く観察する。知っている人物か。双子本人なのか。帝国人なのか、王国人なのか。何一つ、判別できなかった。魔術師は国王の前で跪き、一通の封書を差し出した。

 

「エリシア・フォン・ベルガルド殿下、フィリア・フォン・ベルガルド殿下より、国王陛下へ」

 

封書には、王族用の封蝋。さらに、双子本人でなければ成立させにくい魔術的な認証が施されている。国王が確認すると、それが偽物ではないことが分かった。

アルフォンスは、ますます嫌な予感を覚える。少なくとも、手紙を用意し、この使者を王国へ差し向けられる程度には、双子は行動できているということだ。

しかし、どこにいるのかは、依然として分からない。

国王は、静かに手紙を読み進めた。

内容の一部は、双子らしい丁寧な文章だった。自分たちは現時点で無事であること。現在地については明かせないこと。自分たちの救出を優先する必要はないこと。帝国との戦争について、王国側が防衛準備を急ぐべきこと。帝国軍の主力が軍部中心に再編されていること。

そして、一つの進言。

目の前の魔術師を、王国軍へ加えてほしい。ただし通常の魔術師部隊ではなく、王国軍を率いる将軍、その直下へ。開戦後は、可能な限り先頭に配置すること。会議室が、ざわめいた。

正体不明の魔術師を。双子からの手紙一枚で。軍の重要な位置へ入れる。

 

「危険すぎます」

 

「帝国側の罠では?」

 

「仮に姫殿下方からの使者だとしても、能力すら分からぬ者を将軍直下など――」

 

もっともな反応だった。

だが国王は、手紙を読み進めていく。双子は、その反論をある程度予想していた。魔術師に関する最低限の保証。王国へ敵対しないこと。王国軍の指示系統には従うこと。ただし戦場での行動については、大きな裁量を与えること。

さらに、帝国軍に関するいくつかの情報も書かれていた。それは、王国側が独自に集めていた情報とも一致していた。

 

「陛下」

 

アルフォンスが、国王へ進言する。

 

「慎重にすべきです。

手紙が本物であることと、この者を信用できることは別問題です」

 

国王も、それを否定しなかった。

 

「分かっている」

 

クラウディアもまた、魔術師を見つめていた。双子が何かを送り込んできた。しかも、戦争の先頭へ立たせろという。普通の援軍ではない。何か、目的がある。

クラウディアには、それだけは分かった。しかし、その疑念を口にはしなかった。

国王は、最終的に、双子の進言を条件付きで採用した。

帝国との戦争が差し迫っている。王国側には一人でも多く戦力が必要だ。双子からの手紙は真正のもの。魔術師には、王国へ敵対しない旨の保証もある。

そして何より――エリシアとフィリアは王族だ。所在すら明かさず、自分たちの救出よりこの人物の採用を優先するよう求めている。そこには、相応の理由があるはずだった。

 

「この魔術師を、王国軍総司令を務める将軍の直下へ置く」

 

国王が、宣言する。

 

「開戦後は、将軍の指揮下において前衛へ配置する」

 

「ただし、常に監視を置く」

 

「不審な行動があれば、即座に拘束する」

 

反対派も、国王の決定には従った。

魔術師は、ただ静かに頭を下げる。何も反論しない。喜びもしない。

軍議は、そのまま戦争準備へと移っていった。

兵の召集。国境防衛線の構築。物資の手配。魔術師部隊と騎士団の再編成。避難計画。帝国軍の侵攻経路の予測。王国全体が、戦争へ向けて動き出していく。

だが、アルフォンスの意識は、謎の魔術師と双子の手紙に引っかかったままだった。

双子は無事だと、手紙にはある。だが、現在どこにいるのかは分からない。帝国にいるのか。すでに別の場所へ移動しているのか。王国へ戻るつもりがあるのか。何一つ、分からない。

――なら、なぜ帰国しない。

――なぜ自分たちではなく、謎の魔術師だけを送り込んだ。

――なぜ将軍直下。なぜ先頭。

アルフォンスの中で、幼い頃から積み上がった、あの嫌な記憶が蘇る。

双子は、意味のないことをしない。遊びに見えることですら、後から目的が分かることがあった。ましてや今は戦争だ。この状況で、あの二人がただ善意だけで謎の魔術師を送り込むとは、到底思えなかった。

クラウディアもまた、黙ったまま考え続けていた。マリア。帝国侵攻。双子。そして、正体不明の魔術師。点が繋がりそうで、繋がらない。

双子は、帝国の侵攻を知っていた。それでも帝国へ行った。そして戦争が始まろうとする今、王国へ「魔術師」を送り込んできた。

クラウディアは、自分の中に、嫌な予感が膨らんでいくのを感じていた。

――双子は、この戦争を止めようとしているだけではないのかもしれない。

――もっと、別の何か。戦争そのものを利用して、何かをしようとしているのではないか。

だが、口には出せなかった。彼女には、まだアルフォンスへ話せない秘密が、あまりにも多すぎた。

 

軍議が終わる。

王城の外では、すでに兵士たちが動き始めていた。各地へ召集令が飛ぶ。国境へ部隊が送られていく。倉庫から、武具と食料が運び出されていく。平和だった王国が、目に見える形で戦時体制へと変わっていった。

謎の魔術師は、兵士に案内されて、静かに去っていった。ローブの裾だけが、廊下の向こうへ消えていく。アルフォンスは、その背中を見つめていた。手元には、双子から届いた手紙がある。

妹たちは、生きている。それは、喜ぶべきことのはずだった。

だが、安堵できない。むしろ、胸騒ぎは強くなっている一方だった。

帝国が宣戦布告した。双子の現在地は分からない。それなのに、二人からの手紙を携えた正体不明の魔術師が現れ、戦争の最前線へ配置するよう求めてきた。

偶然であるはずがない。アルフォンスは、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。

 

「エリシア……フィリア……」

 

そして、眉間を押さえる。

 

「お前たちは……一体、何を考えているんだ……?」

 

答える者は、誰もいなかった。

王国と帝国。二つの国が、戦争へ向けて動き始める。

その戦場の先頭には――双子が送り込んだ、正体不明の魔術師が立とうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ダンジョンにはTSがつきもの 〜TS転生した怪物は自分への愛が強すぎる〜(作者:炭水化物は飲み物)(オリジナル現代/冒険・バトル)

倫理観が地獄産のディストピア世界からのやってきた天然無知戦闘狂美少女がめっちゃ優しい現代ダンジョン配信世界でバズっていく話。


総合評価:853/評価:7.9/連載:13話/更新日時:2026年06月29日(月) 13:58 小説情報

推しの魔法少女を助けたいTS転生魔法少女(作者:きし川)(オリジナル現代/冒険・バトル)

生前、途中で視聴をやめてしまった魔法少女作品の世界に女の子として転生した男は視聴をやめる原因となった推しを助けるべく魔法少女となって戦う。


総合評価:750/評価:7.62/連載:7話/更新日時:2026年08月12日(水) 07:12 小説情報

居場所をなくしたTS聖女は魔法少女と出会う(作者:綺羅星瑠奈)(オリジナル現代/冒険・バトル)

世界統治の為、象徴として利用されたTS転生聖女のルナ。▼かつての仲間だった魔法使いによって前世の現代日本に転移する。▼しかしそこは魔法少女がいる世界だった。▼前世の妹にも信じてもらえず、死んだ方が楽なのではないか思っていたところで、死にかけの魔法少女に出会う。▼異世界でも現代でも居場所をなくしたサポート特化のTS聖女と困っている人を見捨てられない近接特化魔法…


総合評価:1503/評価:8.42/連載:26話/更新日時:2026年09月19日(土) 21:15 小説情報

人権ヒーラー(︎︎♀)に転生おじさん(作者:春に木漏れ日)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

超絶美麗グラフィックオープンRPG『冥魂』────。▼ ▼ リリース当初はそのゲームシステムや初期ストーリーのモッサリとした展開具合にユーザー離れも酷かったが、しかしVer6.4まで経てかなり評価を覆したこの作品。▼ ……の、周年限定的なガチャでしか手に入らない人権ヒーラー(♀)に転生したおっさんプレイヤー(♂)が原作を破壊したりしなかったり、厄ネタ(主人公…


総合評価:1887/評価:7.77/連載:31話/更新日時:2026年09月18日(金) 03:36 小説情報

TSギャルゲー転生主人公逆攻略実況配信(作者:一般TS好き)(オリジナルファンタジー/コメディ)

ギャルゲーのヒロインにTS転生して主人公を逆攻略する配信を強制された元男が異世界で色んなヤツらをボコりながら暮らしていく話。


総合評価:1803/評価:8.43/連載:12話/更新日時:2026年09月15日(火) 20:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>