戦争が終わってから、時間が流れた。一年。二年。三年。帝国は少しずつ、傷を癒していった。
戦争直後の帝国は、壊滅的だった。主力軍十四万を喪失。皇帝死亡。第一皇子ヴァルター死亡。第二皇子レオニス死亡。軍部上層部壊滅。宰相不在。地方統治も混乱し、物流も止まりかけていた。そしてベルガルド王国の属国。
若き女帝アレクシアは、宰相代理となったエリシアとフィリアと共に、復興へ取り組んでいった。
復興の中心となったものの一つが、双子の開発した魔力生成器だった。
従来とは比較にならないほど大量の魔力を、安定して供給できる装置。詳しい原理について、双子は「新しい魔力反応を利用したものです」程度しか説明しない。アレクシアも、当初は詳細を理解できなかった。
だが、効果は圧倒的だった。都市照明。上下水関連の魔道具。工房。農業設備。街道整備。通信。医療設備。転送設備。公共施設。帝国各地へ魔力を供給することで、復興速度が飛躍的に上がっていく。それまで高価だった魔術道具も、次第に普及していった。戦争で荒廃した地域へも、生活基盤が戻っていく。
双子は、政務でも容赦がなかった。腐敗した貴族。旧レオニス派。戦争継続を主張する残党。不正官僚。次々と排除していく。ただし感情ではなく、必要性と規則だけで処理していった。
アレクシアは、時折その冷徹さに恐怖を感じながらも、帝国が確実に立ち直っていることも認めざるを得なかった。
そして十年。
帝国は、あっという間に再び国家として安定していた。地方反乱は沈静化。行政制度も統一。物流も復旧。民衆の生活も安定していく。軍も、防衛目的に限定して再編された。ベルガルド王国との関係も安定し、国境で大規模な軍事衝突が起こる気配もない。
ヴァルターが望んでいた――「これ以上外へ広げるのではなく、今ある帝国を立て直す」という状態が、ようやく実現していた。
ベルガルド王国との協議の末、帝国には自立した国家運営能力が戻ったと判断される。十年間続いた属国状態が終了し、グランゼルト帝国は正式に独立を回復した。
アレクシアは、女帝としてその宣言を受けた。国民は祝った。
十年前、国そのものが消える寸前だった帝国が、自分の足で立てるようになった。
その日の夜、アレクシア、エリシア、フィリアの三人だけで茶を囲んでいた。
そこで双子が、一枚の契約書を取り出す。あの日、まだアレクシアが無力な皇女だった頃に結んだ契約。長い間残り続けていた、魔術契約書。その文字が、ゆっくりと変化していく。
契約履行完了。
レオニスは止められた。戦争は終結した。帝国も、一時的どころか十分に平和な状態まで戻った。
アレクシアは、しばらく契約書を見つめていた。十年前を思い出す。泣きながら双子へ助けを求めた自分。
「……本当に、終わったんだな」
「はい」
エリシアが頷く。
「これで全部おしまい」
フィリアも笑う。アレクシアは、安堵した。そして気づく。
まだ、報酬を払っていない。
「そういえば」
双子を見る。
「君たちは結局、何が欲しいんだ?」
十年前、アレクシアは――すべてがうまくいった暁には、可能な限り望むものを差し出す、と約束した。金か。領地か。権力か。研究施設か。アレクシアは、ある程度覚悟していた。
しかし双子の要求は、予想外だった。
「では」
エリシアが言う。
「宰相代理を辞めさせてください」
アレクシアは、固まった。
「……は?」
双子は、説明する。十年間。政治。会議。書類。陳情。予算。地方貴族との折衝。外国使節。国家運営。十分やった。契約のため必要だったから行った。しかし契約は完了した。
ならもう――
「表の仕事はしたくありません」
「研究だけして暮らしたい」
フィリアが、はっきりと言う。エリシアも、同意するように頷いた。二人の望む報酬。それは、政務から完全に解放されることだった。
アレクシアは、呆れてしまった。十年間、帝国最高クラスの権力を持っていた二人が、最後に欲しがったものが"仕事を辞める権利"。
「そんなものでいいのか?」
「はい」
双子は、即答した。アレクシアも、宰相代理辞任を了承した。
ただし、完全に帝国との関係を切ることは認めなかった。十年間帝国復興を支えた功績。王国王女としての立場。圧倒的な魔術・技術知識。これらを考え、二人を帝国法上の特別職――「皇帝後見人」へ任命する。
通常の行政実務はなし。毎日の会議もなし。書類決裁もなし。必要な時に皇帝へ助言するだけ。その代わり、帝国内で研究を行う自由。研究施設。必要な予算。研究用資材。これらを認める。
「好きなだけ研究していろ」
アレクシアが、半分呆れながら言った。双子は、素直に喜んだ。
こうして、帝国宰相代理エリシア・フィリアの十年間は終了した。二人は、表舞台から退いていく。誰もが、これで長い戦後復興は終わったと思っていた。
それから、しばらく後のことだった。
双子が帝都を離れ、地下研究施設へ籠もっている期間に、帝国中央魔力生成施設で大規模な故障が発生した。
帝都の一部で、魔力供給が停止する。各種設備が止まる。双子へ連絡を取ろうとするが、すぐには捕まらない。そのため、帝国所属の宮廷魔術師と技術者たちが、緊急対応へ入った。
通常なら、双子以外が触ることを想定していない中枢部。事故による非常停止によって、普段は封鎖されている内部術式の一部が露出していた。
技術者たちは、困惑した。これは、単純な魔力生成術式ではない。複数の魔術的作用をぶつけ、そこから莫大な魔力を発生させる構造だった。
そして、故障箇所の一部で、非常に小規模ながら、周囲の物質が「壊れる」のではなく――完全に消失していた。
それを見た、古参の宮廷魔術師の顔色が変わった。
十年前。帝国軍十四万人が消滅した戦争。当時残された魔術記録。王国軍兵士たちの証言。帝城で処刑に使用された謎の魔術兵器。その特徴と、目の前の魔力生成器の異常反応が、あまりにも似ていた。
さらに解析を進めた結論。現在帝国全土を支えている魔力生成器は、十年前の消滅兵器と、同一系統の理論から作られている。より正確には、消滅を起こす反応を制御し、そこから発生する莫大な魔力を回収する方向へ転用した装置だった。
そして、この魔力生成器を開発した人物は、明確だった。
エリシア。フィリア。
緊急報告を受けたアレクシアは、最初、理解できなかった。
「……何を言っている?」
報告した者も、青ざめている。偶然似ただけではないのか。別の研究者が作った兵器を、双子が後から解析した可能性は――。
しかし、魔術師たちの答えは厳しかった。少なくとも、魔力生成器の設計者は、消滅現象の原理を最初から深く理解していた。戦争後に断片的な情報から再現したとは考えにくい。
しかも。あの戦争直前、ベルガルド王国へローブ姿の魔術師二人を紹介したのは、双子だった。魔術師も二人。戦争終了後に消えた。そして直後、双子は無傷で王国へ返還された。
十年間、誰も確定させられなかったもの。すべてが、繋がっていく。
アレクシアの顔から、血の気が引いた。
「あれは……エリシアとフィリア……?」
誰も答えない。答える必要もなかった。アレクシアは、女帝として即座に命じた。
この件について知った者を確認する。資料を封印する。情報を帝国外へ出すことを禁止する。魔力生成器の事故原因については、別の説明を公表する。
「この件を口外した者は、国家機密漏洩として処罰する」
声は、冷静だった。十年間帝国を治めてきた皇帝として、完璧に処理していく。誰も、アレクシアの感情には気づかなかった。会議が終わる。全員が退出していく。扉が閉まる。
アレクシアは、一人になった。
沈黙。
アレクシアは、動かなかった。しばらくして、震え始める。
十年前。双子へ助けを求めた。レオニスを止めてほしい。戦争を終わらせてほしい。帝国を救ってほしい。
双子は、叶えた。だが――そのために、帝国軍十四万人を一撃で消した。母の目の前でレオニスを殺した。父も消えた。軍部も消えた。
そして、その後十年間。何食わぬ顔で、自分の隣にいた。一緒に会議をした。一緒に食事をした。一緒に国を立て直した。
自分は、二人を信頼していた。友人だと思っていた。恩人だと思っていた。
アレクシアの中で、何かが切れた。机を叩く。物を投げる。泣く。
「ふざけるな……!」
さらに。
「ふざけるな!」
自分にも、腹が立った。双子に頼った自分。何も知らず、十年間感謝していた自分。十四万人の死の上に、双子が作った魔力生成器を使い、帝国を繁栄させていた自分。
涙が止まらない。そして最後、誰もいない部屋で、アレクシアは叫んだ。
「あの――あの悪魔共がぁぁぁっ!」
皇帝らしさなど、なかった。かつての少女のように。泣きながら。怒りながら。双子を罵った。
数日後、双子が魔力生成施設へ戻ってきた。故障箇所を確認する。
「ああ、ここですね」
その程度の反応だった。修理。装置は再稼働する。帝都の魔力供給が戻る。街灯が灯る。工場が動き始める。生活設備も復旧していく。
人々は喜んだ。
「さすが皇帝後見人様方だ」
「やっぱり姫様たちがいれば安心だ」
そんな声すら上がった。
アレクシアは、それを聞いていた。双子とも会う。しかし、何も言わなかった。いつも通り。
「修復、ご苦労だった」
「ありがとうございます、陛下」
いつもの笑顔。アレクシアも、笑った。だがその日のうちに、ベルガルド王国へ向かう準備を命じた。
ベルガルド王国もまた、十年が経過していた。
かつての王太子アルフォンスは、現在はベルガルド国王。クラウディアは王妃。二人には、第一子も生まれている。
アレクシアが来訪した。表向きは、帝国独立後の両国関係についての会談。
アルフォンスが迎える。クラウディアも、眠った第一子を乳母へ預けたうえで合流した。
三人で、茶を囲む。最初は、普通の話だった。帝国独立。十年間の復興。国境。貿易。子供のこと。昔の学院時代のこと。
アレクシアも、表面上は穏やかだった。アルフォンスも、違和感を持ちながら話を合わせている。
だが、ある程度会話したところで、アレクシアが言った。
「アルフォンス陛下」
表情が、変わる。
「人払いを頼めるか」
部屋には、アレクシア、アルフォンス、クラウディアの三人だけが残った。
アレクシアは、語り始める。
十年前。第一皇子ヴァルターが暗殺された。実行したのは、レオニスと軍部。襲撃は偽装。救援も嘘。レオニスは兄を殺して皇位へ近づいた。軍部と共に政変を進め、ベルガルド王国への侵略戦争を開始した。
ここまでは、アルフォンスも戦後にある程度把握している情報だった。
しかし、アレクシアが本当に話したいのは、その先だった。
「あの戦争で帝国軍十四万を消した魔術師を覚えているか?」
アルフォンスの顔が、変わる。忘れるはずがない。双子から送られてきた、ローブ姿の二人。
「あの二人の正体が分かった」
沈黙。
「エリシアとフィリアだ」
アレクシアが告げた。
アルフォンスは、動かなかった。驚くというより、長年抱えていた疑念が、最悪の形で肯定された顔だった。
「……やはり」
クラウディアの指が、わずかに震えた。だが、何も言わない。
アレクシアは、続けた。魔力生成器の事故。内部構造。消滅兵器との共通性。双子がその技術を最初から持っていなければ説明できないこと。すべてを話していく。
「十年間」
アレクシアは、俯く。
「あいつらは私の隣にいた。私と一緒に帝国を復興した。私は感謝していた」
声が、震える。
「友人だとすら思っていた」
アルフォンスは、黙って聞いていた。クラウディアも。
アレクシアは、拳を握った。
「十四万人だ…帝国の兵士が、十四万人。
戦争に参加した以上、全員が無実だったとは言わない。こちらから始めた戦争だ。
私の国にも責任がある。……私にもある」
自分が双子へ助けを求めた。あの契約がなければ、双子が同じ行動をしたかは分からない。
だから、これは正義ではない。アレクシアは、顔を上げた。
「だからこれは、グランゼルト帝国皇帝としての要求ではない」
アルフォンスを見る。
「一人の人間としての頼みだ」
アルフォンスは、嫌な予感を覚えた。
「私は」
アレクシアは、一度言葉を止める。
「エリシアとフィリアを――殺そうと思っている」
クラウディアの表情が、固まった。アルフォンスは、目を細める。
アレクシアは、続けた。
「手を貸してほしいとは言わない、ただ情報が欲しい。
あなたたちなら、あいつらのことを私よりずっと昔から知っている」
そして。
「これは復讐だ」
アレクシアは、はっきりと認めた。正義とは呼ばない。国のためとも言わない。十四万人。父。兄。そして十年間騙されていた自分自身。それらを背負った、個人的な復讐。
「私は、あの二人を殺したい」
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