「私は、あの二人を殺したい」
アレクシアの言葉が、部屋に残っていた。
アルフォンスは、すぐには答えなかった。十年以上疑い続けてきた妹たち。帝国軍十四万人を消したローブ姿の魔術師。その正体がエリシアとフィリアだった。
驚きより――「やはりそうだったのか」という感覚の方が強かった。
だが同時に、自分にも話していないことがある。
「その前に、私からも話しておかなければならないことがある」
アルフォンスは、静かに切り出した。アルフォンスは、幼少期を語り始めた。
まだ双子も子供だった頃。魔術事故があった。自分の不注意によって、エリシアを傷つけてしまった。王族としても、兄としても、決して軽い出来事ではなかった。
そして双子は、その事実を利用した。秘密、罪悪感、立場――それらを材料として、アルフォンスとの契約を作った。
五年間、アルフォンスは双子へ逆らいにくい立場に置かれた。実験へ付き合わされた。未知の術式。転移。痕跡消去。記録。危険な試作品。幼い双子が楽しそうに新しい魔術を作り、そのたびにアルフォンスを実験台にしていった。
アレクシアは、黙って聞いている。クラウディアも。
「私は昔から、あの二人を悪魔だと思っていた」
アルフォンスは、苦く笑った。当時は比喩だった。子供の悪口に近かった。
だが、帝国軍十四万人の話を聞いた今、笑えなかった。
アルフォンスは、自分自身も責めていた。
双子が普通ではないことを、誰より早く知っていた。それでも、王族として大事にしたくなかった。妹たちだから。両親を悲しませたくなかった。証拠がなかった。何より、自分自身が双子を恐れていた。マリアが消えた時も疑った。それでも確証を得られず、そのまま年月だけが過ぎた。
「もっと早く私が何かしていれば、帝国の十四万人も……」
「それは、あなただけの責任ではない」
アレクシアが、静かに遮った。
「戦争を起こしたのは帝国だ。双子へ頼ったのは私だ」
それでもアルフォンスは、止められる可能性を持っていた人間として、何もしなかったことを後悔していた。だから、アレクシアの復讐について、単純に止める気にはならなかった。
アルフォンスの告白を聞きながら、クラウディアの顔色は、次第に悪くなっていった。
――今なら、言わなければならない。
十年以上、ずっと隠してきた。言えばアルフォンスに嫌われる。王妃でいられなくなるかもしれない。夫婦関係が終わるかもしれない。
それでも。双子を殺そうという話をする以上、もう隠したままではいられなかった。
「アルフォンス様」
クラウディアが、立ち上がる。そして、椅子から離れる。
床へ、膝をついた。王妃ではなく、臣下として。アルフォンスの前で、臣下の礼を取る。
「クラウディア?」
アルフォンスが、驚いた声を上げる。
「私にも、申し上げなければならないことがございます」
クラウディアが、告げた。
学院時代。マリア。アルフォンスが自分から離れていったこと。マリアとアルフォンスの関係に、追い詰められていたこと。そして双子へ願った。
「マリアとアルフォンスの仲を裂いてほしい」
それが、契約だった。アルフォンスの表情は、動かなかった。
クラウディアは、続けた。自分はマリアを殺してほしいとは言わなかった。傷つけてほしいとも願っていなかった。ただ、二人を離してほしかった。
だが、双子は契約を履行した。マリアは消えた。そして後日、双子から――マリアをどうしたのか。彼女から何を聞き出したのか。その記録を見せられた。
クラウディアは、震えながら話す。自分が、引き金を引いた。双子が何をするか理解せず、契約してしまった。そして、それを今日までアルフォンスへ隠していた。
「どのような処罰でも受け入れます」
「王妃の座を退けと仰るのであれば――」
「クラウディア」
アルフォンスが、止めた。
怒鳴らない。激昂もしない。アルフォンスの感情は、不思議なくらい静かだった。
長い年月を経て、どこかで覚悟していた真実なのかもしれない。そして、当時の自分にも責任があったことを、理解している。
「私は、君を許す」
クラウディアが、震えた。しかし。
「……いけません」
「クラウディア?」
アルフォンスが、眉を寄せる。
「許していただくのは、この記録をご覧になってからにしてください」
クラウディアが、告げた。
クラウディアが保管していた記録を、アルフォンスは見た。
内容は、重かった。マリアが、双子に拘束されている。質問される。ゲームについて。未来について。攻略対象について。戦争について。本来この世界の人間なら知るはずのない情報を、次々と話している。双子による研究・観察も、記録されていた。
アルフォンスは、顔をしかめた。
「……ここまで」
双子がマリアを攫った。これで、完全に確定した。だが、見続けているうちに、別の違和感も湧いてくる。アルフォンスがかつて感じていた違和感だった。
マリアは、アルフォンスへ好意を見せた。ガイウスへも。セレスへも。他の男たちへも。誰か一人を選ぶわけではない。それぞれに、自分だけは特別だと思わせるような距離の取り方。
当時のアルフォンスは、それを深く考えなかった。
だが記録のマリアは、語っていた。「攻略対象」「ルート」「イベント」「好感度」――この世界の人間を、物語の登場人物として認識していた。
さらに、本来知るはずのない人間の行動を、先に知っていた。誰がいつどこへ行くのか。何が起こるのか。誰が何を好むのか。
アルフォンスは、自分たちとの出会いさえ、偶然ではなかった可能性を理解した。
マリアが完全な悪人だった、とは思わない。彼女自身にも、生き残りたい、望む未来を手にしたいという事情があったのだろう。しかし少なくとも、アルフォンスたちを純粋な恋愛相手としてだけ見ていたわけではなかった。一部の出来事を、自ら利用・演出していた事実も、記録には残されていた。アルフォンスの中で、昔からあった小さな疑問が、ようやく形になっていく。
「……なるほど」
記録を見終える。長い沈黙。クラウディアは、まだ跪いていた。
アルフォンスが、立ち上がる。クラウディアの前へ歩み寄り、手を差し出した。
「立ってくれ」
クラウディアは、動けなかった。
「君が話してくれなければ、私は一生知らなかった」
まず、感謝を告げる。そして。
「それに、謝るべきなのは私も同じだ」
学院時代、婚約者だったクラウディアを放置した。マリアへ惹かれた。クラウディアの苦しみに気づかなかった。あるいは、気づこうとしなかった。それがクラウディアを追い詰め、双子との契約へ向かわせた一因でもある。
「すまなかった。ずっと、君一人に背負わせた」
クラウディアの顔が、崩れた。
長年恐れていた。真実を話せば、アルフォンスに嫌われる。捨てられる。その恐怖が、ようやく終わる。
クラウディアは、泣いた。王妃としてではなく、妻として。声を抑えきれず、号泣する。
アルフォンスは、それを受け止めた。アレクシアは、二人から少し視線を外し、静かに待っていた。落ち着いた後、話は再び双子へ戻った。
アルフォンスは、結論を出す。マリア事件。帝国軍十四万人。帝国軍部の処刑。魔力生成器。これまで、双子が何をするかは、誰かが願ってからでなければ分からなかった。
だが次は、もっと酷い願いを誰かがするかもしれない。あるいは、双子自身が研究目的で何かを始めるかもしれない。
「これ以上の被害が出る前に、止める必要がある」
アレクシアを見る。
「協力しよう」
アレクシアが、小さく頷いた。ここから、作戦会議が始まった。
アルフォンスには、双子と最も長く接してきた者として、一つの確信があった。
――真正面から戦ってはいけない。
双子がまだ幼かった頃、わずか五年間でも、いくつもの異常な研究成果を作った。転移。痕跡消去。記録魔術。その他、当時の宮廷魔術師でも理解できない技術。しかも双子は、成果をすべて公表しない。本当に危険なものほど、隠す。
「入学前のあいつらですら、私は勝てる気がしなかった。
今のエリシアとフィリアが何を持っているのか……想像したくもない」
アレクシアも、同意した。だから、正面戦闘はしない。アルフォンスの提案は、奇襲だった。
可能な限り双子が無防備な状態。魔道具を準備していない時。防御魔術を張っていない時。こちらが敵になるとは想定していない状況。その瞬間に、一撃で仕留める。双子が何かを発動する前に終わらせる。これしかない。
アレクシアも、皇帝後見人となって表の政務から離れた現在の双子なら、以前より研究施設に籠もる時間が長いと説明した。襲撃の機会は作れる。
ただし、人数が必要だった。そして、絶対に情報を漏らせない。
アルフォンスは、信頼できる側近を呼ぶことにした。
後日、極秘会議が開かれる。
ガイウス・フォン・ヴァルク。セレス・フォン・アークライト。レオンハルト・フォン・ローゼンベルク。カイル・フォン・グランツ。
かつてマリアを中心に集まっていた男たちが、それぞれ別の人生を歩んだ今、再び一堂に会していた。
アルフォンスは、隠さなかった。マリア失踪の真相を明かす。双子に攫われていたこと。記録を残されていたこと。ゲームと呼ばれる未来知識を持っていたこと。そして、マリア自身も自分たちを攻略対象として見ていたこと。
ガイウスは、最初、受け入れられなかった。
マリアへ本気で惚れていた。助けたかった。失踪後も、守れなかったことを悔やんだ。
だが、記録を見る。自分への言葉。セレスへの言葉。アルフォンスへの言葉。それぞれに、似たような期待を持たせていたこと。
「……俺たち、遊ばれてたのか」
苦い声だった。セレスも、冷静ではいられなかった。自分も、マリアという人物を正しく見ていたつもりだった。だが実際には、彼女の知識も行動も、理解できていなかった。
少し、落ち込む。しかし――だからといって、マリアが双子に攫われ、研究対象として扱われたことが、正当化されるわけではなかった。
「それでも、俺はあいつを好きだった」
ガイウスが、言う。
「馬鹿だったとしてもな」
そして。
「だったら、弔いくらいはしてやりたい」
協力を申し出た。セレスも、頷く。マリアの真実を知るためにも。双子を止めるためにも。参加する。
レオンハルトは、現在エレオノーラ・ディ・ヴァレンシュタインと結婚していた。
妻エレオノーラは、身重だった。今回の作戦について、エレオノーラ自身もアレクシアから真実を聞かされている。十年前、帝国軍十四万人。そのほぼすべてが、双子によって一瞬で消された。
帝国臣民十四万人が帰らなかったという事実は、今も帝国に大きな傷として残っている。
エレオノーラは、明確な理由を示していた。
「十四万人の帝国臣民を殺した者を、このまま野放しにはできませんわ」
それは、帝国の貴族として。そして現在の帝国を生きる者としての、復讐だった。
本来であれば、自分自身が参加したい。だが現在のエレオノーラは身重だった。危険な討伐へ加わることはできない。そのため、夫であるレオンハルトが、代理として参加することになった。
「妻の代理として、私が参加しよう」
レオンハルトは、穏やかに告げた。
「帝国臣民十四万人の仇討ちであるなら、私にも無関係ではないのでね」
アルフォンスたちも、その理由を自然なものとして受け入れた。
カイルは、記録を見ても、他の二人ほど感情的にはならなかった。
もともとマリアへ完全に惚れていたわけではない。利用価値のある相手として見ていた部分もある。だから、マリアが自分たちを利用しようとしていたことについても、
「お互い様だな」
程度の反応だった。
ただし。双子が帝国軍十四万人を一撃で消した事実は、商人として見ても、危険すぎた。そんな兵器や技術を、二人だけが独占している。世界の均衡そのものが、壊れかねない。
カイルは、戦闘向きではない。
「必要なものは私が揃えますのでおっしゃってください」
資金。物資。移動手段。偽装。情報。必要なものを揃える。後方支援を約束した。
最後、同じ部屋に、全員が揃っていた。
アレクシア。アルフォンス。クラウディア。ガイウス。セレス。レオンハルト。カイル。
そして直接参加こそしないものの、エレオノーラもまた、帝国臣民十四万人の復讐という立場から討伐を支持している。
目的は明確だった。エリシア・フォン・ベルガルド。フィリア・フォン・ベルガルド。二人を、何もさせる前に仕留める。
誰も、簡単に成功するとは思っていない。だが、これ以上放置することもできなかった。
アルフォンスが、最後に言った。
「あいつらに、一度でも気づかれれば終わりだ。
だから――最初の一撃で、殺す」
全員が、頷いた。
こうして。かつてマリアを中心に集まった者たちと、帝国女帝アレクシア、王妃クラウディア、そして帝国臣民十四万人の復讐を背負って参加するレオンハルト。
双子姫を討つための秘密の同盟が、成立した。
彼らはまだ、知らない。
最大の前提が、すでに間違っていることを。