一方その頃、陽光の降り注ぐ広大な庭園では、レオンハルトと双子の王女が、極めて和やかな雰囲気で歩を進めていた。王城の庭園は季節ごとに緻密な計算の元で趣向を変えるよう整えられており、今は秋の訪れを告げる淡い紫と白の可憐な花々が、絨毯のように美しく植え並べられている。
エリシアはそれらの花壇の歴史や由来を、大人の学者顔負けの簡潔さで淀みなく説明し、フィリアは池に泳ぐ色鮮やかな魚を見つけては、子供らしくパタパタと足を弾ませて楽しそうに笑っていた。
「私の生意気な妹が、いつもお騒がせして申し訳ありません。殿下にも、姫様方にも、不快な思いをさせていなければ良いのですが」
レオンハルトが兄らしい苦笑を浮かべてそう言うと、エリシアはどこまでも穏やかに首を振った。
「とんでもありませんわ。クラウディア様はとても礼儀正しく、凛とされていて……本当に素敵な方ですわね」
「うんうん! とっても綺麗で、お優しそうで、私、もっともっとたくさんお話ししてみたいって思っちゃいました!」
フィリアの屈託のない言葉に、レオンハルトの整った表情が完全に和らいだ。歳の離れた最愛の妹をここまで純粋に褒められて、嬉しくない兄などいるはずがない。
「そう言っていただけると、兄としてもこれ以上の喜びはありません。クラウディアは少々真面目すぎて、融通が利かないところがございますが……どうかこれからも、末永く仲良くしてやってください」
「ええ、もちろんですわ」
エリシアは優雅に微笑み、フィリアも元気よく何度も頷いた。
レオンハルトはこの時、目の前の双子を「非の打ち所がない、礼儀正しくて可愛らしい最高のお姫様たち」だと完璧に認識していた。王族でありながら傲慢な気配は微塵もなく、幼いながらも相手への配慮と敬意を忘れない。アルフォンス王子が、この妹たちをあれほど大切に、宝物のように扱っている(ように見える)のも当然の事だと、彼は何一つ疑うことなく素直に納得していたのだ。
――しかし。その完璧な笑顔の裏側で、双子の脳内は、前世の冷徹なゲーマー・研究者としての「観察眼」で、レオンハルトという存在を徹底的にスキャンしていた。
(公爵家の次期当主、レオンハルト・フォン・ローゼンベルク。十歳にしては頭の回転が速く、人心掌握術の基礎を心得ている。妹思いなのも、今後の交渉において良いフックになりそうね。……まあ、及第点。つまらない凡愚ではなさそうだけれど――今日の私たちの『主目的』は、彼じゃないわ)
(うん、お兄様と二人きりになったクラウディア様の方だね。今頃、お兄様のあのウブな態度にコロッとやられて、顔を真っ赤にしてるんじゃないかな? 容易に想像がつくよ。……チョロすぎて、逆に可愛いかも)
双子は直接その場を見ていなくとも、応接室に残された二人が今どんな風に心を通わせ、どんな表情をしているかを、百戦錬磨の経験から完璧に予測していた。
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楽しかったお茶会が終わりを告げる頃には、王家もローゼンベルク公爵家も、全員がこの上ない満足感に包まれていた。
公爵夫妻はアルフォンスを「誠実で、娘を任せるに足る高潔な王子」と高く評価し、双子の王女についても「これほど聡明で愛らしい義妹ができるなら、娘も安心だ」と絶賛した。王と王妃もまた、公爵家の子供たちの圧倒的な品格と落ち着きに、この上ない好印象を抱いていた。表面上は、非の打ち所がない、歴史に残るべき「理想的な顔合わせ」だった。
ただ一人――第一王子アルフォンスだけを除いて。
再び全員が集まった広間で、双子は相変わらず完璧な「仮面」を被り続けていた。エリシアは一歩引いた位置で控えめに微笑み、フィリアは場を和ませるように鈴の音のような声で笑う。その姿に、疑いの目を向ける者は大人の貴族も含めて誰一人としていない。クラウディアも、レオンハルトも、公爵夫妻も、自分の実の父母さえも、みな双子を「純真で愛らしい王女」として、盲目的な愛おしさを向けている。その、全人類を欺くほどの「完璧さ」が、アルフォンスにとっては狂いそうなほどに恐ろしかった。彼女たちは、完璧な仮面を被っている。そして、それを被っているということすら、他者には絶対に悟らせないのだ。
別れの挨拶の際、エリシアとフィリアは、名残惜しそうにクラウディアの元へと滑るように歩み寄った。
「クラウディア様、本日は本当にありがとうございました。またすぐにお会いしたいですわ」
「次はもっともっと、ガールズトークをたくさんしましょうね!」
クラウディアは、その純粋な言葉に嬉しそうに胸を咲かせ、何度も頷いた。
「ええ、喜んで。私も、ぜひまたお二人とお話ししたいですわ」
その、あまりにも素直で無防備な反応を見た瞬間、双子は顔を見合わせ、その唇の端を妖しく釣り上げた。次の瞬間、二人は周囲の大人たちには決して聞こえない、クラウディアの鼓膜だけに届くような極めて微細な音量で、同時に囁いたのだ。
「――お兄様との『初恋』、私たち、全力で応援しておりますわね?」
「私たちが後ろから、たっくさん後押ししてあげますから、覚悟してくださいね?」
「――っ!?」
クラウディアの顔が、一瞬にして沸騰したかのように熟れたトマトのように真っ赤に染まった。
「えっ、あ、あの、私は、その……そのような、大それたことは、決して……っ!」
突然慌てふためき、小さな手をパタパタと振って自らの赤い顔を隠そうとする彼女の姿は、年相応にひどく可愛らしく、周囲の大貴族たちは「おや、未来の婚約者候補たちが、もうあんなに仲良く秘密の話をしているぞ」と、微笑ましいものを見るように目を細めた。だが、少し離れた場所で、その一連の光景を血の気が引いた目で見つめていたアルフォンスは、恐怖で顔面を蒼白にさせていた。
(――あいつら、もう気付いてる。クラウディアが僕に淡い好意を抱き始めたことを完璧に見抜いて……それを、自分たちの『玩具』として面白がっているんだ……!)
フィリアはどこまでも無邪気にキャッキャと笑い、エリシアは上品に口元を隠して微笑んでいる。その顔は、誰がどう見ても、兄の恋路を応援する優しい妹たちのものだった。
だからこそ、アルフォンスは何も言えなかった。クラウディアをあいつらの魔の手から守らなければならないという使命感と、逆らえば自分の首が飛ぶという圧倒的な恐怖の狭間で、彼はただ絶望的に唇を震わせるしかなかった。
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ローゼンベルク公爵家の馬車が、夕暮れの王城を離れ、静かに遠ざかっていく。
車内には、大成功に終わった訪問の余韻を噛み締めるような、穏やかで温かい空気が流れていた。公爵夫人が、窓の外をじっと見つめているクラウディアの肩へ、優しく手を置いた。
「どうでしたか、クラウディア。初めてお会いしたアルフォンス殿下は」
クラウディアは、夕日に赤く染まる王城のシルエットを眺めながら、今日起きた全ての出来事を、宝物を数えるように思い返していた。自分を気遣って、優しく何度も声をかけてくれたアルフォンス。緊張していると正直に打ち明けてくれた時の、あの少し困ったような、けれど堪らなく愛おしかった笑顔。上品でまるでお姉様のように美しかったエリシアと、太陽のように明るく自分を慕ってくれた可愛らしいフィリア。そして、自分を温かく迎えてくれた王と王妃の優しい眼差し。
王城という恐ろしいはずの場所で過ごした時間は、彼女が想像していたよりも、はるかに柔らかく、優しく、そして幸福に満ちたものだった。
「私……王家の皆様のことが、大好きになりました」
クラウディアは、未だに火照る頬を少し照れくさそうに隠しながらも、はっきりと、決意を込めて言った。
「いつか、私がもっと大きくなって……正式にあの中へ、皆様の『家族』として加わることができたなら、どんなに素晴らしいでしょう」
公爵夫妻は満足げに顔を見合わせ、穏やかに微笑んだ。兄のレオンハルトもまた、妹のその前向きな言葉を、兄として誇らしげに聞いていた。彼にとっても、今日の王家は、理想的な幸福の具現化のように見えたのだ。
馬車は、黄金色に染まる夕暮れの帰路を、滑らかに進んでいく。
クラウディアの小さな胸の奥には、人生で初めて芽生えた、眩いほどの「憧れ」と「恋心」が、温かい灯火となって美しく灯っていた。
優しい王子と、自分を歓迎してくれた可愛らしい王女たち。いつか自分もあの美しい輪の中に入れたなら、きっと、絵本のような幸せな結末が待っているに違いないと、彼女は微塵の疑いもなく信じ込んでいた。
けれど――その眩すぎる憧れの光の裏側には、まだ彼女の目には決して見えない、底なしのドス黒い影が潜んでいる。美しい王家の庭園に咲き誇る、二輪の銀白色の薔薇。クラウディアは、未だに何も知らなかった。
その可憐極まる花の奥底で――人間を破滅へと誘う二柱の『悪魔』が、獲物が自ら罠に飛び込んできたことを祝して、静かに、冷酷に微笑んでいるということを。
悪魔二柱とは一体、何シアと何リアなんだ…?