/*/ 火星L1コロニー群《アレス群島》 /*/
アレス・ランタン本体の建造に先立ち、太陽―火星系L1近傍には、建設作業者のためのコロニー群が造られることになった。
クラウドゲートの会議室に、数十基の円筒構造物が浮かび上がる。
「本体より先に街を造るのか」
アルカンフェルが尋ねた。
「工期は三十年です」
計画主任が答える。
「火星地表から作業員を通勤させるより、現場に恒久的な居住圏を置く方が効率的です」
コロニーは回転式の完全密閉シリンダー型。
厚い多層外殻の内側に、居住区、農業区、病院、学校、工場を収める。中心軸には無重力港と資材倉庫が置かれ、内壁の回転によって一Gの人工重力を作り出す。
「太陽光は使わないのか」
「使いません。内部照明は核融合発電で賄います」
主任は内部構造を拡大した。
中心軸の照明帯が人工の昼夜を作り、農業区にも必要な波長と光量を供給する。
「火星軌道の日射量にも、アレス・ランタンの完成にも依存しません。外部が暗くても、コロニー内部では通常どおり作物を育てられます」
「ならば、アイランド3型のような採光窓は不要だな」
「はい。大面積の窓や外部反射鏡は、維持管理と防御の両面で不利です」
アレス・ランタンの照射試験は、居住コロニーでは行わない。
専用の無人受光施設と閉鎖型実験槽を建造し、照射精度、波長、熱量、生態系への影響をそこで検証する。
「試験のために、脆い形式のコロニーを造る理由はないということか」
「その通りです」
アルカンフェルは頷いた。
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コロニー群は、単なる宿舎ではない。
建設最盛期には百八十万から二百二十万人が居住する。
穀物、野菜、果樹、水産物、培養蛋白質を生産し、平時の食料自給率は八割以上。事故や輸送途絶時には、備蓄と生産転換によって完全自給へ移行できる。
また、農業区や種子保存庫は複数のコロニーへ分散される。
一基が事故や病害で失われても、居住圏全体は存続する。
「一つの巨大都市にはしないのか」
「損害の連鎖を防ぐため、各コロニーは距離を取って配置します」
「生命維持系も独立させろ」
「はい」
「中央施設を失えば全てが止まる構造にはするな」
数十基の密閉シリンダーが、L1を中心とするハロー軌道上へ分散して浮かぶ。
後にそれらは、まとめて《アレス群島》と呼ばれることになる。
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「アレス・ランタン完成後はどうする」
アルカンフェルが問う。
「保守、製造、農業、研究、宇宙輸送の拠点として残します。常住人口は八十万から百二十万人を予定しています」
「建設終了後に帰還させればよいのではないか」
村上が口を挟んだ。
「三十年も住めば、そこは作業基地ではなく故郷になります」
アルカンフェルは、映像の中の人工都市を見た。
本物の空はない。
だが、そこには住宅があり、農地があり、川があり、人間の生活がある。
「残りたい者は残せ」
「恒久居住圏として認めるのですね」
「建設が終わったという理由だけで、機能している街を捨てる必要はない」
ヴァルキュリアが決定事項を記録した。
> 火星L1コロニー群《アレス群島》を、完全密閉型回転シリンダーとして建造する。
> 居住および農業は核融合発電式人工照明によって維持し、外部日射には依存しない。
> アレス・ランタンの照射試験は、専用無人施設で実施する。
> 建造完了後も、恒久的な居住・農業・保守拠点として存続させる。
アルカンフェルは全体図を眺めた。
「まず人を住まわせる」
「はい」
「食料を作らせる」
「はい」
「それからランタンを造る」
「その順序です」
「よい」
火星へ昼を与える者たちは、その光を待たずに働き始める。
密閉されたシリンダーの中では、核融合炉が人工の朝を作り、農地を照らし、作業者を養う。
その街で暮らす者たちが真空へ出て、火星を照らす巨大な環を組み上げていった。
/*/ 半世紀の現場 /*/
地球圏コロニー建設局の食堂に、新しい募集要項が貼り出されていた。
> 火星L1建設居住群《アレス群島》要員募集
> 居住シリンダー建造、農業区整備、核融合炉運用、生命維持系構築
> 後期工程における火星日照補完施設《アレス・ランタン》建造への継続参加可
作業着姿の男が、食事の盆を持ったまま立ち止まった。
「地球のコロニー建設が一段落したと思ったら、今度は火星でコロニー建築か」
隣の男も募集要項を覗き込む。
「火星の入植なら、もう始まってるんじゃないのか?」
「地表じゃない。火星L1だとさ」
「何でそんな所に住むんだ」
「火星を照らす巨大なミラーを造る作業員のためのコロニーらしい」
「先に作業員の街を造って、それからミラーか」
「そういうことだ」
二人は空いている席へ座った。
食堂の窓の向こうでは、建造中のシリンダーコロニーがゆっくりと回転している。
外殻工事はほぼ終わり、残っているのは内部区画の調整と引き渡し作業だけだった。
「ミラーって、どれくらいの大きさなんだ?」
「火星を照らすんだぞ。俺たちが今まで造ってきたコロニーを何百基並べても足りない」
「完成は?」
「居住用コロニー群を造ってから本体に入る。全部終わるのは半世紀先だと」
「五十年か」
男は箸を止めた。
「クロノスらしい長期計画だな」
「普通なら、計画した奴も完成を見る前に引退してる」
「今は長寿調整があるからな」
「それでも五十年は長いぞ」
先に募集要項を見ていた男は、しばらく考えてから言った。
「……それなら、火星のコロニーに骨を埋めるつもりで出張ってもいいかな」
向かいの男が顔を上げる。
「本気か?」
「コロニーを建築して、そのままミラー建築にも関われば半世紀だ」
「長寿調整を受けていても、終わる頃には引退を考えるくらいの歳にはなるだろうよ」
「完成を見るまで働くつもりか」
「そのために行くのも悪くない」
男は窓の外を見た。
「ここじゃ、一区画を完成させても、次の班が入ればすぐ別の現場だ。自分が造った街に住むこともない」
「火星なら住めると?」
「最初に造るのが作業員用のコロニーなんだろ」
「途中から家族も呼べる。農業区もある。学校も病院も造る」
「完成後も、ランタンの維持拠点として残るらしい」
向かいの男が苦笑する。
「つまり、出張じゃなくて移住じゃないか」
「五十年もいれば同じだ」
「地球へ帰りたくならないのか」
「帰ろうと思えば帰れる」
男は肩をすくめた。
「だが、帰る場所より、これから造る場所の方が気になる」
少し離れた席で話を聞いていた若い作業員が振り返った。
「でも、最初の十年くらいは何もない所ですよね」
「何もないから造るんだ」
「密閉シリンダーの外は真空。中も最初は工事区画ばかりだぞ」
「知ってます」
「火星地表の街へ行くにも船便だ」
「知ってますって」
若い作業員は募集要項へ目を向けた。
「俺、農業区の環境設備をやってるんです」
「それなら向こうでも必要だな」
「核融合照明で、シリンダーの中に畑を造るんでしょう?」
「作業員を食わせるためにな」
「それだけじゃないですよ」
若い作業員は少し笑った。
「そこで子供が生まれたら、その畑で育ったものを食べて大きくなるんです」
「建設基地のはずだった場所が、そいつらの故郷になる」
食卓が少し静かになった。
五十年。
計画書では一行で済む時間だった。
だが、作業員にとっては一つの人生に近い。
最初のシリンダーを組み立てる。
内部に光を灯す。
畑を作る。
家族を呼ぶ。
その街から船外作業へ出て、火星を照らす巨大な環を造る。
完成する頃には、建設開始を知らない世代が、火星L1のコロニーで働いているだろう。
「募集はいつまでだ?」
向かいの男が尋ねた。
「第一次要員は今月末」
「お前も行くのか」
「五十年ずっといるかは分からん」
男は募集要項を見上げた。
「だが、最初の一本くらいは造ってみたい」
「一本造ったら、次も造りたくなるぞ」
「そうかもな」
「それで気づいたら、火星に骨を埋めてる」
「長寿調整してるんだから、骨を埋めるのはもう少し先にしてくれ」
三人は笑った。
食事を終えると、午後の作業開始を告げる放送が流れた。
彼らは席を立ち、それぞれの現場へ戻っていく。
その日のうちに、火星L1建設要員への応募が三件増えた。
アレス・ランタンの完成は、まだ半世紀先だった。
だが、それを造る街の建設は、すでに人々の人生の予定へ組み込まれ始めていた。