/*/ 漫画『王家の元で』 /*/
その漫画は、最初から話題になった。
タイトルは、『王家の元で』。
舞台は架空の王国。
主人公は、名門貴族の令嬢。
美しく、聡明で、家のために望まぬ政略結婚を強いられかけている。
彼女は父に逆らえない。
社交界へ出る。
舞踏会へ出る。
紹介された男たちと礼儀正しく会話する。
だが、その誰にも心を渡さない。
笑顔で壁を作り、優雅に距離を取り、近づく男を傷つけすぎない程度に、しかし確実に退ける。
その令嬢が、ある夜、若き王に見初められる。
若き王は、少年のように美しい顔をしている。
だが、その身には古い王統の重みがあり、誰も逆らえない力を持つ。
彼は令嬢を側仕えとして迎える。
周囲は噂する。
寵姫か。
人質か。
権力の飾りか。
だが、令嬢はただの飾りではない。
王の私室に入り、書簡を読み、密議を聞き、王の言葉の危うさを諫める。
古い価値観で動く王に、現代に近い人の心を教える。
最初は反発する。
次に理解する。
やがて、互いの孤独を知る。
そして、少しずつ惹かれ合っていく。
純愛もの少女漫画である。
少なくとも、出版社はそう説明した。
読者は、説明を聞いていなかった。
> 「これ、アルカンフェル総帥とヴァルキュリア閣下では?」
> 「いいえ、他人の空似です」
> 「目を逸らすな」
> 「若き王の髪がプラチナなのは偶然です」
> 「令嬢が金髪長身美女なのも偶然です」
> 「父親が政略結婚させようとしてるのも偶然です」
> 「王の語彙が古代王なのも偶然です」
> 「偶然が多すぎる」
漫画は売れた。
恐ろしく売れた。
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第一話の扉絵は、決定的だった。
白銀の髪を持つ若き王が、城の回廊に立っている。
その隣に、金髪の令嬢が控えている。
王は民衆を見下ろしている。
令嬢は王を見ている。
キャッチコピーはこうだった。
> 望まれぬ婚姻から逃げ続けた私が、王の隣で初めて息をした。
この一文で、女性読者層が一気に食いついた。
そして、男性読者も別の意味で食いついた。
> 「側仕え令嬢、仕事できすぎる」
> 「恋愛漫画なのに政治補佐パートが濃い」
> 「王の発言が毎回危ない」
> 「令嬢が即座に現代語訳するの草」
> 「これ村上ポジションも必要では?」
> 「女主人公が村上役も兼ねてる」
第二話では、王が令嬢を評して言う。
> 「よくできた女だ。側に置く」
読者は爆笑した。
作中の令嬢は、にこりともせず答えた。
> 「陛下。私は物ではありません」
王は少し考え、こう言い直す。
> 「では、よくできた者だ。私の側で働け」
令嬢は溜息をつく。
> 「多少はましです」
この場面が、ネットで切り抜かれた。
当然、現実の発言と比較された。
> 「完全に総帥語変換表じゃないか」
> 「他人の空似です」
> 「令嬢がヴァルキュリアすぎる」
> 「若き王がアルカンフェルすぎる」
> 「でも王がちょっと素直でかわいい」
> 「原作より広報に優しい」
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クロノス広報局は、会議を開いた。
議題。
> 漫画『王家の元で』への対応について
広報官の一人が、真剣な顔で言った。
「発禁、または販売停止要請を検討すべきではないでしょうか」
別の広報官が即座に反論した。
「発禁にすれば、モデルが総帥とヴァルキュリア閣下であると認めることになります」
「ですが、内容があまりにも露骨です」
「露骨ですが、固有名は使っていません」
「若き王の髪がプラチナです」
「偶然です」
「令嬢が金髪長身美女です」
「偶然です」
「望まぬ政略結婚を躱してきた貴族令嬢です」
「偶然です」
「王の発言が古代王語彙です」
「偶然です」
「側仕えです」
「偶然です」
「読者は全員分かっています」
「だからこそ、止めると燃えます」
広報局員たちは黙った。
そこへ村上征樹が呼ばれた。
彼は資料を読み、頭を抱えた。
「……これは、厄介ですね」
アプトムは隣で笑っていた。
「タイトルからして逃げる気ねぇな」
「逃げています。形式上は」
「形式上はな」
「法的には難しいです。発禁にするほどの理由はありません」
「総帥とヴァルキュリアをネタにしてるのに?」
「明言していません」
「みんな分かってるぞ」
「分かっていることと、証明できることは違います」
アプトムはにやりと笑った。
「お前、こういう時は法務っぽいな」
「広報事故処理で鍛えられました」
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ヴァルキュリア本人も、単行本第一巻を読まされた。
表情は静かだった。
だが、耳がわずかに赤い。
アプトムがそれを見逃さなかった。
「どうだ、ヴァルキュリア。感想は」
「……絵は綺麗です」
「そこかよ」
「政治補佐の描写は、やや単純化されています」
「そこでもねぇよ」
村上が咳払いする。
「恋愛描写については」
ヴァルキュリアは、一瞬だけ黙った。
「現実とは異なります」
アプトムが即座に笑う。
「異なるだけか?」
「異なります」
「否定はしないんだな」
「アプトム」
村上が止める。
ヴァルキュリアはページを閉じた。
そこには、若き王が不器用に令嬢へ菓子を差し出す場面が描かれていた。
台詞。
> 「人が並んでいた。ゆえに買った」
令嬢が呆れながら受け取る。
> 「陛下。それは贈り物の理由としては少しおかしいです」
ヴァルキュリアは、視線を逸らした。
「……これは、意図的ですね」
村上は疲れた声で答えた。
「はい」
アプトムは笑った。
「ポップコーン回、もう漫画になってるじゃねぇか」
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アルカンフェル本人は、漫画を読んでも動じなかった。
広報局員が、おそるおそる尋ねる。
「総帥。対応はいかがいたしましょうか」
「好きにさせておけ」
即答だった。
広報局員が驚く。
「よろしいのですか」
「道化には好きに言わせておくものだ」
村上は微妙な顔をした。
「総帥。作家を道化と表現するのは、現代広報上は少々」
「では何と言う」
「創作者、または表現者です」
「では、表現者には好きに言わせておけ」
「ありがとうございます」
アプトムが笑った。
「村上訳、早いな」
アルカンフェルは続けた。
「民が物語を作るのは悪くない」
村上が顔を上げる。
「そうお考えですか」
「王を恐れるだけの民は、王を物語にしない。物語にするのは、見ているからだ」
「批判も含まれます」
「構わぬ」
「揶揄も含まれます」
「構わぬ」
「恋愛ものにされています」
「構わぬ」
ヴァルキュリアが少しだけ目を伏せた。
アルカンフェルは彼女を見た。
「お前は嫌か」
ヴァルキュリアは、少し考えてから答えた。
「恥ずかしくはあります」
「嫌ではないのか」
「……発禁にするほどではありません」
アルカンフェルは頷いた。
「ならばよい」
広報局員は、信じられないものを見るような顔をした。
世界の総帥が、自分をモデルにしたとしか思えない少女漫画を放置すると言っている。
しかも、理由が「道化には好きに言わせておくものだ」。
古代王だった。
だが、妙に器は大きかった。
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掲示板では当然、盛り上がった。
【朗報】漫画『王家の元で』、クロノス発禁回避か
1:名無しの市民
発禁にならないらしい。
2:名無しの市民
答え合わせ回避。
3:名無しの市民
いやもう全員分かってるだろ。
4:名無しの市民
他人の空似です。
5:名無しの市民
目逸らしすぎて首折れる。
6:名無しの市民
若き王:プラチナ髪、少年のような顔、でも体格しっかり
令嬢:金髪長身美女、政略結婚を躱し続けた名家の娘
側仕え
古代王語彙
ポップコーン
他人の空似です。
7:名無しの市民
無理がある。
8:名無しの市民
でも固有名は出してないからな。
9:名無しの市民
漫画の王、現実の総帥より広報に優しい。
10:名無しの市民
「よくできた女だ。側に置く」
「私は物ではありません」
「では、よくできた者だ。私の側で働け」
ここ完全に総帥語翻訳で草。
11:名無しの市民
これもう教材だろ。
12:名無しの市民
広報局、総帥語変換表の補助教材として採用しろ。
13:名無しの市民
ヴァルキュリア閣下、読んだのかな。
14:名無しの市民
読まされてそう。
15:名無しの市民
そして耳赤くしてそう。
16:名無しの市民
やめろ。想像したらかわいい。
17:名無しの市民
フェミ系が「権力者との恋愛を美化するな」って叩いてるけど、少女漫画としては王道すぎる。
18:名無しの市民
望まぬ政略結婚を躱し続けた貴族令嬢が若き王に見初められる
反発しながら側仕え
段々惹かれ合う
そりゃ売れる。
19:名無しの市民
しかも現実の元ネタ疑惑つき。
20:名無しの市民
むしろ純愛では?勢、大勝利。
21:名無しの市民
純愛かどうかは知らんが、漫画としては強い。
22:名無しの市民
これ、作中に村上ポジション出るかな。
23:名無しの市民
絶対出る。
王の発言を毎回訂正する宰相。
24:名無しの市民
名前は村岡とかになってそう。
25:名無しの市民
露骨すぎる。
26:名無しの市民
アプトム枠もほしい。
毎回横で茶化す謎の傭兵。
27:名無しの市民
完全にクロノス中枢恋愛漫画じゃねぇか。
28:名無しの市民
他人の空似です。
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漫画は、さらに売れた。
第二巻では、令嬢が王の失言を正す。
第三巻では、王が初めて庶民の祭りに出る。
第四巻では、令嬢の父が再登場し、娘を家へ戻そうとする。
読者は泣いた。
掲示板は燃えた。
広報局は胃を痛めた。
村上は、毎巻チェックする羽目になった。
「なぜ僕が漫画の監修のようなことをしているのでしょうか」
アプトムが笑う。
「元ネタ側の危機管理だろ」
「元ネタではありません」
「他人の空似だもんな」
「はい」
「目を逸らすなよ」
「逸らしていません」
その横で、ヴァルキュリアは静かに第五話を読んでいた。
若き王が令嬢に言う場面だった。
> 「お前が笑うなら、この城も悪くない」
ヴァルキュリアは、しばらくそのページを見つめた。
そして、そっと本を閉じた。
アルカンフェルが尋ねる。
「どうした」
「いえ」
「不快か」
「いいえ」
彼女は少しだけ微笑んだ。
「少し、困ります」
「なぜだ」
「似ていない、とは言い切れないので」
アルカンフェルは、しばらく考えた。
「ならば、似ているのだろう」
「閣下」
「だが、我らではない」
「はい」
「物語とは、そういうものだ」
ヴァルキュリアは、その言葉に少しだけ驚いた。
アルカンフェルは、静かに続ける。
「民は、見たものをそのまま語らぬ。恐れたものを怪物にし、愛したものを恋にし、分からぬものを物語にする」
「では、この漫画は」
「好きにさせておけ」
彼は穏やかに言った。
「我らを恐れるだけでなく、物語にするならば、それも統治の内だ」
村上は横で頭を抱えた。
「総帥。その言い方はまた危険です」
アプトムが笑った。
「でも今回は、ちょっといいこと言ってるぞ」
ヴァルキュリアは、閉じた単行本に指を置いた。
架空の王国。
架空の王。
架空の令嬢。
望まぬ政略結婚を躱し続けた娘が、王の側で自分の居場所を見つける物語。
それは、彼女たちではない。
たぶん。
おそらく。
少なくとも公式には。
他人の空似である。