アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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大ヒットしてしまった映画版

 

 

 

 映画『王家の元で』は、公開前から話題だった。

 

 当然である。

 

 原作は、総帥とヴァルキュリア閣下を思わせると噂された少女漫画。

 

 クロノス中枢は発禁にしなかった。

 

 それどころか、アメリカ、フランス、ロシア、インド、日本、中国の各国版制作を認めた。

 

 ただし、どれも公式ではない。

 

 どれも実在人物の伝記ではない。

 

 どれも他人の空似である。

 

 そういう建前だった。

 

 建前だったが、世界中の観客は分かっていた。

 

 分かった上で観に行った。

 

 そして、映画はヒットした。

 

 ヒットしてしまった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 最初に火がついたのは、インド版だった。

 

 豪華絢爛な宮廷。

 

 父の政略結婚に抗う令嬢。

 

 孤独な若き王。

 

 民衆の祭り。

 

 そして歌。

 

 歌った。

 

 踊った。

 

 王も令嬢も、民も、侍女も、近衛兵も、なぜか途中から城下町の商人まで踊った。

 

 だが、それがよかった。

 

 王と令嬢だけの恋ではなく、民の祝福と不安と期待が一体になった大規模な情緒表現になっていた。

 

 掲示板は即座に盛り上がった。

 

 

 

1:名無しの市民

インド版、歌ったぞ。

 

2:名無しの市民

知ってた。

 

3:名無しの市民

でも良かった。

 

4:名無しの市民

王が民衆の中に降りて、令嬢が戸惑いながら一緒に踊る場面、普通に泣いた。

 

5:名無しの市民

総帥を想起させる王が歌って踊るとか広報事故だと思ったのに、民衆パートが強すぎて名シーンになってる。

 

6:名無しの市民

他人の空似です。

 

7:名無しの市民

便利すぎる。

 

 

 

 次に北米版が来た。

 

 こちらは自由と自己決定の物語だった。

 

 令嬢は王に選ばれる存在ではなく、自分の意思で王宮に残る。

 

 若き王は、絶対権力を持ちながら、人をどう愛せばいいのか分からない孤独な支配者として描かれた。

 

 派手な戦闘もあった。

 

 馬車襲撃。

 

 宮廷内クーデター。

 

 城門前の決闘。

 

 そして、問題の身体的親密性の描写は、事前にクロノス広報局が確認した結果、かなり抑制された。

 

 ベッドシーンはなかった。

 

 代わりに、戦闘前夜、王が令嬢の手袋を外し、その傷だらけの手の甲に口づける場面が入った。

 

 これが大爆発した。

 

 

 

21:名無しの市民

北米版、ベッドシーンなし。

 

22:名無しの市民

代わりに手袋外して手の傷にキス。

 

23:名無しの市民

そっちの方がえぐい。

 

24:名無しの市民

広報局、ベッドシーン止めた結果、もっと刺さる場面を生んでないか?

 

25:名無しの市民

村上閣下、これ見てどう思ったんだろう。

 

26:名無しの市民

胃薬飲んでる。

 

 

 

 フランス版は、予想通りだった。

 

 誰も明確に愛を口にしない。

 

 王と令嬢が廊下で見つめ合う。

 

 雨の庭園で沈黙する。

 

 書簡を燃やす。

 

 最後まで、二人が恋人なのか、共犯者なのか、政治的同盟者なのか、観客に委ねられる。

 

 評論家は絶賛した。

 

 一般客は困惑した。

 

 だが、困惑込みで話題になった。

 

 

 

41:名無しの市民

フランス版、分からん。

 

42:名無しの市民

でも何かすごい。

 

43:名無しの市民

王と令嬢、二時間ずっと何かを言いそうで言わない。

 

44:名無しの市民

最後の視線、あれは告白なのか?

 

45:名無しの市民

たぶん違う。

でも告白でもある。

 

46:名無しの市民

何言ってるか分からんが、フランス版なので正しい気がする。

 

 

 

 ロシア版は重かった。

 

 雪。

 

 帝国。

 

 凍った湖。

 

 長い沈黙。

 

 王が広大な白い平原に立ち、令嬢がその隣に歩み寄るだけで三分使う。

 

 上映時間は長い。

 

 だが、映像の圧が凄まじかった。

 

 孤独な王と氷の令嬢が、互いの冷たさを理解していく叙事詩になっていた。

 

 

 

61:名無しの市民

ロシア版、長い。

 

62:名無しの市民

でも雪が美しい。

 

63:名無しの市民

王が「冬は裏切らぬ」と言ったところ、総帥っぽすぎて変な声出た。

 

64:名無しの市民

他人の空似です。

 

65:名無しの市民

令嬢が最後に手袋を外して王の手を取るだけで終わるの、渋すぎる。

 

 

 

 中国版は、政治劇として強かった。

 

 恋愛よりも朝議。

 

 王宮改革。

 

 地方反乱。

 

 旧貴族との権力闘争。

 

 令嬢は単なる恋の相手ではなく、王の政務を補佐し、時に反論し、時に王の言葉を民へ届く形に直す。

 

 つまり、かなりヴァルキュリアであり、少し村上でもあった。

 

 

 

81:名無しの市民

中国版、朝議が面白すぎる。

 

82:名無しの市民

恋愛映画じゃなくて政治映画では?

 

83:名無しの市民

でも王と令嬢の信頼関係が一番強く見える。

 

84:名無しの市民

令嬢が王の失言をその場で言い換える場面、完全に総帥語変換。

 

85:名無しの市民

村上閣下要素まで混ざってる。

 

 

 

 そして日本版。

 

 原作漫画に最も忠実だった。

 

 派手な戦闘は少ない。

 

 歌わない。

 

 雪原で三分立たない。

 

 朝議も必要以上には長くしない。

 

 ただ、王が言葉を間違え、令嬢が訂正し、王が少しずつ彼女を一個人として理解していく。

 

 その微細な変化を、丁寧に積み上げた。

 

 クライマックスは、落城ではなかった。

 

 城は燃えなかった。

 

 誰も死ななかった。

 

 ただ、王が民衆の前で令嬢を「我が側に置く女」ではなく、「我が言葉を正す者」と呼び直した。

 

 観客は泣いた。

 

 

 

101:名無しの市民

日本版、城燃えなかった。

 

102:名無しの市民

全員死ななかった。

 

103:名無しの市民

なのに泣いた。

 

104:名無しの市民

「我が言葉を正す者」

ここで死んだ。

 

105:名無しの市民

原作ファン大勝利。

 

106:名無しの市民

これは純愛。

 

 

 

/*/

 

 

 

 結果として、各国版は互いに客を奪い合わなかった。

 

 むしろ逆だった。

 

 相乗効果が起きた。

 

 インド版を観た者は、北米版の抑制された手袋の場面を見に行った。

 

 北米版を観た者は、フランス版の曖昧な心理劇を確認しに行った。

 

 フランス版で困惑した者は、日本版で感情を整理した。

 

 日本版で泣いた者は、中国版の政治劇で令嬢の有能さを再確認した。

 

 中国版を観た者は、ロシア版の雪と沈黙に沈みに行った。

 

 ロシア版で疲れた者は、インド版の歌で回復した。

 

 そうして世界中で、奇妙な鑑賞順が生まれた。

 

 

 インド版で浴びる。

 北米版で刺される。

 フランス版で迷う。

 日本版で泣く。

 中国版で納得する。

 ロシア版で凍る。

 

 

 これが、映画ファンの間で「王家六巡礼」と呼ばれるようになった。

 

 出版社は震えた。

 

 映画会社は笑った。

 

 クロノス広報局は死んだ目をした。

 

 

 

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 そして、当然のように商品展開が始まった。

 

 各国版の単独ディスク。

 

 豪華パンフレット。

 

 設定資料集。

 

 監督インタビュー。

 

 衣装デザイン集。

 

 歌唱版サウンドトラック。

 

 フランス版沈黙解釈ブックレット。

 

 ロシア版雪原撮影記録。

 

 中国版朝議台詞集。

 

 日本版原作比較小冊子。

 

 北米版削除シーン集。

 

 インド版振付解説。

 

 そして、ついに発売された。

 

 

 

『王家の元で』六か国映画版コンプリートBOX

 

 

 内容は異常に豪華だった。

 

 六か国版本編。

 

 各国字幕。

 

 吹替。

 

 監督座談会。

 

 原作者コメント。

 

 各国版比較ブックレット。

 

 劇中衣装設定。

 

 クロノス広報局が許可した範囲の映像化ガイドライン抜粋。

 

 特典ディスク。

 

 インド版舞踏練習映像。

 

 日本版絵コンテ集。

 

 北米版手袋シーン撮影ドキュメント。

 

 フランス版未使用沈黙カット集。

 

 ロシア版雪原長回し完全版。

 

 中国版朝議シーン全台詞注釈。

 

 価格は高かった。

 

 高かったが、売れた。

 

 売れてしまった。

 

 初回生産分は、予約段階でほぼ消えた。

 

 発売日には、各地の店舗で品切れが相次いだ。

 

 しかし。

 

 今回、転売屋が大量に商品を確保して市場を荒らすことは、ほとんどできなかった。

 

 クロノス統治下では、高需要商品の初回販売について、統一市民登録ナンバーを利用した購入制限が一般化していたからである。

 

 一つの登録ナンバーにつき、初回生産分は原則一個。

 

 実店舗でも通販でも共通。

 

 地域を跨いでも同一人物なら重複購入できない。

 

 本人確認も決済情報だけではなく、市民登録情報と連動している。

 

 別店舗を回る。

 

 通販サイトを使い分ける。

 

 地域を越えて注文する。

 

 家族名義を大量に利用する。

 

 そういった古典的な買い占め手法も、不自然な購入パターンとして弾かれる。

 

 中古売買そのものは禁止されていない。

 

 だが、新品を数十個、数百個単位で確保して価格を吊り上げるような転売は、そもそも仕入れの段階で成立しにくかった。

 

 そのため。

 

 品切れの理由は、極めて単純だった。

 

 欲しい人間が多すぎた。

 

 転売屋ではない。

 

 普通の客が、一人一箱ずつ買って。

 

 それで初回生産分が消えたのである。

 

 

 

/*/

 

 

 

 出版社の編集長は、空になった在庫表を見ながら呟いた。

 

「……売れたな」

 

 副編集長は、震える声で答えた。

 

「売れました」

 

「品切れだな」

 

「品切れです」

 

「転売屋が押さえたわけではないんだな?」

 

「ほぼありません」

 

「市民登録ナンバー制限か」

 

「はい。初回分は一人一個です」

 

「じゃあ……」

 

 編集長が在庫表を見る。

 

「これ全部、実需なのか?」

 

「実需です」

 

「世界総帥疑惑の少女漫画映画六か国版コンプリートBOXが、一人一個制限を掛けても純粋な需要過多で品切れ」

 

「はい」

 

 編集長はしばらく黙った。

 

「……何なんだ、この世界は」

 

 副編集長は答えられなかった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 掲示板でも、この点はすぐに話題になった。

 

 

 

1:名無しの市民

コンプリートBOX買えなかった。

 

2:名無しの市民

俺も。

 

3:名無しの市民

転売屋か?

 

4:名無しの市民

無理。

 

5:名無しの市民

そういや統一市民登録ナンバーで一人一箱だった。

 

6:名無しの市民

実店舗と通販を跨いでも駄目。

 

7:名無しの市民

別地域で注文しても駄目。

 

8:名無しの市民

じゃあ何で売り切れたんだよ。

 

9:名無しの市民

欲しい奴が多かった。

 

10:名無しの市民

純粋な需要。

 

11:名無しの市民

一番どうしようもないやつ。

 

12:名無しの市民

転売屋なら「転売屋死ね」で終われる。

 

13:名無しの市民

今回は普通の市民が普通に一個ずつ買って在庫が死んだ。

 

14:名無しの市民

出版社の需要予測が死んだだけか。

 

15:名無しの出版関係者

はい。

 

16:名無しの市民

いた。

 

17:名無しの出版関係者

六か国版全部を見る人間が、ここまで多いとは想定していませんでした。

 

18:名無しの市民

王家六巡礼を舐めるな。

 

19:名無しの市民

保存用と鑑賞用が買えないじゃん。

 

20:名無しの一般人

初回分は一人一箱だ。

 

21:名無しの市民

じゃあ開封できない!

 

22:名無しの一般人

開封しろ。

 

23:名無しの市民

嫌だ!

 

24:名無しの一般人

何のために買ったんだよ。

 

25:名無しの市民

所有するため。

 

26:名無しの一般人

オタクだなぁ。

 

 

 

/*/

 

 

 

 海外でも事情は同じだった。

 

 

 

31:匿名

完全版ボックスが売り切れている。

 

32:匿名

転売業者?

 

33:匿名

ほぼ違う。

 

34:匿名

統一市民登録番号で初回版は一人一個。

 

35:匿名

国境を越えても?

 

36:匿名

クロノス統治下に国境を利用した購入制限回避など存在しない。

 

37:匿名

世界政府の住民登録システムを限定版BOXの転売防止に使うな。

 

38:匿名

本来は生活行政と流通管理のためだ。

 

39:匿名

結果として転売も死ぬ。

 

40:匿名

でも売り切れた。

 

41:匿名

つまり全員普通の客?

 

42:匿名

そう。

 

43:匿名

怖い。

 

44:匿名

何が?

 

45:匿名

本当にそれだけの人間が欲しがっていたということが。

 

46:匿名

同じ王室ロマンスの六つのバージョンだぞ。

 

47:匿名

同じじゃない。六つとも文化が違う。

 

48:匿名

そして全部、非公式には同じ二人の話。

 

49:匿名

同じ二人じゃない。そっくりさんだ。

 

50:匿名

六組の国際的そっくりさん。

 

51:匿名

総帥はうっかり映画的マルチバースを作った。

 

52:匿名

アルカンフェルは正史回避のためにマルチバースを発明した。

 

53:匿名

そして出版社はそれをBOXにして売った。

 

54:匿名

人類に抜け道を与えてはいけない。

 

 

 

/*/

 

 

 

 クロノス広報局にも、BOXが届いた。

 

 資料用である。

 

 もちろん広報局の場合は、市販分を職員が市民登録ナンバーで買い集めたわけではない。

 

 出版社から業務・研究用途として正式に確保されたものだった。

 

 地域別分析用。

 

 字幕比較用。

 

 文化影響評価用。

 

 広報リスク検証用。

 

 村上確認用。

 

 ヴァルキュリア確認用。

 

 総帥に見せるかどうか検討用。

 

 アプトムが箱を見て笑った。

 

「ついに広報局にもコンプリートBOXか」

 

 村上は疲れた目で答えた。

 

「業務資料です」

 

「六か国版少女漫画映画BOXが?」

 

「業務資料です」

 

「便利な言葉だな」

 

 広報官は、必要数を事前確保できたことに妙な達成感を覚えていた。

 

「海外支局からも追加申請が来ています」

 

「市販在庫から買わせないでくださいよ」

 

「分かっています。出版社経由で業務用を増産してもらいます」

 

 アプトムが笑った。

 

「政府機関向け増産が必要な少女漫画映画BOX」

 

「言わないでください」

 

「でも必要だろ。各国版で炎上ポイント違うんだから」

 

「それはそうですが」

 

「村上、認めるなよ」

 

「認めざるを得ないのが嫌なんです」

 

 ヴァルキュリアは、BOXの外箱を静かに見ていた。

 

 そこには六人の若き王と六人の令嬢が描かれていた。

 

 どれも違う。

 

 どれも似ている。

 

 自分ではない。

 

 だが、少しずつ自分に似ている。

 

「……よく、ここまで増えましたね」

 

 彼女は小さく言った。

 

 アプトムがにやにやする。

 

「人気者だな、ヴァルキュリア」

 

「私ではありません」

 

「他人の空似か」

 

「はい」

 

「六人いて全員他人の空似って、すごいな」

 

 村上が言った。

 

「その建前で全世界が回っています。壊さないでください」

 

 

 

/*/

 

 

 

 アルカンフェルも、BOXを見た。

 

 分厚い外箱。

 

 各国版の意匠。

 

 豪華な装丁。

 

 解説書。

 

 特典ディスク。

 

 彼は、しばらくそれを眺めていた。

 

「一つにまとめたのか」

 

 村上は答えた。

 

「はい。各国版をまとめたコンプリートBOXです」

 

「一つに絞らぬために複数作らせたのだが」

 

「複数作った結果、まとめられました」

 

 アルカンフェルは少し考えた。

 

「民は面白いな」

 

 アプトムが吹き出した。

 

「感想それかよ」

 

「違うのか」

 

「違わねぇけどよ」

 

 村上は慎重に言った。

 

「総帥の判断は、結果として大きな文化現象になりました」

 

「そうか」

 

「はい。各国版が相互に観客を呼び合い、結果として原作漫画、映画、関連商品すべてが大きく伸びています」

 

「よいことではないのか」

 

「経済的には良いことです」

 

「ならばよい」

 

「ただし、コンプリートBOXは初回分が完全に不足しました」

 

「転売か?」

 

「いえ」

 

「違うのか」

 

「統一市民登録ナンバーで一人一箱に制限していますので、大規模な買い占めはほぼありません」

 

「ならばなぜ足りぬ」

 

「普通に買いたい市民が、想定より多かったんです」

 

 アルカンフェルは少し黙った。

 

「一人一つでも足りなかったのか」

 

「はい」

 

「では増やせばよい」

 

「増産中です」

 

「ならば問題あるまい」

 

「広報的には、我々の管理対象がまた増えました」

 

「それはお前の仕事だ」

 

 村上は黙った。

 

 アプトムは爆笑した。

 

「言われたな」

 

「言われました」

 

 

 

/*/

 

 

 

 増産決定後。

 

 再び掲示板が動いた。

 

1:名無しの市民

増産決定。

 

2:名無しの市民

助かった。

 

3:名無しの市民

今度も一人一個?

 

4:名無しの市民

当面はそう。

 

5:名無しの市民

保存用欲しい。

 

6:名無しの一般人

我慢しろ。

 

7:名無しの市民

鑑賞用も欲しい。

 

8:名無しの一般人

最初の一個を鑑賞しろ。

 

9:名無しの市民

シュリンク破れない。

 

10:名無しの一般人

オタク面倒くせぇ。

 

11:名無しの市民

転売屋がいないのに争奪戦になるとは思わなかった。

 

12:名無しの一般人

争奪戦というより需要予測失敗。

 

13:名無しの出版関係者

本当に申し訳ありません。

 

14:名無しの市民

また来た。

 

15:名無しの出版関係者

増産分はかなり余裕を持たせます。

 

16:名無しの市民

何箱?

 

17:名無しの出版関係者

前回の実購入者数と予約待機者数から算定しています。

 

18:名無しの市民

クロノス統治下の販売データ精度高そう。

 

19:名無しの一般人

全員統一市民登録ナンバー持ってるから、実需人数ほぼそのまま分かるぞ。

 

20:名無しの市民

転売対策だけじゃなく需要予測まで強いのか。

 

21:名無しの一般人

初回だけ予測を外したけどな。

 

22:名無しの出版関係者

言わないでください。

 

 

 

/*/

 

 

 

 広報局の棚には、六か国版コンプリートBOXが並んだ。

 

 最初は一箱だけだった。

 

 すぐに地域別分析用が増えた。

 

 次に字幕監修用。

 

 次に教育文化研究班用。

 

 次に海外支局貸出用。

 

 最後には、誰が申請したのか分からない保存用まで置かれていた。

 

 村上はそれを見て言った。

 

「誰ですか、保存用を申請したのは」

 

 誰も答えなかった。

 

 アプトムが笑った。

 

「お前じゃねぇの?」

 

「違います」

 

「ヴァルキュリア?」

 

「違います」

 

 ヴァルキュリアは即答した。

 

 だが、ほんの少しだけ目を逸らした。

 

 アプトムがそれを見逃さなかった。

 

「おい」

 

「違います」

 

「まだ何も言ってねぇよ」

 

「違います」

 

 村上は深く息を吐いた。

 

「もういいです。業務資料として処理します」

 

「便利だな、業務資料」

 

「便利にしないと処理できないんです」

 

 こうして、映画『王家の元で』六か国版は、公式ではないまま世界的ヒット作となった。

 

 どれもアルカンフェルではない。

 

 どれもヴァルキュリアではない。

 

 どれも他人の空似である。

 

 そのはずである。

 

 だが、世界中の人々が六つの王と六つの令嬢を見比べながら、同じことを思っていた。

 

 似ている。

 

 けれど、違う。

 

 違うから、見られる。

 

 見られるから、欲しくなる。

 

 一人一箱に制限しても、足りなくなる。

 

 転売屋すら入り込む余地がないほど、純粋な需要だけで在庫が消える。

 

 クロノス統治下の表現の自由は、時に、総帥本人すら予想しない方向へ走り出す。

 

 そのたびに。

 

 出版社の増産計画と。

 

 広報局の棚が増えた。

 

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