クロノス北米支局長を輩出するリスカー家は、クロノス統治下でも名門として知られていた。
古くから資産と人脈を持ち、政治にも軍にも影響力を持つ旧家。
本来なら。
権力の中枢へ一族の者を送り込み。
その縁を利用して、家の地位と安全を確保する。
そういう、ごく普通の名家だった。
少なくとも。
先代当主が、娘ヴァルキュリアをアルカンフェルのもとへ送り込むまでは。
「娘を総帥閣下へ差し出して家の安泰を願った結果、嫡男が木星の最前線まで連れて行かれた家ですからね」
村上征樹が、リスカー家の資料を眺めながら言った。
ヴァルキュリアは少し眉を寄せた。
「その言い方ですと、私が人身御供のようですが」
「先代当主の政治判断としては、かなり近かったでしょう」
「否定はしません」
クロノスがまだ秘密結社として世界の裏側から勢力を広げていた時代。
リスカー家先代当主は、一つの判断を下した。
娘ヴァルキュリアを。
アルカンフェルの側近として差し出す。
総帥のすぐそばへ娘が入れば。
リスカー家はクロノス内部で安泰になる。
一族の発言力も増す。
そして何より。
嫡男オズワルド・A・リスカーにも、相応の恩恵がある。
後方の重要職。
北米支局の要職。
あるいは中央の高級参謀。
少なくとも、危険な最前線からは遠ざけられる。
それが。
当時の名家としては自然な期待だった。
「つまり先代当主は」
村上が言った。
「娘を最高権力者の近侍に入れれば、嫡男も引き立てられると」
「はい」
「安全な方向へ」
「父は、そう考えていたのでしょう」
「ところが」
「総帥閣下が兄様の存在を知られました」
ヴァルキュリアは淡々と言った。
「そこからです」
/*/ 総帥なりの厚遇 /*/
ヴァルキュリアが正式にアルカンフェルのもとへ仕えるようになって、しばらく後。
アルカンフェルが何気なく尋ねた。
「お前には兄がいるのか」
「はい」
ヴァルキュリアは答えた。
「オズワルド・A・リスカー。リスカー家の嫡男です」
「どのような者だ」
「軍事教育も受けております。身体適性も高く」
「そうか」
アルカンフェルは少し考えた。
「ヴァルキュリアの兄か」
「はい」
「ならば最前線で、私の供回りをする栄誉を与えよう」
「……はい?」
ヴァルキュリアは珍しく聞き返した。
「兄を、ですか」
「ああ」
「兄はリスカー家の嫡男ですが」
「知っている」
「家を継ぐ者です」
「ならば、なおさらよい」
アルカンフェルは当然のように言った。
「家を継ぐ者なら、まず家以外のものを守れることを示せ」
この時点で。
先代当主が想定していた「総帥との縁による家の安泰」は。
まったく別の方向へ走り始めた。
数日後。
オズワルドへ正式な辞令が届いた。
北米支局の高官ではない。
中央勤務でもない。
名誉職でもない。
まず。
ハイパーゾアノイドへの調製。
そして。
人造強殖装甲部隊への編入。
クロノスでも最精鋭。
総帥自身と共に戦うことを前提とした戦闘部隊。
まさに。
アルカンフェルの「供回り」だった。
/*/ 先代、目を回す /*/
「待て」
リスカー家先代当主は、辞令を読んだ。
もう一度読んだ。
三度目を読んだ。
「待て待て待て」
家令は何も言わなかった。
「これは何だ」
「オズワルド様への正式辞令でございます」
「それは分かる!」
先代は紙を指で叩いた。
「なぜハイパーゾアノイド調製だ!」
「適性が非常に高かったとのことです」
「なぜ人造強殖装甲部隊だ!」
「総帥直属の精鋭部隊です」
「それも分かる!」
先代は頭を抱えた。
「私は娘を総帥閣下のもとへ差し出したのだぞ!」
「はい」
「普通なら家が安泰になるだろう!」
「おそらく総帥閣下も、リスカー家を非常に厚遇されているおつもりかと」
「どこがだ!」
「嫡男へ、総帥閣下と共に戦う栄誉を」
「最前線ではないか!」
「はい」
「総帥直属ではないか!」
「はい」
「つまり、総帥が出るほど危険な場所へ行く部隊ではないか!」
「……はい」
先代当主は椅子へ沈み込んだ。
「違う」
「何がでしょう」
「私が欲しかった利益は、これではない」
現代の名家が権力者との縁に求めるもの。
利権。
地位。
安全。
家の保護。
アルカンフェルが返してきたもの。
ハイパーゾアノイド調製。
人造強殖装甲。
総帥直属精鋭部隊。
最前線で総帥と並んで戦う栄誉。
方向性が完全に違っていた。
/*/ ヴァルキュリアの反応 /*/
なお。
この時。
ヴァルキュリアが、兄の身を案じて取り乱したかというと。
そうでもなかった。
オズワルドが総帥直属部隊へ抜擢されたと聞いた時。
彼女はしばらく無言だった。
「兄様が総帥直属部隊ですか」
「ああ」
「ハイパーゾアノイドに?」
「適性が高かった」
「人造強殖装甲も?」
「与える」
「……そうですか」
表情は平静。
だが。
心中は、少々複雑だった。
ヴァルキュリアには。
自分自身がフォーシュバリ家の血統を引く者として、その資質を証明したいという強い思いがあった。
総帥の傍らに立ち。
功績を積み。
自分が何者なのかを示す。
その最中に。
兄オズワルドまでアルカンフェルから高く評価され。
最精鋭部隊へ抜擢された。
それ自体。
少し面白くなかった。
しかも。
当時のヴァルキュリアは、父と兄に対して、決して好意的とは言えなかった。
後年。
その事情を聞いた村上が尋ねた。
「兄妹仲は悪かったんですか?」
「その時は、幼い頃の兄様の失言が原因で、私は父と兄を良く思っていなかったですから」
「なるほど」
「ですから」
ヴァルキュリアは少しだけ目を細めた。
「兄様が総帥閣下から高く評価されるのは、あまり面白くありませんでした」
「それは分からなくもありません」
「一方で、最前線へ送られると聞いた時は」
「はい」
「少し愉快な気分でした」
村上が顔を上げた。
「そこまで正直に言います?」
「今だから言えることです」
「心配は?」
「死んでほしいとは思っていません」
「基準が急に怖くなるんですよ」
「兄が少し苦労する程度なら、当時の私には愉快でした」
「少しの苦労でハイパーゾアノイド化、人造強殖装甲部隊、最前線なんですか?」
「総帥閣下の基準では」
「総帥基準を持ち込まないでください」
ヴァルキュリアは小さく笑った。
兄妹仲が現在のようになるのは。
もう少し後の話だった。
/*/ オズワルド、武人として目覚める /*/
しかし。
リスカー家にとって最大の誤算は。
アルカンフェルでも。
ヴァルキュリアでもなかった。
オズワルド本人だった。
「承知しました」
辞令を受けたオズワルドは。
それだけ答えた。
先代当主は、すぐに息子を呼びつけた。
「待て」
「何でしょう、父上」
「お前は嫌ではないのか」
「何がでしょう」
「ハイパーゾアノイドへの調製だぞ」
「光栄です」
「人造強殖装甲部隊だぞ」
「クロノス最精鋭です」
「総帥直属だぞ!」
「これ以上の名誉がありましょうか」
先代は頭を抱えた。
「ヴァルキュリア!」
「はい」
「お前からも何か言え!」
ヴァルキュリアは兄を見た。
「兄様」
「何だ」
「本当に行くのですか」
「総帥閣下のお側で戦えるのだぞ」
「……そうですか」
「お前が総帥閣下のお側に仕えている以上、兄である私が後方で安穏としているわけにもいくまい」
ヴァルキュリアの眉が、ごく僅かに動いた。
「そうですか」
「何だ、その顔は」
「何でもありません」
「何か言いたそうだな」
「では」
一拍。
「最前線で頑張ってきてください、兄様」
「当然だ」
先代が娘を見る。
「なぜ少し嬉しそうなのだ」
「気のせいです」
「絶対に気のせいではない!」
当時。
ヴァルキュリアにとっては。
兄が総帥から評価されるのは面白くない。
だが。
その兄が危険な場所へ送られるのは。
ほんの少し。
胸がすく。
幼少期から残っていた感情とは。
そんなに綺麗なものではなかった。
そして。
オズワルドは調製を受けた。
ハイパーゾアノイドとなり。
人造強殖装甲を与えられ。
クロノス最精鋭部隊の訓練へ放り込まれた。
名家の嫡男として。
政治。
経営。
軍務。
礼法。
それらを学んできた男だった。
だが。
家族すら知らなかったものが。
そこで目を覚ました。
武人としての性質である。
苛烈な訓練。
実戦。
強者との戦闘。
そして。
アルカンフェル本人から。
「よくついてくる」
と一言。
それだけ褒められた。
完全に駄目だった。
オズワルドは。
武人として覚醒してしまった。
/*/
訓練を終えた息子と再会した先代当主は。
最初。
喜んだ。
「オズワルド」
「父上」
「随分と逞しくなったな」
「調製しましたので」
「そういう意味ではない」
以前のオズワルドは。
責任感のある嫡男だった。
危険を恐れはしない。
だが。
わざわざ危険を求める男でもなかった。
今は違う。
「次の任地は」
「機密です」
「父にも言えぬのか」
「クロノスの機密ですので」
「……そうか」
「ただ」
「何だ」
「総帥閣下に随伴します」
先代は顔を引きつらせた。
「危険な場所なのだな?」
「総帥閣下がお出になる場所です」
「答えになっている!」
オズワルドは少し笑っていた。
先代が尋ねる。
「……楽しいのか?」
オズワルドは考えた。
「はい」
先代は天井を見た。
「誰だ。こうしたのは」
ヴァルキュリアが答えた。
「総帥閣下です」
「知っている!」
そしてヴァルキュリアは。
そんな兄を見ながら。
「以前より楽しそうですね、兄様」
とだけ言った。
「お前も総帥閣下の側仕えになってから、随分変わっただろう」
「私と一緒にしないでください」
「同じようなものではないか」
「違います」
兄が活躍するのは、やはり少し面白くなかった。
/*/ 2011年 木星防衛戦 /*/
そして。
2011年。
宇宙怪獣が来た。
地球防衛戦。
クロノス全軍が動員され。
獣化兵軍団。
人造強殖装甲部隊。
十二神将。
宇宙戦力。
そして。
アルカンフェル自身が戦場へ出た。
戦線は地球圏だけでは終わらなかった。
木星方面。
人類防衛線の最前線。
アルカンフェルが木星防衛へ出る。
当然。
供回りも行く。
そこに。
オズワルド・A・リスカーもいた。
報告を受けた先代当主は。
本当に目を回しかけた。
「木星!?」
「はい」
ヴァルキュリアが答える。
「木星です」
「なぜだ!」
「総帥閣下が向かわれますので」
「知っている!」
「兄様は総帥直属人造強殖装甲部隊です」
「それも知っている!」
「ならば」
「分かっている!」
先代は机を叩いた。
「分かっているから嫌なのだ!」
娘を総帥へ差し出した。
息子がハイパーゾアノイドになった。
人造強殖装甲まで着た。
そして。
木星へ行った。
「家の安泰とは何だったのだ!」
ヴァルキュリアは少し考えた。
「人類が勝てば、リスカー家も安泰です」
「規模が大きすぎる!」
ヴァルキュリアは僅かに口元を緩めた。
「兄様も、随分遠くまで行くことになりましたね」
「お前、やはり少し楽しんでいるだろう!」
「……少しだけです」
「認めるな!」
「ですが」
ヴァルキュリアの表情が少しだけ真面目になる。
「帰っては来てほしいと思っています」
先代は娘を見た。
「当然だ!」
「ええ」
嫌いだった時期がある。
腹を立てていた。
兄が評価されれば面白くない。
危険な任地へ出されれば、少し愉快。
それでも。
本当に死んでほしいわけではなかった。
/*/ 木星の供回り /*/
木星防衛線。
アルカンフェルの周囲を。
人造強殖装甲部隊が固めていた。
ハイパーゾアノイドへ調製された肉体。
その上に人造強殖装甲。
通常の兵力では対抗不能な宇宙怪獣を相手にするための精鋭。
その一人が。
オズワルドだった。
「オズワルド」
『はっ!』
「前へ出過ぎだ」
『敵戦力を排除します』
「お前の任務は私の護衛だ」
『承知しております』
「ならば私より前へ出るな」
『……承知しました』
少し間があった。
「不満か」
『まさか』
「ならば戻れ」
『はっ!』
総帥の供回りとして木星まで来て。
その総帥本人から。
「前へ出過ぎるな」
と止められる程度には。
オズワルドは立派な武人になっていた。
/*/ 帰還した嫡男 /*/
そして。
オズワルドは生還した。
戦功を立てて。
地球へ戻った。
先代当主は。
ようやく安堵した。
「よく帰った」
「はい、父上」
「これで十分だ」
「何がでしょう」
「戦功だ」
「まだです」
先代の顔が固まった。
「何?」
「私は総帥閣下の供回りです」
「だから何だ」
「総帥閣下がお戦いになる限り、お供するのが役目です」
「……」
先代は娘を見る。
ヴァルキュリアが首を横へ振った。
「もう無理です」
「何がだ」
「兄様は完全に武人として覚醒してしまいました」
先代は椅子へ崩れ落ちた。
ヴァルキュリアは。
兄が無事帰ってきたことには、素直に安堵した。
ただ。
戦功を立て。
総帥から高く評価された兄を見ると。
別の感情も湧いた。
「兄様」
「何だ」
「総帥閣下から褒められたそうですね」
「ああ」
「そうですか」
「何だ、その顔は」
「別に」
「昔から分かりやすいな、お前は」
「兄様に言われたくありません」
この頃には。
幼少期から引きずっていた感情も。
少しずつ形を変えていた。
昔の失言を忘れたわけではない。
だが。
木星から帰ってきた兄を見て。
以前と同じように嫌っている、とも言えなくなっていた。
/*/ 先代、学習する /*/
ここで。
先代当主は学習した。
オズワルドには。
妹のヴァルキュリアしかいない。
弟はいない。
今さらオズワルドに代わる嫡男を増やせる話でもない。
ならば。
次の世代を増やせばよい。
ある日。
先代は息子を呼んだ。
「オズワルド」
「はい」
「お前には、将来、複数の子をもうけてもらいたい」
「……突然ですな」
「突然ではない」
「理由を聞いても?」
「お前が死ぬからだ」
「父上」
「言い方が悪かった」
先代は咳払いした。
「お前が今後も、総帥閣下について危険な任務へ出続ける可能性が高いからだ」
「はい」
「家督を一人の子だけへ集中させるな」
「なるほど」
「複数の子へ、家を継げるだけの教育を施せ」
「はい」
「長子だけではない」
「はい」
「誰か一人に万一があっても、家を維持できるようにしろ」
「承知しました」
先代は。
少しだけ安心した。
「……お前は、この話に抵抗しないのだな」
「備えは必要でしょう」
先代が天井を見た。
「そこまで総帥閣下に似なくてもよい」
/*/ リスカー家の家風が変わる /*/
その後。
オズワルドは家を継ぎ。
先代の忠言通り。
複数の子をもうけた。
そして。
子供たち全員へ。
必要なら家を継げるだけの教育を施した。
長子だけではない。
他の子も。
行政。
軍務。
経営。
研究。
本人の適性を見ながら。
誰か一人が欠けても。
家全体が止まらないようにする。
言葉だけなら。
非常に近代的なリスク分散だった。
ただし。
出発点は。
「総帥が嫡男を木星まで連れていくので、一人の後継者だけに家の将来を預けるのは危険」
である。
村上は資料を読んで。
頭を抱えた。
「近代的な家督リスク管理に見えて、思想の根が武家なんですよ」
ヴァルキュリアは頷いた。
「父は大変よく学習しました」
「学習の相手が総帥閣下なのが問題なんです」
/*/ 欧州名家、震える /*/
そして。
リスカー家の一件は。
当然ながら。
他の名家にも伝わった。
特に。
欧州の旧家。
貴族系家門。
資産家。
旧王侯家。
クロノス内部で地位を確保したい一族は。
当初。
リスカー家と同じことを考えていた。
「我が家の娘も総帥閣下の近習に」
「娘を総帥府へ送り、忠誠を示しては」
「リスカー家だけに先を越されるわけには」
ところが。
先にリスカー家の結果が出た。
娘ヴァルキュリア。
総帥側近。
これは想定通り。
問題は。
その兄。
嫡男オズワルド。
ハイパーゾアノイド。
人造強殖装甲部隊。
総帥直属。
最前線。
最後には木星。
欧州のある名家では。
当主が推薦状を読み。
静かに閉じた。
「……取り下げよう」
「よろしいのですか」
「よい」
「総帥閣下との縁を得られる好機ですが」
「リスカー家も縁を得た」
「はい」
「その結果、嫡男が木星へ行った」
「……はい」
「我が家の長男は軍人ではない」
「適性があれば調製も可能かと」
「だから怖いのだ!」
別の名家。
「総帥府への令嬢推薦は?」
「中止だ」
「なぜです?」
「リスカー家を見ろ」
「ヴァルキュリア様は高位を得られました」
「兄が木星へ行った」
「はい」
「それが答えだ」
さらに別の家。
「娘を差し出せば家が厚遇されるのでは?」
「まず総帥閣下にとっての“厚遇”の意味を確認しろ」
「どのような意味でしょう」
「最前線で共に戦う栄誉だ」
「……」
「普通に働こう」
「はい」
こうして。
リスカー家は。
結果として。
アルカンフェルの周囲に名家の令嬢が殺到する事態を防いだ。
/*/
後年。
村上がその経緯を知り。
思わず納得した。
「なるほど」
「何がです」
ヴァルキュリアが尋ねる。
「総帥閣下の周囲に、欧州の名家が娘を大量に送り込むような状態にならなかった理由です」
「我が家が実例になりましたので」
「娘を総帥へ送る」
「はい」
「家が厚遇される」
「はい」
「その厚遇として嫡男がハイパーゾアノイドになる」
「はい」
「人造強殖装甲を着る」
「はい」
「最前線へ行く」
「はい」
「最終的に木星」
「はい」
二人は黙った。
アプトムが横から言った。
「そりゃ娘引っ込めるわ」
村上も頷く。
「総帥閣下からすれば、本気で厚遇だったんでしょうね」
「もちろんだ」
アルカンフェルが答えた。
いつの間にか聞いていた。
「リスカー家は忠誠を示した」
「はい」
「ならば、その嫡男へ私のそばで戦う栄誉を与えるのは当然だろう」
村上は言った。
「その当然が、欧州名家の娘推薦をほぼ止めたそうです」
「なぜだ」
「嫡男を木星へ送りたくなかったからです」
アルカンフェルは少し考えた。
「軟弱だな」
「そういうところですよ」
/*/ 現代のリスカー家 /*/
こうして。
現在のリスカー家は。
かつてとは少し違う名門になった。
家格を誇る。
血統を重んじる。
格式を守る。
それらは残っている。
だが。
家を継ぐ者ほど責任を負う。
危険から遠ざけるのではなく。
その立場に見合う能力を求める。
複数の子へ家督教育を施す。
誰か一人に家のすべてを背負わせない。
それが。
現在のリスカー家の家風になった。
村上が、改めてヴァルキュリアへ尋ねた。
「それで、今の兄妹仲は?」
「悪くありませんよ」
「当時とは違う?」
「ええ」
「幼い頃の失言の件は?」
「忘れてはいません」
「そこは忘れてあげないんですね」
「兄様も覚えているでしょう」
「謝ったんですか?」
ヴァルキュリアは少しだけ考えた。
「それは兄様に聞いてください」
「聞きづらいですね」
「では聞かなくてよいでしょう」
そして。
少し間を置いて。
「兄様が活躍すると、今でも少し面白くありませんが」
「そこは変わらない」
「兄妹ですので」
「危険な任地へ送られたら?」
「現在は、昔ほど愉快には思いません」
「昔ほど?」
「多少は」
「まだあるんですか」
「兄妹ですので」
「便利に使っていませんか、その言葉」
ヴァルキュリアは小さく笑った。
兄が活躍すれば。
少し悔しい。
兄が失敗すれば。
少し笑いたくなる。
危険なところへ行けば。
昔なら少し胸がすいた。
今は。
無事に帰ってこいと思う。
それでも帰ってきて戦功を自慢されれば。
やはり少し腹が立つ。
そんな程度には。
兄妹仲は良くなっていた。
そして。
先代当主が望んだ「家の安泰」も。
結局は実現している。
ヴァルキュリアは総帥側近。
オズワルドは木星防衛戦の英雄。
リスカー家はクロノス北米を代表する名門。
家の格は。
先代が望んでいた以上に高くなった。
ただし。
娘を総帥へ差し出した結果。
嫡男がハイパーゾアノイドになり。
人造強殖装甲を着て。
木星まで行くとは。
先代は一度も想像していなかった。
そして。
その成功例を見た世界中の名家は。
同じ道をたどることだけは。
きっぱりと諦めた。