だから、旧名家の者たちは、村上征樹に期待していた。
アルカンフェルは古代の王。
バルカスは数百年を生きた研究者。
プルクシュタールをはじめとする神将たちも、その多くは中世以前の価値観を持っている。
忠誠。
名誉。
献身。
武勲。
彼らが口にするのは、旧名家にとって役に立たないものばかりだった。
総帥へ娘を近づければ、娘には重責が与えられる。
一族の忠節を示せば、跡取りには最前線で功を立てる機会が与えられる。
安全な官職や事業権を求めても、
> 「功績を立てよ」
と返される。
そこで彼らは考えた。
村上征樹ならば、話が通じるのではないか。
現代日本で生まれ育った人間。
政治家、官僚、企業、各種団体がどのように関係を築いていたかも知っている。
贈答。
会食。
紹介。
推薦。
形式上は違法ではない範囲で行われる、わずかな配慮。
古代の神将たちには通じなくとも、村上なら理解するはずだった。
ある旧名家の当主は、村上との面会へ高価な美術品を持参した。
「ささやかな品にございます」
村上は箱を見た。
「これは何ですか」
「旧時代より我が家に伝わる工芸品です。村上神将には、日頃より格別の御配慮をいただいておりますので」
「私はあなたの家へ、何か特別な配慮をしましたか」
「いえ。今後とも良き関係を築ければと」
「でしたら、受け取れません」
当主の笑顔がわずかに固まった。
「これは公務とは関係のない、個人的な贈り物です」
「私たちは今日、人事推薦について話す予定でしたね」
「はい」
「その直前に高価な品を渡されれば、関係がないとは扱えません」
「しかし、旧時代にも儀礼的な贈答は――」
「ありました」
村上は即座に答えた。
「だからこそ、それが汚職や利益誘導の入口になったことも知っています」
当主は言葉を失った。
「品物はお持ち帰りください。人事推薦は、候補者の経歴と能力資料だけで審査します」
「我が家が長年、クロノスへ協力してきたことも御考慮いただければ」
「その功績は記録されています」
「では――」
「ですが、父親の功績は息子本人の能力ではありません」
村上の声は穏やかだった。
怒鳴りもしない。
威圧もしない。
だからこそ、交渉の余地がなかった。
「候補者本人に適性があれば採用されます。なければ採用されません」
「多少の御配慮も?」
「しません」
「我が家との関係を考えても?」
「公的な人事に、あなたの家との私的な関係を持ち込むべきではありません」
「村上神将は、あまりにも融通が利かれない」
当主が思わず漏らすと、村上の表情が変わった。
怒りというより、明確な嫌悪だった。
「不正を断ることを、融通が利かないと呼ぶのですか」
「そのような意味では……」
「では、どのような意味ですか」
当主は答えられなかった。
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別の家は、村上の知人を通じて接触しようとした。
別の家は、慈善事業への寄付と引き換えに行政上の便宜を求めた。
また別の家は、村上の家族や旧友について調べ、関係を作ろうとした。
結果はすべて同じだった。
「正式な窓口を通してください」
「利益相反に当たるため、私は審査から外れます」
「その寄付と許認可申請を結びつけて考えることはできません」
「私の知人へ接触した理由を説明してください」
ついには、一族の者へ接触した家が監察対象になった。
旧名家の間に、困惑が広がった。
「現代人なら話が通じるのではなかったのか」
「話は通じている」
「ならば、なぜ便宜を図らない」
「こちらの話を理解した上で、不正だと判断しているらしい」
「古代人より厄介ではないか」
「古代の神将は、名誉や忠誠を示せば認めることもある」
「村上神将は?」
「正式な手続きをしろ、としか言わない」
「贈り物は?」
「返された」
「寄付は?」
「許認可とは別件として処理された」
「知人からの紹介は?」
「審査担当から自分を外した」
誰かが、絶望したように言った。
「付け入る隙がない」
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【話題】村上神将、旧名家から「融通が利かない」と低評価
1:名無しの市民
最高の褒め言葉では。
2:名無しの一般人
何を頼んだんだ。
3:名無しの市民
高価な贈り物を渡して、息子の人事に配慮してもらおうとした。
4:名無しの一般人
贈賄では?
5:名無しの旧名家関係者
儀礼的な贈答です。
6:名無しの一般人
人事面談の直前に?
7:名無しの旧名家関係者
良好な関係を築くためのものです。
8:名無しの市民
贈賄では?
9:名無しの監察局職員
村上神将も同じ判断をしました。
10:名無しの一般人
普通だ。
11:名無しの市民
旧名家は、現代人だから話が通じると思ったらしい。
12:名無しの一般人
実際、話は通じているだろ。
13:名無しの市民
意味を理解した上で拒否された。
14:名無しの一般人
一番駄目なやつ。
15:名無しの調整体
プルクシュタール閣下なら、どうされたであろう。
16:名無しの歴史研究者
「功績なく恩賞のみを求めるとは、恥を知れ」と叱ると思う。
17:名無しの一般人
怖い。
18:名無しの市民
村上神将
「それは利益相反です。正式な手続きをしてください」
19:名無しの一般人
怖くない。
20:名無しの市民
でも絶対に通らない。
21:名無しの一般人
旧名家にはそっちの方が怖いのか。
22:名無しの市民
アルカンフェル総帥
「能力がないのに、なぜ地位を求める」
23:名無しの一般人
根本から話が通じない。
24:名無しの市民
バルカス閣下
「無能を置けば組織の損失じゃ」
25:名無しの一般人
実務。
26:名無しの市民
プルクシュタール閣下
「まず忠節と武勲を示せ」
27:名無しの一般人
中世。
28:名無しの市民
村上神将
「規則に従って申請してください」
29:名無しの一般人
現代。
30:名無しの市民
全方向が塞がっている。
31:名無しの一般人
一般市民からすれば最高では?
32:名無しの市民
高官の息子でも能力がなければ落ちる。
33:名無しの一般人
金を渡しても通らない。
34:名無しの市民
娘を差し出しても、娘本人が有能でなければ採用されない。
35:名無しの一般人
有能なら?
36:名無しの市民
重い仕事を任される。
37:名無しの一般人
本当に既得権益が作れないな。
38:名無しの旧名家関係者
人間関係というものを軽視しすぎている。
39:名無しの一般人
不正を人間関係と言い換えるな。
40:名無しの市民
旧名家からの評価は低い。
41:名無しの一般人
市民からの評価は?
42:名無しの市民
非常に高い。
43:名無しの一般人
答え出てるじゃん。
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一般市民は、神将たちの姿勢を高く評価した。
古代の王であるアルカンフェルは、功績のない者へ地位を与えない。
中世の武人であるプルクシュタールは、権限を求めるなら責任を果たせと言う。
数百年を生きたバルカスは、能力のない人材を組織へ置くことを許さない。
現代人である村上は、賄賂も利益誘導も便宜供与も、普通に不正として拒絶する。
時代も文化も価値観も違う。
それでも、神将たちは同じ結論へ到達していた。
> 公的な権力を、私的な利益のために曲げてはならない。
旧時代の名家には、それが理解できなかった。
彼らにとって権力とは、一族を守り、富を増やし、子孫へ残すためのものだった。
人脈を使わない高官。
親族へ便宜を図らない権力者。
贈り物を受け取らない行政官。
家の功績と、子供本人の能力を分けて考える人事制度。
そのすべてが、彼らには異常に見えた。
「神将たちは、権力の使い方を知らない」
ある旧名家の当主は、そう評した。
その言葉が市民へ漏れると、広く嘲笑された。
> 権力を一族のために使わない者を、権力の使い方を知らないと呼んでいる。
旧名家は、神将たちを評価できなかった。
神将たちもまた、旧名家が何を求めているのか理解できなかった。
そして一般市民だけが、その食い違いを見て、安心していた。
アルカンフェルも、バルカスも、プルクシュタールも、村上も、自分の子供へ地位を残そうとはしない。
贈り物をした者より、働いた者を評価する。
家柄より能力を見る。
権限を与えられた者には、それ以上の責任を負わせる。
自由には冷たい世界統一政権だった。
だが少なくとも、旧時代のように、金と血縁を持つ者だけが国家を私物化する政権ではなかった。